【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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幼いふたり

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「ガヴィ!」



 窓際で本を持ったまま微睡んでいた少年に、サラはその日も元気よく声をかけた。まるで日向ぼっこをする子猫のように穏やかに目を閉じていた彼が、ぱっと長い睫毛を震わせて目を開く。
 そして空色の瞳がサラを捉え、ふわりと微笑んだ。その柔らかな笑顔を見るたび、サラは胸がじんわりと温かくなる。


 母親同士の約束から始まった婚約だったが、二人は初めて出会ったその日(正確には出会ったのは記憶のない赤ん坊の頃だけど物心付いて)から、不思議と気が合った。

 よくしゃべるサラと、のんびり屋のガーヴィン。彼はいつもサラの話に耳を傾け、静かに微笑んでくれる。その穏やかな空気が、サラには心地よかった。



「おにわに遊びにいこう?」
「いいよ。」
「手をつなごう?」
「いいよ。」


サラが手を差し出すと、ガーヴィンはそっとその手を包み込み、また柔らかく微笑んだ。その笑顔は、真っ白な花が綻ぶ瞬間のようで、言葉にできないほど美しい。サラの胸はドキドキと音を立てたけれど、嬉しくて仕方がない。

 おしゃべり好きのサラは、昨日の出来事を次々と話し始めた。母との時間、父との時間、侍女たちとした遊び、文字の練習……。彼女の声は軽やかに弾む。


「ガヴィは昨日はなにしていたの?」
「本をよんでた。」
「へえ、なんて本?」
「んー…。『レジェの論理学』と『ミクセル神性学』」
「…なあにそれ?」


 
ガーヴィンは幼い頃から賢かった。サラがようやく絵本を卒業した頃、彼は一人黙々と大人の専門書を読んでいた。屋敷にある父の図書館にて片っ端から読んでいるのだという。
 彼の色白さは遺伝もあるけれど、いつも家の中で本ばかり読んでいるからだとサラは知っている。だから天気が良い日に彼の屋敷へと遊びに行く時は、ガーヴィンを外へ連れ出すのがサラの役目だった。ガーヴィンの母も「サラちゃんが遊びに来てくれるとあの子も何時もよりもずっとウキウキしているのよ」と笑っていた。
 芝生の上に寝転んで草木の揺れる穏やかな景色を眺める――それが二人の好きな時間だった。
 その日も野花が可愛らしく風に揺れているのを眺めながら、ふとサラは聞いてみた。

 本当に何気なく聞いたことだった。



「ガヴィは、なにをするのがすきなの?」

「…すき?」


 サラの問いかけに、ガーヴィンは目を丸くした。梢の鳴る音と共に子鳥のさえずりが空から聞こえてきて、一瞬サラは其方に意識を取られた。

 
 しばらくの沈黙の後、彼が口を開いた。

「……好きって?」

「え?」


 今度はサラが聞き返す番だった。隣で寝転んでいたガーヴィンの顔を見つめると、彼もじっとサラを見ている。澄んだ空のような瞳が不思議そうに揺れていた。



「……えっと。」

 好き、という言葉の意味を説明しようと、サラは一生懸命考える。



「すきっていうのはね、あったかい気持ちになることよ。」
「……あったかい?」
「そう。楽しいな、とか、うれしいな、とか。そんな気持ちになること。」
「楽しい……気持ち?」



 ガーヴィンの視線がふと遠くへと外れた。
 その瞳はいつもは晴れた日の空のように透明なのに、今はまるで光を閉ざした硝子玉のようだった。彼の顔から笑顔が消え、代わりに考え込むような表情が浮かぶ。

 そのまま俯いてしまったガーヴィンを見て、サラは戸惑った。何が彼をそんな顔にさせたのか、その時サラはまだ理解出来ていなかった。



「ガヴィ……?」



 呼びかけるサラの声に応えるように、彼が静かに言った。目は伏せられたまま。




「……僕…それは、よくわからない。」









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