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母と弟と刺繍
しおりを挟む「あら、お父様怒ってしまわれたの?」
「カンカンですよ。ハドウィンに口止めするのを忘れていた私が悪いんですけど。」
「…貴女ってば本当に、大人ね。」
「?」
感心したような母の言葉にサラは首を傾げた。サラは完璧に母親のシェアナに似ている。色味も顔立ちもそっくりで、だからこそ、母をとてつもなく愛している父は少女を手放したくないのかもしれない。
「私だったら、お父様が他の女の人と腕を組んでるところなんて見たら、怒って実家に帰ってしまうわ。」
「怒ってましたよ?」
「そうなの?でも口止めを考える当たり、かなり冷静よ?」
それはまあ。あんなに真っ青な顔して震えられてしまったら、可哀想になってしまってあんまり強くは言えない。元々大好きな人なのだ。サラはガーヴィンにとても弱い。
「…ガヴィにすごく怯えられましたから。とっても怖い顔をしていたに違いありません。」
その言葉に母はふふ、と声を立てて笑った。
「そうよね。ガーヴィン君はサラがとっても大事だから、そんな場面を見られてしまったら慌てるどころの騒ぎではなくなるわね。」
「卒倒しそうでした。」
「あらあら。」
「ガヴィー兄さんもそういう所あるんだね。」
夕食後、少しの時間母の部屋でお喋りをしながら刺繍を刺す時間は、ここ十年ほどのサラのルーティンである。弟のクリフもそこに混ざって、一緒に刺繍をしている。弟は父の色で薄茶色の髪に灰青色の瞳の可愛らしい顔立ちの十四歳の少年だ。
姉と母とその他(侍女達)が揃いも揃って刺繍に勤しんでいるのをみて「僕もやりたい!」と声を上げた時は、流石に父は「男の子なんだから」と慌てて止めようとしたが、母は「良いじゃない。手先が器用な男はモテるわ」と言って許可をした。
その後メキメキと腕前を上げ、今ではサラと同じくお針子レベルの刺繍が出来る。そんな彼は今レザーにハマっていて、同じ部屋にいながら硬い革に太い針を力強くさしているところだ。
「クリフもティアラちゃんのこと好きでしょう?」
ティアラはガーヴィンの妹の名前である。クリフは視線を上へと逸らしながら唸った。
「うーん。好きではありますが、僕は兄さんみたいに冷静さは失いたくありません。」
「この子もおませさんねえ。」
刺繍をチクチク行っていた手をふと止めて、サラが少しだけ困ったような顔をして呟くように言った。
「…でも未だに好きとは言って貰えないのです。」
「あらやだ。」
母はパッと目を見開くと。少しだけ眉毛を下げた。
「もしかして、あの子まだ...…?」
こくん、と小さくサラは頷く横で、弟がきょとんと不思議そうな顔をした。
「何の事です?」
尋ねられてサラは目を伏せた。
事の発端は、まだサラがガーヴィンと出逢って間もない頃の出来事だ。
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