【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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薄気味悪い女【ガーヴィン視点】

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 ガーヴィンは城への道を物凄い形相で足早に進みながら初めての「出会い」……いや、あれは「出会い」などと呼べるものではない。ただの事故、いやむしろ災害に遭ってしまった時の事を思い出していた。

 遡ること一ヶ月ほど前の出来事だ。




「どーんっ!」

 変な音と共に、何かがガーヴィンにぶつかってきた。


(……は?)


 反射的に真顔になる。
 何だ、「どーん」って。
 普通そんなオノマトペを現実的ではないだろう。

 その何者かがぶつかってきた方向を見ると、珍しいピンク色の髪をした女が目の前に立っていた。その顔は特に悪びれる様子もなく、むしろ得意げな表情を浮かべている。


 ここは城内、しかも夕刻の回廊。嫌々ながらも第三王子ハーヴェイの命で登城したガーヴィンにとって、サラとの時間を削られた無念さと疲労感が既に心を蝕んでいたというのに。

その中でのこの衝撃的な「どーん」である。

近くに立っていた常勤の騎士たちは困惑した顔でこちらを見ていたが、ガーヴィンの心中も彼ら以上に混乱していた。
 しかも。


「あれ?あたし、可愛くない?なんか反応薄くない?」

「……は?」


 今度は声に出してしまった。何を言っているんだ、この女は。

 サラ至上主義のガーヴィンにとって、他の異性に対して「可愛い」「可愛くない」などという基準で評価する習慣は皆無だった。彼にとって目の前の女は、ただの点と線と色の集合体に過ぎない。
 しかし、そんな彼の冷淡な反応に動じるどころか、女は首をかしげながら笑みを深める。

「ええ、嘘ぉ…。普通ならここであたしに惚れるのに…。まあ、そういうのも新鮮で良いかもぉ!」

(今の何のどこに惚れる要素があったんだ……?)


 ガーヴィンは心の中で深く突っ込むが、口に出す気は無かった。

 一方、周囲の騎士たちはすっかり青ざめていた。第三王子の側近候補と知っているガーヴィンの冷徹な視線と絶対零度の空気に、彼らの表情は引きつっている。
 しかし、それすらも気に留める様子のないへのへのもへじのピンク髪の女は、まるで珍しい玩具を見つけたかのように楽しげな気配を漂わせている。

 その態度に、ガーヴィンは何故かゾッとした。似たような感覚を覚えたことがあることを思い出したからだ。あの夢だった。


「……。」

彼は不快感を抑えながら黙り込んだ。


「あたし、ローゼマリアよ。」
「……。」


 目の前のその気持ちの悪い女は勝手に自己紹介を始める。
 名前を聞いた瞬間に、むしろ髪の色を見た時点で予感はしていたが、間違いない。あの愚王の庶子だ。
 貴族である彼は、平民の娘と話す義理は当然ない。ガーヴィンはローゼマリアを無視し、そのまま再び歩き始めた。

しかし背後から彼女の声が追ってきた。


「ちょっと待ってよ、話そうよ!貴方、ガーヴィンっていうんだよね?まえにハーヴェイがそう呼んでいたのを聞いたわ!」


 背後の気配が、気持ち悪い。ぞわり、と悪寒が走って彼は身体を強ばらせた。

 ガーヴィンは背後に人の気配を感じるのが昔から苦手だった。その原因が何かは分からないが、彼の中には明確な「嫌悪感」が植え付けられている。
 そして、今感じるこの気配――それは過去に何度も見たあの夢に似ている。

 ぴたりと足を止め、ガーヴィンは顰めっ面のまま振り返った。


「ガーヴィン・ランマイヤー!貴方の名前でしょ?合ってるでしょ?」

 後ろをついてきていたローゼマリアは、彼が振り返ったその瞬間、何を勘違いしたのか赤い唇を大きく歪めて笑った。その目には奇妙な輝きが宿り、どこか不気味な欲望を帯びている。それは、夢に出てきた女の「目」に酷似してるように、彼には見えた。

刹那、ガーヴィンは強烈な吐き気を覚え、眉間に皺を寄せた。

 その時。



「ランマイヤー子息。」
「…ハーヴェイ殿下。」
「来るのが遅いから迎えに来てやった。早くこちらへ。」
「…御意。」



 ハーヴェイはローゼマリアの存在を完全に無視していた。まるで彼女のことが目に入っていないかのように。
 一方、ローゼマリアもハーヴェイが現れるや否や表情をなくして黙り込み、その場に立ち尽くしていた。

 二人はお互いに気づいているのだ。血の繋がった姉弟であることを。
ただし、一方は王族正統なる血筋、もう一方は平民の庶子妾の子であるという厳然たる差を。











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