【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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言えない言葉【ガーヴィン視点】

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 実の所、ガーヴィンは自分の中の「記憶の空白」に気づいていた。

 けれど、それが特に辛いわけではなかった。むしろ、忘れているおかげで今こうして平穏に生きていられるのだと、どこか冷静に受け入れていた。

ただ一つ、彼を悩ませるものがあった。

 夜中、夢の中に現れる
 それは遠くから静かに近づいてきて、最終的には彼に覆いかぶさるように迫ってくる。そのたびにガーヴィンは魘されて目を覚ますのだった。
 あの頃は、何度母に「あの女の人が来る!」と泣きついたことか。だが、その夢もある時期を境にほとんど見なくなった。


そう、サラと出会ってからだ。




「…夢の中でもサラに会ってばっかりだから。」


 恥ずかしながら今やガーヴィンの夢はサラ一色だ。サラが明るく笑い、サラがリズム良く話し、サラがプンプンと怒り……そして、サラがツッコミを入れてくる。

「ガヴィ?好き嫌いはしちゃダメよ。ちゃんとピーマンも食べなきゃ。」
「夢の中でまで説教しないでよ…。」


 サラとの夢は、日常の延長線上のように自然なものだった。それが楽しくて、彼女が夢に出てこなかった日は何が原因か悩んでしまうほどだった。

 そして彼は思った。
「サラともっと一緒にいられれば、黒い影は完全に出てこなくなるに違いない。」と。


 その結果、サラと同じ学園に入学することを決めたのだ。父親にはさらに偏差値の高い帝国の学園に留学する事を提案されたが、サラッとお断りした。サラがいない場所になんて行く意味は無い。
 おかげで今では影の夢はすっかり消え失せ、サラが夢でも現実でも笑顔を見せてくれている。


 そんなガーヴィンにも、子どもの頃には今以上に感情が乏しかった時期があった。
 物事に面白みを感じられず、周囲の人々にも無関心だった彼にとって、サラは衝撃そのものだった。

 あの日、サラに言われた言葉をガーヴィンは今も覚えている。


「ガヴィは、なにをするのがすきなの?」

 好きとは彼女曰く、楽しい、嬉しい、温かい気持ちになる事だったが、彼女がいうこれらの感情が、ガーヴィンにはまるで分からなかった。


「ごめんね。僕には分からない。」


正直にそう答えた彼に、サラは無邪気にこう言ったのだ。

「好きが分からないなんて、おかしいわ。」


その瞬間、大きなショックを受けたガーヴィンの中で何かが崩壊した。我慢しようとしたけど駄目だった。


「わああああああんっ!」


 彼は人生で初めてくらいの大泣きした。何故かサラもその横で泣いていた。

 結局、彼らはすぐに仲直りしたが、ガーヴィンの中に「好きってなぁに?」という疑問が強烈に残った。それから彼は、好きの定義を探るべく独自の研究を始めたのだ。

 

「胸が高鳴ること」
「興味が湧き、好奇心を持てること」
「相手にも自分を見て欲しいと思うこと」



 …どれも当てはまる。サラを見ていると、僕の胸は自然と高鳴るし、彼女の行動には興味しかない。彼女が僕を見ていないと、なんだか物足りない気持ちになる。此方を見て微笑んでくれると、まるで天にも昇る様な心地になる。


 …つまり、これは好き。しかもその中でも特別な感情なんだろう。
 ガーヴィンは確信していた。

 ただ、それをサラに言葉で伝えようとすると、どうしても身体が動かなくなる。それどころか、胸の奥に妙な冷たさが広がるのだ。

「……多分、トラウマのせい。」


 彼はそう自分に言い聞かせながら、言葉にできない苦しさを抱えていた。















『今日まで好きだと一度も言ってくれていないわ。』

 先程のサラの悲しげな表情が、ガーヴィンの胸に突き刺さる。


「……ああーーー!」

 彼はそれを思い出した瞬間に両手で頭を抱えて唸った。城内の石畳の上に、このまま転がってしまいたいくらいの後悔に苛まれていた。近くに立っていた警備兵がビクリと身を縮こませたが、そんな事はどうでも良い。


「不安になんてさせたくなかったから、あの変な女ローゼマリアのことも黙っていたのに…。」


 頭をかきむしりながら、ガーヴィンは呟いた。



「…ハーヴェイ殿下め…。」

 
 ガーヴィンは全て彼のせいだ、と恨み言をきつく噛み締めた歯の間から漏らすと、苛立ちを隠さずに城への道を急いだ。










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