36 / 87
いるはずの無い人
しおりを挟む(……え?)
サラは思わず足を止めた。
人混みの向こう、一瞬目に入ったピンク色の髪に、時間が止まったような感覚がした。
けれど、それは本当に一瞬のことで――。
「……お嬢様?」
「……なんでもないわ。」
ケリーの問いかけに、サラは首を振る。人々が和やかに通り過ぎる中、その髪の色はすぐに見えなくなった。何かの反射か、陽の光が見せた幻なのだろう。
(……気のせいよね?ローゼマリア様は、王城の敷地内から出ることを許されていないんだもの……)
そう、マルベリアが以前話していたことを思い出す。
それと一緒に、ガーヴィンの腕に絡みついていたローゼマリアと、サラに向けられたあの嫌味な笑顔が一瞬脳裏をよぎる。思い出すだけで胸がざわつき、折角の楽しい気持ちが少しだけ沈んでしまった。
「余計なことは考えないで。今は『ひかあな』よ……!」
小さく頭を振り、気持ちを切り替えるために少女は前を向いた。本屋の看板がすぐそこに見えて、サラの顔がぱっと明るくなった。
「沢山人がいるわね。」
「本当ですね。」
本屋に入ると、店内は普段よりも混雑していた。サラは期待に胸を膨らませながら、新刊が並ぶ棚へ急いだが――そこにお目当ての本はなかった。
「……嘘でしょ?」
呆然と棚を見つめていると、周囲で同じように本を探しているらしい少女たちの声が聞こえてくる。
「ここにも売ってないわ!」
「これで何件目の本屋よ?!」
「私はもう三軒ハシゴしてるの!」
「私は五軒目よ!」
サラは目を瞬かせた。その興奮気味の少女たちは、自分と同じ貴族の子女だった。彼女たちの話題に上っている本が『ひかあな』であることは間違いなさそうだ。
「店主!」
「『ひかあな』はどこにあるの?!」
少女たちは店の奥へと歩み寄り、店主に詰め寄る。
「もっ、申し訳ございません、お嬢様方……本日の夕刻には間に合うよう、今追加分を印刷しております!」
「今日の朝から販売じゃなかったの?!」
「ほ、本当ほ、申し訳ありません...!」
額に汗を浮かべた店主は、平身低頭で謝るばかりだ。それを見て、サラは肩を落とした。
(仕方ないわ……みんながこんなに待ち望んでいるなら、そりゃ品切れにもなるわよね……)
「どうされますか?四時間後にまた来ますか?」とケリーが提案する。
「一度帰るのは面倒だし……少し時間を潰したいわね。」
うーん、とサラは考えた末、植物園へ行くことを提案した。あの一階の新しいカフェ。一度行ってみたいと思っていたのだ。
「……またあの変な女に会うのでは、と心配です。」
ケリーの渋い表情に、サラは苦笑しながら答えた。
「二度あることは三度あるって言うけど、そんな頻繁に会うなら、それこそ運命だわ。」
そう言いながらも、サラは少しだけ胸がざわつくのを感じた。
いやいやまさか。そんな都合の良い話があるわけは無い。
植物園の中は、平日の午後らしい穏やかな雰囲気に包まれていた。色とりどりの花々と淡い緑の木々が視界に広がり、サラはようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
「お嬢様、ご覧下さい。」
ケリーが目をキラキラさせながら感嘆の声を上げる。ウエイターに案内されたのは、こ洒落たテラス席だった。席は中庭に面しており、斜めに張られた硝子が特徴的だ。雨が降れば、その硝子に雫が当たり、さらに美しい景色が広がるだろうと想像できる。
「まあ、綺麗ね!本当に素敵だわ。」
見事な中庭を硝子越しに見つめながら、サラが席に着こうとしたその時、背後から声が響いた。
「こんなところで会うなんて、偶然ですね。」
420
あなたにおすすめの小説
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる