【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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いるはずの無い人

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(……え?)


 サラは思わず足を止めた。
 人混みの向こう、一瞬目に入ったピンク色の髪に、時間が止まったような感覚がした。

 けれど、それは本当に一瞬のことで――。


「……お嬢様?」
「……なんでもないわ。」


 ケリーの問いかけに、サラは首を振る。人々が和やかに通り過ぎる中、その髪の色はすぐに見えなくなった。何かの反射か、陽の光が見せた幻なのだろう。


(……気のせいよね?ローゼマリア様は、王城の敷地内から出ることを許されていないんだもの……)


 そう、マルベリアが以前話していたことを思い出す。

 それと一緒に、ガーヴィンの腕に絡みついていたローゼマリアと、サラに向けられたあの嫌味な笑顔が一瞬脳裏をよぎる。思い出すだけで胸がざわつき、折角の楽しい気持ちが少しだけ沈んでしまった。


「余計なことは考えないで。今は『ひかあな』よ……!」


 小さく頭を振り、気持ちを切り替えるために少女は前を向いた。本屋の看板がすぐそこに見えて、サラの顔がぱっと明るくなった。





「沢山人がいるわね。」
「本当ですね。」


 本屋に入ると、店内は普段よりも混雑していた。サラは期待に胸を膨らませながら、新刊が並ぶ棚へ急いだが――そこにお目当ての本はなかった。


「……嘘でしょ?」


 呆然と棚を見つめていると、周囲で同じように本を探しているらしい少女たちの声が聞こえてくる。


「ここにも売ってないわ!」
「これで何件目の本屋よ?!」
「私はもう三軒ハシゴしてるの!」
「私は五軒目よ!」


 サラは目を瞬かせた。その興奮気味の少女たちは、自分と同じ貴族の子女だった。彼女たちの話題に上っている本が『ひかあな』であることは間違いなさそうだ。


「店主!」
「『ひかあな』はどこにあるの?!」


 少女たちは店の奥へと歩み寄り、店主に詰め寄る。


「もっ、申し訳ございません、お嬢様方……本日の夕刻には間に合うよう、今追加分を印刷しております!」
「今日の朝から販売じゃなかったの?!」
「ほ、本当ほ、申し訳ありません...!」

額に汗を浮かべた店主は、平身低頭で謝るばかりだ。それを見て、サラは肩を落とした。

(仕方ないわ……みんながこんなに待ち望んでいるなら、そりゃ品切れにもなるわよね……)



「どうされますか?四時間後にまた来ますか?」とケリーが提案する。

「一度帰るのは面倒だし……少し時間を潰したいわね。」


 うーん、とサラは考えた末、植物園へ行くことを提案した。あの一階の新しいカフェ。一度行ってみたいと思っていたのだ。


「……またあの変な女に会うのでは、と心配です。」

 ケリーの渋い表情に、サラは苦笑しながら答えた。


「二度あることは三度あるって言うけど、そんな頻繁に会うなら、それこそ運命だわ。」


 そう言いながらも、サラは少しだけ胸がざわつくのを感じた。
 いやいやまさか。そんな都合の良い話があるわけは無い。


 植物園の中は、平日の午後らしい穏やかな雰囲気に包まれていた。色とりどりの花々と淡い緑の木々が視界に広がり、サラはようやく落ち着きを取り戻し始めていた。


「お嬢様、ご覧下さい。」


 ケリーが目をキラキラさせながら感嘆の声を上げる。ウエイターに案内されたのは、こ洒落たテラス席だった。席は中庭に面しており、斜めに張られた硝子が特徴的だ。雨が降れば、その硝子に雫が当たり、さらに美しい景色が広がるだろうと想像できる。




「まあ、綺麗ね!本当に素敵だわ。」


 見事な中庭を硝子越しに見つめながら、サラが席に着こうとしたその時、背後から声が響いた。


「こんなところで会うなんて、偶然ですね。」




 





 
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