【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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何をしようと?

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「恐れ入りますが、危ないことと申しますと……?」
「婚約者からはまだ、何も聞いていないのかな?」
「……はい。ハーヴェイ殿下が言ってはいけないと仰せで……。」

「そうか。」

 殿下は一瞬だけ目を伏せた。その横顔は少女と同学年のハーヴェイよりも大人びており、けれど兄弟だと一目で分かるほどよく似ている。

「私は、君が自分の身を守るためにも知っておくべきだと思う。」
「……私が、ですか?」

 サラは戸惑いながら問い返した。その視線の先で、フレデリックの瞳がまっすぐ彼女を捉える。

「ローゼマリアに会ったね?」
「!」


 サラは思わず殿下の瞳を見つめてしまった。彼女の名前が、その口から発せられるとは思っていなかったからだ。また、そのは彼にとっては禁忌であるような、そんな気持ちを勝手に持っていたから。どうやらそういう訳では無いらしい。



「詳しいことは言えないが、彼女に近づくのは危険だ。婚約者が彼女に関わっている今の状況は、弟――つまりハーヴェイが作り出したものだ。まず、それについて謝罪したい。」
「しゃ、謝罪など……!」
「すまない。」

 そう言って、殿下は頭を下げた。

「そ、そんなっ!け、結構です!頭を上げてくださいませ……っ!」
「ありがとう。」

(あわーーーーっ!)

 目の前で王族が頭を下げるなんて!サラは一気に血の気が引いた。これは前代未聞の由々しき事態である。
 前にガーヴィンが地面に頭をぶつけるほどの謝罪をしてくれたことがあったが、あれとは比較にならない。王族が頭を下げる事など、一生に一度として無いはずの事が目の前で起こってしまった。周りからどのように捉えられるのか、考えるだけでも怖い。幸い、テーブルの周りにいる騎士たちが壁のように囲んでいるため、外からは見えないかもしれないが。


「ハーヴェイが君に影と騎士を数名つけているようだ。屋敷から学園までの送り迎えや、街中でも護衛できるように。」
「……と、申しますと?」
「……君が近日中にに襲われる可能性が高い。」


 襲われる、とは?

 サラはそっと後ろに控える従者、ハドウィンを見る。彼は俯き、明らかに緊張した面持ちだ。戸惑うサラは再び殿下に視線を向けた。

「……どういうことでしょうか?」
「厄介なことなんだ。」


 殿下は困ったように微笑む。その微笑みにはどこか苦い影が見え隠れしている。


「……ローゼマリアは可哀想な子どもでね。君も会ったからわかると思うけど、見た目はとても美しい。けれど、彼女は母親と同じように、自分の美しさを武器にして男たちを引き寄せている。」
「……なんのためにでしょう?」
「さあ。私は彼女ではないから本当のところはわからない。だが、ハーヴェイ曰く、男好きだそうだ。」
「男好き……。」
「こちら側としては、を判別するためには都合がいいんだが。」
「こ、国家転覆……?」


 フレデリックの言葉に、サラは思わず声を潜めた。今、自分がとんでもないことを聞いてしまっているのだと察する。



「......彼女はね、が創り出した可哀想な子どものなんだ。」
「……。」


 彼女と同じ色の瞳が、少し悲しげに揺れるのをサラは見た。


「貴女の婚約者であるランマイヤー家にも迷惑をかけてしまっていることを心苦しく思っているが、解決するまでもう少しだけ待ってほしい。
 さあ、私からの話は以上。時間を頂いてしまって申し訳なかったね。
 お茶を楽しんで。王妃御用達の茶葉だそうだよ。」



 そう言い残し、殿下は立ち上がった。
 一瞬、人好きのする微笑みを浮かべながら手を挙げ、そして去っていく。その後ろには十名の騎士たちが付き従い、サラとの会話中は一切動かなかったが、その存在感だけで圧を感じさせていた。

 残されたサラは、カフェの中で漸く他に客が居なかったことを知った。どうやら、王太子が入ってきた時点で他の人々は退店していたらしい。 
 とりあえず、少女は跪いたままだったケリーとハドウィンを椅子に座らせ、困惑したように顔を見合わせた。
 


「……もしかして、ガヴィったらとんでもないことに巻き込まれているんじゃない……?」

(大事なことを何も教えてくれていないんだから……!)






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