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大丈夫?【ケリー視点】
しおりを挟む「......今日は、色々と吃驚したわね。」
「そうだな、平穏とは程遠い一日だった。」
その夜。
ケリーとハドウィンは居間の小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。湯気の立つお茶を手にしながら、大きなため息が二人の間に溶けていく。
本当に、色んなことのオンパレードだった。
外出予定がなかったはずが、急遽サラお嬢様の推している書籍の発売日と判明し慌てて準備をして出掛けたけれど、結局朝は売り切れていて買えず。
サラお嬢様の提案で植物園のカフェで時間を潰そうと向かうと、何故か王太子に出くわし。サラお嬢様を悩ませる怪しい女の件での謝罪をされ。
王族の謝罪にすっかり縮こまってしまっているお嬢様の後ろで下を向きつつ、話を聞いていれば、なんと近くサラお嬢様が襲われるかもしれない等と物騒な事を言われる始末。
波立つ心のままカフェでお茶を飲み、気持ちを切り替えようと再度本屋にアタックするも、また売り切れだと恐縮しきる店主に、がっくりと肩を落としながら三人並んでトボトボと帰路に着いたのだった。
ケリーは湯呑みを両手で包みながら、ふと思い出したように口を開いた。
「……でも、本当に何が起こっているのかしら?」
「国家転覆とか、王太子殿下がおっしゃってたが……正直、考えるだけで胃が痛くなる。」
「......伯爵様には報告したの?」
「当たり前だろう。こんな大事な事を報告しなかったら、俺の首が危うい。」
ケリー達の心の主は勿論サラなのだが、雇い主はこの伯爵家の長であるサラの父だ。
「また、怒ってらしたわよね?」
「うん。」
「そうよね......。」
二人は同時に再びため息をついた。この家の長であるウィントマン伯爵は、一目惚れの上、猛アタックで結婚まで漕ぎ着けた妻である伯爵夫人にそっくりな娘のサラを溺愛している。その情熱が時折過剰になるのは、もはやこの屋敷の誰もが知る事実だった。
「サラお嬢様に第二王子様が影や騎士をつけているという話をしたら、伯爵様、目を見開いて『それだけで足りるのか!?』と……。」
「さすが、娘命ね。」
仕方ない、と言うようにハドウィンは肩をすくめた。
「俺もいつか娘ができたら、きっとああなるだろうな。」
「ふふ。貴方があの伯爵様みたいに?ちょっと想像できないけど、悪くないわね。」
ケリーは微笑みながら、温かいお茶をもう一口飲んだ。まだ子どもはいないが、夫婦として未来を考える瞬間は、いつも少しだけ特別な気持ちになる。
ケリー自身は元々男爵令嬢であったが、あまり裕福な家ではなかったので、ウィントマン伯爵家へと働きに出たのが十歳になるかならないかだった。
伯爵家に今後も仕えることができるなら、息子であっても娘であっても学校に通わせる事も可能だ。
彼らが居るのは、伯爵家の敷地内の別棟である。
ケリーとハドウィンは、一年前に結婚していて夫婦となっていて、その際に伯爵にこの住居を与えられていた。
コンパクトサイズのキッチンにバスルーム。出窓のついた居間に、机が一台置ける書斎。そしてベッドルームという、非常に簡素ではあるがとても生活しやすい空間で、二人とも気に入っていた。
その部屋は「サラが二人を気に入っているから」という理由で、結婚祝いとして提供されたものだった。つまりこれは、「サラに対する仕事をしっかり果たせ」という期待が込められたものでもあった。
サラに関することは、なんでも漏らす事無く伯爵へと報告する義務が彼等にはあるが、ケリーはサラが年頃になるにつれ、全てを報告なんてと内心は思っていたし、ついこの前も「お父様には内緒ね」と言う通りに内緒にする事もあった。
けれど、ハドウィンは主の言う通りにして報告を怠らない真面目な性格をしている。そんなことを考えながら、ふと、ケリーの顔に影が差した。
「……でも、もし本当にお嬢様が襲われたらどうするの? 貴方、護れるの?」
「命に替えても護るさ。」
「そんなの、嫌よ。貴方が怪我するのなんて。」
「俺だって怪我はしたくないさ。だからこそ伯爵様に報告して、護衛を増やしてもらったんだ。」
ハドウィンの言葉に、ケリーは少しだけホッとしたように見えたが、それでも眉を寄せたままだった。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫さ。」
ハドウィンは優しく微笑んで、ケリーの手にそっと触れた。その笑顔に、ケリーもつられて笑う。
「でも、貴方が怪我したら、本当に怒るからね。」
「怒られたくないからしないよ。」
「そうして頂戴。」
二人はまた笑い合い、静かな夜が続いていった。
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