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後悔の念
しおりを挟むサラの悲鳴が静まり返った路地に響き渡る。体温が急速に冷えていくような感覚に襲われ、目の前の状況を認めたくなくて、サラはケリーの名前を何度も叫んだ。足の力が抜けてしまったサラはその場に気を失っているケリーと共にしゃがみ込んだ。
「ケリー!しっかりして、お願い、目を開けて!」
サラが震える手で彼女の肩に触れると、じわりとまた新しい血が服に染みでる。その温もりが逆に恐怖を煽った。
どうして?どうしてこんなことに?
「くそっ……!」
ハドウィンが険しい表情で駆け寄ってくる。剣を握る手にはまだ戦闘の余韻が残り、その鋭い目でケリーの状態を確認した。短く荒い息をつきながらも、ハドウィンはほっと息をついた。
「気を失っているだけです、大丈夫です…きっと大丈夫。急いで治療を……!」
ハドウィンは動揺を隠しきれないまま、しかし力強く血を流すケリーを抱き上げる。そんなケリーの傷ついていない反対側の手を離せずにサラは「ケリー、ケリー」とその間もうわ言のように繰り返していた。
「お嬢様、落ち着いてください。彼女は助かります。必ず。」
そう言い聞かせる彼の声には、わずかな震えが混じっていた。
ハドウィンが自身の外套を裂き、即席の包帯でケリーの傷をきつく縛る。そしてそのまま彼女を抱えてパッと立ち上がると、屋敷の方へと駆けていく。
サラはその場所から動くことが出来ずに見ていることしか出来なかった。ついて行こうとしたが、立ち上がれなかった。恐ろしさのせいもあったがそれだけでは無い。自責の念が彼女の足を止めさせた。
(......わたし、私が......、こんな時間に外出をしたから......。)
明るくなってきた街路の石畳に、点々と続くケリーの血痕。街の静けさを破るように、遠くから騎士たちの声が聞こえる。サラはその音に気づきながらも、目の前の光景から目を離せなかった。
「ウィントマン伯爵令嬢様。」
「......はい。」
「お怪我はございませんか?」
「...はい。私は、ございません。」
微かに震える手を抑えながら、サラはそう答えた。あの後、直ぐに騎士が少女の元へとやってきた。彼らが、王太子の言っていた第二王子が付けてくれていた騎士達なのだろう。彼らはサラを屋敷へと馬車で送ってくれた。
ハドウィンに担がれ、一足先に屋敷へと戻っていたケリーは医者に看てもらい、今は伯爵家の一室で眠っている。
ケリーを診察した主治医は、ほっとため息をつくようにしながらこう言った。
「命に別状はありません。ただ、あと数センチでも刃が深く入り込んでいたら、肺に達していたでしょう。その場合、助けるのは非常に難しかったかもしれません。そして刃は大きな血管をわずかに逸れました。奇跡的といっていいでしょう。」
医師の落ち着いた口調が、逆に恐ろしい現実を突きつけてくるようだった。ハドウィンは震える声で、そっと医師に尋ねた。
「……今後、後遺症などは残りませんか?」
「切られた箇所が肩ですので、しばらくは腕を自由に動かせないでしょう。ただし、適切な治療とリハビリをすれば、完全に回復する可能性も十分あります。ですが――」
医師は一瞬言葉を切り、険しい表情を浮かべた。
「彼女は一歩間違えば命を失うところでした。それだけは心に留めておいてください。」
その言葉は、ケリーの状態によく気をつけるようにという意味合いだったのだろう。しかしサラの心には、ケリーの怪我の原因が全て自分にあるという思いが深く刻まれていく。
「……私が悪いのです。」
少女の静かな呟きに母がそっと寄り添い、その肩を抱いた。その頃父は別の場所で、騎士に対しての怒りを爆発させていた。
「娘を危険に晒すとは!何のためにお前たちがいるのだ!」
「......申し訳ございません。出ていくタイミングを測っておりましたら...」
「何がタイミングだ!使用人が一人死にかけたんだぞ!申し訳ないで済むかー!!」
そんな風に、ケリーの怪我にヒートアップしている父のことは置いておいて。
すっかり塞ぎ込んでしまった娘に、母は優しく声をかけた。
「サラ、怖かったわね。」
「......お母様...。私は大丈夫です。」
母が心配そうにサラの顔を覗き込み、少女が気丈に微笑んだその時。
「サラ!!!」
扉を蹴破って部屋の中に飛び込んできたのは、久しぶりの婚約者だった。
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