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私のせい
しおりを挟む「……ガヴィ。」
「サラ!サラ!大丈夫?!怪我はっ、怪我はしていない?どこも痛くない?!」
扉を勢いよく開け放ったガーヴィンは、そのまま一直線にサラのもとへ駆け寄った。肩をがっしり掴み、息を切らしながら彼女の顔を覗き込む。
乱れた白金髪、血の気の失せた顔。外は雪が降りそうなほど寒いというのに、シャツとベストだけで上着もない。その大きな手はわずかに震えていたが、空色の瞳だけは真っ直ぐにサラを見つめている。
その瞬間、何故なのか。
それまで張りつめていた緊張の糸がするりと緩んで。
「ガヴィ……ッ」
「…?!どうしたの?!サラ?!やっぱりどこか怪我を?!」
「……。」
気丈であろうとしていたサラが、大粒の涙を零し始める。驚いたガーヴィンは、ますます動揺した様子で彼女を覗き込む。
「わ、わたしのせいでっ、……ケリーが、ケリーが怪我を……!」
「……サラのせいじゃないよ。」
「わたし、のっ、せいなの。私、わたしが、本を買いに行くなんてっ、言ったから…!」
ケリーが傷つけられてしまった今になって、後悔が波のように押し寄せる。サラの心を次々と苛むのは、自らの選択に対する自責の念だった。
当日にもっと早く気がついていれば。
無理に買いに行こうとなんてしなければ。
ハドウィンに自分が行くと言われた時に、言うことを聞いておけば。
──王太子に言われた事を、もっと深刻に捉えていれば。
「サラのせいじゃない。」
ぎゅっと強くガーヴィンに抱きしめられて、サラは益々子どものように泣いた。ガーヴィンの身体は子どもの頃と比べてすっかりと大きくなっていて、すっぽりと少女を優しく包み込んでくれた。
何時の間にか、母の姿は室内から消えていて、暫くの間少女の悲しげに咽び泣く声だけがそこに響いていた。
散々泣き、もうそろそろ目が開かなくなるくらいに涙をこぼした後、漸くサラはガーヴィンの胸から顔を上げた。
その時になってサラは、何時の間にかソファーに座り、しかも半ば彼の膝に乗りかけるような格好をしていた事に気がついた。それに一度気づいてしまうと、急激に恥ずかしさが込み上げ、そっと彼の横に座り直す。ふと彼のシャツを見ると、自分の涙の跡がくっきりと残っていた。
「……ガヴィ。ごめんなさい、その。急に泣き出して、しかも服も汚してしまって。」
「良いんだ。もっと泣いても良いよ?」
本当に名残惜しそうに両手を広げたまま、ん?と首を傾げる婚約者にサラはふふ、と小さな笑みを零した。しかしまた、悲しげに瞳を伏せる。
「…ケリーに、本当に申し訳ないことをしてしまったわ。」
「サラのせいじゃないよ。強いて言うなら僕のせいだ。僕があんな変な女に絡まれたから。」
サラの視線から目を逸らさずに言い切るガーヴィン。しかし、どんどん目が座っていく彼の様子に、よほど不満があるのだと分かる。
「でも、それを言うなら、そんな僕を囮に使ったハーヴェイ殿下が悪い。」
「……。」
「殿下がサラに付けた影や騎士たちが、もっとしっかりしていれば、ケリーは怪我をせずに済んだし、サラがこんな思いをする必要もなかった。」
そう言うガーヴィンの空色の瞳は、確かな怒りを滲ませていた。
「サラ?」
だが、少女からの返事はなかった。サラは怒ってもいなければ泣いてもいない。ただ、じっと何かを考え込むように視線を落としている。
その時サラは、全く別のことを考えていた。
「ねえ、ガヴィ。貴方は、なぜ囮になったの?」
「う、ご、ごめんなさい。」
途端にシュンとした表情を浮かべるガーヴィンに、サラはすぐさま首を振った。
「違うの。責めているのではなくて……ただ、知りたいの。」
泣き濡れた瞳で見つめるサラに、ガーヴィンは短く息をつく。
「フレデリック殿下が言っていたわ。国家転覆を企む者たちがいると。……もしかして、ローゼマリア様は隠れ蓑で、その後ろに……誰かがいるの?」
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