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あの日の出来事【父テオドール視点】
しおりを挟むあの日。
妻シェアナが、慈善活動のため教会へ出かけた。その夕暮れ、予定の時刻を過ぎても戻らなかった日の事をテオドールは鮮明に覚えている。
乳母が子供たちを寝かせる時間になっても、彼女の姿は門前に見えてこない。
約束の時間を少し過ぎただけでも不安が彼の胸を押し広げ、やがて重くのしかかってくる。
「やっぱり、ついていくべきだったか……」
今さら呟いても、どうしようもない。
『さすがにやめて頂戴。クロエと二人で話したいこともあるのよ』
呆れながらそう言われてしまっては、引き下がるしかなかった。そもそも、仕事が忙しく、ついて行きたくとも同行することは最初から難しかったのだ。
「いや、迎えに行こう。」
いそいそと外套を着込み、帽子を被ろうとしたところで。
「だ、旦那様……!」
重い空気を裂くように、家令マチューが執務室に駆け込んできた。その表情がただならぬものであることに、胸がざわつく。
「何事だ?」
「お、奥様が……!」
「!シェアナがどうした?」
「シェアナ様達の乗った馬車が、お暴漢に襲われたそうです……!」
「な、……っ」
全身が冷水を浴びたように凍りつく。その瞬間に彼の声は最後まで発せられる事無く途切れ、周囲の音が遠のいていく。
「…様、旦那様っ!」
「あ、ああ、すまない。シェアナは今、どこに……?!」
「ランマイヤー伯爵家へと運ばれています!」
「分かった。すぐに向かう。」
あまりのショックで一瞬気絶しそうになったテオドールだっが、シェアナが無事であると信じたい一心で、動き出した。
(教会との距離を考えるとウィントマン伯爵家よりもランマイヤーの屋敷の方が近かったのだろう。妥当な判断だ。)
直ぐに我に返ったテオドールは、屋敷の中を走りながら家令と会話し、用意されていた馬車へと飛び乗った。
「急げ!もっと早く!」
馬を操る御者に怒鳴りつけながらも、逸る気持ちをぐっと堪える。愛する妻を傷つけられたという不安に心臓が大きな音を立てていた。何時もより時間が過ぎるのが遅く感じる中。
馬車が止まった途端にテオドールは飛び降り、ランマイヤーの屋敷の扉を叩いた。
「ウィントマン伯爵様、ようこそいらっしゃいました。」
「シェアナは?!」
出迎えた家令に詰め寄っていると、その後ろからパッと人影が現われ、そのままテオドールの腕の中へと飛び込んできた。それは、彼の最愛の妻だった。
「シェアナ……!け、怪我は?!大丈夫なのか?!」
「テオ…!」
新緑色の瞳からボロボロと涙を零しながら、腕の中でテオドールを見上げたシェアナは弱々しく、けれど安心したように儚く微笑んだ。
しかしその頬に血が点々とついているのを見て、テオドールは血の気が引いた。
「け、けけ怪我をしてるじゃないかっ!」
「ち、違うの」
「は、は、は早く、治療を」
「私の血じゃないのよ」
慌てふためく夫に、再びシェアナは悲しげに顔を歪める。
「クロエが…!クロエが襲われたの…!コリンヌも…ッ!わ、私を庇って……」
「コリンヌ?」
コリンヌとは、シェアナ付きの侍女の名前だ。
「コリンヌは今何処に?」
「お、奥で治療を、受けてるわ…っ!でもっ、でも、傷が深くて……っ」
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