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知らなかった
しおりを挟む「……知らなかったわ。お母様、そんな事があったのね。」
つい今しがた自身に起こった出来事と、母に降りかかった事件を重ね合わせ、サラは思わず身を震わせた。
自分を庇ったケリーと、母を庇ったコリンヌ――親子で同じような悲劇を経験するとは、一体どんな巡り合わせなのだろうか。
「成程。昨今起きている事件に、とても類似点がありますね……。母は、それでどうなったのです?」
言葉を探るようにガーヴィンが尋ねると、父は静かに頷いた。
「ああ。今こうして生きているのだから助かったよ。ただ、受けた傷は深かった。主治医の治療だけでは限界があるとフランクが判断して、手術と静養を兼ねて一ヶ月ほどミガンに滞在したんだ。」
「そう、でしたか。」
ガーヴィンの空色の瞳が揺れていた。彼の微かな声のかすれ具合からも、この話に動揺している様子が伝わる。だが、サラは次の彼の言葉に、単なる驚きではない別の感情を感じ取った。
「……母は、その犯人を見たのですよね。」
彼の静かな一言にサラは、やはり自分の婚約者は冷静で頭の回転が速い人だ、と心の中で密かに感嘆した。
暫くの間、犯人はクロエの顔を見ていた、とシェアナは言った。ということは、逆も然りだ。クロエも覆面の下の犯人を間近に見ていたはずである。
「それがな……。」
しかし聞こえてきた父の低い声に、サラは思わず息を詰めた。
「どうしたの?」
父は難しい顔で言葉を選ぶようにした後、ゆっくりと続けた。
「彼女は……何も覚えていなかった。」
「覚えていない?」
「襲われたショックで、記憶を失ったのだろうとフランクが言っていた。」
「……そうですか。」
その答えを聞いて、ガーヴィンは落胆したようでもあり、ほっとしたようにも見えた。自分の母に、当時の状況を聞くのはやはり偲びないと思ったのだろう。
しかし。
「シェアナも、ある時からそれについて話してくれなくなった。」
「え?」
「事件そのものの話をしなくなったんだ。」
「……それは。どちらかと言えば、思い出したくない話でしょうし。」
「そうでは無いんだ。なんと言ったら良いのか。」
否定した後、父は考えるように言葉を続けた。
「むしろ、コリンヌの話はその後も時々していた。自分が飛び出したせいで彼女を犠牲にしてしまったと悔い、泣きながら何度も私に話していた。そうして少しずつ、悲しみを乗り越えようとしていたんだ。
犯人の事も、何か思い出せば捕まえられるキッカケになるかもしれないと、騎士団に渡せるようにメモもとっていた。それなのに、そのメモをある日突然全て燃やしてしまった……。そして、怯えるようになったんだ。」
「怯える……?」
「そうだ。私も最初のうちは事件の後遺症だろうと思っていた。実際にそうだっただろう。だが、それだけでは無いと感じた。」
「……どういう事です?」
ガーヴィンがその言葉に怪訝な顔をする。父は「まあ聞け」と言うと
「話をしなくなった頃以前に、シェアナが夫人の見舞いにランマイヤー伯爵家を訪れたことがあった。その時、私も心配で彼女を一人で外出させるのが恐ろしくて、屋敷まで同行したんだ。そして、シェアナがランマイヤー夫人と話している部屋の隣の応接室で待っていた時のことだ。」
「……何があったのです?」
ガーヴィンはじっと真剣な目で伯爵の顔を見つめていた。サラは息を詰めたまま、父の次の言葉を待った。
「その時、聞こえてきたんだ……夫人の声で、『このことは絶対に言わないで』と。」
「……え?」
「シェアナの返事は聞こえなかった。ただ、部屋から出てきた時の彼女の顔が、まるで恐ろしいものを目にしたような蒼白さだった。
それで私は思ったんだ。夫人は忘れているのではなく、何かを隠しているのだと。そしてそれを、シェアナも共有していると。」
「……お母様が、犯人を知っていて黙っているというのですか?」
父の考えにそんな馬鹿なと思いながらも。サラの頭には先程ガーヴィンと話した会話の内容が思い出されていた。
──もし、ローゼマリア様の背後にいるのが、彼女と関係を持つ貴族ではなく、血の繋がりがある者だとしたら。
過去の母達の事件と、現在進行形で起こっているこの事件が繋がっているのだとしたら、何かが見えてきそうな気がして、サラの身体は小さく震えた。
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