【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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中継ぎの王【ウルク視点】

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 なぜ、この世はこんなにも灰色なのだろう。


 自分の掌にすら色を見いだせなくなったのは、いつからだったのか。



 兄《ライル》が亡くなった時からだろうか。


 ──それとも、王太子という重圧を受けるようになった時からか。



 兄は──ライルは、誰もが認める立派な人物だった。

 民の声を聞き、父王から直接指導を受け、国の未来を見据えるその姿は、次代の王としてこれ以上ないほどふさわしかった。澄んだ瞳で誰よりも遠くを見つめ、常に前を向いていた。

 一方、私はいつもその影にいた。
 それでも兄が生きていた頃は、彼が私を見てくれた。「私を支え、一緒に治世を目指そう」と言い、世の中を見通す美しい瞳でウルクを見、手を握ってくれた。

 だが、兄が不慮の事故で亡くなった瞬間、私は独りになった。
 父王も、母である正妃も、教師も友人も──誰一人、私を真に見てはくれなかった。

人々は私を中継ぎの王偽物と呼び、兄と比較しては軽蔑の目を向けた。

「お前は駄目だ」
「失敗作だ」
「無能だ」


 ──その言葉が、どれだけ私を蝕んだか。





 


 アマルナとは、そんな時に出会った。サンドラルド公爵子息が、彼女を私の元へと連れてきたのだ。
 美しい顔立ちの男爵令嬢は、警戒する私を見て優しく微笑んだ。



「私、ウルク様のことを本当に尊敬しておりますの!」
「私を……尊敬する?」
「ええ!だって、いつも堂々としていらして、何事にも全力で取り組まれるお姿、とっても素晴らしいですわ!こんなに立派な方は他にいらっしゃいませんもの!」
「そ、そうか……」
「ウルク様はもっとご自身を誇らしく思われるべきですわ。皆様も、きっと心からそう思っていらっしゃいますわ!」



 その言葉がどれほど偽善的であっても、私には救いだった。
 アマルナが王太子となった自分ウルクの気を引きたいだけだと理解していたが、誰からも否定され続けた私にとって、彼女の言葉は冷たい闇の中に灯った小さな光だったのだ。




 だがそれは、直ぐに色褪せた。
 
 正妃が子どもを一年間懐妊しなかった場合に据えられる側妃候補の中に、クロエを見つけてしまったからだ。

 春の光の様な美しさを持つ彼女は、まるでそこだけ木漏れ日が差したように、灰色の世界の中で鮮やかに浮かび上がって見えた。
 ウルクは初めて誰かを手に入れたい欲しいと思った。
 
 





「お初目お目にかかります。サントモルテ伯爵が娘、クロエにございます。」


 その澄んだ空色の瞳で見つめてくれたなら。その鈴の鳴るような声で、彼女が私を好きだと言ってくれれば、この空虚な日々を埋められるような気がした。


「ずっと私の傍にいて欲しい。」


 そう懇願した私に、彼女は迷いながらこう答えた。


「……貴方様がそう望まれるのであれば、そのように。」


 クロエは古く由緒正しい伯爵家の令嬢であり、貴族としての義務を誰よりも重んじているようであった。その彼女が私の「そばにいて欲しい」という言葉を拒むことができなかったのは当然の事だろう。


「⋯⋯貴女は、この様に不出来な私に望まれて迷惑であると思うが⋯⋯。」


 本当は嫌だったに違いない――そう分かっていても、彼女の返答に縋るしかなかった。けれど。


「⋯⋯私は殿下を良く存じ上げておりません。」
「⋯⋯私の噂を知らないのか?」
「⋯⋯失礼ながら、噂を聞いた事はございます。」
「それなら」
「私は殿下を特に⋯⋯他者に劣っているようには感じておりません。」


 躊躇いがちに、クロエはそう言った。その言葉は好意や気を引きたいが故の戯言なのではなく、彼女が本心より伝えている言葉だと私は本能で解った。

 彼女さえいてくれれば。その気持ちが一層強くなった。

 私は、彼女の心が少しずつ私に向くことを願った。側妃候補として彼女を迎える道を模索し、やがてクロエを手に入れる日が来ると信じていた。

 彼女を側妃として迎える為に尽力したが叶わず、正妃との子を作ることを急がれた結果、一年経たずに第一王子が生まれてしまった。

 その後。

 王族派閥の議会にて、クロエが側妃へと置かれることは否決された。


「何故だ?!正妃は子を産んだ。側妃を置ける筈だろう?!」


 激高したウルクが何故だと問いかけても、先王の時代より仕えている大臣は顔色一つ変えなかった。


「ウルク殿下。貴方は勘違いをされていらっしゃいます。
 正妃様より誕生した王子様がいらっしゃるのです。隣国との結び付きが、今現状の我が国にとっての最重要事項でございます。正妃様以外の血は、争いの元になります。正当な血筋以外は不要です。」
「……!」
「それに貴方は、些か我儘が過ぎますぞ。な貴族同士を結びつけるのも、王族としての役割でしょう。」
「わ、私が不良品だとでも言いたいのか……っ!」
「おやおや、誰がそんな事を?良いですか。王族派閥より再度、代表して申し上げます。我々はあなた方王族を支えるべく、王族派閥同士の更なる結び付きが必要なのです。次世代に繋げる為に必要な事とご理解下さい。」


 その時には、既に父王がその全てを承認していた為、覆ることは無かった。クロエは側妃候補を降り、会うことが出来なくなってしまった。

 
 









 
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