【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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憎しみ【ウルク視点】

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 失意のまま、二年の月日が流れた。正妃リーリアが第二子を孕む間に、想定外の出来事が起きた。
 アマルナが子を宿したのだ。

 ウルクと密かに関係を持っていたアマルナは、正妃リーリアの怒りを静かに煽り、最終的には彼女を恐れた男爵に縁を切られてしまった。身分を失い行き場をなくしたアマルナは、ウルクに泣きついた。


「私はこんな結末を望んでいたわけではありません!全部⋯⋯全部、貴方のせいです!」


 そう詰め寄られ、仕方なく彼女を離宮に住まわせることにした。

 だが、彼女が目を輝かせて「あなたの子を宿しました」と語る姿に、ウルクは深い嫌悪を覚えた。

(やはりこの女は、私の地位に目が眩んだだけの蛆虫だったか。)


 そう分かっていながら、彼女を道具として、自らの性欲のはけ口に利用していた事実に舌打ちする。

 本来ならば、アマルナが妊娠するはずはなかった。ウルクは彼女に強力な避妊薬を飲ませていたのだから。
 だが、彼女は密かに薬を飲むのをやめていた。愚かしい事に、どうにかして王位継承権を持つ子を生み自分の地位を守ろうとしたのだ。
 そのことを知ったリーリアは、アマルナを私室に呼び出した。

「私を舐めきっているのか。そんなに死にたいのなら、お前と共に、お前の親族全てを滅ぼしてやろう。
 もう縁を切っている?知ったことか。
 お前の血の繋がった者など、この世には必要ない。お前のせいだと耳元で囁きながら、皆殺しにしてやろう。赤子の首を捻るより容易い事ぞ?

 許して欲しいのか?
 そうか。では子どもの王位継承権を永久に放棄する誓約書を書け。
 子は許してやろう。お前は二度と離宮を離れるな。その身が寿命で滅びるまでは放っておいてやる。」


 隣国の王女でもある正妃の苛烈さを前に、アマルナは逆らう気力を失い、ただ娘を産むことだけを選んだ。
 その後、野心を失った彼女はウルクに縋るだけの存在となった。

 一方クロエは、王家が干渉する前に、元々婚約していた男のもとへ嫁いでいった。だが、ウルクの心には諦めきれない思いがあった。


(既成事実を作れば、側妃にできる。)


 クロエを誘拐しようと考えたが、彼女の護衛は強固で、その機会はついに訪れなかった。

「……欲しいと思ったものは何も手に入らない。」


 クロエの姿が消えた瞬間、ウルクの世界から再び色が失われた。どれだけ手を伸ばしても届かないという絶望が、胸を更に濃い灰色へと塗りつぶしていった。
 

 

 王太子の地位に縛られた生活。
 執務は制限され、周囲からはこう告げられる。

「次代の王には直接先王が教育を施されますので、貴方様は何も気にせずとも良いのです。」

(つまり、誰にも必要とされていないということだ。)

 鬱屈した気持ちを抱えたウルクは、剣術に没頭することで心を紛らわせるようになった。剣を振る間だけは、すべての雑念が消え去った。

 しかし、その剣術も特に秀でているわけではないのだろう。ただ教師に叱られなかったというだけ。武術が無用とされる時代において、王族の技量が評価されることはなかった。

 やがて周囲の評判は冷ややかなものに変わっていった。


「第一王子様はなんと聡明なことか。」
「王太子に相応しいお方だ。」
「何を教えても直ぐにご理解に及ばれるらしい。」
「それに比べて、やはりは……。」


 彼らが言っているのは、既に私の事ではなかった。第二王子として産まれたマクベスの事だった。
 先代の王と、そして 故ライル王子に似たフレデリックは、やはり己とは違い何処までも澄んだ目をしていた。


(同じ道を辿るのか。)



 ますますそれ武術にのめり込むようになった頃に、正妃が第四王子を妊娠した。第一子からを使い、男のプライドをへし折られながら出来た子ども達。愛情などそこにはなく、薄い関心すら持てていたのか。

 第三王子と同い年の男児をクロエが産んだことは、数年前に知っていた。だがその事を思い出す度に、自分の物になる予定だったクロエを盗られた嫉妬と怒りで、ウルクは頭がどうにかなってしまいそうだった。

 色のない世界。何を食べても味がせず、何を見ても関心を持てない。気を抜けば叫び出してしまいそうになる。
 何故、こんな世に生まれてしまったのだと。



 ある日、気晴らしに連れて行かれた狩りの帰り道。人通りのなかったその野道で、側近の一人が通りすがりの男女を斬りつけた。「道の邪魔だ」という理由だけで。


「捨て置け。他言はするなよ。」


 の部下達は何も言わず頷いた。ウルクも同じようにその場を通り過ぎた。

 だが、頭から離れなかった。

 その時目にした《紅》。

 血の鮮やかな色が、灰色に覆われたウルクの世界で唯一の「色」だったのだ。

 アマルナの髪も深紅だった。だか彼女の髪の色はウルクの目には認識されない。

 だから、その紅は特別だった。




(⋯⋯そうか。邪魔なら殺せばいいのだ。)


 内なる声が囁く。


(紅に変えてしまえばいい。殺してしまえばいいのだ。)



 この瞬間、ウルクの心に歪んだ救済が生まれた。灰色の世界を塗り替えるために、紅を求める自分が目覚めたのだった。

 彼は気が付かなかった。
 その時、自分が涙を流していた事に──。
























 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯






 ここまでの長いお話を読んでくださってありがとうございました(*・ω・)*_ _)
 全て完了いたしました!
 本当にお付き合いありがとうございます!



 熱がある時に、お話を書いては駄目な気がする⋯⋯と思いながら突っ走りました(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”ヤッテシマッタ




 ☆補足


 ウルクが王に就任したのは、第三王子が生まれた後です。

 ウルクは、このお話の後にクロエを襲撃しますが、従者、侍女達だけを殺して明らかに貴族だと思われる子女は殺害しませんでした。(従者達にも貴族はいますが明らかに者たちを冷静に選別して殺害しています。)

 この理由は、側近(サンドラルド公爵)が殺害した男女二人組が王族派閥の貴族だったことに繋がります。
 貴族であったが故に面倒な事が起こるとウルクは考えました。(彼は「出来が悪い」と表現を致しましたが、本来の能力は低くありません。寧ろ、狡猾で賢いので10年以上犯行が見つかりませんでした。)

 政治的な波紋であったり、直接的な報復(国家転覆⋯それはウルクにとっては心の中で徐々に大きくなり、後に望むものではありましたが、始めはまだ違っていました)に繋がる恐れがあったからです。
 ただ、自分からクロエを奪ったり馬鹿にしてきた王族派閥の貴族は大嫌いです。だから従者を殺し、あえてを襲う事にも拘りました。

 またクロエを殺すことにより、彼の中に残っていた僅かな希望や喜びが失われることを無意識に忌避した結果、貴族を避け、その従者達のみを殺害するようになります。先に書いた、残された女性の恐怖に歪む顔を見て快楽を得る事も目的になっていきました。
 このへんは、ウルク王の変な拘り持ちです。

 
 主人公達霞みまくってますが、幸せな人もいれば不幸せな人もいて、人それぞれの
 感じ方や在り方が描きたかったので、概ね満足致しました。


 今回は思いっきり(自分史上)猟奇的でキモいなと思う物語を描いてみました!書きながら「キモイな」って何回も言っていました。これ以上のキモさは今はまだ表現出来ないかもしれません。勉強しなくては( ᐛ )و




 次はファンタジーになるかと思います!
 男の人を、めちゃ変な人ばかり描いてしまいますが、今度こそ来てくれ、正統派!と思いながら毎回描いてます(本当に)
 またどうぞ、よろしくお願い致します(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)ペコリ


 


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