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彼女の罪
しおりを挟む両面開きの重厚な扉がゆっくりと開いた。低く響く軋みの音がホール内に広がると、人々のさざめきは一瞬で止み、ただ静寂が場を包み込む。
誰ともなく、貴族たちは左右に分かれて自然と道を作った。その動きは、何かを察知したかのように静かで、周囲にはかすかな息遣いだけが残る。
サラは、マルベリアが背筋を伸ばしホールの中心へと進んでくるのを見つめていた。
彼女は美しい銀色の髪を結い上げ、顔を覆う黒いベールと丈の長い黒いドレス、そして黒い長手袋を身に纏っていた。
先頭を行くサンドラルド公爵の顔には険しい皺が刻まれ、唇は固く結ばれていた。傍らを歩く夫人もまた、沈痛な表情を見せながら視線を正面に固定している。二人の足取りは静かだが、確固たる重さがあった。
暗い色の衣装は葬儀を連想させ、不穏な空気にホール内の貴族たちは、彼女たちの異様な空気に圧倒され、ただ黙って見守るしかなかった。
一行が壇上の椅子に座るフレデリック殿下の正面で立ち止まると、公爵が胸に手を当て一礼をした。その動作には隙のない礼儀正しさがあったが、僅かにその手が震えている事にサラは気がついた。
「国の太陽、王太子殿下に置かれましては、常に王国の繁栄と安寧をお導きくださり、臣として心より敬意を表します。」
公爵の声は落ち着いており、その調子には不必要な感情の起伏が一切ない。
夫人とマルベリアもそれぞれカーテシーをすると、王太子は短く「楽にせよ」と応じた。その声は平静だったが、何が始まるのかと貴族達は緊張したまま会話の行く末を見つめた。
フレデリック殿下が一行を見据えながら口を開く。
「呼ばれた理由は、理解しているようだね。」
「……はい。」
公爵の重い声が静かに響く。
「マルベリア、前に出なさい。」
その声に促され、マルベリアは一言も発さず、ゆっくりと歩みを進める。ホール全体が彼女に注目する中、マルベリアは人々の視線を意に介さないかのように、静かにその場に跪いた。
黒いベールが表情を隠しているため、彼女の顔は見えない。それでも、真っ直ぐに背筋を伸ばした姿勢からは、ただの謝罪や弁明では終わらない何かが伝わってきた。
マルベリアが跪いた瞬間にハーヴェイ殿下の顔が歪がみ、彼はまるでその様子を見たくないと言うように、顔を背けた。
サラは、きつく唇を噛み締め、そんな彼女の姿をじっと見つめていた。
頭の中では、教室で柔らかく微笑む彼女を思い出していた。澄んだ朝焼けの空── サンセットトパーズ色の瞳が楽しそうに煌めいて、けれど何処か悲しそうで、寂しそうで。
時折遠くを見つめる目に映っていたのは、そこに居ない誰かだったのをサラは随分前から知っていた。
知っていて、知らないふりをした。
強がる彼女の気持ちに問い掛ける事もせず、ただ話を聞いていただけだった。
友人だと思っていた筈なのに、気が付かぬ内に身分で彼女と自分を区別して、彼女の本当の心の声を聞く事をしなかった。
──聞いていれば、何かが変わっただろうか。
ここに、エミリアが居たら何と言うのだろう。困ったように笑って「私達はまだまだ仲良くなれる要素がたくさんありますわね」と言うのだろうか。それとも──。
重い沈黙の中、マルベリアがゆっくりと口を開いた。
「……フレデリック殿下。」
その声は驚くほど静かで穏やかだったが、静まり返ったホール全体にしっかりと響いた。
「不躾なことを申し上げますが、貴方様に一つお願いがございます。」
フレデリック殿下が何も答えないまま、彼女は続けた。
「私の罪をこの場で暴く前に、私の話をお聞きいただけませんか。
どうしてこのようなことをしでかしたのか。
興味がおありではないでしょうか?」
その言葉には、何かを問いかけるのではなく、場の全員に「知るべきだ」と訴える強い意志が込められていた。
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