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間違った方向への自信
しおりを挟む「……それは、違うんじゃないかな。」
サラの呟きに、ガーヴィンはそう言って彼女の新緑色の瞳をじっと見つめた。
「優秀さが人を狂わす訳では無いよ。」
「ガヴィ。」
「僕は、驕り高ぶることが人を狂わすのだと思う。
……自分の方が、上手く出来た。
自分の方が、相応しかった。
自分の方が、正しい存在だった。
そう思う事が、全て悪いという訳じゃない。けれど、思い込んで自分の考え方や視野を狭くして、その結果人を傷つけてしまっては結局それはただの自己本位で、それが人を狂わせるんじゃないかなって思うんだ。」
「……そうね。だからサンドラルド公爵はウルク王をいつしか憎み、マルベリア様も、自らがマクベス殿下に選ばれなかった事に対する怒りを暴力に変換してしまった……。」
「……彼女は最初は、殺すつもりは無かったそうだよ。」
「え……?」
ガーヴィンの言葉にサラは目を見開いた。そんな話は初めて聞く。少女の表情に、ガーヴィンは美しい空色の目を少しだけ伏せた。
「……サラはずっとショックを受けていたからね。ハーヴェイ殿下が色々と教えてくれていたんだけど、落ち着くまで話すのは待とうと思っていたんだ。」
「まあ、ハーヴェイ殿下が……。」
「僕が、当事者に何も教えないつもりかと脅したんだけど」と顔を顰めた。そして声を潜めて続きを話し出す。
「マルベリア嬢は元々、あの娘を攫って……所謂いかがわしい場所へと売る手筈をしていたそうだ。」
「……何があったの?」
言葉を少し濁すガーヴィンに、サラは続けてと目で促す。
「あの娘がマルベリア嬢に捕らえられた時、彼女は口汚くマルベリア嬢を罵ったそうだ。
「あんな出来損ない、要らない。お前にくれてやる」と。」
「……。」
「マルベリア嬢は、どうしてもその言葉が許せなかったらしい。取り消せと、何度も彼女をその場にあった剣で脅し、そしてそのまま。」
ローゼマリアの遺体は、サンドラルド公爵家の所有地の山中の小屋で見つかった。
小屋の隅で、蹲るように目を瞑ったローゼマリアは、冬の零度を下回る寒さにより半分凍った状態であった。
腐敗の全く進んでいなかったその様子は、紅いドレスを身に纏い、まるで今にも目を覚ましそうな程に美しい死に顔だったのだという。
サラの脳裏にいつも思い浮かぶのは、最後に見た彼女ではなく、良く笑い、良く喋り、冗談を言う明るいマルベリアだった。
怒りに我を失った狂気の様を目の前で見ていたのに、今でも心のどこかで信じ切れていないのだろう──彼女の柔らかなサンセットトパーズ色の瞳は、何時だってサラの中では輝いていたのだから。まるで本当の朝焼けのように。
「……マルベリア様は、本当にマクベス殿下の事を愛していらっしゃったのね。」
「どうだろうか。自分が生涯を賭けてきたものに、価値がないと言われてカッとなってしまったのかもしれないよ。」
「……意地悪ね、ガーヴィンは。」
「僕は人として歪んでいるからね。」
「辞めてちょうだい。私は貴方にずっと恋をしているのよ?そんな風に言われると悲しくなるわ。」
「こ、ここ、こって……っ!?そんな、そんな可愛い顔して言っちゃダメだよ、そんな言葉は反則だよ……っ!
ぼ、僕は、何も言えなくなってしまうじゃないか。」
「鶏みたいよガヴィ。いいじゃない、本当のことだもの。」
にっこりとサラが微笑むと、ガーヴィンは頬を赤く染めると恥ずかしそうに視線を逸らす。
そしてその表情にサラはふと、呟いた。
「マルベリア様も、殿下に好意を伝えていたら良かったのかしら。」
私と殿下は恋愛関係では無いもの──かつてのマルベリアの言葉が頭の中で再生された。どれほどの無理をしながら、その言葉をサラ達に言っていたのだろう。心中を察するに余りある。
「……ただ好きだと、素直に伝えていたら。何かが変わっていたのかしら。」
「……どうだろう。僕はマクベス殿下では無いし分からないけれど。──もしかしたら、違っていたのかもしれないね。」
サラは少しの間、悲しげな目でガーヴィンを見つめた後。そうであって欲しい、でもそれであっても今となってはと思いながらも小さく頷いた。
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