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変わる想いと変わらない想い
しおりを挟むそれからさらに時が流れ、サラとガーヴィンの結婚がいよいよ近づいてきた。
少し前まで「恋なんて意味分かんないや」とあっけらかんと言っていた弟が、最近では婚約者の話をするたびに頬を染めるようになったのは微笑ましい変化だった。
ガーヴィンの妹──ティアラは幼い頃から驚くほど美しい少女で、兄であるガーヴィンをも凌ぐ母譲りの美貌を持っている。
そんな少女を婚約者として身近で見守るクリフは、彼女が誰かに奪われないかと毎日気が気ではないらしい。
今日も彼は「行ってきます!」と自ら編んだ明るい水色のレースのショール(これで何枚目だろう?)を手にして、定例のお茶会に意気揚々と出かけて行った。
身内の変化に気づき、サラは姉として嬉しく思う反面、ガーヴィンとの結婚で慣れ親しんだ家を離れる寂しさを少しだけ感じていた。
エミリアがハーヴェイ殿下の婚約者になった報せが届いたことは、一番最近驚いた事だったが、フレデリック陛下の傍で彼に仕えたいと考えているハーヴェイ殿下が縁を結ぶに相応しい相手として、数年前に婚約者と婚約解消をして以来、誰とも再婚約を結んでいなかったエミリアが選ばれたとの事だった。
手紙で「また観劇を致しましょうね」と誘われて、サラは目を閉じて学生だった日々の事をしばらく心の中でなぞっていた。
マルベリアは修道院に入ってその後、神に祈りを捧げる日々を粛々と送っているのだと教えてくれたのも、またエミリアだった。
そんなある日、サラとガーヴィンは伯爵家の中庭に面した窓辺でお茶を楽しんでいた。静かで穏やかな時間。
ふと、ガーヴィンが身体ごとこちらに向き直った気配を感じ、サラは顔を上げた。
青い瞳に宿る微かな緊張。彼はサラをじっと見つめて、軽く咳払いをした。
「ねえ、サラ」
「なあに?」
「僕は……君が聞きたいと思っている言葉を、まだ言えていない。」
その言葉に、サラは少し困ったように微笑んだ。
「好きだ」と言ってほしいと拗ねていた遠い昔の自分を思い出す。でも今はそんなこと、全然気にしていない。彼の気持ちは、言葉にされずとも十分に伝わっているから。
虐げられてきた過去の記憶が、ガーヴィンを永遠に苦しめるかもしれない。それでも、「サラと一緒にいると恐ろしい夢を見ないんだ」と彼が告げてくれた時、自分が彼にとって支えになれていると知り、胸が温かく満たされた。
「問題ないわ。あなたの気持ちは、行動のすべてから伝わっているもの。」
その言葉に、ガーヴィンは少し驚いたように目を見開き、それから柔らかな微笑みを浮かべた。
「サラは、優しいね。」
「……急にどうしたの?」
彼の真剣な眼差しに、サラの心臓がドキリと高鳴った。切なげに揺れる青い瞳が、中庭の景色をまるで湖の水面のように映していて。その目と顔はずるい、とサラは心の中でいつも思っていると言うのに。確信犯なのかしら?
「……これからも、言える時に言っておいたほうがいいと思ったんだ。」
ガーヴィンは視線をそらさずに言葉を続けた。
「サラは本当に可愛い。くりくりした大きな目も、小さな鼻も、よく笑う口元も、小さな手も。
嬉しいことがあるとスキップしてしまうところも、悲しいと机の隅をいじるところも。
好奇心旺盛で、本を読んだり劇を観ている時のきらきらした目も――全部、可愛い。」
「……よく見ているのね。」
「もちろんだよ。サラといる時は、一瞬だって君から目を離したくない。サラが嬉しそうだと僕も嬉しいし、サラが悲しいと僕も悲しい。その気持ちを、いつも共有したいと思っている。」
「何だか、恥ずかしくなってきたわ。」
サラは頬を赤らめた。彼が自分をずっと想ってくれているのは分かっていたけれど、そんなふうに考えていたとは知らなかった。
「それに、僕の気難しい性格にずっと合わせてくれている。」
ガーヴィンはそう言うと少しはにかんだ。サラは思わずクスリと笑う。
「確かに、あなたは天才気質で神経質だから、それは認めるわ。」
「僕が余所見をしないって分かってるのに、それでも君が時々焼きもちを焼いてくれるのも嬉しいし、君の気丈で凛々しいところも尊敬している。」
「ありがとう。」
サラが嬉しそうに微笑むと、ガーヴィンもその顔を見つめて優しく微笑んだ。そして。少しだけ長い睫毛を伏せたあと、再度視線を上げて。
「……そんな君を、僕は――僕は本当に、愛おしいと思っている。」
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