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番外編

愛しい君2

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 口付けを終えた後、恐る恐るアンティーヌの顔を見ると、彼女は顔を真っ赤にして。
 ぽろり、と真珠のような大粒の涙を零した。それすら美しくて。
 ジオスはその時初めて、この気持ちが恋なのだと知り、そして同時に激しい胸の痛みを感じた。


「アンティーヌ…嫌だった?」


(答えなんて、知っている。)



 聞くまでもなく。
 アンティーヌが自分を好きでいてくれている事を知っていたジオスは、彼女が涙をポロポロと零しながら、首をゆるゆると横に振るのを見て。


 なんということをしてしまったのだろう、と酷く後悔をした。


 ジオスは間違いなく、アンティーヌに恋をしていて、彼女のことを愛している。けれど、彼女と結ばれる事は決してないのだ。それを分かっていたのに、自分の感情を優先し、アンティーヌに口付けをしてしまった事に、ジオスは悔恨の念を抱いた。


 けれど、彼女に既に婚約者が居ることを告げる事は、最後まで出来なかった。

 愛する人に愛されているという甘美な現実の誘惑から、逃れられなかったのだ。



 だからあの日。フィオナとの会話を聞かれているとは思わなかったあの日。


 アンティーヌとの約束がなかったその日、珍しくフィオナに誘われて図書館へと来ていた。そして、アンティーヌとの接し方について、初めて苦言を言われたのだ。
 そんなことは無い、フィオナとアンティーヌは違うと言って話を終わらせようとしたジオスに。




「…大体あなた、アンティーヌが自分の事を好きだと分かっているのに、何故彼女が誤解するような行動をとっているの?」

「…別に、そんな事はしていないよ。」


 ジオスはフィオナを、その時
 婚約者は、彼を美しい黒い瞳で睨みつけていた。心臓がどくり、と嫌な音を立てる。言葉で否定しても、フィオナは視線を緩めることはなかった。



「私が知らないとでも思っているの?二人でこそこそとここで会っているのも知っているのよ?」

「…フィーが誤解しているような事は何もない。」


 フィオナとの婚約解消もなければ、アンティーヌに心を伝えるつもりもない。だから


 そう思った瞬間、アンティーヌに最初で最後のキスをしたあの陽だまりの日を思い出して。ジオスは自分で自分を殺したくなった。

 自分はどうしようも無い馬鹿だ。大馬鹿だ。




「どうだか…。」


 フィオナは確信と怒りの籠った言葉を投げやりに吐いた。


 彼女は子爵の一人娘だ。長男のジオスは本来、男爵家を継ぐはずだったが、ラビオッテ子爵に是非フィオナの婿にと望まれ、入婿になることが決まっていた。

 セルージャ男爵家は弟が継ぐ。そう子どもの頃から決められていて、家同士の繋がりだからと分かっていた。

 勝気なフィオナの性格を少し苦手に思うところもありつつ、政略結婚とはそういうものだとずっと思っていた。

 アンティーヌに出会い、恋をするまでは。

 先の会話で「フィーに対する気持ちとは違うから比べたことがない」と言った時、フィオナは泣きそうな顔をしていた。彼女は知っているのだ。
 
 ジオスには役目がある。その役目は既に決まっていてそれを全うしなくてはならない。それが貴族に産まれた運命なのだから。

 だから、困ったように笑いながら言った。


「ご機嫌斜めにならないで。んだから。」


 間違ってはいない。フィオナに対しては妹のように、そして家族のように思う気持ちはあった。恋慕では無いけれど、子どもの頃から一緒にいたのだ。情はもちろんある。


「…そうやっていつも誤魔化して…。」

 フィオナが不満そうに、そしてどこか悲しそうな声でそう呟いた。


「貴方は…私がどんなに惨めな気持ちでいるのかなんて、今だって想像もしていないんでしょうね。
 …あーあ、馬鹿らし。それでもどうにもならないのよ。貴方も私も、哀れだわね。笑わずにはいられないわ。」


 そう言って乾いた笑い声をあげるフィオナに、ジオスはなんと言葉を返していいのか分からず、図書館なのだから静かにしてほしい、と伝えた。
 彼の言葉に再びフィオナはジオスを睨みつけた後、ジオスの背後を見て目を見開き、あっ、と息を飲んだ。

 それにハッとして振り返ったその先に見えたのは、見慣れた後ろ姿だった。



 アンティーヌの走り去る後ろ姿に、ジオスはやっぱり己は自分自身がただ可愛かっただけだったのだと、心底思い知らされた。


 
 
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