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第二章
前世の記憶は役に立つのです
しおりを挟むこの世界のパンは、ほとんどが固い。美味しくない訳では無いけど味がほとんどない。甘味は砂糖や蜂蜜でなんとかなるとしても、全然ふっくらふわふわしていないのだ。
「パンが膨らまない事には何も始まらないのです。」
最初の一ヶ月はパンを膨らます為にアリアなりに色々と工夫を凝らした。
発酵させる時間を伸ばしてみたりメレンゲを混ぜてみたり苦味の少ないビールを混ぜてみたり。
多少膨らみはしたものの、今度は見た目の美しさや美味しさが減退した。
モサモサの生地を眉根を寄せながら頬張り、アリアは考え込んだ。混ぜ込んだ内容を書いたメモからビールを消去する。
(うんうん、ビールはなし…ですね。)
二ヶ月目、なかなか上手くいかず困って屋敷の中を散歩していたところに、掃除をしていたメイド達の手元に目がいった。彼女たちが手にしていた小瓶の中身は、窓ガラスや床を磨く為の薬剤が入っていた。重曹である。
(あれだ!あれは確か使えるはずです!!)
ピンと閃き、アリアは家令に頼んで重曹を少し分けてもらった。そのままぺろりと舐めてみる。痺れるくらい苦かったが、パンにはほんのちょっと入れるだけでいいのだ。その分量は何回か調節し、味と膨らみを試しながら作ってゆく事にした。
「今度こそ…!」
食べられるものかどうかは自分で試すことにして、試行錯誤を繰り返しながら何回もパンを焼いた。重曹を入れる分量を少しずつ増やして、砂糖や蜂蜜で風味を調節して。そして、その時はやってきた。
オーブンの温度を慎重に調節し、きちんと寝かせて発酵させたパンは、焼き上がると見事にふわふわに膨らんだのだ。それをドキドキしながら食べてみると、外側はサクッ、中はふんわりと思わず唸ってしまうほどとても美味しかった。
「出来ました…!あの頃の、パン…!」
そして、2、3日様子を見たがお腹を壊すこともなかったので、屋敷の者達にも食べてもらうようになった。
そして彼らに大絶賛されて、今である。
「まさか三ヶ月でここまで出来るとは思ってもみなかったですけど。」
焼きあがってつやつやと輝くパン達が、せっせと屋敷から出荷されてゆくのを見送りながらアリアは安堵のため息をついた。
ついでに領地内の他のパン屋にもレシピを公開した。領地の特産品になればいいと考えたからである。
地産地消でも良いが、隣接する他所には無い新しい魅力を作って、領地の活性化!これが今のアリアの活力となっている。
失敗してしまった過去はどうにもならないけれど。
(物語の先の未来は、自分で変えていけるのです、きっと!)
アリアは、そんな穏やかで少し忙しい日々を過ごしていた。
のだけれど。
「やあ、アリア嬢。元気にしていたかい?」
「は、はい、とても元っ…、い、いえ、しっかりと休養をしておりました。」
危ない。本当のことを言ってしまうところだった、とアリアは内心冷や汗をかく。アリアは心身共に病んで領地に引っ越したのである。そういう設定なのである。
(あぶないあぶない…。)
目の前の人物はニコニコと満足気に微笑んでいるので、気が付かれてはいないようだけれど。
「ふふ。体調が良くなったようで何よりだ。そして、相変わらず君はとても美しいね。
…アメリアは君の役に立っているかい?」
「え、ええ。…大変有難く…」
アリアの領地の御屋敷の中。
目の前のソファーに座り、ニコニコと笑う煌びやかな美青年にアリアは冷や汗を垂らしながら向かい合っていた。ちらり、と視線を向けると問答無用で見つめられ微笑み返される。
アリアは目が潰れる前にパッと視線を逸らした。
アメリアがいる時点で、何時かこうなる気はしていましたが…。
あ、あれえ?
何故、何故リュシアン王太子殿下がここにいらっしゃるのですかーーーーーーっ?!?!
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