【完結】ストーカー辞めますね、すみませんでした。伯爵令嬢が全てを思い出した時には出番は終わっていました。

須木 水夏

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第二章

楽しいパン作り

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 領地へと越してきた時、学園も休学し個人で勉強を続けるとしても明らかに空き時間が増えて手持ち無沙汰になってしまったアリアは考えた。

 ここにいる間、何をして過ごそうか、と。

 心を休める為に屋敷近くの海を散歩をしたり窓辺でお茶をしたり本を読んだり。ゆっくりと寛ぐ中でひと月たった頃についに、


 そう、何もしないことに飽きたのだ。


 
 引っ込み思案で大人しい性格のアリアは、本を読んだり手紙を書いたり屋敷の中で過ごすことは特に苦では無かったものの、言ってしまえばのんびりしてばかりいるような状態に、もう少し生産的なことをしたいと、思ったのである。


 そして始めたのが「パン作り」だった。
 
 元々は領地にいた時に、ナージャに作り方を伝授してもらい、身体が弱くずっと自室に引きこもっていた母に元気を出して欲しくて作り始めたものだった。


 初めて作った黒焦げのパンを見た時、母は美しいかんばせを綻ばせ、それはそれは喜んでくれた。
 焦げてしまってほとんど食べられないそれを、愛おしそうに見つめながら『パンを作れるなんてとても素晴らしい事だわ、アリア。』と褒めてくれたのだ。その時の母は頬を薄く染めてまるで少女のように笑っていた。


 アリアは思った。
 何の力もない自分でも誰かを元気にすることが出来るのだと。
 そこから少女は母の為に何度もパンを焼いた。彼女の笑顔が見たくて、ただその一心だった。




 母はその後、体調を崩して儚くなってしまったけれど、その時の気持ちはずっと心に残っていた。そして領地に帰ってきて手持ち無沙汰になった時にパン作りが再燃したのだ。
 その結果、現在は毎日毎日、飽きることなくパンを焼き続けているアリアがいた。有難いことに材料は有り余るほどある。なんてったって、広大な土地のある田舎ですから!
 


「なんと言ってもこの領地の特産品は小麦粉と乳製品ですもんね!」

 腕まくりをしながらアリアは意気込んだ。にこにこと笑いながらナージャとカトレアもそれに準ずる。


「量も質も最良品質で、国内にも沢山出回っていますからねえ。」

「美味しいパンの素、ありがとうございます…。さてさて、本日も食べていただける事に感謝をしながらパンを作っていきましょう!」

「今巷では大人気ですからね、アリアお嬢様のパンは!」



 そうなのだ。アリアの作ったパン達は、最初のうちは屋敷の中だけで消費されていた。
 けれど張り切る彼女の作るパンの量があまりにも多いので、その内に屋敷では消費しきれなくなっていった。

 すると数種類のパンを食べた料理長がどれも完成度の高い事に驚嘆し、こんなに美味しいパンなら領地内で売り出してもいいんじゃないかと言い出した。
 最初は自分の作った物が売れるとは思えなかったアリアだったが、家令やメイド達までも賞賛するので、思い切って場所代を払って、雑貨屋の隅っこで売って貰えるようにした。

 ふわふわの白い山型パン、クロワッサンに果実のジャムや果物、食べられる花弁を乗せたパイ、グレイズドーナッツやバターデニッシュ、キッシュやクリームをサンドしたパン、そして色んな形のハードパンなど。
 色々と工夫された可愛らしい見た目も、口の中で広がる甘みのある柔らかなパン生地もたちまち人気になり、今や毎日完売する人気商品になった。領主の娘が作っているというのも宣伝に一役買っているようだ。




 きつね色に焼かれた丸く平べったい、手のひらサイズのパンに粉砂糖をふりかけていると、カトレアが興味深そうに尋ねてきた。

「我がお嬢様、こちらは新しい商品ですか?」

「ええ、そちらは甘く味付けしたカスタードとホイップをパンの中に入れて見ました。味見をどうぞ。」


 アリアが微笑みながらひとつ手渡すと、彼女はおずおずとそれを小さな口に含んだ。そしてパッと目を輝かせる。


「…!とっても甘くて、パンもふわふわで…美味でございます。
 そして、こちらのパンは?」

「こっちはパンで、燻製ベーコンの薄切りとチーズをパンに載せて、表面をカリカリに焼き上げたものです。」

「オソウザイパン…?」

「あ、えーっと、うーん…『食事パン』って意味、です、はい。」

(きっと、多分、合っているはずです。)


 聞き慣れない言葉に首を傾げながら、カトレアはチーズベーコンディッシュにぱくりとかぶりつく。そして驚いたように目を瞬かせた。


「……!!これも、とても香ばしくて美味ですね。なるほど、パンによく合う物を一緒に焼いていらしたのですね。オソウザイパンですか。」

「うふふ、美味しいなら良かったです。」


 感心したように呟くカトレアに、アリアはニコリと笑った。カトレアと同じように新作のパンを食べながら、ナージャは感心したように言う。


「一体アリアお嬢様はどこからこんなアイデアを思いつかれていらっしゃるのでしょうか。素晴らしい才能です!」

「…ありがとう。」


 わたしでは無いのだけれど、が食べたことがあるのよ、とは言えないので、アリアは曖昧に笑う。
 ほとんど覚えていない前世の記憶。それでも幼少期に初めてパンを食べた時に、違うと思った事を今でも覚えている。


『…わたしの、しっているぱんとちがう』


 とても固くしてザラザラした食感。風味も甘みの少ないパン生地に首を傾げる。パンとはこんな味だっただろうか?

 何だか、自分の知っているパンはもっとふわふわしていてモチモチで、甘かった気がする。でも、それをいつ食べたのか覚えていないし、せっかく自分の為にパン作りを教えてくれているナージャにこれは違うなんて言うのも何だか言いづらくてそのままにしておいた。


 そしてここが小説の中の世界であることを思い出して前世がある事を知り、自分の思うパンの味がその頃の記憶のものだと気がついた。

(あのパンが食べたい…!)


 作り方を知っているという事は、前世は料理人だったのか、はたまた趣味でパン作りをした事があったのかは分からないが、アリアはその時食べていたパンを作れる知識と技術を持っていた。そして材料が豊富にある領地を持つ伯爵家の娘として生まれていた。




 

   

 



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