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第二章
2人きりでお話してもいいのですか?
しおりを挟む座ってもいい?と手で示しながら、マテオはガゼボへと入ってくる。
儚い朝日に照らされ、よく磨かれたガゼボの白い支柱や床に映り込む、プラチナブロンドの美麗な天使の姿。
...もしかしてここは天国でしょうか?
あららー、何だか見慣れた景色が神秘的に見えてきました。
(思えばマテオ様と二人きりで話すのは、初めてのことでは無いでしょうか…?)
ストーカーしていたあの頃にこんな機会があれば、尊死していたでしょうね、間違いなく。
アリアは気が遠くなりそうになるのを何とか堪えながら、どうぞどうぞと弱々しくお辞儀で返事を返す。
少女に促されたマテオは、アリアの正面に腰掛けた。その座り方までも優雅で美しい。
なんなのだこの人は。小説の中でも一番王子然としていたが、やはり現実でも一番そうなのだと、遠い目をしながら改めてアリアは思った。
「朝早いんだね。何時もこんな時間に起きているの?」
「い、いいえ。たまたまです...。ま、ままマテマテマテオ様こそ。」
(…何それ何それわたしーーー?!
どんな噛み方なんですかっっ...?!)
あまりの緊張にアリアは噛んだ。もう誤魔化しようがないほど噛んでしまった。しまった...と思ってももう遅いので、少女はコンマ三秒ほど心の中で慌てふためいて...一気に無我の境地になり。
そして、突然微笑んだ。
(お母様は生前に仰っておられました。
人間は愛嬌が大切。つまりそう今は...!誤魔化す為の愛嬌、それは笑顔!!とりあえず笑っとけです...!!!)
「......。」
「......。」
無言で微笑む少女の有無を言わさぬ迫力(?)に、マテオは刹那戸惑ったような表情を見せたが。直ぐににこっと再び天使の微笑みを浮かべる。
「朝からアリア嬢に逢えてとても嬉しいよ。」
「えっ?あ、す、すみません。まだ身支度もきちんと済ませておらず...。」
マテオの笑顔攻撃に、少女の鉄壁の守りは一瞬にして崩壊した。(早い。)
そしてアリアはそこで、自分がまだ化粧をしていない事を思い出した。目の前には完璧に準備が整っている公爵令息。油断していた事を非常に後悔するも、既にガゼボへとマテオを招いてしまっている手前「ちょっとお化粧してきま~す」とその場を離れることも失礼にあたるので出来ない。
特に貴族の間では、男性に素顔を晒す未婚女性ははしたないとされている。泣きそうになりながら慌てて俯く少女に、マテオは不思議そうな顔をした。そして、
「君はそのままで十分に美しいよ。」
と、優雅に宣った。青年のその対応にアリアは何処か親近感覚えた。
そして、ああ、あの夜会の夜のリュシアンだ、とすぐに思い当たる。泣き腫らしてみっともない顔をしたアリアを『美しい』と称した青年の顔がふと甦った。
....さすが親戚。そんな所も似てるんですね。
と、そう思うと同時になんだか複雑な気持ちになる。
(何なんでしょう...何なんでしょうこの方達は...。そんな感じだからストーカーなんかされるんですよ...?したのは私ですけども。はいどうもすみません。)
アリアは小さな声で、ありがとうございます、とだけ呟いた。
「...そういえば昨夜は、リュシーとどんな話をしていたの?」
突然、マテオにそう切り出されて、アリアは目を丸くした。
なぜ、昨日の夜リュシアンと話していたことをマテオが知っているのか。
彼の部屋も別館に準備をさせてもらったが、王太子殿下が泊まった部屋の一階下の、しかも東の端の大きな部屋を宛がったはずだ。西の端にあるリュシアンの部屋とは真逆の方向で、まさか声が聞こえることもないだろうに、とアリアは不思議に思った。
そんな少女の表情を読んだのか、マテオは小さく笑うと、
「君が彼の滞在している階へと上がっていくのを見たんだ。」
と言った。移動を見られている事に気がついていなかったアリアは目を白黒させたが、確かに階段は屋敷の真ん中にあるのでタイミングによっては見かけることもあるだろう。
少女は、別に悪い事をしていたわけではなかったので素直に質問に答えた。
「...わたしの事を気遣って下さって、隣国への留学のお話などさせて頂いておりました。」
言いながらアリアはハッとした。そうだ、親族であるマテオに、リュシアンの留学を薦めてもらえば良いのではないかと。少女の説得する言葉よりも確実に王太子殿下に届くだろう。
「マテオ様、あの折り入って「留学ってどういう事?」
早速伝えようとした少女の言葉を、目の前の青年は遮った。水色の凪いだ湖のような目が訝しむように、しかし真剣にアリアを見つめている。
(...あれ?何か気に障るようなことを言ってしまったのでしょうか...?)
でも何処にそんな要素があったのか、アリアには検討もつかない。質問に対して、狼狽えながらも返事をする。
「あの...、マテオ様はわたしがわが国の学園を退学している事はご存知かと思いますが。
...あ!その、勿論今回の件はわたしが全面的に悪いのでそれは納得をしております!マテオ様のせいなどではございません!」
急に悲し気に表情を曇らせた目の前の天使に、アリアは慌てた。当たり前だが少女は全くマテオを責めてはいない。あれはそういう物語なのだから。
ただ役割を果たした後の自分の身の振り方について、アリアが悩んでいたのは事実だった。
「退学は因果応報ですので、自らの責として受け入れております。けれどわたしは、...実は学園という空間が思っていたよりも好きだったようでして。そこに居る時には分からないのに、離れてみると如何に恵まれていたのか思い知る事が出来ました。
こちらの国ではもはや通うことは叶いませんが、隣国であれば不可能ではないとリュシアン殿下が勧めて下さったのです。」
「なるほど...。」
(こちらの国から離れることが出来れば、ヒーローにもヒロインにも出会うことなく安心安全に過ごせる気がするのですよね。だからかなり前向きに検討しようも思っているのです。)
自分の中でうんうん、と小さく頷きながらもふとマテオを見ると、何故か難しい顔をしている。不思議に思い小首を傾げていると、青年はアリアの視線に気がついて困ったように微笑んだ。
「アリア嬢は、この国を離れることには抵抗はないの?」
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