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第四章 オレは75人の魔法少女からケツを守られている
王女強襲
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その女性はゆっくりと立ち上がった。姿勢よく胸を張り、堂々と歩み寄る。ギザギザとした歯をニヤリと見せる。宝石の様な瞳は淡く炎を宿していた。
身長は高く、八頭身?いや、九等身?モデル顔負けのスタイルの良さである。肌は褐色で健康的な日焼けのあとが眩しい。
「綺麗な人でござるな。歩く姿が美しいでござる」
「あぁそうだな」
「歩くたびにあんなに揺れて」
「ぶっ」
ばっくり開いた胸部はこぼれんばかりにでかい。もう、たゆんたゆん。である。危険だ。このまま直視し続けると俺の理性がもたない。
「ぐああああ。誰か!誰かいないか!ハッ!」
ちょうど良いところにカリンがやってきた。
「ん?な、なに、なに、え?ちょ、そんな真剣な顔で近づかれちゃ、ったらって、……どこ見てんのよ」
俺はカリンの胸部を凝視した。
「いや、あんまりにも現実離れしてるから、安心感が得たくて。チョモランマや富士山なんかより、見慣れた砂場のお山に安心感を得るあれだよ。ふぅ。ナイス絶壁。にぎゃあああ!!目が、俺の目があああ」
カリンの指が目をえぐらんと突き出される。
「何言ってんのかわからないけど、抉り出すわよ!!!」
腕まくりするカレンの指は的確に俺の眼球を潰しにかかる。そんなおれたちのやり取りを見ていた謎の美女はやれやれと嘆息した。
「まったく男どもはこんな駄肉の何がいいんだか。鎧も着れずに邪魔なだけだぞ」
彼女は両手で乱暴に鷲掴み、ふよふよと自身の乳を揉む。
「ちょっとまちなさいよ!こぼれちゃう!」
「な、何が起きてるんだ。涙で見えない。今目を開かないと一生俺は後悔する気がする。お、おぉ!開け!開けぇ!!あ、左目が、左目が微妙に見え、見える気があああああ!!」
「あんたは見んな!!」
グサリ
「ぎんやああああ。スプーンが!スプーンがああああ」
真っ暗だ。何も見えないいいい。
「ガッハッハッ!今日は来客が多いな。誰だ誰だ?」
シャワーを浴びたさちよが濡れた髪から雫を落として現れる
「……は?」
「……ん?」
全員が首をかしげた。
「カッカッカッ!冗談だろ!さすが、下々のものは冗談も低俗だ。さちよ。我ぞ。」
「あの人ってだれですか?」
「ま、まさか」
「嘘っすよね」
「我の名はレオ=アルニタクだ!カッカッカッ!久しいな?赤鷲ぃ!」
あわあわしてるのは、ガブコとアンだが、驚きすぎて声が出てこないようだった。手に持つスプーンがカタカタ音を立ててふるえる。
「アルニタク?アルニタクっつったか?」
「……おい、そこの下男。ほんとに私のことを知らないのか?」
「…下男?…えぇ。」
ガブコとアンは抱き合ってウンウンうなづいてる。
あ、肯定しろってことか
「はい!」
「!!!!」
「!!!!」
アンとガブコが泡を吹いて倒れた。
「あのさぁ!お姉さん!いま!わたしたち、食事の準備中なの!後にして!」
トテトテとカリンがやってきた。テーブルのうえにドカっと鍋を置く。
「な、無礼な!」
「無礼?夕飯時のクソ忙しい時にやってきて、どんちゃんどんちゃんうっさいわよ!料理に集中できないじゃない!箒に乗って来たなら、お腹すいてるでしょ?食べていく?スープと簡単なものしかないけど」
カリンが勢いよく差し出した器から漂う香りが第一王女の鼻をくすぐる。
「む…うむ」
彼女は意外にも大人しく席についた。
「ガッハッハッ!!とりあえずいただきますだ!」
全員で席を囲む。龍の背で小さな夜食会が開かれた。
「ガッハッハッ!思い出した!思い出した!勇者のヤローがお前に鼻を伸ばしてやがったから、キンタマ蹴り潰したんだっけな!」
「カッカッカッ!あの者我の妹たちにも手を出そうとしてたから、踏み潰してやったわ!カッカッカッ!」
「巫女が嫉妬してな。あらん限りの呪詛を吐いていたなガッハッハッ!」
「やつのいちもつが、象の鼻のようにのびきったときのやつの顔傑作だった」
大人たちは愉快に酒を飲んでいる。あんなに楽しそうなさちよさんははじめて見た。邪魔しちゃ悪いし、カリンのとこでもいくか。おれはその場を後にした。そんな勇者の背中をみながら王女は尋ねる。
「さちよよ、あれが次代の勇者か?さすがに弱すぎぬか?我の殺気に気づきもせん。魔力もNo.入りすら厳しいレベルの低さ。ほとんどないじゃないか。帝都にいたら直ぐに喰われるぞ」
「あぁ、心配すんな。あいつはお飾りにすぎねーよ。それにあいつの強さはそこじゃねーよ」
「弱肉強食。弱けりゃ死ぬだけさ」
「心配いらねーよ。なんせ最強の魔法少女のあたしがパーティにいるんだからな」
「最強は我ぞ?」
「あ?」
「あん?」
「や、やめるっす!師匠!」
カリンの元に近づく。
「なぁ、あの人たちにも飯分けちゃだめかな」
「はぁ?あんたアイツらは私たちを襲った盗賊なのよ」
「なぁ」
カリンをじっと見る。
「はぁ、わかったわよ。あんたも大概、お人好しよね。」
「ありがとう」
カリンから渡された盆に野菜のスープをつぎ、パンと共に3人の男たちの元へ歩み寄る。彼らは縄で巻かれて、隅に追いやられていた。
「……なんのつもりだ」
「いや、腹減ってるかと」
「あ、あぁ」「ありがてぇ」
「おいてめぇら。三羽烏の誇りはどうした!人間のガキのほどこしはうけねぇ」
唸り声をあげる長兄に三男が恐る恐る耳打ちをする
「でもよぉ兄ぃ?おれたちまともに飯食えてねーだろ」
スープの匂いに長兄も腹がなる。
「ぐ、ぐぅ。何が狙いだ」
「意地張ってないで食べな。べつに。なんかしてもらいたいわけじゃねーよ。」
「おれたちは魔族だぞ」
「だったらどうした。生きてりゃ腹が減る。腹が減ってる奴がいて、おれは飯を持ってる。だから分けた。それだけさ」
「あんたらを襲った。」
「あぁ、当然償いはしてもらうぜ。今まで襲ってきた分もな。でも、それはアンタらが生きてなきゃ始まらないからな。おれもあんたも同じ命だろ」
「お、同じ命?」
「なんだ?おかしなこと言ったか?」
「くっくっく。人間と魔族が同じ命?くっくっく!なぁ!お前本当に!!そう、思ってんのか!!!!」
縄の隙間から長く鋭い爪を勢いよく伸ばす。頬が裂かれる傷みを感じた。
「兄ぃ?!」
彼はこちらをじっと見ていた。
赤黒い眼を見つめ返す。
「はぁ。いってぇな」
攻撃の意思があるなら仕方ないな。
腰に着けたポーチからナイフを抜く。
「あ、兄貴!!」
「騒ぐなよ。皆がこっちに来るだろ。」
「へ、殺すなら殺せ!!」
「嫌だ!兄ぃ兄ぃ!!」「兄貴!!」
おれはナイフを立ててひと思いに切り裂いた。
「は?」
長兄の縄が切り裂かれ足元に散らばる。
「ほらお前らも向こう向け。縄に縛られたままだと食いにくいだろ」
弟たちの縄も切り落としていく。
「兄貴ぃ!」「兄ぃ!!」
「なっ、馬鹿な」
「早く食え、さめちまうだろ?カリンのスープはうめーぞ」
振り返ると弟たちはスープをガツガツと食べていた。
涙を流して。
「ふへ、兄貴が死ななくて良かったよぉ。兄貴美味い、美味いよ」
そんな弟たちの姿を静かに眺めていたが、唐突に話しかけてきた。
「なぁ、あんた。名前はなんてんだ」
「あー、俺は訳ありでな。名前ないんだよ。杖職人とかは呼ばれたりするが」
「そうか。杖は嫌いだ。その名はよびたくねぇ……だったら、あんたが気を悪くしなければだが、夜空の旦那って呼ばせてくれ」
「夜空?」
「あぁ、おれたちは夜空に神様がいるって信じてる。満天の星空にゃ数千、数万、数億の星々があんだ。魔族も一緒だ。でけーのもちーせーのもいる。そいつをぐるっと包み込む偉大な女神がいんだよ。あんたの度量みたいにな」
「なんか照れるな」
「なぁ、旦那。おれにもスープをもらえるか」
「あぁ、もちろんさ」
彼は1口スープん飲んだ。
「へへ、うめーな」
「だろ?」
スープを飲み終えた長兄はおもむろに指のリングを抜き、こちらに放った。
「っとと。なんだよ」
「夜空の旦那の優しさと美味いスープの礼だ。もっときな。きっと役にたつ」
「兄貴!そいつぁ」
「黙ってろ!旦那。安心しな。そいつは盗品じゃねぇ。真っ当だった頃の俺が働いて金貯めて買ったもんだ。」
「んな大事なもの貰えねーよ」
手のひらにあるそれは黒いツヤツヤとした光沢のあるリングだった。リングの中には文字の様なものが蠢いていた。
「『烏の嘴』つう、指輪でな。この指輪はつけてる間どんな道具でも扱えるようになる。魔力がなくてもな。魔族に伝わる旧い遺物さ。まぁ、魔族の連中にはよく知られてるもんだが。今俺の持ってるものの中で1番価値がある」
「だから、そんな大事なもんは」
長兄は首を横にふる。
「あんたがしてくれたことはそんだけ価値があることだったんだよ。旦那あんたは気づいてないだけでな。大人しくもらってくれや」
「ったく。いつの間に酒を積み込んだんだか」
「ガッハッハッ!倉庫にあったみたいだぜ」
「っす。師匠。酒なんて飲まないで下さいっす。酔うと大変なんだから」
「カッカッカッ!愉快愉快。のう、貴様ら何故に我が国に向かっている?」
「あ、そうだ。これで私たちの目的達成じゃない?王女に会って、呪いの話聞くのって?」
「カッカッカッ!残念だったな。我も呪いを持つが詳しくは無い。我の妹たちの方は研究してるみたいだがな。」
「あはははのは、カリン殿!なーにをしてるんでござるかー。これは美味いでござる。この帝都産の精米酒とよくあうでござる」
ショーグンが会話の間に入ってきた。アンは杖を眺めていた。
「ふーん帝都製の杖は素材から違うのな。祖父は土地が違えば杖の使い方が違うって。」
「カッカッカッ!あぁ、魔王城が近いせいで空気中の魔力が少ないからな。体内の魔力を使ったり、呪いをあやつったり。お前たち王都の杖とは勝手が違う」
「ガッハッハッ!あたしは関係ないがな。むしろ魔王の地みたいな場所ならこの大陸に溢れる余計な魔力の干渉がないから、のびのびと自分、を、ん、の、魔法を、、、はにゃ?」
「カッカッカッ!そうだな。だから」
ごとん
「酒を積ませた」
さちよさんの頭がテーブルに落ちる。
「師匠?!」
「おっと全員動くなよ。」
彼女の瞳の炎が燃え上がる。すでにアンさんとガブ子は杖を抜いていた。戻ってきたおれは目の前の状況に追いつけず、惚けた面をさらしていた。そんなおれを王女はちらりと見た。
「へっ?」
「この世は弱肉強食!そこの腑抜けは酒飲んで潰れただけだ。この程度のことで怒るな。そして」
杖を抜いた2人に牽制のつもりか、手のひらをむける。杖を持たない丸腰。危険は無いのか。なんだ?なんかゾワゾワする。
2人も判断に迷っているようだった。
「杖を抜いたらためらうな。」
「?!」
「!!」
突如突風が吹きアンとガブコが吹っ飛ばされた。まずい。外に。左右両サイドに2人の身体が飛んでいく。2人の杖が宙を舞う。
「カッカッカッ!さぁ、どちらを救う?なぁ、えせ勇者殿?」
俺の方をまっすぐに見て問いかける。
どっちを救う?
ガブコかあんさんか
迷っている時間なんてない。
だけど、おれはどちらかを選ぶなんて!
自分の脇を駆け抜ける影があった。
「あんたはアンさんを!導きの杖(ポラリス)!!光の妖精さん力を貸して!!」
カリンは龍車の外に飛び出した。だが、1人では無い。何人ものカリンが飛び出す。
「光魔法?撹乱のつもりか?若いな。」
あいつ、迷いってもんが無いのか?だが、彼女の姿を見て、自分もスイッチが入った。
「くっ!!」
あたりを見渡し、ホウキを掴み、おれも飛び出す。
「ふん。ホウキくらいは乗れるか。つまらぬ。判断は小娘の方が早い、か。ますます勇者とは言えんな」
「ばーか!……乗れるわけないだろが!アンさん!!」
ホウキを思いっきり投げる。
「すまん!!」
アンさんはホウキに跨り、宙に浮く。
俺のほうは重力に引っ張られる。
「アンさん!」
「あぁ!待ってろ!すぐ助けに!」
「違う!俺じゃない!船と皆を守ってくれ!」
カリンは気を失っていたガブコの身体を引っ張り投げ、龍車に放り込む。
だが、彼女が戻る術はない。入れ替わりでカリンの身体が落ちていくのが、見えた。
「んのばかがっ!」
ケツから2本の杖を引き抜く。
「乙女座(ヴェルゴ)!!水瓶座(アクエリアス)!」
体を女の子に変え、魔法少女となる。
魔力が全身を巡る。その状態のまま三本目!
「射手座(サジタリウス)!!」
弓を構える。妙な引き攣るような痛みが走る。どこか捻ったか。だが、ここで痛みに遅れをとる訳にはいかない。
水の魔力が集まり、矢を形成する。
「届け!!」
放った極太の水の矢がカリンの体を持ち上げ船に乗せる。
あとは俺が戻れば。視線をあげると奴と目があった。
「あの女は25点だな。判断は早いが、解決には至ってない。似非勇者。奴は10点だ。仲間を救えたつもりか?我は強者ぞ。」
龍車の上空に第一王女が現れ、手のひらを下に向ける。
「アンさん!!」
「わーってるよ!!牡羊座(アリエス)」
バイン!!
とっさにアンの放った綿雲が攻撃を押し返す。
「っと!!ほう「手」を防ぐか。なら、「足」ならどうだ」
彼女が空中でゆっくりと足をあげる。スラリと長い足からは禍々しいオーラが放たれていた。
悪寒が走る。さっきの攻撃よりもデカい攻撃がくる!
「翡翠飛べ!!」
翡翠はこちらをちらりと見る。
「翡翠!!お前を帰すって約束したんだ!生き延びろ!!」
龍の動きが加速する。だが、間に合いそうもない。
「ぬぐぅ!!水瓶座(アクエリアス)!!」
全身の魔力を残さず集める。
龍の上空で水の膜で盾を作り、アンの綿雲を覆う。落下してるため距離がどんどん離れコントロールが難しい。
「落とさせるかぁ!!」
「悪あがきだな。『足』」
水の盾が巨大な足型に凹む。まるで巨人がいるようだった。衝撃で周りの雲が散る。
「ぐぐぐぐぐ、がぁ!!」
耐えたのは数秒だった。魔法は霧散した。だが、龍は加速し、逃げきれた。追撃を防ぎたい。なんとか当たれ!!
「で、貴様はあっけなく死ぬのか。0点だな。貴様が勇者を名乗るのは烏滸がましい。」
すでにかなり落ちてしまった勇者を見て呟く。
「さて、あの龍は珍しい種類だったな。狩って王宮で食そう。黒蜥蜴。貴様が危険視するほどではなかったぞ」
彼女は杖を振るい下から飛んできた水の矢をかき消す。
「苦し紛れの一撃か。幸運なんかに頼るようでは二流以下だ。弱肉強食。この世の摂理だ。愚かな偽物に鉄槌を」
彼女の腕に魔法が上乗せされる。
「こいつは獲物との距離が遠くなればなるほど威力の増す魔法だ。」
さきほどまでのようにかざす構えとは違い。全身を使っての一撃を放つ。
「巨人呪(ギガントスペル)・戦槍」
巨大な力の塊が加速度的に威力とスピードをあげて勇者を狙う。
胸元からはい出てきた蜥蜴に話しかける。
「これで、奴は地面で押しつぶされるか。我の呪法で木っ端微塵になるか。天上の杖のかつての所有者たちの足元にも及ばない。」
「ナゼツエをウバワナカッタ」
「奴らはどうせ帝都にくる。妹たちも興味があるようだからな。そっちで捉えればいい。……少し興味が湧いた。話せ。七星仮面騎士団とやらの話。」
満天の夜空。龍車が猛スピードで雲の中を駆けていく。
「落ち着けカリン!!」
「アイツが!アイツが!早く戻ってよ!!」
カリンを皆で押さえつける。
「今戻ったら、いい的っす。全滅する気っすか。今後のことを考えないと。竜だっていつまでも飛んでられない。一番近くの町で降りるっす」
すかさずアンが言う。
「無理だね。今龍は制御が効かない。このままのペースなら、すぐにでも帝都を通り過ぎちまう。下車の用意をしな。非常用のホウキがあったはずさ」
「じゃあアイツを見殺しにするの?ホウキ乗れないんだよ!」
間があり、アンが静かに言った。
「あたしたちを逃がしてくれた杖職人に報いないといけない。じゃないとあいつは無駄死にだ」
「まだ死んだと決まったわけじゃ!」
カリンが必死に言う。
よろよろと頭を抑えながら、さちよが起き上がる。
「状況を教えろ。頭がいてー」
「さちよ殿大丈夫でござるか?二日酔いでござるか」
「くっ!あなたがいて!どうして」
むかっ腹がたち、カリンが拳を振り上げる。
「待つっす。誰かのせいにするのは、やめるっす。たぶん師匠がいても、勝ち目はなかったっす。あの魔法、いや、呪いっすか?防ぎようがなかったっす」
旅の目的のひとつである王女との決裂は今後の先行きを不安にさせた。
「姐さん方」
「なんで、あいつら縄が」
「夜空の旦那は俺たちが探す。」
「何をばかな」
「あんたらより俺たちが旦那を探した方がいい。荒野は俺たちのほうが慣れてる。」
「いまはあの王女より先に王都に行って残りの王女と交渉することが先決だ。一理ある。だが、お前たちを信用しろと」
「信じられないのは当たり前だ。魔法なり呪詛なり好きにかければいい」
「拙者がついて行くでござるか?いつでも切り捨てれる」
「いいえ!私が行くわ!」
「いや。ショーグンはダメだ。王女との繋ぎが必要だ。カリンお前は別の役目をしてもらう」
「なによ!」
「勇者の影武者だ。」
「はぁ?」
「赤鷲、杖職人、将軍、氷豹。あたしたちは面がわれてる。王都を旅立ったのは、勇者を加えた5人ってことになってる。勇者はまだ広くは知られていない。帝都に入国することが第一だ。」
「だからって、」
「首輪を付けよう。…期間は3日だ。いけ」
「あぁ、それで構わない。」
「カリン。あいつも帝都を目指すはずだ。いまは堪えてくれ」
烏たちはほうきに乗り、元いた場所を目指す。
「兄ぃ!やりましたね!これで俺たちは自由の身だ。首輪なんざ簡単に」
「…」
「…兄貴?」
「お前らには悪いが俺は旦那を探す。」
烏たちがさった後、下車の準備に取り掛かる一行。
「いやぁ、参ったでござるな。こりゃいるでござるな。裏切り者が」
「は?なんで?!」
「考えてみるでござる。拙者らには身に覚えのない酒があったし、ルート上で鉢合わせるなんてありえないでござる。魔王の一派には変身の魔法使いもいる」
「ガッハッハッ。お互いを信じられないようじゃパーティは崩壊する。滅多なことを言うなよ」
ショーグンは肩をすくめた。
「くっぬらあああ!!!」
徹底的。ダメ押しに放った第一王女の一撃を黒い杖で防ぐ。魔法少女の力が消え、魔力を大量に吸い重くなった杖は落下速度を加速させた。
「やばいやばいやばい!?!」
水瓶座、射手座、乙女座はしばらく待たないと使えない。
あとは新たな天上の杖に頼るしかない!!
「ぬぅああああ」
思いっきり踏ん張る。
ぶっ!
あ、失礼
「ふんぬううううう!」
くそぅ!
ガスしか出ない!!!
いや
ほんとにガスしか出ないか
杖でろ杖出ろ杖出ろぅ!!
「くぅぬぅおおおお!!」
龍の道から落ちて、分厚い灰色の雲を抜けると眼前に色とりどりの雲が浮かぶ。
通称千虹雲海。荒野に魔力を帯びたカラフルな雲が多数浮かんでいる。
魔瓶の材料にもなり、わざわざ魔法地帯に行かなくても、各種属性の魔法が手に入るため、質は落ちるが、重宝されている。通常は雲切り職人がほうきに乗り雲を切り出している。
ただ魔力を帯びている雲の下は危険地帯であり、雨だけではなく、雷や火、氷、様々な属性が降り注いでいる。
眼前に人影が見える。ホウキに乗ってる!
助かりそうだ!
おぉーい!!!たすけてくれぃ
「ん?」
「お、親方!!空から人が!!」
「そいつぁいかん!!美少女か?」
「いえ、目つきの悪いガキです!」
「捨ておけぇーい!!」
「うぃーす」
「ちょ、まて、こらああああぁぁぁ……!!」
「親方、すげぇ切ない目でこっち見て高速で落ちてったんすが」
「バカヤロ。仕事ほっぽるわけにはいかねーだろーが。俺たちゃプロだぜ。しっかり雲切り出して稼がにゃお前らの家族に飯食わせられねーじゃねーか」
「親方…」
白髪を蓄え、ムキムキな身体の親方の背中にはいくつもの魔傷があった。この背中に恥じない職人になろうと新入りは固く誓った。
「親方!また空から人が!」
「バッキャロー!今仕事中だろうが!!」
「すっげぇー美人です!!」
「双眼鏡!…っ!!!」
たしかに物凄い美人がいる。しかもたわわに実ってやがる。
「どけお前ら!!俺が茶持ってく!」
「な、親方!!」
雲を抜けるとそこは地獄絵図だった。
雷や炎が降り注ぎ、氷の刃が頬をかすめる。
「……ひっ」
もう猶予はない。さらにふんばる。
「ふんがああああ」
あっという間に地面が近づく。
「ぬぉおおお!!!!」
がくんと言う衝撃が体を襲う。
「なぁ、坊や。死に行く前にひとついいか。あたしの罪はなんだと思う?」
地面スレスレで俺の落下が止まった。髪の毛が地面に触れている。
落下だけじゃない。全てが止まった。地面は反動でめくれ上がる。
土煙が収まり、目線をあげると、フードを被った女性が1人佇んでいた。フードから隠しきれない角が2本はみ出している。
おれの片足を掴んでいるのは、血管が盛り上がる太い腕。紅く輝いている。
「『赫腕(レッド・ホーン)』?え、さちよさ……ん?」
「……ふーん。坊や、面白いこと言うね。」
身長は高く、八頭身?いや、九等身?モデル顔負けのスタイルの良さである。肌は褐色で健康的な日焼けのあとが眩しい。
「綺麗な人でござるな。歩く姿が美しいでござる」
「あぁそうだな」
「歩くたびにあんなに揺れて」
「ぶっ」
ばっくり開いた胸部はこぼれんばかりにでかい。もう、たゆんたゆん。である。危険だ。このまま直視し続けると俺の理性がもたない。
「ぐああああ。誰か!誰かいないか!ハッ!」
ちょうど良いところにカリンがやってきた。
「ん?な、なに、なに、え?ちょ、そんな真剣な顔で近づかれちゃ、ったらって、……どこ見てんのよ」
俺はカリンの胸部を凝視した。
「いや、あんまりにも現実離れしてるから、安心感が得たくて。チョモランマや富士山なんかより、見慣れた砂場のお山に安心感を得るあれだよ。ふぅ。ナイス絶壁。にぎゃあああ!!目が、俺の目があああ」
カリンの指が目をえぐらんと突き出される。
「何言ってんのかわからないけど、抉り出すわよ!!!」
腕まくりするカレンの指は的確に俺の眼球を潰しにかかる。そんなおれたちのやり取りを見ていた謎の美女はやれやれと嘆息した。
「まったく男どもはこんな駄肉の何がいいんだか。鎧も着れずに邪魔なだけだぞ」
彼女は両手で乱暴に鷲掴み、ふよふよと自身の乳を揉む。
「ちょっとまちなさいよ!こぼれちゃう!」
「な、何が起きてるんだ。涙で見えない。今目を開かないと一生俺は後悔する気がする。お、おぉ!開け!開けぇ!!あ、左目が、左目が微妙に見え、見える気があああああ!!」
「あんたは見んな!!」
グサリ
「ぎんやああああ。スプーンが!スプーンがああああ」
真っ暗だ。何も見えないいいい。
「ガッハッハッ!今日は来客が多いな。誰だ誰だ?」
シャワーを浴びたさちよが濡れた髪から雫を落として現れる
「……は?」
「……ん?」
全員が首をかしげた。
「カッカッカッ!冗談だろ!さすが、下々のものは冗談も低俗だ。さちよ。我ぞ。」
「あの人ってだれですか?」
「ま、まさか」
「嘘っすよね」
「我の名はレオ=アルニタクだ!カッカッカッ!久しいな?赤鷲ぃ!」
あわあわしてるのは、ガブコとアンだが、驚きすぎて声が出てこないようだった。手に持つスプーンがカタカタ音を立ててふるえる。
「アルニタク?アルニタクっつったか?」
「……おい、そこの下男。ほんとに私のことを知らないのか?」
「…下男?…えぇ。」
ガブコとアンは抱き合ってウンウンうなづいてる。
あ、肯定しろってことか
「はい!」
「!!!!」
「!!!!」
アンとガブコが泡を吹いて倒れた。
「あのさぁ!お姉さん!いま!わたしたち、食事の準備中なの!後にして!」
トテトテとカリンがやってきた。テーブルのうえにドカっと鍋を置く。
「な、無礼な!」
「無礼?夕飯時のクソ忙しい時にやってきて、どんちゃんどんちゃんうっさいわよ!料理に集中できないじゃない!箒に乗って来たなら、お腹すいてるでしょ?食べていく?スープと簡単なものしかないけど」
カリンが勢いよく差し出した器から漂う香りが第一王女の鼻をくすぐる。
「む…うむ」
彼女は意外にも大人しく席についた。
「ガッハッハッ!!とりあえずいただきますだ!」
全員で席を囲む。龍の背で小さな夜食会が開かれた。
「ガッハッハッ!思い出した!思い出した!勇者のヤローがお前に鼻を伸ばしてやがったから、キンタマ蹴り潰したんだっけな!」
「カッカッカッ!あの者我の妹たちにも手を出そうとしてたから、踏み潰してやったわ!カッカッカッ!」
「巫女が嫉妬してな。あらん限りの呪詛を吐いていたなガッハッハッ!」
「やつのいちもつが、象の鼻のようにのびきったときのやつの顔傑作だった」
大人たちは愉快に酒を飲んでいる。あんなに楽しそうなさちよさんははじめて見た。邪魔しちゃ悪いし、カリンのとこでもいくか。おれはその場を後にした。そんな勇者の背中をみながら王女は尋ねる。
「さちよよ、あれが次代の勇者か?さすがに弱すぎぬか?我の殺気に気づきもせん。魔力もNo.入りすら厳しいレベルの低さ。ほとんどないじゃないか。帝都にいたら直ぐに喰われるぞ」
「あぁ、心配すんな。あいつはお飾りにすぎねーよ。それにあいつの強さはそこじゃねーよ」
「弱肉強食。弱けりゃ死ぬだけさ」
「心配いらねーよ。なんせ最強の魔法少女のあたしがパーティにいるんだからな」
「最強は我ぞ?」
「あ?」
「あん?」
「や、やめるっす!師匠!」
カリンの元に近づく。
「なぁ、あの人たちにも飯分けちゃだめかな」
「はぁ?あんたアイツらは私たちを襲った盗賊なのよ」
「なぁ」
カリンをじっと見る。
「はぁ、わかったわよ。あんたも大概、お人好しよね。」
「ありがとう」
カリンから渡された盆に野菜のスープをつぎ、パンと共に3人の男たちの元へ歩み寄る。彼らは縄で巻かれて、隅に追いやられていた。
「……なんのつもりだ」
「いや、腹減ってるかと」
「あ、あぁ」「ありがてぇ」
「おいてめぇら。三羽烏の誇りはどうした!人間のガキのほどこしはうけねぇ」
唸り声をあげる長兄に三男が恐る恐る耳打ちをする
「でもよぉ兄ぃ?おれたちまともに飯食えてねーだろ」
スープの匂いに長兄も腹がなる。
「ぐ、ぐぅ。何が狙いだ」
「意地張ってないで食べな。べつに。なんかしてもらいたいわけじゃねーよ。」
「おれたちは魔族だぞ」
「だったらどうした。生きてりゃ腹が減る。腹が減ってる奴がいて、おれは飯を持ってる。だから分けた。それだけさ」
「あんたらを襲った。」
「あぁ、当然償いはしてもらうぜ。今まで襲ってきた分もな。でも、それはアンタらが生きてなきゃ始まらないからな。おれもあんたも同じ命だろ」
「お、同じ命?」
「なんだ?おかしなこと言ったか?」
「くっくっく。人間と魔族が同じ命?くっくっく!なぁ!お前本当に!!そう、思ってんのか!!!!」
縄の隙間から長く鋭い爪を勢いよく伸ばす。頬が裂かれる傷みを感じた。
「兄ぃ?!」
彼はこちらをじっと見ていた。
赤黒い眼を見つめ返す。
「はぁ。いってぇな」
攻撃の意思があるなら仕方ないな。
腰に着けたポーチからナイフを抜く。
「あ、兄貴!!」
「騒ぐなよ。皆がこっちに来るだろ。」
「へ、殺すなら殺せ!!」
「嫌だ!兄ぃ兄ぃ!!」「兄貴!!」
おれはナイフを立ててひと思いに切り裂いた。
「は?」
長兄の縄が切り裂かれ足元に散らばる。
「ほらお前らも向こう向け。縄に縛られたままだと食いにくいだろ」
弟たちの縄も切り落としていく。
「兄貴ぃ!」「兄ぃ!!」
「なっ、馬鹿な」
「早く食え、さめちまうだろ?カリンのスープはうめーぞ」
振り返ると弟たちはスープをガツガツと食べていた。
涙を流して。
「ふへ、兄貴が死ななくて良かったよぉ。兄貴美味い、美味いよ」
そんな弟たちの姿を静かに眺めていたが、唐突に話しかけてきた。
「なぁ、あんた。名前はなんてんだ」
「あー、俺は訳ありでな。名前ないんだよ。杖職人とかは呼ばれたりするが」
「そうか。杖は嫌いだ。その名はよびたくねぇ……だったら、あんたが気を悪くしなければだが、夜空の旦那って呼ばせてくれ」
「夜空?」
「あぁ、おれたちは夜空に神様がいるって信じてる。満天の星空にゃ数千、数万、数億の星々があんだ。魔族も一緒だ。でけーのもちーせーのもいる。そいつをぐるっと包み込む偉大な女神がいんだよ。あんたの度量みたいにな」
「なんか照れるな」
「なぁ、旦那。おれにもスープをもらえるか」
「あぁ、もちろんさ」
彼は1口スープん飲んだ。
「へへ、うめーな」
「だろ?」
スープを飲み終えた長兄はおもむろに指のリングを抜き、こちらに放った。
「っとと。なんだよ」
「夜空の旦那の優しさと美味いスープの礼だ。もっときな。きっと役にたつ」
「兄貴!そいつぁ」
「黙ってろ!旦那。安心しな。そいつは盗品じゃねぇ。真っ当だった頃の俺が働いて金貯めて買ったもんだ。」
「んな大事なもの貰えねーよ」
手のひらにあるそれは黒いツヤツヤとした光沢のあるリングだった。リングの中には文字の様なものが蠢いていた。
「『烏の嘴』つう、指輪でな。この指輪はつけてる間どんな道具でも扱えるようになる。魔力がなくてもな。魔族に伝わる旧い遺物さ。まぁ、魔族の連中にはよく知られてるもんだが。今俺の持ってるものの中で1番価値がある」
「だから、そんな大事なもんは」
長兄は首を横にふる。
「あんたがしてくれたことはそんだけ価値があることだったんだよ。旦那あんたは気づいてないだけでな。大人しくもらってくれや」
「ったく。いつの間に酒を積み込んだんだか」
「ガッハッハッ!倉庫にあったみたいだぜ」
「っす。師匠。酒なんて飲まないで下さいっす。酔うと大変なんだから」
「カッカッカッ!愉快愉快。のう、貴様ら何故に我が国に向かっている?」
「あ、そうだ。これで私たちの目的達成じゃない?王女に会って、呪いの話聞くのって?」
「カッカッカッ!残念だったな。我も呪いを持つが詳しくは無い。我の妹たちの方は研究してるみたいだがな。」
「あはははのは、カリン殿!なーにをしてるんでござるかー。これは美味いでござる。この帝都産の精米酒とよくあうでござる」
ショーグンが会話の間に入ってきた。アンは杖を眺めていた。
「ふーん帝都製の杖は素材から違うのな。祖父は土地が違えば杖の使い方が違うって。」
「カッカッカッ!あぁ、魔王城が近いせいで空気中の魔力が少ないからな。体内の魔力を使ったり、呪いをあやつったり。お前たち王都の杖とは勝手が違う」
「ガッハッハッ!あたしは関係ないがな。むしろ魔王の地みたいな場所ならこの大陸に溢れる余計な魔力の干渉がないから、のびのびと自分、を、ん、の、魔法を、、、はにゃ?」
「カッカッカッ!そうだな。だから」
ごとん
「酒を積ませた」
さちよさんの頭がテーブルに落ちる。
「師匠?!」
「おっと全員動くなよ。」
彼女の瞳の炎が燃え上がる。すでにアンさんとガブ子は杖を抜いていた。戻ってきたおれは目の前の状況に追いつけず、惚けた面をさらしていた。そんなおれを王女はちらりと見た。
「へっ?」
「この世は弱肉強食!そこの腑抜けは酒飲んで潰れただけだ。この程度のことで怒るな。そして」
杖を抜いた2人に牽制のつもりか、手のひらをむける。杖を持たない丸腰。危険は無いのか。なんだ?なんかゾワゾワする。
2人も判断に迷っているようだった。
「杖を抜いたらためらうな。」
「?!」
「!!」
突如突風が吹きアンとガブコが吹っ飛ばされた。まずい。外に。左右両サイドに2人の身体が飛んでいく。2人の杖が宙を舞う。
「カッカッカッ!さぁ、どちらを救う?なぁ、えせ勇者殿?」
俺の方をまっすぐに見て問いかける。
どっちを救う?
ガブコかあんさんか
迷っている時間なんてない。
だけど、おれはどちらかを選ぶなんて!
自分の脇を駆け抜ける影があった。
「あんたはアンさんを!導きの杖(ポラリス)!!光の妖精さん力を貸して!!」
カリンは龍車の外に飛び出した。だが、1人では無い。何人ものカリンが飛び出す。
「光魔法?撹乱のつもりか?若いな。」
あいつ、迷いってもんが無いのか?だが、彼女の姿を見て、自分もスイッチが入った。
「くっ!!」
あたりを見渡し、ホウキを掴み、おれも飛び出す。
「ふん。ホウキくらいは乗れるか。つまらぬ。判断は小娘の方が早い、か。ますます勇者とは言えんな」
「ばーか!……乗れるわけないだろが!アンさん!!」
ホウキを思いっきり投げる。
「すまん!!」
アンさんはホウキに跨り、宙に浮く。
俺のほうは重力に引っ張られる。
「アンさん!」
「あぁ!待ってろ!すぐ助けに!」
「違う!俺じゃない!船と皆を守ってくれ!」
カリンは気を失っていたガブコの身体を引っ張り投げ、龍車に放り込む。
だが、彼女が戻る術はない。入れ替わりでカリンの身体が落ちていくのが、見えた。
「んのばかがっ!」
ケツから2本の杖を引き抜く。
「乙女座(ヴェルゴ)!!水瓶座(アクエリアス)!」
体を女の子に変え、魔法少女となる。
魔力が全身を巡る。その状態のまま三本目!
「射手座(サジタリウス)!!」
弓を構える。妙な引き攣るような痛みが走る。どこか捻ったか。だが、ここで痛みに遅れをとる訳にはいかない。
水の魔力が集まり、矢を形成する。
「届け!!」
放った極太の水の矢がカリンの体を持ち上げ船に乗せる。
あとは俺が戻れば。視線をあげると奴と目があった。
「あの女は25点だな。判断は早いが、解決には至ってない。似非勇者。奴は10点だ。仲間を救えたつもりか?我は強者ぞ。」
龍車の上空に第一王女が現れ、手のひらを下に向ける。
「アンさん!!」
「わーってるよ!!牡羊座(アリエス)」
バイン!!
とっさにアンの放った綿雲が攻撃を押し返す。
「っと!!ほう「手」を防ぐか。なら、「足」ならどうだ」
彼女が空中でゆっくりと足をあげる。スラリと長い足からは禍々しいオーラが放たれていた。
悪寒が走る。さっきの攻撃よりもデカい攻撃がくる!
「翡翠飛べ!!」
翡翠はこちらをちらりと見る。
「翡翠!!お前を帰すって約束したんだ!生き延びろ!!」
龍の動きが加速する。だが、間に合いそうもない。
「ぬぐぅ!!水瓶座(アクエリアス)!!」
全身の魔力を残さず集める。
龍の上空で水の膜で盾を作り、アンの綿雲を覆う。落下してるため距離がどんどん離れコントロールが難しい。
「落とさせるかぁ!!」
「悪あがきだな。『足』」
水の盾が巨大な足型に凹む。まるで巨人がいるようだった。衝撃で周りの雲が散る。
「ぐぐぐぐぐ、がぁ!!」
耐えたのは数秒だった。魔法は霧散した。だが、龍は加速し、逃げきれた。追撃を防ぎたい。なんとか当たれ!!
「で、貴様はあっけなく死ぬのか。0点だな。貴様が勇者を名乗るのは烏滸がましい。」
すでにかなり落ちてしまった勇者を見て呟く。
「さて、あの龍は珍しい種類だったな。狩って王宮で食そう。黒蜥蜴。貴様が危険視するほどではなかったぞ」
彼女は杖を振るい下から飛んできた水の矢をかき消す。
「苦し紛れの一撃か。幸運なんかに頼るようでは二流以下だ。弱肉強食。この世の摂理だ。愚かな偽物に鉄槌を」
彼女の腕に魔法が上乗せされる。
「こいつは獲物との距離が遠くなればなるほど威力の増す魔法だ。」
さきほどまでのようにかざす構えとは違い。全身を使っての一撃を放つ。
「巨人呪(ギガントスペル)・戦槍」
巨大な力の塊が加速度的に威力とスピードをあげて勇者を狙う。
胸元からはい出てきた蜥蜴に話しかける。
「これで、奴は地面で押しつぶされるか。我の呪法で木っ端微塵になるか。天上の杖のかつての所有者たちの足元にも及ばない。」
「ナゼツエをウバワナカッタ」
「奴らはどうせ帝都にくる。妹たちも興味があるようだからな。そっちで捉えればいい。……少し興味が湧いた。話せ。七星仮面騎士団とやらの話。」
満天の夜空。龍車が猛スピードで雲の中を駆けていく。
「落ち着けカリン!!」
「アイツが!アイツが!早く戻ってよ!!」
カリンを皆で押さえつける。
「今戻ったら、いい的っす。全滅する気っすか。今後のことを考えないと。竜だっていつまでも飛んでられない。一番近くの町で降りるっす」
すかさずアンが言う。
「無理だね。今龍は制御が効かない。このままのペースなら、すぐにでも帝都を通り過ぎちまう。下車の用意をしな。非常用のホウキがあったはずさ」
「じゃあアイツを見殺しにするの?ホウキ乗れないんだよ!」
間があり、アンが静かに言った。
「あたしたちを逃がしてくれた杖職人に報いないといけない。じゃないとあいつは無駄死にだ」
「まだ死んだと決まったわけじゃ!」
カリンが必死に言う。
よろよろと頭を抑えながら、さちよが起き上がる。
「状況を教えろ。頭がいてー」
「さちよ殿大丈夫でござるか?二日酔いでござるか」
「くっ!あなたがいて!どうして」
むかっ腹がたち、カリンが拳を振り上げる。
「待つっす。誰かのせいにするのは、やめるっす。たぶん師匠がいても、勝ち目はなかったっす。あの魔法、いや、呪いっすか?防ぎようがなかったっす」
旅の目的のひとつである王女との決裂は今後の先行きを不安にさせた。
「姐さん方」
「なんで、あいつら縄が」
「夜空の旦那は俺たちが探す。」
「何をばかな」
「あんたらより俺たちが旦那を探した方がいい。荒野は俺たちのほうが慣れてる。」
「いまはあの王女より先に王都に行って残りの王女と交渉することが先決だ。一理ある。だが、お前たちを信用しろと」
「信じられないのは当たり前だ。魔法なり呪詛なり好きにかければいい」
「拙者がついて行くでござるか?いつでも切り捨てれる」
「いいえ!私が行くわ!」
「いや。ショーグンはダメだ。王女との繋ぎが必要だ。カリンお前は別の役目をしてもらう」
「なによ!」
「勇者の影武者だ。」
「はぁ?」
「赤鷲、杖職人、将軍、氷豹。あたしたちは面がわれてる。王都を旅立ったのは、勇者を加えた5人ってことになってる。勇者はまだ広くは知られていない。帝都に入国することが第一だ。」
「だからって、」
「首輪を付けよう。…期間は3日だ。いけ」
「あぁ、それで構わない。」
「カリン。あいつも帝都を目指すはずだ。いまは堪えてくれ」
烏たちはほうきに乗り、元いた場所を目指す。
「兄ぃ!やりましたね!これで俺たちは自由の身だ。首輪なんざ簡単に」
「…」
「…兄貴?」
「お前らには悪いが俺は旦那を探す。」
烏たちがさった後、下車の準備に取り掛かる一行。
「いやぁ、参ったでござるな。こりゃいるでござるな。裏切り者が」
「は?なんで?!」
「考えてみるでござる。拙者らには身に覚えのない酒があったし、ルート上で鉢合わせるなんてありえないでござる。魔王の一派には変身の魔法使いもいる」
「ガッハッハッ。お互いを信じられないようじゃパーティは崩壊する。滅多なことを言うなよ」
ショーグンは肩をすくめた。
「くっぬらあああ!!!」
徹底的。ダメ押しに放った第一王女の一撃を黒い杖で防ぐ。魔法少女の力が消え、魔力を大量に吸い重くなった杖は落下速度を加速させた。
「やばいやばいやばい!?!」
水瓶座、射手座、乙女座はしばらく待たないと使えない。
あとは新たな天上の杖に頼るしかない!!
「ぬぅああああ」
思いっきり踏ん張る。
ぶっ!
あ、失礼
「ふんぬううううう!」
くそぅ!
ガスしか出ない!!!
いや
ほんとにガスしか出ないか
杖でろ杖出ろ杖出ろぅ!!
「くぅぬぅおおおお!!」
龍の道から落ちて、分厚い灰色の雲を抜けると眼前に色とりどりの雲が浮かぶ。
通称千虹雲海。荒野に魔力を帯びたカラフルな雲が多数浮かんでいる。
魔瓶の材料にもなり、わざわざ魔法地帯に行かなくても、各種属性の魔法が手に入るため、質は落ちるが、重宝されている。通常は雲切り職人がほうきに乗り雲を切り出している。
ただ魔力を帯びている雲の下は危険地帯であり、雨だけではなく、雷や火、氷、様々な属性が降り注いでいる。
眼前に人影が見える。ホウキに乗ってる!
助かりそうだ!
おぉーい!!!たすけてくれぃ
「ん?」
「お、親方!!空から人が!!」
「そいつぁいかん!!美少女か?」
「いえ、目つきの悪いガキです!」
「捨ておけぇーい!!」
「うぃーす」
「ちょ、まて、こらああああぁぁぁ……!!」
「親方、すげぇ切ない目でこっち見て高速で落ちてったんすが」
「バカヤロ。仕事ほっぽるわけにはいかねーだろーが。俺たちゃプロだぜ。しっかり雲切り出して稼がにゃお前らの家族に飯食わせられねーじゃねーか」
「親方…」
白髪を蓄え、ムキムキな身体の親方の背中にはいくつもの魔傷があった。この背中に恥じない職人になろうと新入りは固く誓った。
「親方!また空から人が!」
「バッキャロー!今仕事中だろうが!!」
「すっげぇー美人です!!」
「双眼鏡!…っ!!!」
たしかに物凄い美人がいる。しかもたわわに実ってやがる。
「どけお前ら!!俺が茶持ってく!」
「な、親方!!」
雲を抜けるとそこは地獄絵図だった。
雷や炎が降り注ぎ、氷の刃が頬をかすめる。
「……ひっ」
もう猶予はない。さらにふんばる。
「ふんがああああ」
あっという間に地面が近づく。
「ぬぉおおお!!!!」
がくんと言う衝撃が体を襲う。
「なぁ、坊や。死に行く前にひとついいか。あたしの罪はなんだと思う?」
地面スレスレで俺の落下が止まった。髪の毛が地面に触れている。
落下だけじゃない。全てが止まった。地面は反動でめくれ上がる。
土煙が収まり、目線をあげると、フードを被った女性が1人佇んでいた。フードから隠しきれない角が2本はみ出している。
おれの片足を掴んでいるのは、血管が盛り上がる太い腕。紅く輝いている。
「『赫腕(レッド・ホーン)』?え、さちよさ……ん?」
「……ふーん。坊や、面白いこと言うね。」
0
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