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「私たち、離婚しましょう」
ある朝の食事中に出た妻の言葉に夫は絶句した。
ここはアグリア伯爵家。
エレン王国の貴族の家である。
離婚を切り出したのはジュリア、アグリア伯爵夫人である。
絶句したのはアベル、この伯爵家の当主である。
「一体何故……そんな話になるのだ?」
「だって、私たち夫婦らしい生活していないじゃないですか?」
思い返してみると結婚初夜は形式的に行ったものの、結婚翌日からほぼ別居生活である。
王都の仕事が立て込んでいたというのもある。
他国から王妃を迎えいれるために海外渡航、護衛任務、その後の身辺のあれこれに没頭するあまりすっかりジュリアの存在を忘れていた時期もあった。
「それは仕事で」
「ええ、美しく聡明で可憐な王妃様の為に全てを捧げたことは立派です。ですが、私はそれを理解できなかった。それだけです」
目の前に差し出されたのは離婚に関する書類だった。
「私の有責でいいわ。何しろ私は夫の仕事に理解を示さなかった妻ですもの。後腐れなくスパッと別れたいから慰謝料は払います。この金額で問題ないはずです」
書類は申し分のないもの。
不貞はなし、ただ妻の希望の為に払う金額はこれが妥当だろう。
とはいえ、かなりの額である。
「一体、この金額はどこから」
貴族夫人の活動費ではなさそうだ。
彼女は最近それには手をつけていなかった。
結婚当初の必要なドレスと装飾品のみだ。それらも離婚と同時に返還するとまで書かれてある。
「私が密かに行なっていた事業から捻出しました」
「じ、事業とは」
「それはプライバシーで言いたくありません。大丈夫です。法には触れていませんから」
つんと言うジュリアにアベルは扱いに困った。
昔はアベルが言わなくてもジュリアから色々言ってきたり、手紙を送ってきたのに。
そう言えば、最近ジュリアからの手紙がなかった。
夫人としての仕事に慣れてきたからだろうとしか考えてなかった。
「本当に、私に今まで興味がなかったのですね」
ジュリアは皮肉げに笑った。
「い、一体何が不満だった?」
「そうですね。夫婦らしい生活は初夜の日のみ、後は事務的な会話と手紙のやり取りでした。あなたからのは」
最後の一言をはっきりと言った。
「お茶会や社交パーティーで招待された旨を伝えても、あなたはエスコートの代理を立てるのみ。私も、仕事だから仕方ないとはじめは呑み込んでいました。ですが、トランカ侯爵家のパーティーで、あなたが王妃殿下の女官のエスコートをしていたのを見て私がどう感じたか想像できましたか?」
確か王妃の一番の友人である女官のエスコートを頼まれた日を思い出した。王妃たっての願いで断ることができず、ジュリアからの頼みを後回しにしていた。
まさかジュリアも招待されていたとは。
「私の手紙にいつどこのパーティーか書いていました。まさか、知らなかった、聞いてなかったなどと言わないでいただけませんか?」
ジュリアは執事に命じて箱を持ってきてもらった。その中にはジュリアが長年夫に送った手紙が詰め込まれていた。
そのひとつをジュリアは取り出してアベルの前に示した。
どこにいったかも忘れていたジュリアからのお願いの手紙である。それには確かにアベルにトランカ侯爵家のパーティーのエスコートをお願いするものだった。
「まさか、私がパーティーであのような辱めを受けるとは思いませんでした。王妃殿下の護衛ならば納得できましたが、王妃殿下の女官のエスコートをするなど。同じ場所に妻がいながら……私が社交界で何と言われたかあなたは知らない。知っていれば、私に離縁を申し出されたのを何故などと問わないでしょう?」
「ジュリア、すまなかった。まさか、同じパーティーだとは思わず」
「後」
まだあるとジュリアは笑った。
「私の父の葬儀に顔を出しもしなかった。王妃殿下の外遊の護衛があるからと言って」
「それは」
「あなたは私だけでなく私の実家をも、軽んじました。その頃から無駄だなと思い、今日まで離婚の準備をしてきました」
「待ってください。いくらなんでも離婚はそんな簡単にできるものでは……」
「はい、だから5年間頑張りました」
「あなただってこれからどう過ごすのですか?」
「今更私のことを気にするそぶりは見せなくて結構です。どうぞこれからも麗しの王妃殿下と女官たちの為に尽力してください」
「しかし、私にも心の準備が」
それを聞いてジュリアは鼻で笑った。
「いやですわ。何で私があなたに配慮しなければなりませんか? ああ、慰謝料上乗せしますか?」
「……わかった」
確かにジュリアを蔑ろにしてきたのだが、ジュリアのあまりな言い様に内心腹を立ててサインをした。
思えば学者の娘らしく博識な彼女に反発心はあった。
武官として直情的なアベルとは水と油のような関係だ。
合わないからとアベルは自然とフラン王妃を崇拝し、そこに逃げていた。
ここで渋ってもお互いのためにならないだろう。
こうしてジュリア・アガリア。もといジュリア・ベルティーはバツイチ人生を開始するに至った。
ある朝の食事中に出た妻の言葉に夫は絶句した。
ここはアグリア伯爵家。
エレン王国の貴族の家である。
離婚を切り出したのはジュリア、アグリア伯爵夫人である。
絶句したのはアベル、この伯爵家の当主である。
「一体何故……そんな話になるのだ?」
「だって、私たち夫婦らしい生活していないじゃないですか?」
思い返してみると結婚初夜は形式的に行ったものの、結婚翌日からほぼ別居生活である。
王都の仕事が立て込んでいたというのもある。
他国から王妃を迎えいれるために海外渡航、護衛任務、その後の身辺のあれこれに没頭するあまりすっかりジュリアの存在を忘れていた時期もあった。
「それは仕事で」
「ええ、美しく聡明で可憐な王妃様の為に全てを捧げたことは立派です。ですが、私はそれを理解できなかった。それだけです」
目の前に差し出されたのは離婚に関する書類だった。
「私の有責でいいわ。何しろ私は夫の仕事に理解を示さなかった妻ですもの。後腐れなくスパッと別れたいから慰謝料は払います。この金額で問題ないはずです」
書類は申し分のないもの。
不貞はなし、ただ妻の希望の為に払う金額はこれが妥当だろう。
とはいえ、かなりの額である。
「一体、この金額はどこから」
貴族夫人の活動費ではなさそうだ。
彼女は最近それには手をつけていなかった。
結婚当初の必要なドレスと装飾品のみだ。それらも離婚と同時に返還するとまで書かれてある。
「私が密かに行なっていた事業から捻出しました」
「じ、事業とは」
「それはプライバシーで言いたくありません。大丈夫です。法には触れていませんから」
つんと言うジュリアにアベルは扱いに困った。
昔はアベルが言わなくてもジュリアから色々言ってきたり、手紙を送ってきたのに。
そう言えば、最近ジュリアからの手紙がなかった。
夫人としての仕事に慣れてきたからだろうとしか考えてなかった。
「本当に、私に今まで興味がなかったのですね」
ジュリアは皮肉げに笑った。
「い、一体何が不満だった?」
「そうですね。夫婦らしい生活は初夜の日のみ、後は事務的な会話と手紙のやり取りでした。あなたからのは」
最後の一言をはっきりと言った。
「お茶会や社交パーティーで招待された旨を伝えても、あなたはエスコートの代理を立てるのみ。私も、仕事だから仕方ないとはじめは呑み込んでいました。ですが、トランカ侯爵家のパーティーで、あなたが王妃殿下の女官のエスコートをしていたのを見て私がどう感じたか想像できましたか?」
確か王妃の一番の友人である女官のエスコートを頼まれた日を思い出した。王妃たっての願いで断ることができず、ジュリアからの頼みを後回しにしていた。
まさかジュリアも招待されていたとは。
「私の手紙にいつどこのパーティーか書いていました。まさか、知らなかった、聞いてなかったなどと言わないでいただけませんか?」
ジュリアは執事に命じて箱を持ってきてもらった。その中にはジュリアが長年夫に送った手紙が詰め込まれていた。
そのひとつをジュリアは取り出してアベルの前に示した。
どこにいったかも忘れていたジュリアからのお願いの手紙である。それには確かにアベルにトランカ侯爵家のパーティーのエスコートをお願いするものだった。
「まさか、私がパーティーであのような辱めを受けるとは思いませんでした。王妃殿下の護衛ならば納得できましたが、王妃殿下の女官のエスコートをするなど。同じ場所に妻がいながら……私が社交界で何と言われたかあなたは知らない。知っていれば、私に離縁を申し出されたのを何故などと問わないでしょう?」
「ジュリア、すまなかった。まさか、同じパーティーだとは思わず」
「後」
まだあるとジュリアは笑った。
「私の父の葬儀に顔を出しもしなかった。王妃殿下の外遊の護衛があるからと言って」
「それは」
「あなたは私だけでなく私の実家をも、軽んじました。その頃から無駄だなと思い、今日まで離婚の準備をしてきました」
「待ってください。いくらなんでも離婚はそんな簡単にできるものでは……」
「はい、だから5年間頑張りました」
「あなただってこれからどう過ごすのですか?」
「今更私のことを気にするそぶりは見せなくて結構です。どうぞこれからも麗しの王妃殿下と女官たちの為に尽力してください」
「しかし、私にも心の準備が」
それを聞いてジュリアは鼻で笑った。
「いやですわ。何で私があなたに配慮しなければなりませんか? ああ、慰謝料上乗せしますか?」
「……わかった」
確かにジュリアを蔑ろにしてきたのだが、ジュリアのあまりな言い様に内心腹を立ててサインをした。
思えば学者の娘らしく博識な彼女に反発心はあった。
武官として直情的なアベルとは水と油のような関係だ。
合わないからとアベルは自然とフラン王妃を崇拝し、そこに逃げていた。
ここで渋ってもお互いのためにならないだろう。
こうしてジュリア・アガリア。もといジュリア・ベルティーはバツイチ人生を開始するに至った。
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