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軽い気持ちで持って帰っただけなのに。
アルマはカバンの中に入れたアロマ袋を見つめた。
アルマはエリザベス学園第一期学生である。
トバン公爵家の令嬢にして国王の弟君、ラエル大公の婚約者であった。
そうであるならば完璧でなければならない。
エリザベス学園では常に成績は一番に、誰もが認める才色兼備を持たなければならない。
周りからの期待はアルマには重荷で、第一期学生であるからこそあらゆることが手探りでなお彼女を追い詰めていった。
父の期待を裏切ってはいけない。
そう思うと不安で、アルマは眠れず夜遅くまで勉強にふけっていた。
いつもの通り、定期的に送られる婚約者からの手紙に目を通す。
『アルマ、君におすすめの店がある。私のいきつけのコーヒーサロンと同じ経営らしい』
コーヒーという言葉にアルマは忌避感を抱いた。コーヒーは紳士の飲み物だ。そのお店へ行くなどはしたない。
だが、他でもない婚約者レイノイド・ラエル大公からの手紙であり、無視するわけにはいかない。
少し覗いて私には合わなかったらそれでいい。
帰りがけにメイドを伴い、喫茶店「レディーロラン」へ入る。
今まで嗅いだことのない甘い香りにアルマは興味を惹かれた。
店内にいる淑女たちは紅茶と水菓子を楽しんでいる。
コーヒー店ではない?
淑女向けの紅茶専門喫茶みたいだ。
だけどこの香りは違う。
時々父が飲んでいたものと同じ香りだ。
「この香りは何かしら?」
店員がにこやかに答えた。
「コーヒー豆の香りでございます」
店員側のテーブルに置かれているのはコーヒー豆を炒ったものだ。
香りはここからだ。
「コーヒーは紳士の飲み物でしょう」
「ですが禁止はされていません。香りを楽しむのは自由でしょう」
店員は予想していた質問にさらりと答えた。
「コーヒー豆には消臭効果があり、南大陸の修道女も利用しています。そして、この香りはリラックスする効果があります。いかがでしょうか?」
「悪くはないわ」
嘘はいえない。
どちらかと言うと好きな部類だった。
店員に案内されるまま席に座り、メニューをみてみる。フルーツをふんだんに使ったスイーツ、サンドイッチなどの軽食、紅茶、ジュースが並んでいた。
端の方にちょこんとコーヒーの文字がある。
多分男性教師向けだろう。
アルマは気にせず、紅茶を注文した。ついでにメイドにも。
「わ、私も良いのですか?」
「いつも学園内外でお伴をしてくれているのだからお茶ぐらいおごるわよ」
見てみれば他の令嬢で、メイドに振る舞っている場面がある。同じテーブルでというのは憚れるべきだろうが、この空間ではそれは許されるように思えた。
「来店された方にサービスでアロマ袋を渡しています。好まれないのであれば、使用人にお渡しして生ゴミと一緒に捨てることを勧めます。ゴミの臭みを中和してくれます」
店員は帰り際にお土産を持たせてくれた。
アルマはメイドが持つカバンの中にそれを押し込んだ。
帰宅後に、勉強ノルマをこなして夜の支度をする。
どうせベッドで横になっても眠れない。
教科書をすぐに手が届く場所に置こうとカバンに手を伸ばした。
ふわっと甘い香りがした。
コーヒー豆のアロマ袋だ。
「ああ、そういえばアンに渡すのを忘れていたわ」
必要ないからゴミの匂い消しに利用してもらおうと思っていたのに。
明日、アンが起こしにきた時に渡そう。
そう思いながら机の上に置いて、教科書を開いた。
その日からアルマの日々は変わった。
一定時間になれば、睡眠をして朝に起き上がれる。勉強中も行き詰まる場所があるが、焦燥感は感じなかった。
アロマ袋をもらってからアルマは妙に調子が良くなったように思う。
「元から美しいですが、お嬢様の肌は以前より艶やかですね」
メイドのアンから言われて確かにとアルマは自分の肌に触れた。
以前は寝不足とストレスでにきびができて化粧で隠すのに必死だったが、今は心配がない。
コーヒーの香りがここまで落ち着かせてくれるなど思いもしなかった。
それはアルマ以外にもいえたようだ。
同級生も最近夜中眠れているという。
彼女も例のアロマ袋をもらったからだ。
コーヒー豆の香りがこんなにいいなんて。
アルマは気になりだして例の喫茶店へと向かった。
ふわりと薫る上質な香り。
微妙に前と違うように思えた。
「本日はバルサ帝国から仕入れたコーヒー豆を使用しています」
違いに気づいてもらえて嬉しいのか店員は解説した。
「これを、飲むことはできますか?」
アルマはおそるおそる聞いた。
その言葉に、店内にいた令嬢たちは視線を向けた。
この店でコーヒーの提供はあるが、令嬢では誰も利用したことはない。
あるとすれば男性教師たちくらいだった。人気の教師が飲んでいる姿、香りを感じ入るだけで令嬢は幸せだとさえ言っていた。
やはり紳士の飲み物なのだ。
そう言いながら。
それを、アルマは飲むという。
トバン公爵家令嬢、ラエル大公の婚約者というエリザベス学園一番の淑女が。
興味がないといえば嘘になる。
「お嬢様」
周りの視線をおそれてアンは声をかけるが、アルマの好奇心は止められなかった。
アルマはカバンの中に入れたアロマ袋を見つめた。
アルマはエリザベス学園第一期学生である。
トバン公爵家の令嬢にして国王の弟君、ラエル大公の婚約者であった。
そうであるならば完璧でなければならない。
エリザベス学園では常に成績は一番に、誰もが認める才色兼備を持たなければならない。
周りからの期待はアルマには重荷で、第一期学生であるからこそあらゆることが手探りでなお彼女を追い詰めていった。
父の期待を裏切ってはいけない。
そう思うと不安で、アルマは眠れず夜遅くまで勉強にふけっていた。
いつもの通り、定期的に送られる婚約者からの手紙に目を通す。
『アルマ、君におすすめの店がある。私のいきつけのコーヒーサロンと同じ経営らしい』
コーヒーという言葉にアルマは忌避感を抱いた。コーヒーは紳士の飲み物だ。そのお店へ行くなどはしたない。
だが、他でもない婚約者レイノイド・ラエル大公からの手紙であり、無視するわけにはいかない。
少し覗いて私には合わなかったらそれでいい。
帰りがけにメイドを伴い、喫茶店「レディーロラン」へ入る。
今まで嗅いだことのない甘い香りにアルマは興味を惹かれた。
店内にいる淑女たちは紅茶と水菓子を楽しんでいる。
コーヒー店ではない?
淑女向けの紅茶専門喫茶みたいだ。
だけどこの香りは違う。
時々父が飲んでいたものと同じ香りだ。
「この香りは何かしら?」
店員がにこやかに答えた。
「コーヒー豆の香りでございます」
店員側のテーブルに置かれているのはコーヒー豆を炒ったものだ。
香りはここからだ。
「コーヒーは紳士の飲み物でしょう」
「ですが禁止はされていません。香りを楽しむのは自由でしょう」
店員は予想していた質問にさらりと答えた。
「コーヒー豆には消臭効果があり、南大陸の修道女も利用しています。そして、この香りはリラックスする効果があります。いかがでしょうか?」
「悪くはないわ」
嘘はいえない。
どちらかと言うと好きな部類だった。
店員に案内されるまま席に座り、メニューをみてみる。フルーツをふんだんに使ったスイーツ、サンドイッチなどの軽食、紅茶、ジュースが並んでいた。
端の方にちょこんとコーヒーの文字がある。
多分男性教師向けだろう。
アルマは気にせず、紅茶を注文した。ついでにメイドにも。
「わ、私も良いのですか?」
「いつも学園内外でお伴をしてくれているのだからお茶ぐらいおごるわよ」
見てみれば他の令嬢で、メイドに振る舞っている場面がある。同じテーブルでというのは憚れるべきだろうが、この空間ではそれは許されるように思えた。
「来店された方にサービスでアロマ袋を渡しています。好まれないのであれば、使用人にお渡しして生ゴミと一緒に捨てることを勧めます。ゴミの臭みを中和してくれます」
店員は帰り際にお土産を持たせてくれた。
アルマはメイドが持つカバンの中にそれを押し込んだ。
帰宅後に、勉強ノルマをこなして夜の支度をする。
どうせベッドで横になっても眠れない。
教科書をすぐに手が届く場所に置こうとカバンに手を伸ばした。
ふわっと甘い香りがした。
コーヒー豆のアロマ袋だ。
「ああ、そういえばアンに渡すのを忘れていたわ」
必要ないからゴミの匂い消しに利用してもらおうと思っていたのに。
明日、アンが起こしにきた時に渡そう。
そう思いながら机の上に置いて、教科書を開いた。
その日からアルマの日々は変わった。
一定時間になれば、睡眠をして朝に起き上がれる。勉強中も行き詰まる場所があるが、焦燥感は感じなかった。
アロマ袋をもらってからアルマは妙に調子が良くなったように思う。
「元から美しいですが、お嬢様の肌は以前より艶やかですね」
メイドのアンから言われて確かにとアルマは自分の肌に触れた。
以前は寝不足とストレスでにきびができて化粧で隠すのに必死だったが、今は心配がない。
コーヒーの香りがここまで落ち着かせてくれるなど思いもしなかった。
それはアルマ以外にもいえたようだ。
同級生も最近夜中眠れているという。
彼女も例のアロマ袋をもらったからだ。
コーヒー豆の香りがこんなにいいなんて。
アルマは気になりだして例の喫茶店へと向かった。
ふわりと薫る上質な香り。
微妙に前と違うように思えた。
「本日はバルサ帝国から仕入れたコーヒー豆を使用しています」
違いに気づいてもらえて嬉しいのか店員は解説した。
「これを、飲むことはできますか?」
アルマはおそるおそる聞いた。
その言葉に、店内にいた令嬢たちは視線を向けた。
この店でコーヒーの提供はあるが、令嬢では誰も利用したことはない。
あるとすれば男性教師たちくらいだった。人気の教師が飲んでいる姿、香りを感じ入るだけで令嬢は幸せだとさえ言っていた。
やはり紳士の飲み物なのだ。
そう言いながら。
それを、アルマは飲むという。
トバン公爵家令嬢、ラエル大公の婚約者というエリザベス学園一番の淑女が。
興味がないといえば嘘になる。
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周りの視線をおそれてアンは声をかけるが、アルマの好奇心は止められなかった。
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