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6章 狩猟祭
9 競い合い
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トラムの山々には大きく分けて5つの区域が存在している。
人の道や城周辺が最も安全な第一区域、ここには無害な獣程度しか現れない。女性陣が狩猟祭の間に時間をつぶしている場所である。
少し奥の方へ入れば、草食系動物が出没する第二区域である。狩猟の初心者用の区域である。護衛があれば散策も可能だ。
さらに奥へと行けば第三区域、人を襲う害獣や魔物が登場する。だいたいの狩猟参加者はここから狩猟をスタートしている。一般の狩猟区域である。
あと2つの区域、第四区域と第五区域は玄人レベルの区域である。一般の狩猟区域では歯ごたえを感じない参加者が進む場所である。
最奥部の第五区域はよほどの強者でなければ入ることは勧められない。騎士団の訓練区域でもあり、魔物討伐経験がある者しか入ることはないだろう。凶悪な魔物が出没し、慣れていない者はすぐに迷子になりやすい。その為、どれだけ優れた騎士であっても一人で入ることは推奨されていない。
そして、第五区域は第三皇子カイルが絶対に入ってはならない区域である。
案内人はそこへ入らないように第三皇子を誘導する役割を受けている。
彼の負担を軽減するためにトラヴィスも第三皇子の動きには警戒をしていた。
第三皇子カイルは、狩猟の経験はあるがあくまで一般区域まで、第三区域のレベルであろう。
第三区域まで入るまでの間にうさぎを捕獲できたので1日目であれば上出来な成果である。
「殿下、あちらの方で鹿の足跡を見つけました」
トラヴィスが声をかけると第三皇子カイルはこくりと頷き進路を変更する。
随分と気合を入れている様子であった。
まさかとは思うが、優勝を狙っているのではなかろうか。
優勝者は星の石の原石を与えられる。獲物を捧げた女性は秋の女王として公国の女性たちのあこがれになる。
アメリーに星の石を贈り、かつ秋の女王にしたいと考えている可能性があった。
無理だろうとトラヴィスは考えた。
帝都の狩猟祭とレベルが違うのだ。
北の防衛に徹し、害獣と魔物の討伐を行っている騎士団をいくつも持つ公国の者に勝てるとは思えない。
北の英雄クロードも今回は参加しているのだ。
お遊び程度でしか狩猟をしたことがないカイル皇子には厳しい。
むきになり危険地帯へ行くと言い出さないか心配であった。
内心、なぜ彼のお守りをしなければならないのだろうかと冷静に考えることもある。昨夜のパーティーでライラへ嫌味を言っていたという話はトラヴィスの耳に入っていた。
しかし、ヴィンセント皇太子、皇帝夫妻からくれぐれも頼むと頭まで下げられている為役割は忘れないようにしなければならない。
どうあれトラヴィスはクリスサァム帝国の臣民であり、目の前の男は第三皇子であるのだ。
場面は変わり、クロードは第五区域近くまでやってきた。高得点を狙う騎士たちの馬も見かける。
「クロード!」
クロヴィスは近づいてきたクロードを見て手を振った。傍らには捕ったばかりの猪を確認している部下の騎士たちも見える。随分と大きいのでこれだけで今のところの一位は彼であろうと予測できた。
クロヴィスも家門の騎士を連れて第五区域まで近づいてきていた。
考えは一緒か。
クロードが止まると、安堵したかのようにクロードの部下の騎士たちが追い付いてきた。
それを見てクロヴィスが苦笑いした。
「もうすぐ第五区域なんだから単独行動はやめておけよ。いくら大雪ムカデを退治した英雄センティビートスレイヤーでも、危険なことには変わりがない」
ギルド所属の傭兵であったときと違いアルベル辺境伯の地位にある指導者である。
大事が起きれば、公国中が不安になるだろう。
クロードはため息をついた。小言を言うために呼び止めたのであれば、すぐにでも第五区域へと向かいたい。
大物を呼び寄せるための道具を設置するのに時間がかかるのだ。
狩猟期間は3日であり、何としても一番の目当てを狩っておきたい。
「おお、いつも狩猟祭には意欲的ではないお前がやる気だね」
今回は夫人の為というのもあることだろう。ハンカチ効果はすごいなぁとクロヴィスは呟いた。
「俺もハンカチをもらいたかったなぁ」
「クロヴィスにハンカチをあげたがっている令嬢はたくさんいただろう」
クロヴィスはかなりもてる方であった。公都で一番の花形騎士である。
カディア侯爵家の跡取りで、将来的にはカディア騎士団を率いる将来有望の騎士である。
それに見合うだけの実力を持ち、剣も、弓馬も、誰にもひけをとらない。
北の悪夢でも活躍していた英雄であった。
その上、社交的で顔立ちも非常に整っている。
彼とお近づきになりたい令嬢は多くいただろう。
今回もハンカチを持ち彼の傍を行き来していた令嬢を見かけたという話がある。
だが、誰も彼にハンカチを渡せていなかった。
「俺のことはまぁ放っておいて」
クロヴィスは両手を動かして、今の自分のことはよそへ置きましょうと動作した。
「君に何かあればアルベル夫人が悲しむだろう。今は戦争じゃないのだ。無用な心配をかけさせるのは騎士のすることではないだろう」
クロヴィスの言葉を聞きクロードは瞼を閉ざした。
言われなくてもわかっていることである。
後ろの方でついてきた4人の騎士を確認してクロードは第五区域へと走った。
「お互いがんばろう。私もこれを済ませたら、第五区域に入るのだ」
ピンチになったら応援よろしくという軽口を叩くが、クロヴィスの実力を知るクロードは必要ないだろうと内心つっこんだ。
記憶していた地図でちょうどいい場所を確認する。
「ここでしばらく野宿だ。準備にとりかかってくれ」
クロードは騎士たちに命じて、取り寄せていた道具をセットしていく。位置を確認して問題ないのを確認したら、少し自分の魔力を注いだ。
わずかな魔力で作動する魔物をおびき寄せる道具である。
他にサラマンダーを10匹は狩っておきたいなと考えた。
目当てのものがとれなくてもそれで上位は狙えるだろう。
◆◆◆
狩猟祭2日経過しても、アメリーは姿を現わさなかった。食事にも現れる様子がなかった。
あのアメリーが部屋に大人しくするなんてどうしたのかしら。
帝都にいたときはお茶会や社交界で注目されたがっていた。
もし自分以外の者が注目されればアメリーは彼女を追い詰めて追い出すことだってしていた。
何かを企んでいるのではと被害妄想で落ち着かない。それでも用心はこしたことがないだろう。
もし、彼女がブランシュに興味を持ったら困る。帝都へ連れて帰ろうと強制して、第三皇子が出てくるかもしれない。
ライラは気を付けながらブランシュを連れて木の実拾いへでかけた。リリーが用意してくれた籠の中にブランシュを入れて、この中へ木の実を放り込む。それをブランシュはむしゃむしゃと食べていた。
外へ出る前ブランシュによく言い聞かせていたので籠の中で大人しくしてくれて一安心である。
「うほほ、これはいいなぁ」
ライは嬉しそうにくるみやどんぐりを袋の中へと詰め込んだ。
「ライからすると秋は食べ物ね」
ライラはふふと笑った。もちろん、籠の中にいるブランシュも秋といえば食べ物のようである。
「奥様、綺麗な葉をたくさんみつけましたよ」
リリーは手のひらの赤く染まった葉っぱをライラへとみせた。
「まぁ、素敵」
「折角ですし、しおりにしましょう。バートさんへのお土産もかねて」
「そうね」
どすんと揺れた音が響いた。地震かと思ったが3回程の揺れで終わり、それほどたいした揺れではなかった。
もしかすると巨大な魔物の足音かもしれない。リリーが言うには、この山には巨大魔物が存在しており、騎士たちの定期的な訓練対象であったという。
ライラは不安になり山の方をみつめた。今クロードはどのあたりにいるだろうか。
彼の怪我を心配して、ライに薬草がないか確認した。
「もちろん、薬草は積んであるぞ」
別の袋からライは3種類の薬草をみせてくれた。
「すごいわ」
てっきり木の実ばかり拾っているとばかり思っていた。
「へへ、役立ちそうなものを俺が見逃すわけないだろう。あ、そろそろ冷えてきそうだ」
日が傾きかけているのをライは確認してリリーに水を出すようにお願いする。
ライはライラに薬が入った袋を差し出した。
例の湯の花から作った薬である。
白湯で飲んだ方がいいのだが、外出中のため水でそのまま飲むことにする。
「本当に効果あるのでしょうか」
薬を飲んでいるライラに上着をかけるリリーは首を傾げた。
「一応、昔一族の病人に湯の花を湯で薄めたのを飲ませて効果あったのは確認してある」
北天狐の話なので、人間にきくかなぁとリリーはまだ不安そうだった。
「でも、寒くなりやすい季節なのに調子が崩れていないのよ」
効果はあると思うとライラは笑った。
もうしばらくして木の実を拾い終えたら城の方へと戻ろう。
城の中へ入る前に数日の成果を持ってきた参加者たちは獲物の登録をしていた。
いたちとか、ねずみ、うさぎなどの小動物や小型魔物がほとんどである。
加点数は少なめであるが、数を重ねていけば上位を狙うこともできなくはない。
既に届けられた大きい猪型の魔物がみえる。ライはすごいやとため息をついた。
「カディア小侯爵の獲物ね」
周囲の騎士の様子からライラは誰の獲物かすぐに理解した。
「早く帰りましょう」
ライラはリリーとライに声をかけて建物内へとすすめた。
「えー、クロードの獲物とかみれるかもしれないよ」
「ライは平気なの? あの中に狐もいると思うけど」
ライはうーんと首を傾げた。種族は違うが同じ狐型が狩られているのをみるのは気分の良いものではないだろう。
「人の世界に飛び込むからこれくらいは一応覚悟はしている」
意外な言葉にライラは少し驚いた。
「あ、一応クロードには狐を狩ってきたらドロップキックしてやると言ったから」
その言葉にライラは苦笑いした。後ろにいるリリーは額に手をあてる。
「どこの世界に、主君にドロップキックする従僕見習いがいるのです」
黒いうさぎ型の魔物を捕まえた男が通りかかった。ライラは警戒する。
ジェノス・ヴィノであった。
どんとライラの肩にわざとぶつかる。
「おっと、失礼。目立たないのでアルベル夫人とは気づきませんでした」
わざとらしい言動にリリーは険しい表情を浮かべる。
「お久しぶりです。ヴィノ卿。素敵な獲物ですね」
ライラは彼の成果を褒めた。
「ええ、珍しい黒月うさぎです。早く登録したいのでこれで」
もう少しつっかかってくるかと思ったが、成果の登録を急いでいるようですぐに彼はライラの前から消えた。
「私、ジェノス・ヴィノはノース夫人へと捧げます」
後ろからジェノスの言葉を聞き、あたりはざわめいた。
お茶会や、ボート遊びの時に他の令嬢から聞いたことを思い出した。
アメリーは数人の騎士に声をかけており、ハンカチを渡していたという。
もしかすると秋の女王を狙っているのかもしれない。
そうであればそれも構わない。ルール違反ではないし、アメリーがこの狩猟祭を楽しんでいるのであれば何よりである。
ただし、渡したうち2人の騎士で困ったことになっている。
2人には婚約者を持つ身であるが、アメリーのハンカチを受け取った為、婚約者のハンカチを断ったそうだ。
一応、親族、恋人から複数のハンカチを受け取るケースもあるのに、あえて婚約者の分を断るとは。
断られた婚約者はショックで自宅へと帰ってしまったそうだ。
帝都での出来事を思い出す。これでまた何か大事が起きないかと不安で仕方ない。
公妃へ報告すべきだろうか。しかし、個人間の問題であるというのに公妃を煩わせるのもどうかと思う。
「まぁ、お姉さま」
明るい呼び声にライラはゆっくりと息を吐いた。
「ノース夫人、こんばんは。体調がすぐれないと伺いましたが大丈夫ですか?」
差しさわりのない言葉を選ぶ。これだけの人がいる中で、アメリーも何かをしようとはしないだろう。
心の底から願うのは籠の中のブランシュが大人しくしてくれることである。
「ええ、慣れない場所と気候でちょっと風邪をひいてしまったようなの」
「お医者様にはみていただいたのですか?」
彼女とはいろいろあるとはいえ、従妹である。体調を崩したと聞き、きちんと診察を受けたか心配になった。
「ええ、私の侍女が持ってきてくれた薬を飲んでもう大丈夫だわ」
アメリーはにこりとほほ笑み、後ろに控える侍女が礼をした。確か名前がレルカだったと思う。
いつもアメリーの傍に控えており、公都まで一緒についてくるとは思わなかった。
「風邪とはいえ、用心した方がいいです。この城にも医者はおりますので、遠慮なくかかってください」
「レルカは薬学にも詳しいのですよ」
彼女の知識を信用していないととらえたようでアメリーはむっとした表情を浮かべた。
「それとも何でしょうか。お姉さまは私にずっと寝込んでいればと思っていますの」
相変わらずひどい方ですわと付け加える。
まわりの視線にさらされ、ライラはこれ以上彼女と会話をしない方がいいと考えた。
「いえ、よくなったのであれば何よりです」
ライラは失礼しますと礼をとり、城の中へと入っていった。
後ろの方でアメリーの黄色い歓声が聞こえてくる。
「きゃー、可愛いわ。ジェノス様、ありがとうございます!」
自分に捧げられた獲物をみて嬉しそうにはしゃいでいた。
すっとライラの手を握る者がいた。ライだ。
「どうしたの?」
少し不安そうに唇を結ぶライの様子がおかしいと感じた。
「何か、変な感じがして」
城の中へ入りしばらく経つと落ち着いた様子でライは手を離した。
「ライ、あなたは従僕なのですから。奥様の手を勝手に握ってはなりませんよ」
子供の姿だから周りから特に変なことを言われずに済んだが、これだけで変な噂の元になるのだ。リリーは何度もライへ注意を向けた。
「もう大丈夫なのよね」
ライラが声をかけるとライは頷いた。
先ほどのように不安になるなど珍しい。少し気になったが普段のライの調子に戻ったのでライラは特に気に留めていなかった。
人の道や城周辺が最も安全な第一区域、ここには無害な獣程度しか現れない。女性陣が狩猟祭の間に時間をつぶしている場所である。
少し奥の方へ入れば、草食系動物が出没する第二区域である。狩猟の初心者用の区域である。護衛があれば散策も可能だ。
さらに奥へと行けば第三区域、人を襲う害獣や魔物が登場する。だいたいの狩猟参加者はここから狩猟をスタートしている。一般の狩猟区域である。
あと2つの区域、第四区域と第五区域は玄人レベルの区域である。一般の狩猟区域では歯ごたえを感じない参加者が進む場所である。
最奥部の第五区域はよほどの強者でなければ入ることは勧められない。騎士団の訓練区域でもあり、魔物討伐経験がある者しか入ることはないだろう。凶悪な魔物が出没し、慣れていない者はすぐに迷子になりやすい。その為、どれだけ優れた騎士であっても一人で入ることは推奨されていない。
そして、第五区域は第三皇子カイルが絶対に入ってはならない区域である。
案内人はそこへ入らないように第三皇子を誘導する役割を受けている。
彼の負担を軽減するためにトラヴィスも第三皇子の動きには警戒をしていた。
第三皇子カイルは、狩猟の経験はあるがあくまで一般区域まで、第三区域のレベルであろう。
第三区域まで入るまでの間にうさぎを捕獲できたので1日目であれば上出来な成果である。
「殿下、あちらの方で鹿の足跡を見つけました」
トラヴィスが声をかけると第三皇子カイルはこくりと頷き進路を変更する。
随分と気合を入れている様子であった。
まさかとは思うが、優勝を狙っているのではなかろうか。
優勝者は星の石の原石を与えられる。獲物を捧げた女性は秋の女王として公国の女性たちのあこがれになる。
アメリーに星の石を贈り、かつ秋の女王にしたいと考えている可能性があった。
無理だろうとトラヴィスは考えた。
帝都の狩猟祭とレベルが違うのだ。
北の防衛に徹し、害獣と魔物の討伐を行っている騎士団をいくつも持つ公国の者に勝てるとは思えない。
北の英雄クロードも今回は参加しているのだ。
お遊び程度でしか狩猟をしたことがないカイル皇子には厳しい。
むきになり危険地帯へ行くと言い出さないか心配であった。
内心、なぜ彼のお守りをしなければならないのだろうかと冷静に考えることもある。昨夜のパーティーでライラへ嫌味を言っていたという話はトラヴィスの耳に入っていた。
しかし、ヴィンセント皇太子、皇帝夫妻からくれぐれも頼むと頭まで下げられている為役割は忘れないようにしなければならない。
どうあれトラヴィスはクリスサァム帝国の臣民であり、目の前の男は第三皇子であるのだ。
場面は変わり、クロードは第五区域近くまでやってきた。高得点を狙う騎士たちの馬も見かける。
「クロード!」
クロヴィスは近づいてきたクロードを見て手を振った。傍らには捕ったばかりの猪を確認している部下の騎士たちも見える。随分と大きいのでこれだけで今のところの一位は彼であろうと予測できた。
クロヴィスも家門の騎士を連れて第五区域まで近づいてきていた。
考えは一緒か。
クロードが止まると、安堵したかのようにクロードの部下の騎士たちが追い付いてきた。
それを見てクロヴィスが苦笑いした。
「もうすぐ第五区域なんだから単独行動はやめておけよ。いくら大雪ムカデを退治した英雄センティビートスレイヤーでも、危険なことには変わりがない」
ギルド所属の傭兵であったときと違いアルベル辺境伯の地位にある指導者である。
大事が起きれば、公国中が不安になるだろう。
クロードはため息をついた。小言を言うために呼び止めたのであれば、すぐにでも第五区域へと向かいたい。
大物を呼び寄せるための道具を設置するのに時間がかかるのだ。
狩猟期間は3日であり、何としても一番の目当てを狩っておきたい。
「おお、いつも狩猟祭には意欲的ではないお前がやる気だね」
今回は夫人の為というのもあることだろう。ハンカチ効果はすごいなぁとクロヴィスは呟いた。
「俺もハンカチをもらいたかったなぁ」
「クロヴィスにハンカチをあげたがっている令嬢はたくさんいただろう」
クロヴィスはかなりもてる方であった。公都で一番の花形騎士である。
カディア侯爵家の跡取りで、将来的にはカディア騎士団を率いる将来有望の騎士である。
それに見合うだけの実力を持ち、剣も、弓馬も、誰にもひけをとらない。
北の悪夢でも活躍していた英雄であった。
その上、社交的で顔立ちも非常に整っている。
彼とお近づきになりたい令嬢は多くいただろう。
今回もハンカチを持ち彼の傍を行き来していた令嬢を見かけたという話がある。
だが、誰も彼にハンカチを渡せていなかった。
「俺のことはまぁ放っておいて」
クロヴィスは両手を動かして、今の自分のことはよそへ置きましょうと動作した。
「君に何かあればアルベル夫人が悲しむだろう。今は戦争じゃないのだ。無用な心配をかけさせるのは騎士のすることではないだろう」
クロヴィスの言葉を聞きクロードは瞼を閉ざした。
言われなくてもわかっていることである。
後ろの方でついてきた4人の騎士を確認してクロードは第五区域へと走った。
「お互いがんばろう。私もこれを済ませたら、第五区域に入るのだ」
ピンチになったら応援よろしくという軽口を叩くが、クロヴィスの実力を知るクロードは必要ないだろうと内心つっこんだ。
記憶していた地図でちょうどいい場所を確認する。
「ここでしばらく野宿だ。準備にとりかかってくれ」
クロードは騎士たちに命じて、取り寄せていた道具をセットしていく。位置を確認して問題ないのを確認したら、少し自分の魔力を注いだ。
わずかな魔力で作動する魔物をおびき寄せる道具である。
他にサラマンダーを10匹は狩っておきたいなと考えた。
目当てのものがとれなくてもそれで上位は狙えるだろう。
◆◆◆
狩猟祭2日経過しても、アメリーは姿を現わさなかった。食事にも現れる様子がなかった。
あのアメリーが部屋に大人しくするなんてどうしたのかしら。
帝都にいたときはお茶会や社交界で注目されたがっていた。
もし自分以外の者が注目されればアメリーは彼女を追い詰めて追い出すことだってしていた。
何かを企んでいるのではと被害妄想で落ち着かない。それでも用心はこしたことがないだろう。
もし、彼女がブランシュに興味を持ったら困る。帝都へ連れて帰ろうと強制して、第三皇子が出てくるかもしれない。
ライラは気を付けながらブランシュを連れて木の実拾いへでかけた。リリーが用意してくれた籠の中にブランシュを入れて、この中へ木の実を放り込む。それをブランシュはむしゃむしゃと食べていた。
外へ出る前ブランシュによく言い聞かせていたので籠の中で大人しくしてくれて一安心である。
「うほほ、これはいいなぁ」
ライは嬉しそうにくるみやどんぐりを袋の中へと詰め込んだ。
「ライからすると秋は食べ物ね」
ライラはふふと笑った。もちろん、籠の中にいるブランシュも秋といえば食べ物のようである。
「奥様、綺麗な葉をたくさんみつけましたよ」
リリーは手のひらの赤く染まった葉っぱをライラへとみせた。
「まぁ、素敵」
「折角ですし、しおりにしましょう。バートさんへのお土産もかねて」
「そうね」
どすんと揺れた音が響いた。地震かと思ったが3回程の揺れで終わり、それほどたいした揺れではなかった。
もしかすると巨大な魔物の足音かもしれない。リリーが言うには、この山には巨大魔物が存在しており、騎士たちの定期的な訓練対象であったという。
ライラは不安になり山の方をみつめた。今クロードはどのあたりにいるだろうか。
彼の怪我を心配して、ライに薬草がないか確認した。
「もちろん、薬草は積んであるぞ」
別の袋からライは3種類の薬草をみせてくれた。
「すごいわ」
てっきり木の実ばかり拾っているとばかり思っていた。
「へへ、役立ちそうなものを俺が見逃すわけないだろう。あ、そろそろ冷えてきそうだ」
日が傾きかけているのをライは確認してリリーに水を出すようにお願いする。
ライはライラに薬が入った袋を差し出した。
例の湯の花から作った薬である。
白湯で飲んだ方がいいのだが、外出中のため水でそのまま飲むことにする。
「本当に効果あるのでしょうか」
薬を飲んでいるライラに上着をかけるリリーは首を傾げた。
「一応、昔一族の病人に湯の花を湯で薄めたのを飲ませて効果あったのは確認してある」
北天狐の話なので、人間にきくかなぁとリリーはまだ不安そうだった。
「でも、寒くなりやすい季節なのに調子が崩れていないのよ」
効果はあると思うとライラは笑った。
もうしばらくして木の実を拾い終えたら城の方へと戻ろう。
城の中へ入る前に数日の成果を持ってきた参加者たちは獲物の登録をしていた。
いたちとか、ねずみ、うさぎなどの小動物や小型魔物がほとんどである。
加点数は少なめであるが、数を重ねていけば上位を狙うこともできなくはない。
既に届けられた大きい猪型の魔物がみえる。ライはすごいやとため息をついた。
「カディア小侯爵の獲物ね」
周囲の騎士の様子からライラは誰の獲物かすぐに理解した。
「早く帰りましょう」
ライラはリリーとライに声をかけて建物内へとすすめた。
「えー、クロードの獲物とかみれるかもしれないよ」
「ライは平気なの? あの中に狐もいると思うけど」
ライはうーんと首を傾げた。種族は違うが同じ狐型が狩られているのをみるのは気分の良いものではないだろう。
「人の世界に飛び込むからこれくらいは一応覚悟はしている」
意外な言葉にライラは少し驚いた。
「あ、一応クロードには狐を狩ってきたらドロップキックしてやると言ったから」
その言葉にライラは苦笑いした。後ろにいるリリーは額に手をあてる。
「どこの世界に、主君にドロップキックする従僕見習いがいるのです」
黒いうさぎ型の魔物を捕まえた男が通りかかった。ライラは警戒する。
ジェノス・ヴィノであった。
どんとライラの肩にわざとぶつかる。
「おっと、失礼。目立たないのでアルベル夫人とは気づきませんでした」
わざとらしい言動にリリーは険しい表情を浮かべる。
「お久しぶりです。ヴィノ卿。素敵な獲物ですね」
ライラは彼の成果を褒めた。
「ええ、珍しい黒月うさぎです。早く登録したいのでこれで」
もう少しつっかかってくるかと思ったが、成果の登録を急いでいるようですぐに彼はライラの前から消えた。
「私、ジェノス・ヴィノはノース夫人へと捧げます」
後ろからジェノスの言葉を聞き、あたりはざわめいた。
お茶会や、ボート遊びの時に他の令嬢から聞いたことを思い出した。
アメリーは数人の騎士に声をかけており、ハンカチを渡していたという。
もしかすると秋の女王を狙っているのかもしれない。
そうであればそれも構わない。ルール違反ではないし、アメリーがこの狩猟祭を楽しんでいるのであれば何よりである。
ただし、渡したうち2人の騎士で困ったことになっている。
2人には婚約者を持つ身であるが、アメリーのハンカチを受け取った為、婚約者のハンカチを断ったそうだ。
一応、親族、恋人から複数のハンカチを受け取るケースもあるのに、あえて婚約者の分を断るとは。
断られた婚約者はショックで自宅へと帰ってしまったそうだ。
帝都での出来事を思い出す。これでまた何か大事が起きないかと不安で仕方ない。
公妃へ報告すべきだろうか。しかし、個人間の問題であるというのに公妃を煩わせるのもどうかと思う。
「まぁ、お姉さま」
明るい呼び声にライラはゆっくりと息を吐いた。
「ノース夫人、こんばんは。体調がすぐれないと伺いましたが大丈夫ですか?」
差しさわりのない言葉を選ぶ。これだけの人がいる中で、アメリーも何かをしようとはしないだろう。
心の底から願うのは籠の中のブランシュが大人しくしてくれることである。
「ええ、慣れない場所と気候でちょっと風邪をひいてしまったようなの」
「お医者様にはみていただいたのですか?」
彼女とはいろいろあるとはいえ、従妹である。体調を崩したと聞き、きちんと診察を受けたか心配になった。
「ええ、私の侍女が持ってきてくれた薬を飲んでもう大丈夫だわ」
アメリーはにこりとほほ笑み、後ろに控える侍女が礼をした。確か名前がレルカだったと思う。
いつもアメリーの傍に控えており、公都まで一緒についてくるとは思わなかった。
「風邪とはいえ、用心した方がいいです。この城にも医者はおりますので、遠慮なくかかってください」
「レルカは薬学にも詳しいのですよ」
彼女の知識を信用していないととらえたようでアメリーはむっとした表情を浮かべた。
「それとも何でしょうか。お姉さまは私にずっと寝込んでいればと思っていますの」
相変わらずひどい方ですわと付け加える。
まわりの視線にさらされ、ライラはこれ以上彼女と会話をしない方がいいと考えた。
「いえ、よくなったのであれば何よりです」
ライラは失礼しますと礼をとり、城の中へと入っていった。
後ろの方でアメリーの黄色い歓声が聞こえてくる。
「きゃー、可愛いわ。ジェノス様、ありがとうございます!」
自分に捧げられた獲物をみて嬉しそうにはしゃいでいた。
すっとライラの手を握る者がいた。ライだ。
「どうしたの?」
少し不安そうに唇を結ぶライの様子がおかしいと感じた。
「何か、変な感じがして」
城の中へ入りしばらく経つと落ち着いた様子でライは手を離した。
「ライ、あなたは従僕なのですから。奥様の手を勝手に握ってはなりませんよ」
子供の姿だから周りから特に変なことを言われずに済んだが、これだけで変な噂の元になるのだ。リリーは何度もライへ注意を向けた。
「もう大丈夫なのよね」
ライラが声をかけるとライは頷いた。
先ほどのように不安になるなど珍しい。少し気になったが普段のライの調子に戻ったのでライラは特に気に留めていなかった。
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