目覚めれば異世界へ

今野常春

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 マルベールに入場したアプリット率いる討伐軍本隊は大半の部隊を割いて生存者の捜索を行った。 しかし発見されたのは僅か百名足らずと奇跡的ともいえ、ヘッケン・ポールトンから後を受け継いだ男の家族も含まれている。

「この大きな街でたったこれだけなのか……」

 アプリットはあまりの少なさに呆然とする。幹部や兵士も必死に探したがこの少なさに気が滅入っていた。

「あ、あのぅ……」
「んっ、なんだ?」
「貴方様はこの部隊の隊長様ですか?」
「いかにも。私は王国騎士団討伐軍司令官アプリット・・ゴーライデン・エルノアン男爵だ。おまえは?」
「は、はい! 私はドーソン男爵家執事テール・オレイナーと申します」
「ドーソン男爵家の執事だと?」

 思いもよらぬ人物の登場に場が騒ぎ出す。まさかの大物とアプリットはすぐに拘束を命じる。

「ま、待って下さい!」
「何だ。命乞いは王都でする事に為るぞ」
「そうではないのです。私も栄光あるドーソン男爵家執事としてお知らせせねばならない事が有るのです」
「如何致しますか?」
「そうだな、王都で詳しく聞くにしても此方で聞いた方が後々の為に有効だろう。王都へはその旨を付けくわえて報告する」

 アプリットの指示で彼の話をドーソン男爵の館で聞く事と為った。その間残された者は引き続き捜索を命じられる。

「さて、話を聞こう」
「は、はい……」

 テール・オレイナーの話は彼が執事に就いた時から始まった。彼にとって忘れたくとも忘れられない、青天の霹靂ともいうべき出来事が彼の人生を狂わせた。突如アレン・ドーソンから呼び出しを受け、何か失敗したのかと怯えながら彼の前で頭を下げると突然とんでもない事を言い放った。

「老いぼれが消えた。よって、お前が当家の執事として切り盛りしろ」
「は、ははっ!!」

 男爵家でも比較的若い彼が選ばれた事に対し、若干不満の声が上がるも当主の一声に対抗出来る筈もなく彼は執事に就任する。その後、ヘッケン・ポールトンの行っていた仕事をベースとして、彼なりに頑張り一定の信用を得る様に為った。それに釣られる形でアレン・ドーソンの妻カーテの我儘が酷くなる。

「ちょっと待て、アレン・ドーソンは独身者ではないのか?」
「い、いえ確かに奥様がいらっしゃいます」

 貴族の結婚や出産に際し、必ず王国に報告しなければならないと決められている。仮に陪臣であろうともその義務は生じ、怠れば処罰の対象に為る。

「話を続けます……」

 カーテの我儘はポールトン家が出奔し、ロットロン男爵家が保護を宣言した頃から酷さが増していた。その頃からドーソン男爵領の経営が下降の一途を辿り、遂には逃散と増税による負のスパイラに陥るのだ。。そして、アレン・ドーソンが狂い始めたのはその頃からだと彼は主張する。

「狂い始めた? ではロットロン男爵への襲撃はどうなる?」

 そもそもの原因はそこに在った。この襲撃がなければ王国騎士団が討伐軍を編成する口実は得られず、決定打となる領民の殺害まで繋がらないのだ。

「それが、旦那様は時々性格が変わる時が有りまして、その時は襲撃を依頼していないと仰られていました」

 テール・オレイナーも困惑気味に話し、アプリット達は余計に混乱する。

「人が変わるとは、それは以前からなのか?」
「いいえ、以前の旦那様は先代先々代を模範として勤勉な方でした。ロットロン男爵領ほど恵まれては居ませんが領民は不満も無く、のびのびと暮らしていたのです」

 ドーソン男爵は優れた領主ではないが、男爵領程度であれば発展は望めなくとも維持は出来る能力が有ると目されている。その為、悪い噂を王都で聞く事は無かった。

「するとカーテと呼ばれる女が鍵となるのか……」

 アプリットは全ての事柄にカーテと呼ばれる女が繋がっているように思えた。そこで彼に彼女の居場所を尋ねると首を横に振る。

「分りません。奥様は誰も寝室に寄せ付けず、一人の女中に全てを任せておりまして……」
「うーむ、ますます怪しい……」

 彼女は使用人たちの間では謎大き奥様という認識だった。只一人の女中に全てを任せ、基本姿を見せる事はせず、使用人の中には顔を見た事が無いという者も含まれている。
 その話を聞いていたアプリットはやはりこの女が鍵だと考えを固めると、別動隊がアレン・ドーソンを連行し館へと姿を現した。そこでテール・オレイナーの証言が正しいかを確認する為、別室でアレン・ドーソンから話を聞く事に決める。

「待て、私に妻……? いや、居た様な、居なかった様な……」
「何故はっきりしない!」
「司令官、彼は記憶を失っている可能性がある」
「記憶を?」
「そうだ。あの石製兵器に取り込まれた者は記憶を失う」

 グレアも同席し、アプリットに報告するとやはりアレン・ドーソンは妻の存在を思い出せなかった。アプリットは苛立ちを覚えるが、常にグレアが睨みを利かせて冷静さを失わせなかった。

「ううむ、カーテとは誰なのだ」
「んっ、カーテとは使用人の名ではないのか?」

 ドーソンは拘束されたまま彼女について話す。彼の中では使用人の一人に過ぎず、妻という認識ではなかった。そこで部屋を移動しテール・オレイナーに確認を取ると、以前は使用人として仕えていた確認が取れた。その後、アレン・ドーソンに見染められ五年前に妻としたと説明する。

「つまりドーソン男爵は王国貴族の義務を怠った」
「それは確かだが、それとこれを結ぶ物は何だ?」

 怪しさ十分のカーテだが、疑わしいと言うだけで実際に何か物証が有るわけでもない。

「ううむ……」

 討伐軍は困惑する。その時、テール・オレイナーがある事を思い出す。

「そう言えば、私が出仕を辞める決断を下したとき、旦那様は奥様からワインを差し入れられていました。それまでは襲撃や逃散、反乱に於ける殲滅についてまったく覚えていなかった口調でしたが、飲むと瞬く間に眠気が襲って来たようで……」
「ワインか……」
「ではその貯蔵庫を確認させてもらう。案内しろ」
「畏まりました」

 アプリットは貯蔵庫を案内する様に命令する。テール・オレイナーとしても身の潔白ではないが、少しでも罪の軽減を望む為、彼等に積極的な協力を見せる。道中無人となった館を歩く三人は、中でもテール・オレイナーは寂しさを感じていた。

「此方が貯蔵庫です」

 そこにはワインが入れられた樽が幾つか置かれ、丁度良い環境が整えられていた。ここにも石の効果が表れる道具が導入されている。

「ふむ……、カーテが持って来たのはどのワインだ?」

 グレアがテール・オレイナーに尋ねるとさらに奥の保管庫へ移動する。

「此方です……」

 鍵を開けるとその奥に大量のワインボトルが収納されていた。最適とされる温度に保たれ肌寒さを覚えつつ、テール・オレイナーは奥へと進む。しかし、ある一角だけある筈の物がごっそりと消えていた。

「あ、あれっ、無いぞ!?」

 彼は激しく狼狽し、周囲のワインボトルに手を伸ばし確認する。だがそれらは何時もカーテが管理していた物ではなかった。
 この貯蔵庫と保管庫は価値が異なる。前者は水の様に飲める物として管理され、後者は限られた物が嗜む為に管理される代物だった。その中でも保管庫の一角でカーテ以外手出し無用のワインボトルが有り、テール・オレイナーでさえ手出し出来なかった。

「落ち着け、これでカーテという女が黒であると分った」

 慌てふためく彼にアプリットが言葉を掛けて落ち着かせる。

「で、ですが……」
「いいのだ。恐らくあのワインに人を変える何かを混入し、最悪操られていたのだろうっ!?」

 全てが繋がったと分ったグレアは宥める様にテール・オレイナーに語り、最後の最後で大きなミスを犯していた事に気付く。その驚き振りにアプリット達は首を傾げる。

「ハバスロット帝国だ、カーテと呼ばれる女はハバスロット帝国の人間だ!」
「なっ、おい、カーテは帝国人の特徴だったか?」

 真の答えに到達したグレアはハバスロット帝国の名を出すとアプリットはすぐに特徴の確認を行う。それに対し、テール・オレイナーは首を横に振る。

「ち、違います。奥様は王国の特徴でした……」
「そうか……、コーンスッド子爵?」
「特徴だけで判断するには早計だ。石製兵器の事を思い出せ。あれは大勢の人間が必要と為る。帝国の者だったらドーソン男爵領の民を使っても心は痛まないだろう」

 一度答えが定まると散らばったピースが見る見るうちに当て嵌まる。今迄繋がらなかった石製兵器もカーテという女性を噛ませることで領主を意のままに操り、何とかして土石を運び入れた。そして領民を使用し兵器の力を高めたとすれば十分納得出来る。

「ではどうする?」
「関係者を王都に連行し詳しく調べる」
「そ、そんなっ!?」

 アプリットの問い掛けにグレアはテール・オレイナーの気持ちを打ち砕く考えを示す。

「安心しろ、協力すれば死罪だけは免れるように取り計らう。だが、少しでも裏切る様なら覚悟して貰う」
「わ、分りました……」

 テール・オレイナーは最後の望みを託し、家族共々王都へと移送された。
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