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第十一章 慌ただしき日々。そして、続かぬ平穏。

幕間51話 とある行政長官の行政日誌。⑤

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    私の名前はハザル・フォン・ダラス騎士爵。ツールにおいて、行政長官の役職にあります。

    今日は、いよいよ港湾組合の逮捕に行きます。本来は、司法警察部長のオルソン卿の管轄事項だが、港湾組合という、半公共組織の取り締まりの為、ツール伯爵領における行政の長として、今回は現場に同行することにしました。

    朝九時、役場前の広場。私は、閣下からは特に参加しろとは言われ無かったのですが、自ら参加する事を決めた為この場に来ました。
    閣下は九時丁度にレナード団長とソニア王女殿下を伴いやって来ました。衛兵達は閣下のお姿を見て、一瞬ざわつき、ただならぬ雰囲気に静かになった。

    「お待ちしていました閣下。」
「ああ、急なことで済まないねオルソン卿。悪党は一日でも早く始末した方が民の為に良いからね。ちゃっちゃっと片付けて行こうか。で、衛兵は何人集めたのかな?」

    はた目には楽しげな閣下の態度だが、目が笑っておられず、冷たく光っているように私には見えたのは気のせいではないと思う。

「はっ!全部で八十名です。」

    オルソン卿が、昨日言っていた通り、八十名集めたようだ。

「そう、まずは身元確認をするかな。〈マップ表示・オン〉、〈サーチ・港湾組合から賄賂を貰った者〉。
・・・ふぅ、やっぱりいるのか。馬鹿者が!〈スタン〉。」

     身元確認をすると言ったあと、何やら魔法を使っている様だったが、いきなり、衛兵の一人を指差して魔法を唱えた。隊列の後ろに並んでいた若い衛兵がいきなり倒れる。

「閣下!何を!」

オルソン卿がその様を見て、閣下に食いかかるが、閣下から放たれる威圧感に足が止まる。

「慌てるな!」

閣下が、オルソン卿に向けていい放つ。

「アイツは港湾組合から金を貰っている。恐らく、取り締まり等の情報を流させる積もりなんだろうさ。確認するから、暴れないように、捕まえてくれ。」

オルソン卿は前に並んでいる衛兵三人に彼を取り押さえるように言いつける。

用意が整うと、閣下は倒れた彼の麻痺を治す。途端に暴れだす若い衛兵。私は彼を見て、オルソン卿に訊ねる。

「オルソン卿、彼は新しく採用した者の一人かな?」
「ええ、追加で採用した五十人の内の一人です。父親が病気という事で、真面目に仕事をしていたのですが・・・。」

    そう言うと、悔しそうに顔をしかめた。

    「さてと、私がしたことが、無実の者に対してなら、私はしたことに対して罰を受けなくてはならない。罰金として、彼に金貨十枚を払う「」事を約束する。さて、真実はどうなのかな?〈ギアス・条件・他者からの質問に対して、嘘偽りなく答える〉。」
閣下が彼を指差しながら、呪文を唱えた。
途端に若者の周りに、赤黒いもやがわき、彼を包み込む。その事に驚き暴れる若い衛兵。そして、次には靄は彼の体に吸い込まれていった。

「な、何をした?」

若者は恐怖から叫ぶ。

「うるさい!叫ぶな。別に体に悪い事はない。これから、お前に質問をする。正直に答えろ。ま、答えざるを得ないがな。」

閣下はそう言うと、ゾッとする笑顔をした。

「俺は何も喋らんぞ。」
「まあ、好きにしな。言いたく無かろうが、関係無く喋るから。では、質問だ。」

    若者は、顔を強ばらせながら、喋るものかと、そっぽを向く。
 
「君は、港湾組合から金を貰いましたか?」
「・・・ああ、貰ったよ。」

喋ってから、何を喋ったか自分でも驚いている若者。

「な、なんで、喋ったんだ?」
「はいはい、悩むのは後にしてくれ。次の質問だ。組合からは何をしろと言われた。」
「・・・警察の取り締まりや、動向を定期的に話してくれと言われた。・・・何でだ?何で話している。」
「あまり、この手は使いたくなかったが、役人の犯罪は許せんからな。一般人よりも重いぞ。オルソン卿、コイツを牢にぶちこめ。」
「・・・はっ、その者を牢に連れていけ!」

    仲間だった衛兵につれられて、若者はうなだれて、連れられて行った。それを辛そうに見送っているオルソン卿だった。見送ったあと、厳しい顔つきで、閣下に向き直った。

「閣下、部下の不始末、誠に申し訳有りません。お叱りはいかようにも。」

オルソン卿は頭を下げて謝る。

「ま、良い勉強をしたと思えば良いさ。まあ、一言だけアドバイス。組織の管理者は、そこに属する部下を信するのは勿論、同じように疑うこともしないといけないよ。一般の同僚同士なら、別に疑うことは必要ないが、管理者は違う。両方出来てこその管理者だ。そういう嫌な仕事をするから高い給料なんだよ。ま、一度考えてみてくれ。」

    閣下が、そう話している内に若者を連れて行った衛兵達が帰って来た。
皆が揃った所で、改めて閣下から説明がされた。

    「これからやる、仕事の内容を話します。先程の事を聞いていたから薄々気づいたかと思うが、これから『ツール港湾組合』の理事長及び理事、事務長、経理担当者の総勢十三名を逮捕連行します。理事の内六人は有罪確定だ。残り三人は、見て見ぬ振りをしていた疑いがある。よって詳しく調べるために逮捕する。三十人が組合に行き、事務長と経理担当者二人を逮捕しろ。他は五名一組で理事長及び理事を確保せよ。私は理事長を捕まえる班に同行する。オルソン卿、早速班分けをして、準備が良ければ行動しろ。コレが、現在対象者達のいる場所だ。」
「はっ!有難うございます。よし、班分けするぞ。」

    それから一時間後。私は閣下と一緒になって、組合のトップの理事長が住む邸宅の前にいる。

    中々大きい屋敷だ。赤字組合の理事長がこの様な大きな屋敷を維持することが出来るものなのかと考えると、やはり違法行為をしていると考えざるを得ない。門番が二人いて我々が近づくのを見ると、一人が屋敷に向かって走り出した。

「〈スタン〉。」

    走り出していた門番は、前のめりに倒れる。それを見てもう一人も、屋敷に向かい走り出す。

「〈パラライズ〉。」

    再び、魔法によって、動けなくされる。

「さ、行くぞ。」

    何事でもない様に門を抜け、屋敷に向かう閣下。
今更ながらに、そのお力に恐怖するな。

「ハザル卿、どうした?置いていくぞ。」
「は、すみません。」

慌てて、閣下の後についていく。


    ドアベルを鳴らすと、執事らしき格好の男が出てきた。

「どちら様でしょうか?」
「司法警察だ。主のカールネン・ダイスキンは在宅か?」
「どういった、御用向きでしょうか?」
「脱税、その他の違法行為の罪により、逮捕する。」
「え、その様な事を旦那様がする筈はないです。」
「退け!退かねばお前も犯人隠匿で罪になるぞ!」

    色々言って、邪魔をする執事に、閣下が一喝すると執事は悲鳴を上げ、尻餅をつく。

「対象は二階の右奥の部屋にいる。捕まえろ。」

    閣下の指示が下ると、衛兵四人が逮捕に走った。
閣下と、王女殿下、レナード卿、そして私の四人はゆっくりと理事長がいる部屋に向かう。二階に上がった時にドッタンバッタンと音が部屋から聞こえてきたが、我々が扉の前に立った時には静かになっていた。

「失礼するよ。」

    閣下が扉を開けて中に入って行くと、目の前には太った男が、衛兵にうつ伏せに取り押さえられていた。
太った男つまり理事長のカールネン・ダイスキンが閣下を見て怒鳴る。

「伯爵、これはどういう事だ!私にこの様な事をして、ただで済むと思っているのか!」
「はぁ。また罪状が増えたね。ツール伯爵に対しての暴言だ。不敬罪が追加されるな。」

    閣下のヤレヤレといった言葉を聞いて、少し冷静になったのか、理事長は言い直した。

「あ、いや。済みません。余りの事で動転してしまい言葉が荒くなってしまいました。それで、何故私がこの様な目にあうのでしょうか?」
「おや、十分身に覚えがあるから、大人しく捕まると思っていたのに、存外往生際が悪い様だね。いいでしょう。罪状を言います。よく聞くように。」

    閣下の断定的な言い方に、少し顔を強ばらせるが、それでも閣下を睨み付ける理事長。

「まず、二十年近くの脱税及びその期間中の業務上横領。王家及び領主への虚偽報告。後、違法奴隷の売買と海賊への情報漏洩による金銭の受け取り。最後に衛兵への贈賄だ。まあ、他にも細かい所は有るだろうがな。」
「・・・証拠は?証拠はあるのか?そんな物有るハズがない。つまり冤罪だ。」

    閣下の言葉に反論する理事長。理事長に何を言われようと表情が変わらない閣下が、証拠はと言う理事長の言葉を聞いて嬉しそうに嗤う。

「フフン。そう言ってくれる事を待っていたよ。証拠だね。これナ~ンダ?」

    そう言って、理事長の目の前には五冊程の帳簿が差し出される。それを見るや、驚愕に目を剥いた顔をして理事長は叫んだ。

「何故それを持っている?どうやって?」
「いやぁ、一昨日の夜にね散歩していたら、私の足下に落ちてたんでね。拾って中を調べたらコレがまた、港湾組合の悪事が判る判る。それで今日捕まえに来たわけだ。縛り上げろ。」

    閣下の指示で、理事長を縛り上げた。その時、捕り物の物音を聞いたのか、扉から年配の着飾った女性が走り込んできて、理事長を庇う。

    「ちょっと、主人はそんな事はやっておりません。下がりなさい、若造。」

    私は、アチヤーと上を向いた。やっちまったよ、この女。閣下の顔を見ると、嬉しそうに冷たい笑いを浮かべて嗤った。
「今。私を若造と言いましたね?」
「ガキに若造と言って何が悪いのよ!」
「聞いたね、君達も今の言葉を?」

    仕方無しに頷くと閣下は、さも嬉しそうに言い放った。

「この女も逮捕しろ。ツール伯爵である私に対しての不敬罪だ。縛り上げろ。」

    閣下の言葉を聞いて、途端に顔を青くする夫人。

「ウソ、こんな子供が伯爵だなんて。」

    衛兵が縛り上げようとすると、暴れる夫人に閣下は呪文を唱える。
すると麻痺したのか、動かなくなったのを縛り上げた。

「夫人、肩書きに年齢は関係ないよ。要るのは肩書きを全うするための能力だけさ。さて、罪が確定するまで、この家の財産は差し押さえします。持ち出した者は、死罪とします。二ヶ月前の悪徳商会長達のように死罪になりたくないなら、大人しくしていることです。魔法で私が監視していますからね。さあ、牢屋に連行して下さい。」

    騒動に気がつき、集まってきた使用人達に向けて、そういい放つと、二人を連行して、屋敷から退去した。

    その後は、逮捕した者達を取り調べていくと、前の代官アシリー・アクダイクンの更に前の代官の時から組合では横領や脱税をしていて、アシリーの時から更に違法行為をし始めた様だ。かれこれ二十年以上に渡って違法行為をしていたことになる。
    結果、悪事を働き利益を得ていた理事長及び理事と事務長及び経理担当者は死罪で理事長達の犯罪を見て見ぬ振りをした理事三人は罰金刑。理事長夫人は閣下への不敬罪のため、断髪の刑となった。初め私から刑を言い渡されたときは、ヒステリックに文句を言って来たので言い渡す。

「なら、伯爵閣下の前で同じ事を言ってみるか?あの方なら喜んで、お前の旦那と同じ世界に送って下さるぞ?生きていられるだけ、マシだぞ。本来不敬罪は死罪と決まっているからな。」

    そう言い渡すと大人しくなった。差し押さえた財産は、総額白金貨一千枚近くになった。閣下の判断で役場の収入となって、一割を税金として伯爵家に納めた。莫大な予算が入ってレオパルド卿は嬉しそうにニコニコしていたのが印象的な事件だったな。


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