Call my name

森野きの子

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奇妙なバディ9

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 玄関の灯りだけが細く部屋を照らし、秋本楓はベッドの端に座っていた。
 窓の外では風が薄く鳴っている。
 街の夜景が遠くに揺れ、光は柔らかいのに、胸の奥だけが不自然にざわついていた。
 手のひらを胸元に当てた瞬間、それはまた始まった。
「……っ、は……」
 呼吸が浅くなり、肺を圧迫するような痛み。
 心臓ではない。それよりもっと奥の、言葉にできない場所が強く揺れる。
 痛い。
 でも、痛みではない。
 苦しい。
 でも、苦しさとは違う。
 胸の奥を縫うような震えが、波のように強弱を繰り返しながら押し寄せてくる。
 そのたび、楓の肩が小さく跳ねた。
「……どうして……」
 涙が出そうになる。
 理由はわからない。
 記憶は戻っていない。
 誰かの名も、声も、顔も浮かばない。
 ただ、この震えだけが“知っているもの”として体を貫いていた。

 胸の内側が、まるで誰かに呼ばれているようだった。

 名前を思い出せない声。
 誰かの手。
 寝息。
 白い部屋の光。
 断片がふと揺れる。
 しかし形にならない。
「誰なの……?」
 問いかけた瞬間、強い波がまた胸奥を打った。息が漏れ、背が反る。
「や……っ……!」
 痛みではなく、追われるような、引かれるような、求められるような震え。
 楓は腕で身体を抱きしめるようにして丸まった。
 涙がひと筋だけ頬を伝う。
 その時だった。
 胸の震えの底に、別の小さな揺れが混じった。
 人のもの。
 あたたかい。
 静かで、優しい。
 恭吾の声が──、直接ではなく、今日のどこかの瞬間に触れた“記憶の残響”が揺れた。
 その優しさが、苦しさを少しだけ薄めた。
 楓は震える手でスマートフォンを掴み、画面を開く。
 今日、一度だけ見た名前。
 ──加藤巡査部長。
 押せるわけがない。今日出会ったばかりの相手だ。
 それに、押したら、楓の中で何かが確実に変わってしまう。
 でも、押さなければ胸が壊れてしまいそうだった。
 画面を見つめたまま、楓は小さく息を呑んだ。
「……助けて」
 声にならない声が、部屋の暗がりに淡く溶けた。
 その瞬間──
 窓ガラスがわずかに震えた。
 風ではない。
 街の音でもない。
 外のどこかで、別の“揺れ”が確かにこちらへ向かっていた。
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