一度私が振ったらしい美形の歳下ワンコくんが溺愛してきます。

森野きの子

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 私が高校一年生の時、両親が離婚した。原因は父の浮気。相手は同じ会社の若い女性だった。
 僅かな慰謝料を元手に、母と私は安くて狭いアパートに引っ越した。
 引越しの際、化粧や靴や鞄が好きだった母はたった数万円の為に、その辺にあるリユースショップに靴やバッグを売ってしまった。ヴィンテージといえる名品も、すりきれた型遅れという理由で高値にはならないと言われた。
 母は、化粧品も最低限とし、買い足すことも滅多になくなった。私は、派手ではないけれど、好きなものを大切にしながら装う母が好きで、小さな頃から漠然とメイクやファッションに携わる仕事をしたいと思うようになっていた。けれど、生活が一変し、とてもじゃないけれど、ヘアメイクアーティストになりたいとも、専門学校に行きたいとも言えなくなった。
 両親の離婚のショックと、家庭環境からくる負い目、それと、母から感じる私が女になることへの嫌悪感も相まって、どんどん内向的になった。中学校からの友人とも離れ、高校でも一人だった。

 そして、そのまま高校で斡旋されたスーパーマーケットに就職し、二年目の冬、母のすい臓がんが判明した。母はずっと痛みを鎮痛剤などで誤魔化し、診察を受けた時には余命三ヶ月から半年と言われ、その医者の診断通り、三ヶ月で亡くなった。母の葬儀や諸々の手続きで成人式どころではなくなった。
 父にも連絡はしたが、彼は見舞いにも葬儀にも顔を出さなかった。それどころか、母の死亡を伝えた電話で、もうこれっきりにしてくれと一方的に通話を切られた。無機質な電子音を聞きながら、一度は結婚し子を成した相手だというのに、他人とはここまで無情になれるのかと愕然とした。
 私に遺されたのは、保険金の三百万円と母の病気に気づかなかった自責の念と、言い知れぬ孤独だった。二十歳になっても、私には恋人はおろか、友人と呼べる相手もいなかった。

 母の三回忌の法要が終わったあと、繁華街の中にあるお寺から帰っていると、近くの美容専門学校から出てくる人達とすれ違った。
 何気なく話していただけかもしれない。思い思いの格好と髪色をし、弾けるような笑い声をあげた彼らが、眩しくて、妬ましくて、羨ましかった。思わず振り返って見ると、その中の一人と目が合った。
 肩にかかるくらいのワンレングスでゆるめのスパイラルパーマをかけた色つきメガネの男の人。
 彼は、バツの悪そうな顔で私に軽い会釈をして再び歩き出した。
 高い身長と長い手足、そしてヘアスタイルに負けていない高い鼻梁と厚めの唇が印象的だった。この辺にはタレント事務所もあるので、もしかしたら、モデルの卵なのかもしれない。
 いずれにせよ、のびのびと自分のやりたいことをしている彼らの楽しげな声に、燻っていた気持ちに火がついた。
 私にはなにもない。やりたくない仕事を続けて死ぬだけなんて嫌だ。だったら、今からでもやりたいことをやろう。
 半ば衝動的にすぐ側の見上げた専門学校の建物に入り、資料をもらった。
 家に帰り、仏壇にお線香と炊きたてのお米と母の好きだったおはぎを供え、貰ってきたパンフレットも添えた。
(お母さん。ごめんなさい。やっぱり、私、夢を諦めきれません)
 手を合わせて、お鈴を鳴らした。
 突然の報告に天国でびっくりしているかもしれない。今まで誰にも自分のやりたいことを話したことがなかったから。そういう相手もいなかったけれど。
 でも、やりたいことに集中できる。
 孤独であることは自由なのだ。私は自らをそう鼓舞した。
 私、井上栞乃は、二十二にして専門学校に入学することにした。
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