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朝練のあとは、店内中の掃除をして、道具の消毒、鏡磨き、在庫チェック、そして予約状況の確認などの開店準備をする。それが終わると、ミーティングだ。今日一日の大まかな動きを打ち合わせする。朝イチのお客様をお迎えして、午前中はあっという間に過ぎていった。
昼休憩に控え室に入ると、アシスタントの飯田さんがサンドイッチを頬張っていた。表には別のアシスタントが二人いる。
いつもの塩おにぎりを出す。お茶を煎れて、パイプ椅子に座る。
「やっぱりおにぎりダイエットって効くんだぁ」
ギクリとした。けれど飯田さんは何か期待をした目でこちらをみている。
「井上さんすごくスタイルいいですもんねぇ。私、どう頑張ってもちょいポチャなんですよぉ」
「うそ。飯田さんのスタイルってちょうどよくない?」
小柄ながらふんわりとした女性の丸みをバランスよく保っている。見ていて思わず抱きしめたくなる。そんなふうなことをつけ加えると、飯田さんは照れたようにふにゃりと笑う。よくわからない不毛な褒めあい合戦の末、お互いないものねだりだと苦笑した。
「小野塚淳、かっこよくないですか?」
サンドイッチを食べ終わって、飯田さんが例の誌面を開いて見せてきた。ドキってした自分が恥ずかしい。
「あー。うん。そうだね」
「で、憧れの人が同級生らしいんですけどー、珍しくないです?」
「え? そうなの?」
「小野塚淳がインタビューで言ってました」
「へー。そうなんだ」
「そうなんですよ。小野塚淳なら小さい頃から世界レベルを見慣れているはずですよ? なのに、同級生って」
「やっぱ天才って変わってるね」
「ねー。同年代なのにこっちはやっと一端のアシスタント。あっちは新進気鋭の若手アーティストですもんねー」
「まあ、ほら、なんたって世界のリョウ・オノツカの孫だし」
「なんたってお母さんは元パリコレモデルですもんね。小野塚淳もモデルすればいいのにー」
飯田さんとのなんとなく噛み合ってない会話をしながら、紙面の小さな文字に目を落とす。パリとロンドンで修行中……。さすが修行の舞台も華やか。
「たしか井上さんは小野塚淳と同級生ですよね。この噂の同級生って誰か知らないんですか?」
「んー。普段ほとんど接点なかったしなぁ」
「当時一目置かれてた生徒とかって?」
「私、自分のことで手一杯だったから」
「そっかー。井上さん当時からクールだったんですね」
「いや、馴染めない根暗だったんだよ。黒歴史、黒歴史」
「あはは! えー。漫画とかでありがちな学年のスターと地味女子のキラキララブストーリーとかなかったんですか?」
ドンッと胸に衝撃波。地味女子。図星をつかれた、いや、キラキラしてない。ラブもない。
「今、さりげに地味女子ってディスられた?」
「違いますよぉ!」
あ。やばい十分過ぎた! と飯田さんは慌てて席を立つ。
「井上さんはクールビューティで、地味子ではないです!」
と過分なフォローを残して出ていった。
私もおにぎりを食べ終え、お茶を飲んで席を立った。
なんとなく後ろ髪を引かれたような感じでペラリと業界誌をめくってみる。
少年っぽいあどけなさが抜けて、大人の男の凄みがでている。体つきも変わった。
あの夜、針地獄みたいな同級生の輪から連れ去ってくれたとき、私はすでに彼に惹かれていた。不意打ちのキスは驚いたし、同時に、知らない|女(ひと)の存在を感じてショックを受けた。気が早いというか、図々しいというか。
未遂でよかった。あのまま抱かれていたら私、とんでもなくおかしな女になっていたかもしれない。
本を閉じて、テーブル周りを片付ける
住む世界が違う。私たちの接点は二度と交わることはない。
それから二年。私はようやくスタイリストになった。一方、小野塚くんは、全美連の主催する技術選手権の連覇を遂げ、ナショナルチームに参加し、世界一を獲得。パリ、ミラノ、ニューヨークのファッションウィークでも活躍する一流のヘアメイクアーティストになっていた。しかも、ルックスも相まって女性ファッション誌を始めとするメディアへの露出も増えている。
私は店長の勧めで、恵比寿にあるサロン『AQUA CRYSTAL』に移動することになった。
トップスタイリストの予約が三ヶ月待ちはざらの人気店。ガラス張りの店の外には毎日のように専門学生が見学にやってくる。お客様にはモデルや芸能人もいる。一日が今までのお店の倍の速さで過ぎていく。
スタイリストというより、引き続きアシスタントの仕事が主だけど、新規さんや指名無しのお客様に当ててもらえるので、お給料は上がったけれど、やっぱり生活はカツカツだ。衣装代を抑えるために、以前の店舗のように白いブラウスに黒のスリムパンツを合わせていたが、常連のお客様からやんわり指摘されることもあった。
そして、四月から配属され、ようやく店のスピードについていけるようになった八月末のこと。
三月と九月の第一週の土曜日に開催されている東京ガールズフェスティバル(TGF)に出場するトップスタイリストのsakitoさんに同行するスタイリストの多田さんが交通事故に遭い、TGFの同行を断念せざるを得ない状況になった。
他の人はすでに予約が埋まっていて、空きが私しかいなかった。十日でsakitoさんのアシストができるようにならなくてはならない。私は急遽営業時間中もsakitoさんのアシスタントとしてつくことになった
そして、三日も経てばわかってきたことが一つ。sakitoさんは業界でも屈指のモテ男らしく、一緒にいると女性の視線が鋭くなる。線の細い中性的な雰囲気から好みは男性かと思っていたけれど、違ったようだ。
吉沢さんの時のように営業終了後に技術チェックをお願いしたけれど、断られ、仕方なく店を出た時に、外で待っていた常連のマダムに睨まれた。sakitoさんはマダムのイタリア車に乗り込み、颯爽と夜の街に消えた。
仕方がないので、私は多田さんと連絡を取り、彼女が入院した病院へ、お見舞いを兼ねて引き継ぎの情報をもらいに行くことにした。
昼休憩に控え室に入ると、アシスタントの飯田さんがサンドイッチを頬張っていた。表には別のアシスタントが二人いる。
いつもの塩おにぎりを出す。お茶を煎れて、パイプ椅子に座る。
「やっぱりおにぎりダイエットって効くんだぁ」
ギクリとした。けれど飯田さんは何か期待をした目でこちらをみている。
「井上さんすごくスタイルいいですもんねぇ。私、どう頑張ってもちょいポチャなんですよぉ」
「うそ。飯田さんのスタイルってちょうどよくない?」
小柄ながらふんわりとした女性の丸みをバランスよく保っている。見ていて思わず抱きしめたくなる。そんなふうなことをつけ加えると、飯田さんは照れたようにふにゃりと笑う。よくわからない不毛な褒めあい合戦の末、お互いないものねだりだと苦笑した。
「小野塚淳、かっこよくないですか?」
サンドイッチを食べ終わって、飯田さんが例の誌面を開いて見せてきた。ドキってした自分が恥ずかしい。
「あー。うん。そうだね」
「で、憧れの人が同級生らしいんですけどー、珍しくないです?」
「え? そうなの?」
「小野塚淳がインタビューで言ってました」
「へー。そうなんだ」
「そうなんですよ。小野塚淳なら小さい頃から世界レベルを見慣れているはずですよ? なのに、同級生って」
「やっぱ天才って変わってるね」
「ねー。同年代なのにこっちはやっと一端のアシスタント。あっちは新進気鋭の若手アーティストですもんねー」
「まあ、ほら、なんたって世界のリョウ・オノツカの孫だし」
「なんたってお母さんは元パリコレモデルですもんね。小野塚淳もモデルすればいいのにー」
飯田さんとのなんとなく噛み合ってない会話をしながら、紙面の小さな文字に目を落とす。パリとロンドンで修行中……。さすが修行の舞台も華やか。
「たしか井上さんは小野塚淳と同級生ですよね。この噂の同級生って誰か知らないんですか?」
「んー。普段ほとんど接点なかったしなぁ」
「当時一目置かれてた生徒とかって?」
「私、自分のことで手一杯だったから」
「そっかー。井上さん当時からクールだったんですね」
「いや、馴染めない根暗だったんだよ。黒歴史、黒歴史」
「あはは! えー。漫画とかでありがちな学年のスターと地味女子のキラキララブストーリーとかなかったんですか?」
ドンッと胸に衝撃波。地味女子。図星をつかれた、いや、キラキラしてない。ラブもない。
「今、さりげに地味女子ってディスられた?」
「違いますよぉ!」
あ。やばい十分過ぎた! と飯田さんは慌てて席を立つ。
「井上さんはクールビューティで、地味子ではないです!」
と過分なフォローを残して出ていった。
私もおにぎりを食べ終え、お茶を飲んで席を立った。
なんとなく後ろ髪を引かれたような感じでペラリと業界誌をめくってみる。
少年っぽいあどけなさが抜けて、大人の男の凄みがでている。体つきも変わった。
あの夜、針地獄みたいな同級生の輪から連れ去ってくれたとき、私はすでに彼に惹かれていた。不意打ちのキスは驚いたし、同時に、知らない|女(ひと)の存在を感じてショックを受けた。気が早いというか、図々しいというか。
未遂でよかった。あのまま抱かれていたら私、とんでもなくおかしな女になっていたかもしれない。
本を閉じて、テーブル周りを片付ける
住む世界が違う。私たちの接点は二度と交わることはない。
それから二年。私はようやくスタイリストになった。一方、小野塚くんは、全美連の主催する技術選手権の連覇を遂げ、ナショナルチームに参加し、世界一を獲得。パリ、ミラノ、ニューヨークのファッションウィークでも活躍する一流のヘアメイクアーティストになっていた。しかも、ルックスも相まって女性ファッション誌を始めとするメディアへの露出も増えている。
私は店長の勧めで、恵比寿にあるサロン『AQUA CRYSTAL』に移動することになった。
トップスタイリストの予約が三ヶ月待ちはざらの人気店。ガラス張りの店の外には毎日のように専門学生が見学にやってくる。お客様にはモデルや芸能人もいる。一日が今までのお店の倍の速さで過ぎていく。
スタイリストというより、引き続きアシスタントの仕事が主だけど、新規さんや指名無しのお客様に当ててもらえるので、お給料は上がったけれど、やっぱり生活はカツカツだ。衣装代を抑えるために、以前の店舗のように白いブラウスに黒のスリムパンツを合わせていたが、常連のお客様からやんわり指摘されることもあった。
そして、四月から配属され、ようやく店のスピードについていけるようになった八月末のこと。
三月と九月の第一週の土曜日に開催されている東京ガールズフェスティバル(TGF)に出場するトップスタイリストのsakitoさんに同行するスタイリストの多田さんが交通事故に遭い、TGFの同行を断念せざるを得ない状況になった。
他の人はすでに予約が埋まっていて、空きが私しかいなかった。十日でsakitoさんのアシストができるようにならなくてはならない。私は急遽営業時間中もsakitoさんのアシスタントとしてつくことになった
そして、三日も経てばわかってきたことが一つ。sakitoさんは業界でも屈指のモテ男らしく、一緒にいると女性の視線が鋭くなる。線の細い中性的な雰囲気から好みは男性かと思っていたけれど、違ったようだ。
吉沢さんの時のように営業終了後に技術チェックをお願いしたけれど、断られ、仕方なく店を出た時に、外で待っていた常連のマダムに睨まれた。sakitoさんはマダムのイタリア車に乗り込み、颯爽と夜の街に消えた。
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