彼がスーツに着替えたら

森野きの子

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凍える月と熱い夜3

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「ブルームーンね」
 と、冴子の目の前に、ドライ・ジンとバイオレット・リキュールを置く。
「さっぱりめと甘め。どっちの気分?」
「うーん。現実が厳しいから甘めで」
「了解。その分アルコール高くなるから気をつけてね」
「帰り道なら大丈夫。うち近いもん」
「いや、おれに」
「へぇッ!?」
 思いっきり声が裏返った。冴子の頭の中では、黄色いスーツに緑色の顔をしたヤバい奴並に心臓が飛び出た。
「嘘だって。そんなドン引きしないでもらえます?」
 照れながら口を尖らせる仕草に、冴子のハートが鷲掴みにされた。むしろ握りつぶされた林檎のようだ。
「してませんけど?」
 すべったと勘違いして照れた亮の表情に、完全にハートに火がついた。推しと思っていたのに、落ちた。自分が降格してしまった気分だ。
「ブルームーンって、完全な愛、叶わぬ恋、あと、無理な相談とか、お断りって意味があるんだって」
 言いながら、亮はショートグラスを氷で冷やし、シェーカーにすべての材料を入れ、一度バースプーンでステアする。テイストを確かめてから氷を入れ、その後シェイクする。冴子は亮の立てる小気味良い音に耳を傾ける。氷を捨て、冷えたグラスに注いだ後に、仕上げとしてレモンピールを振り入れ、冴子の前に置いた。
「お待たせしました。ブルームーンです」
「ありがとう。百か零か。オール・オア・ナッシング。ロマンチックだと思ってたら意外と厳しいカクテルだったなあ。んー、良い香り」
「飲む香水って言われてるらしいからね、これ」
 と、バイオレット・リキュールの瓶を手に取る。
「おかわり」
 冴子は一息に飲み干し、グラスを亮に差し出した。
「早っ。冷たいうちが美味しいカクテルだけど、早すぎるって。もうちょい味わってよ」
「美味しいんだもん。はい、おかわり」
「これ、結構度数高いよ?」
「金曜の夜だし、少しくらいハメ外したって明日は休みだから大丈夫!」
「どこかで飲んできた?」
「急な残業でここが一軒目」
「二軒目どっか行くの?」
「この時間から行くとこないもん」
「そっか。え、じゃあ空きっ腹? 回るの早くなるからなんか入れとかなきゃ。なんか作るよ?」
「食べたくないの。飲みたい気分なの。だって疲れたんだもん。いいじゃん。飲ませてよ。ブルームーン。早くちょうだい。大丈夫だから」
「そうかなぁ? 満月の夜だから狼が出るかもよ」
「私がそんな仔羊に見える? 狼? ハッ、出てくるなら出てきてみなさいって話しよ。いいから、はーやーくー。ブルームーン!」
「まあ、仔羊っつーか、大虎か」
 亮がため息混じりに言う。
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