彼がスーツに着替えたら

森野きの子

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過ぎたるは及ばざるが如し7

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 半ば気絶のように眠りに落ち、夢も見ずに目覚めて、後ろから覆われた他人の体温に現実感を失った。あれ、昨夜の、夢じゃないのか! 冴子はがっつりと抱きしめられたままの腕の重さに、驚愕で覚醒した。

 亮のスエットの上だけ着て、下は何も身につけていない。

「んん、……まだ、寝てようよ……」

 密着したままの後頭部の少し上から掠れた声がする。

「でも、トイレ行きたい」

 ぱ、と腕から解放される。

「また変態って言われたら嫌だから」

 冴子が起き上がると、仰向けに体勢を変えた亮が拗ねた声で言う。振り向いて見下ろすと、いたずらっぽい笑みを唇に浮かべて冴子を見ている。冴子も微笑み返してトイレへ向かう。久しぶりに開かれた内側に違和感が残っている。トイレットペーパーには濃い粘液がべったりとついていた。

 手を洗うついでに歯磨きをしていたら、黒いロンTとヴィンテージデニムを身につけた亮も台所の流しで歯磨きを始めた。

「あっ、亮さんもう着替えてる」

「下にコーヒー淹れに行くからさ。さえちゃんも飲む? てか、朝メシ食う派? トーストとベーコンエッグならすぐできるよ」

「食べたい、けど、いいの? 亮さんだって疲れてるでしょ」

「若干腰はダルいけど、すこぶる快調。だから平気」

「じゃあ、お願いしていい?」

「うん。じゃあベッドで待ってて」

「ありがとう」

「そんな感謝しなくていいよ」

「亮さん、優しい」

「そんなことないよ。朝飯食わせたあと、まったりしてるさえちゃん喰うつもりだし」

「うわ、鬼畜」

「どこがだよ。普通の一般男性だろ」

 亮は換気扇をつけ、流しで煙草に火をつけると、美味そうに煙を上に向かって吐いた。

「そういえば、電子タバコじゃないですよね」

「なんかちょっと苦手で。ベープも試したんだけど、おれはこれが一番だ。嫌いな人多いけど。さえちゃんも嫌ならベランダ行くよ」

「亮さんが煙草を吸う姿を見るのも好きだから、私の好きなものを取り上げないでほしいな」

「えー。愛されてんなぁ」

 大きな手の、長くて骨ばった指に、茶色のフィルターのついた紙タバコがよく似合っている。苦みばしった紫煙の匂いも不思議と嫌じゃない。実家の父親も吸っていた。どことなく懐かしい匂いだ。

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