日野くんの彼女

森野きの子

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翌日。気分はずっと重くて、できれば学校に行きたくなかったけれど、お母さんに迷惑をかけるわけにはいかないので、いつも通りに家を出た。学校が近づくにつれどんどん気分が重くなる。電車を降りて改札口に向かって歩いていると、肩を叩かれた。
「ひっ!?」
 驚いて振り向くと、日野くんがいた。
「悪ぃ。見かけたからつい。おはよ」
 ドキドキしてる。日野くんはばつの悪そうな顔で立っている。
「おはよ……」
「おう」
「いこっか」
「おう」
 ゆっくり歩き出す。なんだか日野くんが立っている左側の腕が熱い。私の隣に男の子が立っている。慣れない感覚に落ち着かない。付き合ってる振り。私と日野くんは、付き合ってる振りをしてるだけ。
 あれ? でも、これって日野くんになんの得が……?
「あの、日野くん」
「ん?」
「ほ、本当にいいの?」
 日野くんの右眉がぴくっと動いて、そのまま眉間に皺が寄る。怖い怖い怖い。
「やめてえのか?」
 怖い。
「い、いや、そんなことは……、ただ……」
「言いたいことははっきり言え」
「わ、私……」
 私と付き合ってる振りをしてなんになるの?   って、この聞き方偉そうじゃない?
「まあ、好きでもない奴と付き合うなんて、振りでも無理だもんな」
「それは、日野くんだって同じでしょ」
「あ? お前が勝手に俺の気持ち決めんな」
 低い声もしゃべり方も怖い。怖いのに、なんか、ちょっと、かっこいい……? なんなの、これ。私変だ。ひやひやしてるのかドキドキしているのか。
「私、昨日、日野くんに助けてもらって、お礼も言ってなかったよね。ありがとうございました」
「どういたしまして。まあ、お前にそんな余裕なかっただろ。あの状況」
「日野くんって、優しいね」
「お前ほどじゃない」
「私、優しいとかじゃないよ」
「そうか? あんな仕打ちの後でお腹に赤ちゃん居なくてよかったねなんて普通言えねえよ」
「だって、そうだもん。生まれる前に殺される子供も、子供を殺すお母さんもいないんだよ。よかったじゃない」
「そういう問題じゃねえ。馬鹿じゃねえのお前。友達だと思ってたやつに嵌められてボロボロにされるとこだったんだぞ。自分のことはどうだっていいのかよ」
「怖かったよ。でも、日野くんが助けてくれたでしょ」
「つーか、普通カラオケボックスに変更とかおかしいだろ。なんかあるって思わなかったのかよ」
「だって美波は友達だもん」
「意味わかんねえ」
 日野くんは深いため息をついて首を傾げた。
「でも、お前のそういうとこ尊敬する」
「じゃあ、お前っていうのやめてよ。秋野由恵。言ったでしょ」
「あ。ごめん……」
 日野くんが立ち止まったので、私も足を止める。日野くんは、一瞬目を閉じて私をまっすぐに見る。背が高いので真正面に立たれると、本当に壁みたいだ。
「つーか、秋野。俺、本気でお前の彼氏になりたいんだけど、どうすりゃいい?」
「え?」
 思ってもみなかった言葉。
「な、なんで?」
「なんで……って、ほっとけねぇって、言ったじゃん。」
 日野くんは真っ赤にした顔をしかめた。不思議と、今、日野くんが怖くない。
「私の事、好きなの……?」
「……ん。そうだと、思う。なんか、あの後からずっと、秋野が頭から離れねぇ」
「え。私、だよ? 美波みたいに美人でオシャレでスタイルがいいわけじゃないし、頭がいいわけでもないよ。私より日野くんに似合う女の子他にいっぱいいるよ?」
「そんなふうに言わなくても、俺が無理ならそう言えよ。秋野が嫌なこと無理強いしたくねぇし」
 日野くんが俯く。思い詰めた顔が地面にガンつけてるみたいで、私がアスファルトだったら割れそう。でも。
「日野くんが無理とかない。」
「ねえの?」
 ハッと顔を上げる。眉間のシワがないとキリッとして整ったお顔をしている。
「ない。ただ、本当に私みたいななんの取り柄もなくて特に可愛くもないのに日野くんと付き合うのがどうなのかなって」
「ハァ? 秋野は可愛いよ。んで、ダチ思いだし。まだ全部とかよくわかんねえけど、ほっとけねぇし、もっと秋野のこと知りたいし、できることなら俺がそばにいて、秋野のこと傷つけるやつ全部排除したい」
「日野くんが排除っていうと物騒だね……」
「いや、俺だって一線は越えないように弁えるよ」
「ふふ。日野くんって面白い」
 そういうと、日野くんはぽかんと私を見ている。
「え? ごめん。笑っちゃって。不快だった?」
「いや、笑顔が可愛すぎてビビった」
「えっ!?」
「秋野が嫌じゃないなら、振りからでも付き合ってほしい」
「ほ、本当に……?」
「無理強いはしたくねぇ。でも可能性があるなら、頼む」
「私でいいの……?」
「秋野がいい」
 日野くんの真剣な眼差しは、怖いとかじゃなく、まっすぐ私の心を貫いた。こんなふうに言われては、断れない。
「……ありがとう……」
「え。じゃあ、オッケーってこと?」
「うん。私でよければ……。あ、でも……、もし、日野くんが思ってくれてるような子じゃなかったときは、ごめんね。違ったらすぐ違うって言ってね」
「そんなことより、秋野はどうなんだよ? 俺みたいな奴でいいのか?」
「私は……」
 日野くんを見上げる。強面だけど、凛々しくて精悍な顔立ち。大きくて逞しい体格。人を圧倒するオーラ。キラキラな王子様というより、オラオラな魔王様だけど、それは見た目だけで、助けてくれたし、告白の時は、私のことをちゃんと考えてくれている。
「秋野?」
 どうしよう。首を傾げた日野くんがキラキラして眩しい。さっきまでの重たい思考が浄化されそう。美波からの連絡がなくて落ち込んでたのに、私って、馬鹿なんだと思う。
「私にはもったいない……」
「……俺は無理ってことな?」
「無理じゃないよ。日野くん、かっこいいし、私を助けてくれたし、私のヒーローだよ」
「じゃあもうそこまで言うなら付き合ってくれよ!」
「私じゃ釣り合わないよ」
「釣り合うとか、もったいないとか、意味がわからん! 俺と付き合いたくないならそう言えって」
「付き合いたくないわけじゃない……。ない、けど……」
「はあ? けど、何なんだよ」
「日野くんにガッカリされて終わるのが怖い……」
「お前な。俺らまだ少しも向き合ってねえのにそんなこと怖がってどうすんだよ。秋野が俺にガッカリするパターンの時は? 秒で終わらすのか?」
「そんなことできない……」
「俺は、お前にガッカリされたら、そのダメなところを教えて欲しい。直せるなら直すし、無理でも近づけるように努力する。お前に嫌われたくないから、悪いところは直そうと思う。だから、ちゃんと、言ってくれよ。お互いそういうふうにして、付き合っていけば良くね?」
「日野くん……」
「……必死すぎるな、俺」
 日野くんが肩を下げる。
「ありがとう。私のために必死になってくれて。私、日野くんと付き合ってみたい」
「マジで?」
「うん。ちゃんと、日野くんの彼女できるかわかんないけど」
「そんなの俺だって秋野の彼氏として相応しいか自信とかねーよ。でも、秋野には俺のそばにいてほしい」
「……うん」
 私が頷くと、日野くんが手を差し出した。
「とりあえず、よろしく」
 私がその手を握り返すと、日野くんが歩き出した。
「遅刻じゃね?」
「それは困る!」
「俺は別に困らねえけど、秋野が困るのはよくねえな」
 日野くんの歩幅に合わせると少し小走りになる。
「日野くん。ありがとう」
「こちらこそ」
 日野くんは、笑うと、可愛い。
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