7 / 9
7
しおりを挟む
日野くんはお弁当、私はパンを持って、校舎裏の中庭のベンチに行った。
ご飯を食べ終えて、日野くんは、半分くらい残っていたペットボトルのサイダーをまた半分飲み干して、私を見た。
「なぁなぁ秋野。俺って怖い?」
平然を装ったちょっと不安そうな声。
「ううん」
朝のことまだ気にしてたんだと思うと、怖いわけがない。額にかかった髪を掬うと、ピクリと眉がはねた。
「こわくないよ」
「俺、見た目悪ぃからな。喧嘩ふっかけられること多いし。でも絶対、秋野が怖がることはしない。嫌なこともしない。だから、怖いことと嫌なこと、してほしくないこと、ちゃんと言えよ?」
「私、怖いことだらけだよ」
「一番怖いのは?」
「ひとりぼっち」
「いやいやいや、俺がいるだろ」
「本当にいいの。私で」
「いやもう好きだから、今さらそんなん言われても困る」
「私が一緒にいていいんだ」
「そうしてくれたらすっげー嬉しい」
「私も日野くんの嫌なこととかしたくないから何かあったら教えてね」
「昨日みたいなことはヤだな。いくら友達のためっつっても、秋野が犠牲になるのは違ぇだろ」
「あんなこともうないよ」
「どうだか。なんかあったら相談しろよ」
「うん。わかった。ありがとう」
予鈴が鳴ると、日野くんは顔をしかめて背伸びをした。
「あーあ。教室戻るか」
「うん。また放課後だね」
ふと、日野くんの視線を感じる。
「どうしたの?」
日野くんを見ると、彼は小さく微笑む。
「秋野がまた放課後って言ったからさ」
「うん?」
「昼休みだって、断られる前提でとりあえず教室行ったくらいだしな」
「あ……。ごめん……」
無神経だった。こういうところが私のダメな所なんだろうな。
「ま、俺が勝手にやってることだから別に秋野が謝ることじゃねえよ」
「でも、私、美波がいないと一人ぼっちだったから、日野くんが来てくれて、嬉しかった」
「そっか。そりゃよかった」
「いいのかなぁ?」
「ミナミで頭いっぱいだもんな。秋野は」
「……そうでもないよ。私、自分のことばっかり考えてる……」
「そんなもんだろ」
日野くんはなんてことないふうに言った。
私は自分のことばかり守ろうとしてしまう卑怯な人間なのに。
「美波がいなくて寂しくて日野くんに頼る狡い人間なんだよ、私」
「マジか。どーよ。俺、頼りになった?」
日野くんは私を見下ろしてニヤリと笑った。
「秋野の寂しさは俺で紛れた?」
頷くと、今度はちゃんと嬉しそうな笑顔になった。
「っしゃ。彼氏として合格じゃね?」
「私、彼女失格だね」
「いいじゃん。俺の彼女なら俺に甘えれば」
日野くんはそういうと、私の手を取って歩き出した。
「学校だよ」
と、咎めるとあっさりと離してくれた。
「学校出たらOKってことな」
振り向いてニヤリと笑う。悪い顔が似合うなぁ。とか思いつつ私ときたら、さっきからずっと胸がときめいている。
「おー。日野ちゃんの彼女じゃーん!」
「ちっちゃ! 日野くん犯罪やん!! おまわりさーん!!」
「いやそれ、彼女に失礼だろ。彼女ちゃんごめんね! 日野ちゃん!! お迎え!! マジ羨ま死ね!!」
「お前らうっせーよ。どけ」
「日野ちゃんいい加減俺たちと打ち解けてよ!!」
「そうそう!!」
「彼女出来んのはえーよ!!」
「打ち解けてんだろ。つーか早くねーよ。黙って死ね」
「ひっど!!」
「日野ちゃんまた明日ね!!」
「おー、バイバイ」
HRが終わって今度は私から隣のクラスに行くと、昼休みにも見かけたイケメン三人組に、代わる代わる声をかけられた。私がなんにも返せずにいると日野くんが彼らをあしらいながら、私の所に来てくれた。帰るか、と促されて並んで廊下を歩いて、下駄箱に向かう。
結局、美波からの連絡はない。
「トモダチからは音沙汰なしか?」
「ないよ……」
「まぁ、そのお陰でこうしていられるわけだけれども。つーか、あいつといつもどんな話すんの?」
「どんな……」
美波は、目についた女子の気になるところを私に耳打ちする。ワキガやばい、とか、鼻の下や眉毛の産毛放置しすぎとか、とりわけ不潔な子が苦手みたいで、身だしなみに容赦がない。だから私は出来る限り気にしている。
「えぇっと……、ファッションチェック……? 美波の意見は参考になるんだよ」
「ご意見番かよ。つーか、師匠?」
「うん。そうかも」
「秋野から師匠に連絡はしねぇの?」
「なんとなくしづらくて」
「師匠と友達やめれば?」
ちょうど下駄箱について、それぞれの靴を取りに行く分岐点で、言葉に詰まる。友達をやめる?
「やだ」
「だよな」
あっさりかわすような反応に拍子抜けしてしまった。日野くんはさっさと自分の靴を取りに行く。靴をはきかえて並んで歩いた。無言はまだ慣れない。それに気を悪くさせたかもしれない。
「どっか寄る?」
「え。あ……」
そうか。ただ帰るだけなわけないか。
「晩飯入らなくなるなら食いもんじゃないほうがいい? ゲーセンとか? それか秋野んちの近くの公園?」
「あ、あぁ……。うん。じゃあ、あ。うちの近くに図書館あるんだ。一緒に宿題しよ」
「その発想なかった。新しいな」
「そ、そう? 図書館でいいの?」
「うん」
「じゃあ、行こっか」
と、方向を決めたところに、ブブブ、ブブブ、とポケットの中のケータイが震えた。
ごめん、と、日野くんに断ってディスプレイを見ると、美波からだった。通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし……?」
「あ、出た。オマエ、美波の友達? なんだっけ、アキノソラだっけ?」
全然知らない男の人の声に心臓が凍りつく。バリバリと音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、足まで固まってしまった。
「え、あ、あの」
「あー、はっきり喋れ。で、オマエの彼氏が日野ってマジ?」
日野くんが私を見て訝しげな表情を浮かべる。誰? と声に出さずに訊いてくれたけれど、わからないので、頭を左右に振るしかできない。
「今一緒にいんの? いたら替われ」
迷っていたら、早よ替われやと怒鳴られて、電話越しなのに、身がすくんだ。すぐさま日野くんが私からケータイを取り上げる。
「誰?」
日野くんに片手で抱き寄せられる。私の肩をポンポンとあやすように叩いて、さすってくれた。恐怖で血の気が引いて冷たくなっていたのか、すごく温かくて落ち着いた。
「は? お前誰だよ。なんて? アキノソラじゃねーよ。バーカ。殺すぞ」
淡々と答えていた日野くんがみるみる怖い顔になっていく。そして私を離すと、背中を向けて五、六歩大股に歩いて、その場にしゃがみこんだ。
ご飯を食べ終えて、日野くんは、半分くらい残っていたペットボトルのサイダーをまた半分飲み干して、私を見た。
「なぁなぁ秋野。俺って怖い?」
平然を装ったちょっと不安そうな声。
「ううん」
朝のことまだ気にしてたんだと思うと、怖いわけがない。額にかかった髪を掬うと、ピクリと眉がはねた。
「こわくないよ」
「俺、見た目悪ぃからな。喧嘩ふっかけられること多いし。でも絶対、秋野が怖がることはしない。嫌なこともしない。だから、怖いことと嫌なこと、してほしくないこと、ちゃんと言えよ?」
「私、怖いことだらけだよ」
「一番怖いのは?」
「ひとりぼっち」
「いやいやいや、俺がいるだろ」
「本当にいいの。私で」
「いやもう好きだから、今さらそんなん言われても困る」
「私が一緒にいていいんだ」
「そうしてくれたらすっげー嬉しい」
「私も日野くんの嫌なこととかしたくないから何かあったら教えてね」
「昨日みたいなことはヤだな。いくら友達のためっつっても、秋野が犠牲になるのは違ぇだろ」
「あんなこともうないよ」
「どうだか。なんかあったら相談しろよ」
「うん。わかった。ありがとう」
予鈴が鳴ると、日野くんは顔をしかめて背伸びをした。
「あーあ。教室戻るか」
「うん。また放課後だね」
ふと、日野くんの視線を感じる。
「どうしたの?」
日野くんを見ると、彼は小さく微笑む。
「秋野がまた放課後って言ったからさ」
「うん?」
「昼休みだって、断られる前提でとりあえず教室行ったくらいだしな」
「あ……。ごめん……」
無神経だった。こういうところが私のダメな所なんだろうな。
「ま、俺が勝手にやってることだから別に秋野が謝ることじゃねえよ」
「でも、私、美波がいないと一人ぼっちだったから、日野くんが来てくれて、嬉しかった」
「そっか。そりゃよかった」
「いいのかなぁ?」
「ミナミで頭いっぱいだもんな。秋野は」
「……そうでもないよ。私、自分のことばっかり考えてる……」
「そんなもんだろ」
日野くんはなんてことないふうに言った。
私は自分のことばかり守ろうとしてしまう卑怯な人間なのに。
「美波がいなくて寂しくて日野くんに頼る狡い人間なんだよ、私」
「マジか。どーよ。俺、頼りになった?」
日野くんは私を見下ろしてニヤリと笑った。
「秋野の寂しさは俺で紛れた?」
頷くと、今度はちゃんと嬉しそうな笑顔になった。
「っしゃ。彼氏として合格じゃね?」
「私、彼女失格だね」
「いいじゃん。俺の彼女なら俺に甘えれば」
日野くんはそういうと、私の手を取って歩き出した。
「学校だよ」
と、咎めるとあっさりと離してくれた。
「学校出たらOKってことな」
振り向いてニヤリと笑う。悪い顔が似合うなぁ。とか思いつつ私ときたら、さっきからずっと胸がときめいている。
「おー。日野ちゃんの彼女じゃーん!」
「ちっちゃ! 日野くん犯罪やん!! おまわりさーん!!」
「いやそれ、彼女に失礼だろ。彼女ちゃんごめんね! 日野ちゃん!! お迎え!! マジ羨ま死ね!!」
「お前らうっせーよ。どけ」
「日野ちゃんいい加減俺たちと打ち解けてよ!!」
「そうそう!!」
「彼女出来んのはえーよ!!」
「打ち解けてんだろ。つーか早くねーよ。黙って死ね」
「ひっど!!」
「日野ちゃんまた明日ね!!」
「おー、バイバイ」
HRが終わって今度は私から隣のクラスに行くと、昼休みにも見かけたイケメン三人組に、代わる代わる声をかけられた。私がなんにも返せずにいると日野くんが彼らをあしらいながら、私の所に来てくれた。帰るか、と促されて並んで廊下を歩いて、下駄箱に向かう。
結局、美波からの連絡はない。
「トモダチからは音沙汰なしか?」
「ないよ……」
「まぁ、そのお陰でこうしていられるわけだけれども。つーか、あいつといつもどんな話すんの?」
「どんな……」
美波は、目についた女子の気になるところを私に耳打ちする。ワキガやばい、とか、鼻の下や眉毛の産毛放置しすぎとか、とりわけ不潔な子が苦手みたいで、身だしなみに容赦がない。だから私は出来る限り気にしている。
「えぇっと……、ファッションチェック……? 美波の意見は参考になるんだよ」
「ご意見番かよ。つーか、師匠?」
「うん。そうかも」
「秋野から師匠に連絡はしねぇの?」
「なんとなくしづらくて」
「師匠と友達やめれば?」
ちょうど下駄箱について、それぞれの靴を取りに行く分岐点で、言葉に詰まる。友達をやめる?
「やだ」
「だよな」
あっさりかわすような反応に拍子抜けしてしまった。日野くんはさっさと自分の靴を取りに行く。靴をはきかえて並んで歩いた。無言はまだ慣れない。それに気を悪くさせたかもしれない。
「どっか寄る?」
「え。あ……」
そうか。ただ帰るだけなわけないか。
「晩飯入らなくなるなら食いもんじゃないほうがいい? ゲーセンとか? それか秋野んちの近くの公園?」
「あ、あぁ……。うん。じゃあ、あ。うちの近くに図書館あるんだ。一緒に宿題しよ」
「その発想なかった。新しいな」
「そ、そう? 図書館でいいの?」
「うん」
「じゃあ、行こっか」
と、方向を決めたところに、ブブブ、ブブブ、とポケットの中のケータイが震えた。
ごめん、と、日野くんに断ってディスプレイを見ると、美波からだった。通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし……?」
「あ、出た。オマエ、美波の友達? なんだっけ、アキノソラだっけ?」
全然知らない男の人の声に心臓が凍りつく。バリバリと音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、足まで固まってしまった。
「え、あ、あの」
「あー、はっきり喋れ。で、オマエの彼氏が日野ってマジ?」
日野くんが私を見て訝しげな表情を浮かべる。誰? と声に出さずに訊いてくれたけれど、わからないので、頭を左右に振るしかできない。
「今一緒にいんの? いたら替われ」
迷っていたら、早よ替われやと怒鳴られて、電話越しなのに、身がすくんだ。すぐさま日野くんが私からケータイを取り上げる。
「誰?」
日野くんに片手で抱き寄せられる。私の肩をポンポンとあやすように叩いて、さすってくれた。恐怖で血の気が引いて冷たくなっていたのか、すごく温かくて落ち着いた。
「は? お前誰だよ。なんて? アキノソラじゃねーよ。バーカ。殺すぞ」
淡々と答えていた日野くんがみるみる怖い顔になっていく。そして私を離すと、背中を向けて五、六歩大股に歩いて、その場にしゃがみこんだ。
12
あなたにおすすめの小説
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
戦いの終わりに
トモ
恋愛
マーガレットは6人家族の長女13歳。長く続いた戦乱がもうすぐ終わる。そんなある日、複数のヒガサ人、敵兵士が家に押し入る。
父、兄は戦いに出ているが、もうすぐ帰還の連絡があったところなのに。
家には、母と幼い2人の妹達。
もうすぐ帰ってくるのに。なぜこのタイミングで…
そしてマーガレットの心には深い傷が残る
マーガレットは幸せになれるのか
(国名は創作です)
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる