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お母さんは満月を塾に送って帰ると、また寝室に入った。言葉を交わさなくて済んで正直、ホッとした。
私は夕飯とお風呂を済ませて、宿題をしていた。お母さんが起きてきて満月を迎えに行く物音がした。時計の音や、シャーペンで書く音や、車やバイクの排気音や、救急車やパトカーのサイレンだけが聞こえる。人の気配のない穏やかな時間。誰もいない時だけ、家にいて気が安らぐ。
日野くんからの連絡は……、と思った瞬間にケータイが震えた。日野くんからの着信だ。嘘みたいにぶわっと体が熱くなって、ドキドキした。
「もしもし?! 日野くん? 美波は無事? 日野くんも大丈夫? 今どこ?」
「んないっぺんに言われたらメリーさんも出てこれねーよ」
「え? メリーさん?」
「なんでもねーよ」
ぶっきらぼうな声が照れ隠しだとわかる。不思議。
「日野くん元気そうでよかった」
「俺はなんともねーよ。つーか、勢いで由恵んちの近くまで来たけど、こんな時間じゃ家から出んの無理だよな」
「美波は一緒?」
「いや。一緒に行った奴に任せてきた。信用できるし、味方の数もめちゃくちゃ多いから俺と一緒にいるより安全」
「そうなんだ……。美波と話した?」
「ん……、いや。ホラ、俺と由恵のトモダチ、合わねぇし……」
日野くんは少し言い淀んで、そのまま黙り込んだ。
「そっか。ちょっと待ってて。下にいくね」
「いいのか?」
今ならお母さんもいない。まだまだ帰ってこない。大丈夫。
「うん」
「よっしゃ。来てみるもんだな。じゃ待ってるな」
「うん。待ってて」
電話を切って小走りで家を出る。階段を降りるのがもどかしい。踊場の途中で下を見ると日野くんらしき人影が見えた。走っていくと日野くんが私に気づいて手を振ってくれた。
「連れてこなくてごめんな」
「ううん。助けてくれたんでしょ。ありがとう。美波には私が連絡してみる。なんにもできない私の代わりに頑張ってくれてありがとう。ごめんね。私なんかのために」
「よくそんな短い間に自分のこと下げまくれんな?」
「え?」
「俺はお前のためだから動いたんだよ。お前に好かれたいから」
こんなこと言われたことない。びっくりしたせいか、涙腺がおかしくなって涙が溢れた。
「なんだよ。泣くほど嬉しいのか?」
「うん。こんなの、初めてだしっ……」
「あーそ。つーか泣くのやめね? 嬉し涙ってわかってっけど、なんか、落ち着かねえ」
日野くんが私を抱き寄せる。背中をポンポンされて、温かくて、また嬉しくなる。涙は日野くんのシャツが吸ってくれた。またお母さんに見つかったら怒られるのがわかっているのに、日野くんの温かさと包み込まれる安堵感に抗えない。
「ごめんね」
「いや、やっぱいいや。おまえの感情だもんな。俺がとやかくいうのダメだな。俺の方がごめん。惚れた女の涙も受け止められねーなんか男として器小さすぎだよな」
「日野くん」
「ん?」
「あの、えっと、……好き……」
しん、と空気が静まり返った。
「ご、ごめん! キモかった? ごめんね日野くん! いっ、今のナシでいいから、ごめん、一人で盛り上がっちゃった?」
「あーもーうっせえな。ナシでいいわけねーだろ。余韻に浸らせろ」
「ご、ごめん」
「俺も好きだから。つーか一人で盛り上がってんの俺の方だ」
「違うよ。私もだよ」
「マジか。最高だな」
顔を見合わせると、日野くんは顔をくしゃっとして笑った。いつもの怖い大人びた彼とは思えないくらい、
「……かわいい……」
「は?」
「いや、今の、日野くんの笑顔が」
「嘘だろ」
またいつもの怖い大人びた顔になる。
「かわいいっつーのはお前のためにある言葉だろ。つーか、かわいいとか言われて男が喜ぶわけねーだろ」
「……ごめんなさい」
「でも、ま。惚れた女に言われんのは別だな。今、初めて知った。悪くねえ」
どうしよう。カッコいい。胸がきゅんってなる。
「あ。やべ。ご近所さんの目、忘れてた。由恵のお母さんにまたどやされる」
そういうと、日野くんは私を離した。
「来てくれてありがとな。もう家戻れよ」
「うん。こちらこそ来てくれてありがとう。でも、あの、また喧嘩いくの? 終わった?」
「おう。終わった。後はフツーに帰るだけ」
「そっか。じゃあ、大丈夫だよね。日野くん、危ない目に遇わないよね」
「おう」
「じゃあ、また明日ね」
日野くんに見送られて部屋に戻る。ドキドキしてるのに、安心感がある。なんとなく暖かい。日野くんはすごい。憂鬱な気持ちがどっかにいってしまった。
こんな幸せはいつまで続くのだろう。こんな幸せを知ってしまって、失ったとき、日野くんに飽きられた後、私はどうして過ごせばいいんだろう。
少し経って日野くんからメールが届いた。明日の朝、学校の最寄りの駅で待ち合わせの約束。時間を決めて、おやすみと送りあって締めた。
家族以外とおやすみを交わすなんて不思議な感じがする。私は日野くんの彼女なんだ。そう実感すると、不安な気持ちが薄れていった。日野くんに嫌われたくない。日野くんからのメール画面をそのままにしてケータイを握りしめたまま目を閉じた。
安心感で、あっという間に眠りに落ちた。
私は夕飯とお風呂を済ませて、宿題をしていた。お母さんが起きてきて満月を迎えに行く物音がした。時計の音や、シャーペンで書く音や、車やバイクの排気音や、救急車やパトカーのサイレンだけが聞こえる。人の気配のない穏やかな時間。誰もいない時だけ、家にいて気が安らぐ。
日野くんからの連絡は……、と思った瞬間にケータイが震えた。日野くんからの着信だ。嘘みたいにぶわっと体が熱くなって、ドキドキした。
「もしもし?! 日野くん? 美波は無事? 日野くんも大丈夫? 今どこ?」
「んないっぺんに言われたらメリーさんも出てこれねーよ」
「え? メリーさん?」
「なんでもねーよ」
ぶっきらぼうな声が照れ隠しだとわかる。不思議。
「日野くん元気そうでよかった」
「俺はなんともねーよ。つーか、勢いで由恵んちの近くまで来たけど、こんな時間じゃ家から出んの無理だよな」
「美波は一緒?」
「いや。一緒に行った奴に任せてきた。信用できるし、味方の数もめちゃくちゃ多いから俺と一緒にいるより安全」
「そうなんだ……。美波と話した?」
「ん……、いや。ホラ、俺と由恵のトモダチ、合わねぇし……」
日野くんは少し言い淀んで、そのまま黙り込んだ。
「そっか。ちょっと待ってて。下にいくね」
「いいのか?」
今ならお母さんもいない。まだまだ帰ってこない。大丈夫。
「うん」
「よっしゃ。来てみるもんだな。じゃ待ってるな」
「うん。待ってて」
電話を切って小走りで家を出る。階段を降りるのがもどかしい。踊場の途中で下を見ると日野くんらしき人影が見えた。走っていくと日野くんが私に気づいて手を振ってくれた。
「連れてこなくてごめんな」
「ううん。助けてくれたんでしょ。ありがとう。美波には私が連絡してみる。なんにもできない私の代わりに頑張ってくれてありがとう。ごめんね。私なんかのために」
「よくそんな短い間に自分のこと下げまくれんな?」
「え?」
「俺はお前のためだから動いたんだよ。お前に好かれたいから」
こんなこと言われたことない。びっくりしたせいか、涙腺がおかしくなって涙が溢れた。
「なんだよ。泣くほど嬉しいのか?」
「うん。こんなの、初めてだしっ……」
「あーそ。つーか泣くのやめね? 嬉し涙ってわかってっけど、なんか、落ち着かねえ」
日野くんが私を抱き寄せる。背中をポンポンされて、温かくて、また嬉しくなる。涙は日野くんのシャツが吸ってくれた。またお母さんに見つかったら怒られるのがわかっているのに、日野くんの温かさと包み込まれる安堵感に抗えない。
「ごめんね」
「いや、やっぱいいや。おまえの感情だもんな。俺がとやかくいうのダメだな。俺の方がごめん。惚れた女の涙も受け止められねーなんか男として器小さすぎだよな」
「日野くん」
「ん?」
「あの、えっと、……好き……」
しん、と空気が静まり返った。
「ご、ごめん! キモかった? ごめんね日野くん! いっ、今のナシでいいから、ごめん、一人で盛り上がっちゃった?」
「あーもーうっせえな。ナシでいいわけねーだろ。余韻に浸らせろ」
「ご、ごめん」
「俺も好きだから。つーか一人で盛り上がってんの俺の方だ」
「違うよ。私もだよ」
「マジか。最高だな」
顔を見合わせると、日野くんは顔をくしゃっとして笑った。いつもの怖い大人びた彼とは思えないくらい、
「……かわいい……」
「は?」
「いや、今の、日野くんの笑顔が」
「嘘だろ」
またいつもの怖い大人びた顔になる。
「かわいいっつーのはお前のためにある言葉だろ。つーか、かわいいとか言われて男が喜ぶわけねーだろ」
「……ごめんなさい」
「でも、ま。惚れた女に言われんのは別だな。今、初めて知った。悪くねえ」
どうしよう。カッコいい。胸がきゅんってなる。
「あ。やべ。ご近所さんの目、忘れてた。由恵のお母さんにまたどやされる」
そういうと、日野くんは私を離した。
「来てくれてありがとな。もう家戻れよ」
「うん。こちらこそ来てくれてありがとう。でも、あの、また喧嘩いくの? 終わった?」
「おう。終わった。後はフツーに帰るだけ」
「そっか。じゃあ、大丈夫だよね。日野くん、危ない目に遇わないよね」
「おう」
「じゃあ、また明日ね」
日野くんに見送られて部屋に戻る。ドキドキしてるのに、安心感がある。なんとなく暖かい。日野くんはすごい。憂鬱な気持ちがどっかにいってしまった。
こんな幸せはいつまで続くのだろう。こんな幸せを知ってしまって、失ったとき、日野くんに飽きられた後、私はどうして過ごせばいいんだろう。
少し経って日野くんからメールが届いた。明日の朝、学校の最寄りの駅で待ち合わせの約束。時間を決めて、おやすみと送りあって締めた。
家族以外とおやすみを交わすなんて不思議な感じがする。私は日野くんの彼女なんだ。そう実感すると、不安な気持ちが薄れていった。日野くんに嫌われたくない。日野くんからのメール画面をそのままにしてケータイを握りしめたまま目を閉じた。
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