ハードモードな異世界で生き抜いてたら敵国の将軍に捕まったのですが

影原

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続 - 聖女の噂(1)

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衣食住が満たされると人間は欲が出るらしい。
得てして、私も欲を抱いてしまった人間だ。

あの場所にいったら元の世界に戻れるかもしれない――。

僅かな希望。
飢えと凍えに這いずっていた昔だったら到底信じなかったその希望。
潰えたはずのその希望に縋ってしまったのだ。

ーーー


王国と帝国の戦いの最中に、もともと勝てるわけがない戦いに駆り出されていた王国の治癒師は捕虜となり、そして今や帝国のために働いている。

私の保護官となった帝国将軍、ダーリオ・エヴレ。
古き魔の一族の血を引き、圧倒的な力をもってして周辺国を震え上がらせたその男と結婚して三カ月が経とうとしていたその日、私は意外な話を聞いた。

「ルリ、あの話聞いた? 王国に降り立った聖女様の話」
「えっ、聖女様ってどういうこと?」
「王国が帝国に告げた聖なる女性のことよ」

エレナがうわさ話をするように小声で言った。
治癒師として働いている診療所の一室にはエレナと私しかいないが、戸口の前には帝国兵が警備で立っている。王国の話を大声でするにはさすがに憚られた。

私はダーリオが管轄している兵舎にある診療所に配属されていたが、時折訓練などでけが人は出るが、そういう怪我人には治癒師の力など使うまでもない。
通常の聖力を持たない町医者でも対応可能なものが大半なので、治癒師としてはほとんどの時間ただ座っているだけの仕事だ。
さすがに大きな訓練や遠征帰りの場合は、治癒師の力を求められたが、毎日そういうことがあるわけではないので、はっきりいって暇だった。

良い意味でホワイトな、悪く言うとごく潰し的な職場に配属されたのは、ダーリオの希望が反映されたのが大きかったが、とにかく私は日中ぐらいは家を離れたかったのでどこでもよかった。

ハードモードな異世界とついにおさらばしたのだ。
ホワイトな異世界ってなんて素敵な響きだろうか。

そんな職場には別の診療所に配属されたエレナが、同じく暇をつぶすように時折訪れていた。

「王国がその聖女様を使って帝国と交渉しようとしてるみたいなのよ」
「どういうこと? 聖女様ってそんなの初めて知ったよ」
「それが、帝国が首都に攻め入ったその日に、王国の大聖堂の祈りの間に倒れていたらしいの。不思議な服をまとっていて、大司教が確かめたらとんでもない聖力を持っていたらしくて、それでアーク神が遣わした聖なる女性――聖女として認定したんだって」
「王国って、負けたんでしょ。なんで今更、その聖女様っていうのを担ぎ出したの?」
「そりゃあ、あの王国だからね。まあその聖女様を帝国に派遣して治療に当たらせるから、首都割譲だけは勘弁してくれって交渉してるみたいなの」

エレナが肩をすくめて言った。

「へえ、またそれは珍妙なことを……」

「聖女様」――この世界にきて初めて聞く言葉だった。だから、その「聖女様」というのは敗戦した王国が言い出した言葉なのだ。
これまでの王国の身勝手さを思い返すに、たまたま聖力がものすごい女性を見つけたので、これ幸いと交渉材料にしているのだろう。
もののように扱われるその女性の心情を思うと、かつての自分の苦境を思い出すようで、ルリは顔をしかめた。

「エレナはそれ、どこで聞いたの?」

ルリが尋ねると、エレナはずいっと顔を近づけて、小声で言った。

「昨日、私のいた診療所に行商人が来たの。帝国が王国を攻める前になんとか街から抜け出してきたって。可哀想だと思っていくつか布を買ったんだけど、私が王国にいた元治癒師だと知って、気を利かせて王国の現状とか広がっている噂を知らせてくれたのよ」


アーク教の教主国である王国と、教主国を囲うように領地を拡大している帝国。
その二国は戦争状態に陥り、ルリもエレナも教主国の治癒師としてほとんど強制的に従軍することとなった。
結果的にルリもほかの治癒師も捕まりそのまま帝国に連れてこられたが、捕まった治癒師は聖堂に売られるように派遣された平民出身の者たちが大半だ。
王国への忠誠心など持ち合わせていないので、むしろ積極的に帝国に協力している。

だが、行商人などにそんな聖堂の裏事情や治癒師の心情など窺い知ることはできないので、王国のことがきっと心配だろうと、前向きに励ますつもりで聖女のことをエレナに告げたようだった。

「その聖女様は帝国の使節団にも会ったみたい。でも、話を聞くに、王国がすごい強気だから、逆にちょっとこの終戦したようなしていないような、変な状況が続くのか少し心配になっちゃったわ」
「心配っ、それって帝国が負けるってこと?」

帝国は首都進攻まで行い、事実上、教主国の王国は敗北している。
あとはどういう条件で終戦するかだけのはずだった。
こんな状況で、戦況がひっくり返り帝国が負けるとなれば、逆に帝国に協力している治癒師としては心配になる。


「どうやら聖女さまは別の国にいらした方みたいで、誰も知らない知識を披露されていたそうよ。まだ若い女の子なのにすごい博識で、『私には二ホンの知識がある。いつだって私は帰れるんだから、逆らって知識を得られず後悔するのは帝国よ』みたいなことを、何度も口にされていたって――同じ聖力を持っている治癒師なら二ホンが何かわかるんじゃないかって行商人に言われたけど、分かりっこないのにね」

「っ……その知識って、どんな知識なの……?」

「なんだか体をきれいにするクリーム?とか、あと子供が文字を学ぶための『ガッコウ』っていうのも言っていたそうよ。ほかにもあったみたいだけどなんだか難しくて忘れちゃったわ」

「……がっこう?」

「そうよ、『ガッコウ』よ。確かに行商人はそういっていたのだけれど、行商人も意味は分かっていないみたいね」

私の唇は自然と震えていた。

――二ホン、日本って言った? ガッコウってガッコウのこと?



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