好きな人の好きな人がわたしではなくても。

hana

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好きな人に嫌われていても。

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競争率が高くて、身体がくたくたで、友達と遊ぶ時間すらとれなくて。

それでも続けられるのは、職場に好きな人がいるから。



頑張っているつもりでも足りないと言われて、どんなに走っても背中さえ見えなくて。

それでも頑張りたいって思うのは、いつか彼に認めてほしいから。



「棚崎、聞いてんの?やる気ないなら帰れよ。」

「はいっ!聞いてます!」

会話といえばこんな風にしか話したことがないのに、それでも好きだなんて。

わたしはちょっと変わっているのかもしれない。



夏はそんなこと知ったら、変なヤツだって思うかな?

ううん、きっと、『白が好きになった人なら素敵な人なんだろうね。』そう言ってくれるんだろうな。



わたしが向井さんを好きだと気づいたのは、ここで働き始めて半年が経った頃だった。

素敵なカフェで修行をして、いつか自分の店を開くんだ~なんてキラキラの夢を持っていたわたしは、ここで現実の洗礼を受けたばかりで。

特にハッキリものを言う向井さんには、何度も傷つけられた記憶がある。

そんなだからもちろん、わたしは向井さんを「苦手な上司」認定していた。



そんなある日、わたしは同期全員に与えられた料理の課題をクリアできず、残業することになった。

それだけならうちの店では当たり前というか…覚悟はできていたんだけど。

それを見てくれたのが向井さんで、とにかくこてんぱんに打ちのめされた。



「棚崎、お前やる気あんの?採点基準にも満たない。真面目にできないなら脚引っ張るだけだからさっさと帰って。」

口調こそいつものことではあるけれど。

わたしなりに練習を重ねた上、自分が1番下手くそなのはよくわかっていたから。

わたしはその日キッチンで泣きながら、向井さんに見てもらうためひたすら練習をしていた。

自分が情けないし、向井さんは怖いし…練習だって精一杯やっているのに、それでもダメ。

もう向いてないのかな…そう思っていた時。



「棚崎~、今日も向井くんにやられてたな。」

そう言いながらキッチンにやって来たのは、副店長の太田さんだった。



「太田さん…すみません!」

練習しないといけないのに、ぐずぐず泣いていたら怒られると思ったわたし。

急いで涙を拭おうとすると、笑ってこう言った。

「いいよ、好きなだけ泣きな!向井くんも数年前まではここでビービー泣いてたんだから。」

「…え?」

わたしは耳を疑った。



「向井って…あの向井さんですか?」

あの鬼のような向井さんが泣くだなんて、全く想像ができない。

笑ったところだって見たことがないし、心がないとすら思えるあの向井さんが…?



「そ。昔は向井くんも上に厳しく言われて、悔しいって泣きながら夜な夜な練習してたんだよ。俺も口にはしないど、えらい出来損ないが入ってきたな~って思うくらい、始めはボロボロだったんだから。」

「意外すぎます…」

向井さんのことだから、きっと料理の才能も感度も元々あって、できないわたしの気持ちなんかこれっぽっちもわからない。

そんな風に思っていたから、すごく意外だった。



「だからさ、棚崎のことを、昔の自分に重ねて放っておけないんじゃない?かなり言い方はキツいけど、棚崎のこと思って言ってるのは確かだから。それだけはわかってやって。」

太田さんはそれだけ言うと、頑張ってね~と言いながらキッチンを出て行った。

向井さんが怖いのは変わらないけど…少しだけ、見る目が変わったかもしれない。

わたしも向井さんみたいに乗り越えて、認められるようになりたい。

自分の気持ちが、そんな風に変わったことに気がついた。



その後、どれくらいだろう。

1人で集中して練習していたところへ、後ろから誰か入って来たのに気がついた。

「太田さんかな?」思いながら振り返ると…



「む向井さん!」

思わぬ鬼の登場に、背筋がシャキッと伸びた。



何しに来たんだろう、わたしがちゃんとやっているか、様子を見に来たのかな…。

緊張してしまって、次何をしようとしたのか思い出せない。

すると向井さんはわたしがギクシャクしているのに気がついたのか、背を向けたままこう言った。



「自分で明日使う料理の仕込みしにきただけだから。自意識過剰すぎ。」

「えっ…あ、ハイ。」

心の中が見透かされたようで、なんだか恥ずかしい。



そのあとはなんとなく向井さんに気を遣いながらも、なんとか自分の練習をやり遂げた。

今までなら同じ空間にいるだけでも恐ろしかったけど…太田さんのおかげか、今日は少し違う。



向井さんは仕込みだって言ってたけど、もしかしたら何か練習しているのかもしれない。

そう思うと、なんだかんだ一生懸命な向井さんが可愛いくも思えてきた。

可愛いなんて…そんな感情、上司である向井さんに持つ日がくるなんて思わなかった。



「終わったのか。」

わたしの手が止まっているのに気づいたのか、いつの間にか目の前に来ていた向井さんが言った。



「はい、終わりました!」

「…成果は明日見るから。帰るぞ。」

「あれ、今じゃないんですか?」

わたしはてっきり、今見てもらって、合格するまで帰れないとかそういうのを想像していた。

もしかして、向井さんなりの優しさ…?

そう思った時。



「俺を寝させないつもりなの?」

呆れ顔で向井さんがそう言ったので、自分が自惚れていたことに気がついた。

そりゃあそうだ。

わたしが合格するまで待つということは、それまで審査する向井さんだって帰れないんだから。



「いいえ、すみませんっ!」



なんで好きになったのか。

恋愛としての好きなのか。

詳しいことを聞かれると、正直自分でもよくわからないんだ。



だけどあの日からいつも背中を目で追ってしまって。

いつか「頑張ったな」なんて言って、笑顔を見せてほしいと思っている。

その気持ちをわたしは、「好き」という言葉以外で言い表せられない。



たとえ好きな人に、嫌われていても。




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