不死鳥と救世使~異世界冒険記~

紅葉 楓

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第一章

14 黒の病

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「おとうさーん!おきゃくさんだよー!」

俺に抱きかかえられたまま、トバルが店の奥に向かって呼び掛ける。店の中は整理されているものの、ところ狭しと様々な物が並んでいる。奥から顔を出したのはメガネをかけ、優しそうな顔をした男の人。

「いらっしゃいませ~ってトバル!なんでお客さんに抱っこされてるんだ!」

「またころんじゃったんだ……」

メガネの男の人、おそらくトバルの父親は怒った様子ではないが、しゅんとしてしまったトバル。すかさずパティが割って入る。

「リードさんこんにちは。トバルくんのことで少し気になることが……」

「おお、パティちゃん久しぶりだね。トバルが何かしたのかい?」

パティは声を潜めてリードさんに何か告げた。話を聞いていたリードさんはだんだん表情が曇り始める。

「そんな……!と、とにかく奥に!」

リードさんに案内され、店の奥に進むと居住空間になっていた。そこには夕食の支度をするこれまた優しそうな女性、トバルの母親だろうか。

「あらどうしたの?パティちゃんに、それにお客様?トバルは抱っこされちゃって」

「フラニー、落ち着いて聞いてくれ……」

リードさんが彼女、フラニーさんに静かに告げると、フラニーさんは驚愕の表情でトバルの方を見た。

「おかあさんどうかしたの?」

トバルが不思議そうに首をかしげそう聞くと、フラニーさんは慌てて表情を戻した。

「っ……転んで怪我しちゃったのね。あっちのお部屋で手当てしましょうか」

さらに奥の部屋、ベッドが二つ並ぶ寝室に入りそこにトバルを座らせた。

「トバルくん、今から治癒魔法をかけますので、怪我のところを見せてもらえますか?」

「まほうでなおしてくれるの!?」

トバルがキラキラした瞳で、ズボンをまくって見せた。膝にはすりむいた傷、そして真っ黒のアザ。リードさんとフラニーさんはそのアザを見て、血の気がひいたような顔をしている。

パティが杖を構え、目を閉じる。

「『清き水 猛る大地 聖なる光よ 癒しの力となりて 彼の者を癒したまえ……治癒ヒール』」

するとトバルの膝のすり傷は淡い光に包まれ、ゆっくりと消えていく。けれど黒いアザは消えることなく、先程と変わらずトバルの足に濃い暗闇を宿していた。

「うわぁ……もうぜんぜんいたくないや。ありがとうパティねーちゃん!アキラにーちゃん、おみせをあんないしてあげる!」

そう言ってトバルはベッドから立ち上がる。先程よりはしっかり歩けるようだが、少し右足を引きずってしまうようだ。

「トバルっ……今日はもう遅くなってしまったから、また今度にしなさい。お前も遊びすぎて疲れたんじゃないか?ご飯の時間までここで絵本でも読んでなさい」

「えー!……アキラにーちゃん、またきてくれる?」

リードさんにそう言われ、トバルは残念そうに俺を見た。

「ああ、もちろん!なぁパティ?」

「はい!トバルくん、またすぐ来ますので、その時たくさんお店の品を教えてくださいね!」


トバルを部屋に残し、俺たちは食卓の部屋に移動する。

「なんで……なんであの子がっ……」

トバルの前では泣くまいとしていたのか、部屋を出たとたんフラニーさんの目から涙がこぼれる。リードさんがそっと肩を抱き、フラニーさんを椅子に座らせた。

「パティちゃんありがとう。それに君……アキラ君と言ったかい?トバルを運んでくれてありがとう。僕はここの店主のガウス・リード。こちらが妻のフラニーだ」

リードさんの表情も暗いままだ。

「アキラ・ジンノです。俺なんて何も……」

かける言葉が見つからない。だって俺は病のことも、どうなるかも何も分かっていない。

「リードさん、これ……ちょうど黒の病の薬を届けるところだったんです。もし他に患者さんがいるなら私が届けに行きますが……」

パティがそっといくつかの小さな包みを出した。

「ああ、ありがとう。僕が分かる範囲ではこの村には他に3人病にかかっている。その人たちも最近取りに来たばかりだから大丈夫だと思うよ。まさか……自分の息子に必要になる日が来るなんて……」

リードさんの声が震えた。

「私たちも全力で治療法を探しています。トバルくんの症状はまだ初期です。どうか、どうか気を強く持っていてください」

リードさんとフラニーさんは静かに頷いていた。


店の外に出ると日はすっかり暮れていて、ポツポツとランタンの灯りや家からもれる光が道を照らしていた。お互いしばらく無言のまま、宿屋までの道を歩いていた。

俺はたぶん、ここは異世界だから、夢や小説のようなものだと割りきって考えてきた。だから黒の病で死者が出ていると聞いていても、そこにあまり現実味を感じてはいなかった。けれど俺は今この世界に存在していて、目の前にここで生きて苦しんでいる人達がいる。これは確かになんだ。

「パティ……黒の病について教えてくれないか?」

パティが少し暗い表情になり、話始めた。

「老若男女、種族を問わずある日突然体の一部が黒く変色するんです。ゆえに黒の病と呼んでいます。それは徐々に全身に広がっていき、変色した部分は機能が低下して動かすことが難しくなります。そしてそれは体の内部にも影響を及ぼしているようで、黒変が胸の位置に達するともう……」

パティは悔しそうな表情で唇を噛み締めていた。言葉を濁していたが、おそらく心臓に達すると死に至るということなんだろう。

「どのくらいの速さで黒変は進行するんだ?薬で抑えることができるんだよな?」

「進行の速さは人それぞれでなんとも……一月ほどで胸まで達してしまう人もいれば、黒変が見られてから1年以上もつ人もいます。薬といっても、病に少しでも対抗できるよう体力を向上させるための薬なんです。黒の病の方には無償で渡しておりますが、病にどれだけ効果があるのか……王城魔導士と治療士たちが日々病と薬の研究を行っていますが、病の原因ですらまだ分かっておりません……」

一月!?トバルの姿を思い浮かべ、嫌な想像をしてしまう。

「……フェニックスがいればなんとかなるのか?」

「フェニックスは最高位の癒しの神獣です。癒しの力は私たちの使う治癒魔法とは比べ物にもなりませんし、聖なる炎には浄化の力があるとされます。これまでの研究で、黒の病は“病気”よりも“呪い”に近いものじゃないかと予測されています。解呪魔法の研究も行っていますが、フェニックスの力があれば黒の病は治るのではないかというのが私たちの見解です。そこでフェニックスの調査を進め、伝承に行きつきました」

「それで俺がこちらの世界に呼ばれたわけか……」

王城で話を聞いたときは、とにかく何が何だか分からなくて、ただ言われた通りに動くしかなかった。俺は俺のすべき事とちゃんと向き合っていなかった。あんな小さな子供が謎の病のせいで命の危機に瀕している。同じように苦しんで、悲しんでいる人たちがたくさんいる。その病を治せる可能性があって、それが俺に出来ると言うなら全力でやるしかないじゃないか。

『黒の病を治したい』俺はやっとそう強く決心した。
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