私は女神ではない。…と思う。

山口 慶佳

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28 トッシー

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 「そういえば、トレンタは大きな湖があるって言ってたわね」
 「ああ、湖が中心にあって、その周りに家が立ち並んでいる。のどかで落ち着いた良い町だよ」
 「教皇の私邸には過去の女神様に関する書物もたくさんありますし、ゆっくり休んでも良いのではないでしょうか」
 「なんだかんだいってずっと移動してたからなあ」

 といっても一月足らずだったはずだけど、一所にゆっくりしていなかったのは事実だ。大きな湖のある避暑地っぽいところなら、次の魔将が出てくるまでゆっくりとしても良いかも。


 「…のどかで?」
 「…落ち着いたところ?」

 予想と異なって、私達がトレンタに着いて見たものは、湖の畔の一角でごった返す人々の山だった。屋台のような物もたくさん見える。お祭り騒ぎだ。

 「…何これ」

 フレアも唖然として呟いた。

**********

 「謎の巨大生物ぅ?」

 教皇の私邸に着いて、如何にもな感じのメイドさんに案内されて、聞かされたのがそんな話だった。教皇の私邸、と聞いて身構えていたが、フレアの実家でもあるわけで、育ての親みたいなものだというメイド長は、私達を大歓迎してくれた。

 「首の長い竜のような生物で、最近目撃したという人が多いものですから、自分も一目見ようという人達で騒ぎになっておりまして」
 「…そ、それは大変なんじゃないの?凶悪な魔物だったりしたら、すぐにでも何とかしないと!」

 メイド長さんの話に私は慌てるが、皆の反応が薄い。

 「あー…、うん」
 「ええ、そーデスネ…」
 「…あー、ユーカは知らないと思うけど、ここの湖には昔からそういう話があるんだよ。魔物じゃなくて、竜に似た謎の巨大生物が遥か古代から隠れて生き残っているっていう」
 「人を攻撃するわけでもないし、見たって人がいるだけで、本当にいるんだかどうかも怪しい伝説みたいな話だけどな」

 あー、最近あまり話題にならないネッシーみたいな。ここの湖の名前は何だっけ。

 「ねっしー?ちなみにここの湖は町の名前と同じトレンタ湖だけど、それが何か関係があるのか?」

 じゃあ、トッシーね…。

 「??…何のことか良く分からないが…。とにかく、そういうわけだから、話は眉唾物ってわけだ」
 「しかし、ここ何十年か目撃情報はなかったはずですが…。あれだけ騒ぎになるほど見た人がいるというのなら、魔物の可能性も考えて、ちょっと調べてみた方が良いかもしれませんね」

 フレアが、あまり気乗りしなさそうに言う。

 「ただの見間違いだと思うけど、伝説を隠れ蓑に本物の魔物が最近来たって可能性もないとは言えないか」
 「本物の古代生物っていう可能性は?」
 「ないな」

 アルスに聞くと、ばっさりと切り捨てられた。えー。

 「生物が子孫を残すには、一匹じゃ駄目なんだよ。ある程度の数がいる群れじゃないと」
 「群れは目撃されてないし、大体そんなに多くの巨大生物が生きていくだけの餌になる生物が、この湖にはいないだろ」
 「群れがいれば、死体や骨、卵の殻などが見つかっていないのも不自然ですしね」

 皆でよってたかって…あなたたち、こんな世界の住人のくせに、夢がないのよ。

**********

 次の日、私は朝から昔の女神のことが書かれた本を読んでいたのだけど、美化や脚色が多くて読んでいて疲れた。あまり参考にならないし。そんなわけで昼過ぎ、もうおやつの時間かな…とボーっとしていたところに、皆が次々に帰ってきた。私と違って、真面目に色々調べてきたらしい。

 「といっても、大した収穫はなかったけどな…」

 アルスが言う。

 「巨大生物…ユーカのいうトッシーは、一月前ぐらいから見られるようになったらしい。ただ、何故か見られるときはいつも湖に霧が掛かって、はっきりとは見えないようだ。何人か見たという人に話を聞いたけど、首の長い大きな竜のような『影』を見ただけだとさ。近くで見てやろうと舟も出ているんだが、何故かいくら漕いでも、違う方向に流されてしまうって話だ」
 「あたしの方も似たような感じだけど、ちょっと気になる話を聞いたぜ。どうも一部で、ことさらに目撃談を広めている連中がいるらしい。尾ひれを付けてね。騒ぎが大きくなっているのはその連中のせいだろうな」

 おお、『トッシー』が採用された。まあそれはともかく、イルダの言う連中はいかにも怪しいけど、もし魔将やその仲間だったら、そんなことをするだろうか?騒ぎが大きくなるのは、彼らとしてはまずいのでは。

 「わたくしの方は、トッシーそのものの話ではないのですが、この騒ぎを喜んでいる人とそうでない人との間で、いざこざが起こっているという話を聞きました」
 「喜んでる人?」

 「ここトレンタは、都に人気のある観光地なのですが、最近観光客が減っているようなのですよ。旅館や土産物を売っているお店などは、今回の騒ぎで人が増えて喜んでいるようです」

 うえぇ。

 「半面、のどかで豊かな自然が好きな人達は、今回の騒ぎで増えた人たちを面白く思っていないようですね。自然を楽しむわけでもない野次馬で、湖に露店の食べ残しを捨てたり、喧嘩をしたり、治安も乱れているそうです」

 うわー、聞きたくなかった。

 「ああ、なんか『湖を観光で汚すな』とか『巨大生物ツアー反対』とかいう看板はそれだったのか。看板自体が景観を損ねている感じだったけど」
 「何だかなあ」

 「結局、トッシー自体ははっきりしなくて、何となく怪しい人達はいるけど正体は不明。で、騒ぎを喜んでいる人と迷惑に思っている人がいる。それだけかしら」

 私がまとめると、皆が頷く。

 「あたしは、目撃されるようになったのが一月前ぐらいから、ってのが気に掛かるな。魔物が活性化して、ユーカが落ち、いや降りて来たり、魔将が現れたりした時期と合ってる」
 「しかし、それだけじゃあなあ」
 「うーん。これは、実際に見てみないと、どうしようもない感じねえ」


 で、ぞろぞろと湖にやって来た。まだ陽が高く、良く晴れたいい天気だ。相変わらず賑わっていて、露店も出ている。酒も売っているらしく、酔っぱらっている人もいるようだ。治安が悪くなるというのも納得だ。どうせなら、トッシー饅頭とか害のないものを売れば良いのに。
 湖の上を見てみると、手漕ぎの小舟がいくつも浮かんでいるのが見えた。これで、霧のせいとはいえ、トッシーを近くではっきりと見た人がいないというのは不思議だ。

 「霧は出そうにないわねえ」

 私は呟く。この天気では霧は出ないだろう。
 それぞれ勝手に調べてみるということで、一人になった私は、人混みからちょっと離れたところで湖を眺めた。水は澄み切っていて、怪しげな生物が隠れているようには見えない。
 トッシーなんてものは実際には存在せず、目撃したと言っている人全員が、ことさらに目撃談を広めている怪しい連中の仲間ということもあり得る。しかし、目的が分からない。

 「お、おい、霧が!」

 誰かの声に顔を上げると、湖の左手からもくもくと煙のように霧が発生していた。不自然過ぎる。やじ馬たちが騒いでいるのは、霧の時にトッシーが現れるという情報が知られているからだろう。
 霧が湖の真ん中まで届いた瞬間、その中に黒い影が突然現れた。トッシーだ。歓声が上がる。近くにいた小舟を見ると、櫂のようなものを必死に漕いでいるが、逆の方向に流されているようだ。
 トッシーは、霧の中で黒い影にしか見えないが、こちらの騒ぎに首を向けることもなく、右手側に静かに移動している。それを追いかけようと、やじ馬は一斉に右に駆けだした。

 私は少し迷ったものの、逆方向に向かって駆けだした。トッシーはやじ馬連中に任せておけば良い。それよりも、霧の発生した場所を調べてみた方が良いと思ったのだ。


 霧の発生した辺りに着き、背の高い草をかき分けて湖畔まで進む。こちら側は、草のせいで良い場所がないのか人はいない。水面が見えるところまで進んで周りを見るが、怪しげなものは見つからなかった。

 「ハズレかぁ」

 私は呟いた。湖の反対側を見ると、霧が晴れつつあった。トッシーも消えていくようだ。やじ馬の残念そうな声が、ここまで聞こえる。分かったのは、トッシーの目撃情報がデマではないということぐらいだ。

 「魔法でなんとかならないかしらねえ」

 潜水艦でもあれば、湖の中を調べることが出来るかもしれないけど、残念ながらこの世界にそんなものがあるとは聞いていない。あったら既に誰かが調べているだろう。
 水魔法か風魔法で、水中で息が出来るとか…そんなイメージもわかないし。いっそのこと、軽く攻撃してみようかしら。

 「…止めてくださいね」

 いきなり声がしたので、驚いて顔を上げると、水面から出ている顔と目が合った。黒い長い髪。自称仙女だ、

 「…レナ!?」
 「こんにちは」

 レナは、小首を傾げてにっこりと笑った。

 「どうしてここに?」
 「偶然、と言いたいけど、本当は追いかけてきたのよ。わたくしは、綺麗な水のある所なら自由に転移できるの」

 『どこでも泉』ってのが、何かのお話であったような気がする。便利な話だ。

 「レナはトッシー、いえ、あの竜みたいな生物のことを知ってるのでしょう?教えてくれない?」
 「とっしー?、うーん、知っているけど、わたくしが教えない方が良いと思うの。…あなたが自分で確かめた方が納得出来ると思うから」
 「どういう意味?」
 「あの子達も悪気はないのよ、分かってあげてね」
 「あの子『達』?ちょっと待って、トッシーは一匹じゃないの?」
 「じゃあ、またね。あ、そうそう、水魔法も練習してね」
 「あ、ちょっ…」

 ちゃぽん、という音とともに、レナは姿を消した。神出鬼没、というか結局何しに来たのか分からない。

 「水魔法ねえ…」

 私はぼーっと立ったまま呟くしかなかった。
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