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たとえ明日死ぬとしても財布の紐は緩めるな

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 待ち合わせ場所で顔を合わせた際にエスコートを誘うように手を取ったので、良い日和だよねと言いながら笑みを返した。
 実際にこの時期としては暑くもなく、ましてや寒くあるわけもなく、日射しがカンカンに照るわけでもない。
 一華が冗談めかして「私は天候を操れるんだ」と言うから「体育祭の日は雨で中止にして」とお願いをした。

「体育祭? どうしてだ?」
「全校生徒が並んでの運動能力の品評会されるの苦痛だから。私みたいな運動音痴ガールは草葉の陰でじっとしています……」

 演技で丸まるようにしながら言うと、彼女は驚いた表情をしたままこちらを見やる。
 その目には憐憫の情とかが浮かんでいるのではなく、純然な驚きだけが彩っていた。

「いや、すまない。体育祭などが苦痛だという認識したことがなくてね」
「私が嫌だからやめてけろ、はただのワガママだから良いんだよ。上手くやり過ごすのも社会に出たときにきっと役に立つ」

 運動能力が高い人たちを一方的に羨んだり、不幸な出来事に追い詰められた被害者アピールしても現状は変わらない。

 じゃあ、自分のできることは何だべか、と言えば自己主張せずに何ごとも柳のように受け流すことだけだ。
 時間は平等に過ぎていくから、苦痛を伴うと言えどもいつかは終わる。

「ふふ、じゃあ今日はあっという間に終わるように努力をしないといけないな」
「急いだって死ぬのが早くなるだけだよ」
「キミは本当に高校生なのか?」

 わいわいがやがや、休日の行楽地はそこかしこが人々であふれかえっている。 
 神岸一華はモデルさんでもあるし、見目麗しいから当然のように耳目を集めた。

 もちろん中には下心を持って声をかける人間もいたりして。

「あっ、すみません……私男の人は苦手で……」

 メッチャか細い声で俯きながら言うと、相手は「それでも」と強硬姿勢は取れない。
 最初こそその設定に驚いていた一華だったけど「すみません、友人は放っておけないので……」と申し訳なさそうに言うと効果てきめんだ。

 そもそもショッピングモールを散策しているのだから、女の子を物色していないで商品を見やるべきだ。
 それに一華を相手にしたいなら、石油王くらいが気兼ねなく出すくらいの金額を払うべきである。
 
「おぉ……これが一華が平時に出す金額……我が家のエンゲル係数の何十倍……」
「お安い」

 家庭の支出金額にしめる食費の金額の割合だから、何十倍をしたところでたかがしれている。
 
「でも、一華もこういう……大衆的で大量生産的なお店の服も着るんだね?」
「や、最初はいつもの調子で行こうと思ったんだが」

 ばつの悪そうな表情を浮かべたまま、彼女は言いづらそうに

「私にとってウインドーショッピングとは社会見学のようなモノだ。言わば、これを見て自分がどうするかを学ぶ」
「うんうん、モデルさんだもんねぇ」
「だが、今日は怜が先生だ……なにせこういう場所にはあまり赴かない」

 へ? みたいな声を口から出しそうになったけど、おしとやかな病弱キャラとの乖離が激しいので。
 
 一華に全乗っかりするつもりもなかったけども、急に先生だと言われてもいまいち要領を得ないというか。

 平時から値の張る逸品を身に纏っている金満ガールは、大量生産で大衆向けの商品に無知……それは理解できるけど?

「何を考えてどういう基準で服を選ぶのか、キミがこういうモノを購入する際の考えを学びたい」
「ああ、なるほど……」

 オト高のスパダリは服装一つ取っても、かれこれこういう考えと結論づけるのが癖になっている。
 服に着られてしまうと言う表現があるけれども、彼女が社会で一定の評価を得ているのは、平常から意図を全身にたらしめているからに他ならない。

 自分がどのように見られているのか、自分がどのように見せたいのか、服を身につけた自分が何を言いたいのか、デザイナさんの意図はどうなのか……様々なことを考えてステージに立つ。

「そうだね。私がお洋服に求める要素はたった一つだけだよ」
「ほう、その言い草からして極めて重要なことなんだろうな」
「ええ、もう大事も大事。ここを見ないと何も始まらない」

 私は衣服に付けられているタグを手に取り、大げさに指を指しながら。

「自分に似合うかに合わないかも大事、着こなしも学ぶのも大事、だけど値段が一番大事なんだよ。大衆は揃えられる手札がそもそも限られているんだ」
「……」

 握りこぶしを作って「安いのが正義」と訴える私を見て、しばらく頭痛を感じたように押し黙った後。
 何とか絞り出すような声色で「その発想はなかった」とうなだれた。

 良いものを作りたいと考える人間にとって「んなことより値段」「こだわられても手が出ない」とか言われるのは苦痛だってのは分かるよ? 
 でも、大量生産の大衆に迎合するお店だって、たくさんの人たちを満たしているのは何も変わらないんだから、そこは否定しちゃいけないんじゃないかと。
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