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上様の本気

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俺が別れの言葉を何度も繰り返し、足立から愛してるという言葉を山ほど浴び…
本気で逃げようとしない自分を頭の端で分かりながらも、拒絶の言葉を吐き続けた…
あの夜から、足立は触れてくるのをピタリと辞めた。
学校では、もちろん笑顔で話しかけてくるし、会話も変わらないのに、肩にすら触れず、俺達の間には、常に微妙な隙間が開いていた。

別れたかったのだから、安心すればいいのに、少しだけ疼く胸を知らないフリして過ごしていた。
これで良かったんだと…
最後に記念になったじゃないか、求められたままで、離れれば、良い思い出として残る。俺は傷つかずに済む…


今日は、業間休みに廊下からウチのクラスを除く人が異様に多くて…
目の前に居る榊原に尋ねた。
「なぁ、うちのクラス何かあった?廊下に人多くね?」
「当事者の七瀬が知らねぇの?上様が本気出したらしいわ…」
「は?うえさま?当事者?」
全く意味が分からなくて、ナニそれ…と思いっきり首を傾げていたら…
榊原は、少し前の席に座ってこちらをチラ見していた伊藤さんを、チョイチョイと呼んだ。

「伊藤さん、こちらの僕ちゃんに、今の状況説明してやって、ハイッ!」
最近どうも榊原と仲が良いらしい伊藤さん、ニコニコ…いや、ニヤニヤとした顔で俺に言った
「えっとですね…どうやら、天上人そして、天下の上様こと足立様が、皆に御触れを出したそうですよ、七瀬殿」
上様って…足立が学校一の有名人なのは知ってたけど、そんな呼び名で呼ばれてるのは初耳だ
「オレの思ひ人は七瀬である。この事について、一切の異論は認めぬ。もし彼に危害を加えたら…分かっておるな…的な、御触れでございますよ?七瀬殿」

正に絶句である。
俺は一瞬で固まった。
今なんて?え?はい?俺を好きだって足立が宣言したって事か?
ちょっと理解するまで、小一時間は欲しい…
急展開にツイテイケナイ…
俺の別れ話、どこいった?

「あの足立が、本気だ。残念だが…とっとと諦めろ…七瀬」
榊原は、慰めるように俺の肩をポンと叩いた。

その後、伊藤さんが詳しく教えてくれた。
足立は取り巻きの女子達に、実は禁断の恋に落ちた、と話し始めたそうだ。
七瀬は男だからという理由で、好きな気持ちをずっと秘めていたが、毎日想いは募り続け、耐えきれなくなり…意を決して告白したが…
結果振られてしまった、それでも諦め切れなくて…と、それはそれは切なげな美しい顔で語ったそうだ。
色恋の大好きな女子達は、それに飛びついたらしく、あっという間に広がったと。
更には《上様の悲恋を応援し隊!》なる物まで発足したと聞いて、俺は目眩がしてきた。

連日のように俺を覗きにくるギャラリーに辟易としながらも…かといって、足立が何か悪い事をした訳では無く。
こんな事になって一番驚いたのは、もっと女子から攻撃されると思っていたのに、全くそんな事は起こらず。
足立は今も俺に優しい笑顔で話しかけてきていて、廊下からはキャーって声がする。マジで勘弁して欲しい。

時々憂い顔で溜息をつく上様こと、足立様の人気はうなぎ登り。そんな足立のハートを射止めたという俺が、なんとも可愛い男子なんだと…気持ちの悪い評判が聞こえてきて、身震いした。

最近は、榊原以外の男子からも…あんまりに皆んなが騒ぐし、あの堂々たるイケメン足立が、すっかりしょげてるから…もう諦めて足立と付き合ってやれ、なんて言われる始末だ。
諦めるも何も…本当は彼への気持ちは、全く変えられてない…自分から別れを告げた癖にだ。
それでも、過去の苦い記憶が俺を引き戻す。捨てた母を思い出せ!恋愛感情はいつかは閉じるんだ…それに縋ってはイケナイよ…と幼い俺が忠告してくる。
彼と本当は一緒に居たい俺と、いつか訪れる別れが怖くて離れたい俺が、ぐるぐると行ったり来たり。
いつの間にか2月になり…あと数日でバレンタインだった。

机の中に手紙が入っていた。
『バレンタインの日、家に来て欲しい、絶対何もしないから。足立』 
なんで手紙?
そうか、俺が、連絡先を消したからか…

プレゼントを用意してくれようとしていた事を思い出し…それの事だと分かったけど。
何度も断ろうと思った。
もう、会ってはダメだと思った。
辛い思いを、するだけなのに…
それなのに、2月14日…俺の足は、彼の家へと向かっていた。
途中、コンビニでチョコだけ買ってしまう。思わせぶりな事などしない方が良いと分かっているのに、手ぶらで行くのは気が引けて…だから、あからさまにバレンタインだと分かるのじゃなく、板チョコを。甘いのが苦手なのは、ちゃんともう分かっていたから…ビターを選んだ。
俺、一体何やってんだろ…どうしたいんだよ…なんて、考えているうちに、着いてしまった。
数分考えたけど、玄関のインターホンを押した。

足立は笑顔で迎えてくれ、同時にホッとした顔。手紙に何の返事もしなかったからだと思い当たる
「呼び出してごめんな、上がって」

足立の部屋には、紙袋から溢れんばかりのチョコが…一瞬イラッとした後で、俺にはそんな資格無いのにと考え直す。

「渡された分は断ったんだけど、ロッカーに勝手に入れられてたヤツは持ち帰ったんだよ…捨てるけど」
捨てるなんて…と思いが詰まってるチョコを眺める。
俺なんかに食べられてしまうのもどうなんだろ…って思ったけど、誰かの好きという気持ちまで捨てられてまうようで…それが、足立を好きな気持ちを捨てようとしてる自分と重なって…
言葉が勝手に飛び出した
「俺、貰うよ…甘いの好きだし、代わりにコレ」
って、コンビニの袋を渡す。
中身を見た足立の顔が破顔した。
「ありがとう、嬉しい」
足立は、俺へと一瞬近付いた手を下ろし、その手をポケットに入れ、小さな細長い箱を取り出した。

「迷惑かもしれないけど…これ、七瀬の名前入ってて、他の誰も使えないから…貰ってくれたら…」
開けてみると、曙色から冥色へのグラデーション、夕焼けの色のボールペン。

「これ見つけた時、めちゃくちゃ嬉しくて。初めて二人でマックに行った時の空の色だな…って…」
足立の言葉の最後は消えそうになっていた。
本当なら喜んで貰える為に存在するであろう贈り物。
目の前には、俯き寂しげに苦く笑う足立…
俺は息が止まるかと思った。
次の瞬間に、足立の指が目尻に触れ、久しぶりに触れられた事にビクリとした…俺は、静かに涙を零していたらしい。
彼の手は申し訳なさげにサッと離れた。
溢れる涙を止められず、足立とボールペンを交互に見つめた。
あの夕焼けを覚えていてくれた事が胸に温かいものを灯した。
そして、嬉しそうにボールペンを選ぶ彼の姿が脳裏に浮かんだ瞬間、俺は足立をギュッと抱きしめていた。

「ごめ、ん…俺っ、やっぱり、足立が、好きだよ…ごめん、な。いつも、困らせて…」
自分から、また触れる事が出来た喜び、この湧き上がってくる感情。
俺はもう…いつか捨てられる時が来ても良いと思えた。
簡単に離れられると思った自分が甘かった、こんなにも、足立を欲していたのに。
臆病な俺の心のせいで、足立にこんな顔をさせる事の方が嫌だった。

「いいよ、不安な七瀬もまとめて引き受けるから。俺は、絶対に離れないし、離してやらない」

真剣な顔の彼に、自ら唇を寄せた。
久しぶりの口付けは…とてもとても甘かった。
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