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涙が止まらない

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るいくんのドラマ撮影が、始まったらしい。
日々、忙しいだろうに、ほぼ毎日のように、オヤスミDMをくれる。
初めての事だらけで、相当疲れてるだろうから
[そんなのいいから、睡眠時間取りなよ]と返信すると
[僕が寂しいから]…なんて返ってきた。
DMではとにかく激甘。
それでも、相変わらず…メンバーで集まる時があっても、身体には触れては来ない彼は、笑顔で甘い言葉だけを浴びせてくる。
俺が触るなと言ったわけでもないのに…
やはり、恋人じゃないと触れ合いはダメだと言う俺の言葉を気にしてなのか…?だって、恋人にはなれないよ。
恋愛は、いつか来るだろう終わりの結末に怯えないとイケナイじゃないか…
るい君とは、そんな事より深く、ずっと一緒に居たいから。
不安定な恋人なんて選択肢よりも、仲間という絆を選んだつもりの俺。


今日もメンバーで打ち合わせ中、少し疲れた顔のるい君が
「撮影もだいぶ進んだから、慣れてきたし、リヒトに陣中見舞いに来て欲しいなぁ~」
と、可愛いくおねだりしてくるんだけど
「え~、ヤダよ…完全に外部の人間だし、単純に邪魔じゃんか。俺、場違いのトコに行ける程、度胸座ってないし…」
俺は遠慮したいとこ…なのに
「そんな事ないよ!僕が、リヒトの事を良く話してるから…みんなが、会いたがってて…現場の役者さんも、リヒトが来るのを待ってるよ?」
何の話をしてるんだよ…
それはそれで、逆に行きにくいじゃねぇか。

「リヒト~、行ってやれよ~なんか、るい君、寂しそうだからさぁ」
ミナミ君が笑顔で言ってくる。
そういえば…ミナミ君には、聞きたい事があるんだけど…二人の時じゃないと確認出来ない案件が1つ。
実は、この間…ふと事務所の倉庫の扉が薄く開いていて、中を何気なく覗いたのだ。
すると、なんと!!
マネージャーの寺田さんとミナミ君が…
抱き合っていた!!
正確には、ミナミ君が頭を預ける形で…ゆったりと抱きしめる寺田さん。
その寺田さんと俺の目がバチっと合った。
すると、ヒミツだよ…みたいな感じで、口元へ人差し指をやると、スッと立てた。
その仕草が、妙に色っぽくて、ドキリとした。
ミナミ君と寺田さんが、そんなに親密だとは、知らなかった…
そして、ミナミ君は、俺に背を向けてたから、俺が見ていた事には気付いていない。
ヒミツぽかったから、大っぴらに聞くこともはばかられて…
結局、聞けないままだ。謎が深まる。


とおる君とミナミ君が、俺に悲哀の目を向けながら、行ってやれ…と言ってくるので。
仕方なく、重い腰を上げた。
それにしても…差し入れって、何を持ってくのが正解なんだ?
あんまり変なものを持ってくと、るい君の評価まで下がりかねない。

ネットで検索してみたけど、甘いのか、塩っぱいのか、生モノなのか…まず、そこを悩んでしまう。
考えた結果、やっぱり自分が差し入れされて嬉しかった物にする。
甘い物好きな俺が、社長からの差し入れで、めちゃくちゃ美味しかったお菓子がある。
老舗の和菓子屋のかりんとうだ。
これなら、日持ちするし、小洒落た洋菓子よりも、全然俺っぽい。
何より、食べた時、こんなに美味しいかりんとうがあるんだ!と感動したのを覚えている。
少し高級なのかもしれないけど、それはそれで気持ちが篭ってていいんじゃないかと…
検索してみると、ちょうど、るい君が撮影してるスタジオから、そんなに遠くない。
タクシーで、行ける!よし決めた!


店に入ると甘い蜜の香りと、油の香ばしい香りが鼻に抜けた。
時が止まったかのような昔ながらの雰囲気だが、綺麗に手入れされた店内は老舗らしく、重厚な雰囲気。
ドラマの撮影現場のスタッフさんの数は分からないけど、多い方が良いかな…と思い、出演者の方も含め、一人分の小分けになってるかりんとうを40袋と、るい君にだけは、特別に…大袋を購入した。
結構な量になり、大きな紙袋を3個手に持ち、タクシーへと戻った。

何度も歌番組やバラエティ番組の収録で訪れた事のあるテレビ局へと入ると、何度か言葉を交わした事がある警備員さんに会釈した。
エレベーターで3階へと上がり、るい君に教えて貰ったスタジオの入口に到着した。

大きく深呼吸する。
本当に来て良かったのか…今更ながら、若干の後悔をする。
でも、手土産も買ってしまったし、これを持って帰る事も出来ない。

勇気を出して扉を押そうとすると…
突然開いて、綺麗な女の人が…
あっ!三栗屋あかりだ!俺は心の中で叫んだ。
本物は、本当に輝くように美しく、芸能人らしい華があった。こんな綺麗な人と恋人の役なのか…と、モヤモヤしながら、つい見つめてしまった。
彼女は俺を見て一瞬の間が空く
「あれっ!まさか!リヒト君?!ちょっと、るい君~」
スタジオの中へと引き返していった。
再び扉が開くと、現れた美男美女。
るい君と三栗屋さん…お似合いの2人であり、この恋愛ドラマの主役。

「リヒト~!本当に来てくれたんだ!」
いきなりのハグ。
やっぱり、人前だと触れ合うんだ…と思った。
これって、俺らがビジネスカップルだから…か。虚しく思ってしまう、俺。

「本当にお熱いのね~るい君。私、妬けちゃうわぁ」
本心かどうか分からないけど、こんな綺麗な人に、こんな事言われたら、るい君もドキドキしちゃうんじゃないかって…思ってしまう。  

「あの、これっ!」
るい君に、とりあえず1つ紙袋を渡す
「え、手土産まで?」
紙袋の中を覗いきながら
「ん?これは、1個だけ別…」
「あっ!それは…一応、るい君に」
「マジ?僕だけ特別かぁ…ありがとう」
両手には、まだ左右に1個づつの紙袋を持った俺の顎に手をやると、じっと瞳を見つめてくる。
その明らかに甘い視線に動けない。

「わぁ~!ファンサ?」
隣で嬉しそうな三栗屋さんの声
「もぅっ!やめてよ、るい君!」
我に返り、恥ずかしさでいっぱいになる。こんなに、ワザとらしいと、本当にビジネス感しか無いよ…
そして、久しぶりに触れられた場所が凄く熱い。
過敏に反応してしまってるのを隠したくて、残りの紙袋を押し付けるように、るい君に渡した。

「み、皆さんでっ!食べてください!じゃぁっ!」
と、踵を返して帰りかけると
「ちょっ!待って!帰らないでよ!」
酷く慌てる様子のるい君。
俺の手を取ると、ズンズン、スタジオ内へと入っていく。
思いの外、るい君の引っ張る力が強くて、引きずられるみたいになる俺。

「いや、俺、やっぱり…いいよ」
弱い声を出してみるけど…
スタジオの役者さん達の声に、かき消された
「え~!ホンモノのリヒト君だ!!」
「マジ?男の子じゃないみたいに可愛いなぁ!」
「あれが、るい君の彼氏かぁ」
みんな、口々に好き勝手言っている。

「差し入れ頂きました~」
るい君が明るい声で、高々と紙袋を掲げると、みんなが集まってくる。
机に置くと、紙袋から箱を出しながら
「あっ!これは、僕専用だから、取らないでくださいね」
と、るい君用の大袋は、彼の手の中に。嬉しそうな彼を見て、来てよかったと、少しだけ思う。

「かりんとう?」
三栗屋さんが笑顔で聞いてくる
「あっ、俺が…食べて美味しかった店のなんですけど…お口に合うか…」
「リヒトは、こう見えて、和食とか、和菓子とかが好きなんだよ」
「あっ、私も同じ!るい君も和食すきだよね?今度一緒に行こうよ、3人で」
横からるい君が三栗屋さんと会話するのを見つめる。
2人は、とても親しげに会話をしている。
その距離感に、少しショックを受けてる自分を知ってしまう。


「それにしても、女の子みたいに可愛い顔してるね…おじさんと今度食事どう?」
ベテラン俳優さんが、からかい半分に言ってくる
「聞いたらダメだよ…この人、手当り次第に言ってるけど、本気の冗談で、めちゃくちゃ愛妻家だから」
「いや、リヒト君だけは…本当に誘いたいなぁ」
「社交辞令でも、嬉しいです。また、皆さんで行く時があれば、誘ってください」
アイドルスマイルで交わした。
このくらいのことは、芸能人初心者では無い俺にも出来る。
ちょっぴり残念そうな顔をするベテラン俳優さんの、本心が見えない。
さすがは役者さん。

「ちょっと、ウチのリヒトをからかうのは、止めてくださいね」
るい君はそう言いながら、背の低い俺を後ろからギュッと抱きしめる。
途端に、キャーという悲鳴が、女性スタッフから上がった。

明らかに、みんなが見てる事を意識したビジネス的な振る舞いに、少しだけ腹が立った。
いつもなら、恥ずかしいだけなのに…この場の既に出来上がった、みんなの和気あいあいとした雰囲気に飲まれそうなのもあったけど、ちゃんと歓迎されてるのは分かるのに、変な疎外感を感じ、急に心細くなった。

「俺…帰るよ…お邪魔しました」
「えっ、撮影見ていかないの?」
引き止めるような悲しい顔の三栗屋さんに、突然言われる。
るい君の方を見ると、何とも言えない困惑顔だった。

撮影見学かぁ…
演技を勉強する気は無いけど、確かに、エンターテインメントの括りでいうと、見た方が自分の為になるのかな…と思ったりして思案していると
「まぁまぁ。ハイッ、ここに座ってね。これから重要なシーン撮るから、見ててね」
と少し強引だけど笑顔の三栗屋さんに、スタジオ端の椅子に座らされてしまう。
そのまま、心の準備も無いまま、スタートしてしまった二人の演技に見入る。
いつもの優しいるい君じゃない…違う人みたいだ。三栗屋さんも、先程の雰囲気とは違う、役に入り込んでいる。

このシーン、どうやら、言い合いから始まるみたいで…喧嘩みたいな、感情のぶつかり合いは、非常に鬼気迫る物で、思わず息を飲んだ。
そして、しばらく揉めた後、逃げ出す三栗屋さんの手を引き、抱きしめた…
ズキっとする心を押さえながら、あっ!と思っていると…
そのまま、るい君は…彼女を見つめ、一瞬の躊躇の後、感情差し迫るように、切なげなキスをした。
その行為を嫌がる事無く、受け入れる彼女からは、一筋の涙が…
とても美しいシーンなのに、俺の心は、切られたみたいにドクドクと血が流れるような感じがした。
まさかの、二人のラブシーンを見ることになってしまい…
俺は完全に固まった。
二人の恋愛ドラマを見れるかどうかすら、自信が無かったのに…
目の前で行われた、キスシーン。

気付いたら、スタジオを飛び出していて。
どこをどう帰ったのか…分からないけど…
次の瞬間には、自分のベッドに突っ伏していた。
頬からは、涙が溢れ、頬に当たるシーツが冷たくなった、そこで初めて自分が泣いてる事が分かった。

なんで?
ただの演技だし…
泣く事なんか、一つもないのに。
俺だって、ビジネスでるい君とキスしてるし…仕事だし。
今日のキスも、頭では分かってる、仕事だよ?
色々泣く必要の無い理由を並べてみたけど…逆に涙を流していい理由が見つからない。

こんなにショックを受ける自分にショックを受けていた。
これからも、訪れるであろう…るい君のラブシーンに、俺はイチイチ泣かなくてはイケナイのか?
見なきゃいいんだろうけど、既に、つい今しがた見た光景は、目と脳にしっかりと保存されてしまった。
何度も勝手にリプレイする俺の脳内、それに連動するように、瞳からは溢れる涙。
その繰り返しで疲れ切って、いつの間にか寝ていたみたいで。

インターホンが何度も鳴る音で目が覚めた…
ぼんやりする頭で、そういえば、時間指定の宅配便が届くのを思い出し…モニターの確認もせず、ガチャリと玄関を開いた。
いつもの宅急便のおばちゃんかと思っていたのに、目の前には…るい君。
え?るい君?
やばい…泣いてたの、バレる?
明らかに真っ赤な瞳であろう事は、自分でも分かる位、瞳と涙袋がヒリヒリと痛い。
涙の跡も…多分、あるだろう…
それを、少しでも隠したくて、深く俯いた。

「帰って…」 
「リヒト、泣いてたの?」
やっぱり、バレてる…
こぶしを硬くと握ると、息を吐くように叫ぶ
「帰ってよっ!!」
「僕のラブシーン見たから?」
その言葉に、またも俺の脳内再生のスイッチが入る。
二人のキスが…再生された。

映像を消すみたいに、瞳をギュッと閉じたけど…
あんなに泣いて、無くなったはずの水分なのに…ポロッと零れた。

「もう…やだぁ…俺、なんで?こんな…泣いてなんか無いしっ!!」
「ねぇ、こっち向いて?」
るい君の両手は、俺の頬を優しく包むと上に向けた。
顔が近づいてくる…

「やだっ!」 
俺は顔を背けたのに、簡単に唇は奪われた…逃がして貰えない唇は、何度も何度も塞がれる。
合間にヤダッ!って言うのに、声にならない。

「リヒト…好きだ…お願いだから、僕の恋人になって」
るい君がやっと唇を解放してくれたと思ったら、目を見つめられ、そんな言葉を吐かれた。
初めて言われた…《好き》って言葉。
これまで、様々な甘い言葉を言われたのに、好きとは言われた事が無くて…

「でも、俺っ」 
「でもじゃない!こんなになるまで泣いて…分かってるよね?僕の事、好きだよね?」
「好きだけどぉ…うっ、ううっ、でもっ…ううっ」
とうとう、白状してしまった。
もう後は、涙で声にならない。
そんな俺を抱きしめると、最後通告みたいに言われた。

「もういい、それ以上は聞かない。リヒトはね、僕の恋人!完全に決めたから!拒否するなら、今すぐ、SNSで勝手に恋人宣言を上げる!」

半分脅しみたいな事を言うと、俺の手を、これまでの紳士的な彼とは思えない程の強い力で引っ張り、そのまま軽々と抱き上げた。
るい君は、俺を…寝室へと、そのまま引きずり込んだのだった。

寝室の扉は、パタンと閉まった。

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