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◆エピローグ
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次の日。
執事のシャルールには臨時休業を知らせる紙が貼られた。
アキラと右崎は新幹線の中にいる。
窓際に座ったアキラは、秋晴れの空を見上げていた。
車窓から見つめる空はすがすがしい青一色に染まっていて雲ひとつない。
窓ガラスには通路側に座る右崎の横顔が写っているが、彼は外を見るでもなく神妙な顔をしたままうついている。
(やれやれ)
アキラはそっとため息をつく。
なぜ新幹線に乗っているかというと、右崎が元妻の墓参りをすると言ってきかないからだ。
だからってなにも朝六時の新幹線に乗らなくてもいいのにとアキラは思うが、居ても立っても居られないという。
今朝、物音で目覚めた五時頃、右崎は荷造りをしていた。
どうやら昨夜は一睡もしていないらしく、目の下にはハッキリそれとわかるクマを作っていた。やつれた彼を前に、アキラも行きたくないとは言えなかったのである。
夕べ店で手紙を読み、そのまま膝から崩れ落ちた右崎は、しばらく立ち上がろうともせず泣き続けた。
その間に、アキラはこっそり手紙を覗き見た。
なるほど手紙は父へ向けた母の“遺言”だったらしい。
やがて立ち上がったはいいが相変わらずショックから立ち直れずにいる彼に、ボックスティッシュを渡し、打ちひしがれている父を前に、アキラは途方に暮れた。
(さて、どうしよう)
ふと思い立ち、右崎がローズさんに出していたホットワインを真似て作った。
オレンジ、ハチミツ、シナモンを赤ワインに入れて、コトコトと。スパイシーで甘い香りが立ちのぼり、沸騰直前で火を止める。
『はい、ホットワイン』
自分の分もグラスに注いだ。
この店では口にしなかっただけで、じつは母に似て酒に強い。
意識してこの店では飲まないようにしていた理由は、実の父に、未成年に酒を飲ませた罪を着せるわけにはいかないからだと、律儀に守っていたのである。
早速カップを取り、できたてのホットワインを飲んでみた。
飲む前から鼻腔を抜けてくるシナモンと甘酸っぱい香りが口の中に広がり、温かいワインが喉を伝うと、体と一緒に心まで温まるような気がしてくる。
甘過ぎやしないかと最初は心配になったがむしろ逆に必要で、ハチミツの甘さも癒しには大切なんだな、などと思った。
『冷めちゃうよ』と声をかけると、彼はようやく顔を上げ、かすれた声で『ありがとう』とカップを取った。
ホットワインの効果もあったのか、その後は黙々と店じまいを始めた右崎だったが、なんだか心配で、彼の部屋までアキラはついていった。思いあまってよからぬ考えに陥られても困る。
父の暮らしぶりに興味もあった。
右崎は店からほど近いマンションに住んでいる。
億ションとはいかずとも、それなりに高そうなマンションだ。
ひとりゆえ、もう少しこじんまりしているかと思いきや、アキラが借りているワンルームの部屋がすっぽりはいってしまうほど広いリビング。部屋は寝室のほかにふたつ。
右崎は肩を落としたまま『小夜と結婚するときに買った』と言った。
『彼女がいつ戻ってきてもいいように』
部屋は、スッキリと片付いていて、どこにも女性の影はなかった。
自分もだがバイト仲間からも、右崎の女性関係は耳に入ってこない。彼を目当てに来る女性客はいても、彼はきっちりとマスターと客という距離を保っている。
号泣する様子といい、――もしかして、まだ母のことを忘れられずにいるの?
そんなことを思いながら、右崎の広いベッドでアキラは寝た。
ベッドでなくて良かったのに、自分はソファでいいという右崎に押し切られたのである。
執事のシャルールには臨時休業を知らせる紙が貼られた。
アキラと右崎は新幹線の中にいる。
窓際に座ったアキラは、秋晴れの空を見上げていた。
車窓から見つめる空はすがすがしい青一色に染まっていて雲ひとつない。
窓ガラスには通路側に座る右崎の横顔が写っているが、彼は外を見るでもなく神妙な顔をしたままうついている。
(やれやれ)
アキラはそっとため息をつく。
なぜ新幹線に乗っているかというと、右崎が元妻の墓参りをすると言ってきかないからだ。
だからってなにも朝六時の新幹線に乗らなくてもいいのにとアキラは思うが、居ても立っても居られないという。
今朝、物音で目覚めた五時頃、右崎は荷造りをしていた。
どうやら昨夜は一睡もしていないらしく、目の下にはハッキリそれとわかるクマを作っていた。やつれた彼を前に、アキラも行きたくないとは言えなかったのである。
夕べ店で手紙を読み、そのまま膝から崩れ落ちた右崎は、しばらく立ち上がろうともせず泣き続けた。
その間に、アキラはこっそり手紙を覗き見た。
なるほど手紙は父へ向けた母の“遺言”だったらしい。
やがて立ち上がったはいいが相変わらずショックから立ち直れずにいる彼に、ボックスティッシュを渡し、打ちひしがれている父を前に、アキラは途方に暮れた。
(さて、どうしよう)
ふと思い立ち、右崎がローズさんに出していたホットワインを真似て作った。
オレンジ、ハチミツ、シナモンを赤ワインに入れて、コトコトと。スパイシーで甘い香りが立ちのぼり、沸騰直前で火を止める。
『はい、ホットワイン』
自分の分もグラスに注いだ。
この店では口にしなかっただけで、じつは母に似て酒に強い。
意識してこの店では飲まないようにしていた理由は、実の父に、未成年に酒を飲ませた罪を着せるわけにはいかないからだと、律儀に守っていたのである。
早速カップを取り、できたてのホットワインを飲んでみた。
飲む前から鼻腔を抜けてくるシナモンと甘酸っぱい香りが口の中に広がり、温かいワインが喉を伝うと、体と一緒に心まで温まるような気がしてくる。
甘過ぎやしないかと最初は心配になったがむしろ逆に必要で、ハチミツの甘さも癒しには大切なんだな、などと思った。
『冷めちゃうよ』と声をかけると、彼はようやく顔を上げ、かすれた声で『ありがとう』とカップを取った。
ホットワインの効果もあったのか、その後は黙々と店じまいを始めた右崎だったが、なんだか心配で、彼の部屋までアキラはついていった。思いあまってよからぬ考えに陥られても困る。
父の暮らしぶりに興味もあった。
右崎は店からほど近いマンションに住んでいる。
億ションとはいかずとも、それなりに高そうなマンションだ。
ひとりゆえ、もう少しこじんまりしているかと思いきや、アキラが借りているワンルームの部屋がすっぽりはいってしまうほど広いリビング。部屋は寝室のほかにふたつ。
右崎は肩を落としたまま『小夜と結婚するときに買った』と言った。
『彼女がいつ戻ってきてもいいように』
部屋は、スッキリと片付いていて、どこにも女性の影はなかった。
自分もだがバイト仲間からも、右崎の女性関係は耳に入ってこない。彼を目当てに来る女性客はいても、彼はきっちりとマスターと客という距離を保っている。
号泣する様子といい、――もしかして、まだ母のことを忘れられずにいるの?
そんなことを思いながら、右崎の広いベッドでアキラは寝た。
ベッドでなくて良かったのに、自分はソファでいいという右崎に押し切られたのである。
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