23 / 25
◆エピローグ
1
しおりを挟む
次の日。
執事のシャルールには臨時休業を知らせる紙が貼られた。
アキラと右崎は新幹線の中にいる。
窓際に座ったアキラは、秋晴れの空を見上げていた。
車窓から見つめる空はすがすがしい青一色に染まっていて雲ひとつない。
窓ガラスには通路側に座る右崎の横顔が写っているが、彼は外を見るでもなく神妙な顔をしたままうついている。
(やれやれ)
アキラはそっとため息をつく。
なぜ新幹線に乗っているかというと、右崎が元妻の墓参りをすると言ってきかないからだ。
だからってなにも朝六時の新幹線に乗らなくてもいいのにとアキラは思うが、居ても立っても居られないという。
今朝、物音で目覚めた五時頃、右崎は荷造りをしていた。
どうやら昨夜は一睡もしていないらしく、目の下にはハッキリそれとわかるクマを作っていた。やつれた彼を前に、アキラも行きたくないとは言えなかったのである。
夕べ店で手紙を読み、そのまま膝から崩れ落ちた右崎は、しばらく立ち上がろうともせず泣き続けた。
その間に、アキラはこっそり手紙を覗き見た。
なるほど手紙は父へ向けた母の“遺言”だったらしい。
やがて立ち上がったはいいが相変わらずショックから立ち直れずにいる彼に、ボックスティッシュを渡し、打ちひしがれている父を前に、アキラは途方に暮れた。
(さて、どうしよう)
ふと思い立ち、右崎がローズさんに出していたホットワインを真似て作った。
オレンジ、ハチミツ、シナモンを赤ワインに入れて、コトコトと。スパイシーで甘い香りが立ちのぼり、沸騰直前で火を止める。
『はい、ホットワイン』
自分の分もグラスに注いだ。
この店では口にしなかっただけで、じつは母に似て酒に強い。
意識してこの店では飲まないようにしていた理由は、実の父に、未成年に酒を飲ませた罪を着せるわけにはいかないからだと、律儀に守っていたのである。
早速カップを取り、できたてのホットワインを飲んでみた。
飲む前から鼻腔を抜けてくるシナモンと甘酸っぱい香りが口の中に広がり、温かいワインが喉を伝うと、体と一緒に心まで温まるような気がしてくる。
甘過ぎやしないかと最初は心配になったがむしろ逆に必要で、ハチミツの甘さも癒しには大切なんだな、などと思った。
『冷めちゃうよ』と声をかけると、彼はようやく顔を上げ、かすれた声で『ありがとう』とカップを取った。
ホットワインの効果もあったのか、その後は黙々と店じまいを始めた右崎だったが、なんだか心配で、彼の部屋までアキラはついていった。思いあまってよからぬ考えに陥られても困る。
父の暮らしぶりに興味もあった。
右崎は店からほど近いマンションに住んでいる。
億ションとはいかずとも、それなりに高そうなマンションだ。
ひとりゆえ、もう少しこじんまりしているかと思いきや、アキラが借りているワンルームの部屋がすっぽりはいってしまうほど広いリビング。部屋は寝室のほかにふたつ。
右崎は肩を落としたまま『小夜と結婚するときに買った』と言った。
『彼女がいつ戻ってきてもいいように』
部屋は、スッキリと片付いていて、どこにも女性の影はなかった。
自分もだがバイト仲間からも、右崎の女性関係は耳に入ってこない。彼を目当てに来る女性客はいても、彼はきっちりとマスターと客という距離を保っている。
号泣する様子といい、――もしかして、まだ母のことを忘れられずにいるの?
そんなことを思いながら、右崎の広いベッドでアキラは寝た。
ベッドでなくて良かったのに、自分はソファでいいという右崎に押し切られたのである。
執事のシャルールには臨時休業を知らせる紙が貼られた。
アキラと右崎は新幹線の中にいる。
窓際に座ったアキラは、秋晴れの空を見上げていた。
車窓から見つめる空はすがすがしい青一色に染まっていて雲ひとつない。
窓ガラスには通路側に座る右崎の横顔が写っているが、彼は外を見るでもなく神妙な顔をしたままうついている。
(やれやれ)
アキラはそっとため息をつく。
なぜ新幹線に乗っているかというと、右崎が元妻の墓参りをすると言ってきかないからだ。
だからってなにも朝六時の新幹線に乗らなくてもいいのにとアキラは思うが、居ても立っても居られないという。
今朝、物音で目覚めた五時頃、右崎は荷造りをしていた。
どうやら昨夜は一睡もしていないらしく、目の下にはハッキリそれとわかるクマを作っていた。やつれた彼を前に、アキラも行きたくないとは言えなかったのである。
夕べ店で手紙を読み、そのまま膝から崩れ落ちた右崎は、しばらく立ち上がろうともせず泣き続けた。
その間に、アキラはこっそり手紙を覗き見た。
なるほど手紙は父へ向けた母の“遺言”だったらしい。
やがて立ち上がったはいいが相変わらずショックから立ち直れずにいる彼に、ボックスティッシュを渡し、打ちひしがれている父を前に、アキラは途方に暮れた。
(さて、どうしよう)
ふと思い立ち、右崎がローズさんに出していたホットワインを真似て作った。
オレンジ、ハチミツ、シナモンを赤ワインに入れて、コトコトと。スパイシーで甘い香りが立ちのぼり、沸騰直前で火を止める。
『はい、ホットワイン』
自分の分もグラスに注いだ。
この店では口にしなかっただけで、じつは母に似て酒に強い。
意識してこの店では飲まないようにしていた理由は、実の父に、未成年に酒を飲ませた罪を着せるわけにはいかないからだと、律儀に守っていたのである。
早速カップを取り、できたてのホットワインを飲んでみた。
飲む前から鼻腔を抜けてくるシナモンと甘酸っぱい香りが口の中に広がり、温かいワインが喉を伝うと、体と一緒に心まで温まるような気がしてくる。
甘過ぎやしないかと最初は心配になったがむしろ逆に必要で、ハチミツの甘さも癒しには大切なんだな、などと思った。
『冷めちゃうよ』と声をかけると、彼はようやく顔を上げ、かすれた声で『ありがとう』とカップを取った。
ホットワインの効果もあったのか、その後は黙々と店じまいを始めた右崎だったが、なんだか心配で、彼の部屋までアキラはついていった。思いあまってよからぬ考えに陥られても困る。
父の暮らしぶりに興味もあった。
右崎は店からほど近いマンションに住んでいる。
億ションとはいかずとも、それなりに高そうなマンションだ。
ひとりゆえ、もう少しこじんまりしているかと思いきや、アキラが借りているワンルームの部屋がすっぽりはいってしまうほど広いリビング。部屋は寝室のほかにふたつ。
右崎は肩を落としたまま『小夜と結婚するときに買った』と言った。
『彼女がいつ戻ってきてもいいように』
部屋は、スッキリと片付いていて、どこにも女性の影はなかった。
自分もだがバイト仲間からも、右崎の女性関係は耳に入ってこない。彼を目当てに来る女性客はいても、彼はきっちりとマスターと客という距離を保っている。
号泣する様子といい、――もしかして、まだ母のことを忘れられずにいるの?
そんなことを思いながら、右崎の広いベッドでアキラは寝た。
ベッドでなくて良かったのに、自分はソファでいいという右崎に押し切られたのである。
10
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる