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◆エピローグ
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都内の大学に行くことになったとき、アキラははじめて父親のことを母から聞かされた。
『あなたの父親に会いたい?』
突然そう言われても、それまで父親は死んだと聞かされていたので、どう受け止めていいか戸惑った。
母は本棚から雑誌を取り出してきて、ページをめくりはじめ、目的のページを見つけると、広げてアキラに差し出した。
指をさすのは小さな記事。
東京都内にある路地裏の小さなレストランバーを特集したものだった。
『執事のシャルール』
そこに写っていたマスター。
母は、『この人よ』と言った。
名乗りたかったら二十歳の誕生日にこれを渡しなさいと預かった手紙。
『ただし、いいこと? 私はあの日死んだことにするのよ』
『あの日?』
『親知らずを抜くために入院した日』
母は基本的に健康で、ほかに入院経験がない。
とはいえ、いくらなんでも大袈裟な話に思わず笑った。
『親知らず抜いて死んだって言うの?』
『そうよ、それくらい強力な親知らずだったのね』
どんな親知らずだよと心で突っ込んだ。
『だけど、どうして死んだことにするの? 二度と会いたくないから?』
『あの人への、お仕置き』
母はクスッと笑った。
ちょっとしたいたずらでもするような、邪気のない笑みだったけれど、言っていることは悪魔だ。なにがどうなってお仕置きなのかわからないが、自分が死んだことにするなんて、ちょっと普通じゃない。
だがその後に言った言葉で少しは理解できた。
『というよりも、ご褒美ね。死んだと知れば、すっきりと忘れられるでしょうから』
言葉では突き放しているようで、父の幸せを思っている。
不器用な人だから……。
母は飛び抜けた美人だが、昔からちょっと変わっていた。
口うるさいわけでもないし、基本的に穏やかだが怒るととてつもなく怖い。わが母ながら、悪魔の化身のように思うことがある。
しつこい訪問販売の営業マンなど、『お帰りください』の氷のような響きの一言で一網打尽にする。
アキラが幼稚園に通っていた頃、嘘をついて母に叱られたことがある。
叱られた理由はすっかり忘れたが、そのときの母の顔は忘れられない。
怒気を込めた目力は半端なく、白い顔は赤くはならず青くなる。なまじずば抜けた美貌の持ち主だけに、美しさは凄みを増して神々しいばかりになるのだ。
その迫力たるや凄まじく、一生許してもらえないのではないかと思うほどで、アキラは恐怖で熱を出し寝込んだ。
以来、母には逆らわない。
母は薬剤師の資格を持っていて、仕事には困らなかった。
子育てを優先し、時間に融通がきく職場をアキラの成長に合わせて転々とした。
美人ゆえに隙あらばと寄ってくる男は絶えず、医者に弁護士、そうそうたる職業の男がアキラの前にも現れた。
『ママによろしくね』
『アキラくん、今度ママと三人で遊園地に行かないかい?』
ある者は高価なおもちゃを片手に、ある者はおいしそうなケーキをたずさえて、入れ代わり立ち代わり現れた。
だが母は、『迷惑です』とプレゼント突き返し、けんもほろろに追い払う。
男性に対してあまりに潔癖なので、アキラは本気で聞いたことがある。
『ママは男の人が嫌いなの?』
すると母は、にっこりと微笑んだ。
『そんなことはないけれど、もう結婚はしたくないのよ。アキラのパパだった人で十分なの』
子供心に、母の答えがなんだかとてもうれしかった。
『あなたの父親に会いたい?』
突然そう言われても、それまで父親は死んだと聞かされていたので、どう受け止めていいか戸惑った。
母は本棚から雑誌を取り出してきて、ページをめくりはじめ、目的のページを見つけると、広げてアキラに差し出した。
指をさすのは小さな記事。
東京都内にある路地裏の小さなレストランバーを特集したものだった。
『執事のシャルール』
そこに写っていたマスター。
母は、『この人よ』と言った。
名乗りたかったら二十歳の誕生日にこれを渡しなさいと預かった手紙。
『ただし、いいこと? 私はあの日死んだことにするのよ』
『あの日?』
『親知らずを抜くために入院した日』
母は基本的に健康で、ほかに入院経験がない。
とはいえ、いくらなんでも大袈裟な話に思わず笑った。
『親知らず抜いて死んだって言うの?』
『そうよ、それくらい強力な親知らずだったのね』
どんな親知らずだよと心で突っ込んだ。
『だけど、どうして死んだことにするの? 二度と会いたくないから?』
『あの人への、お仕置き』
母はクスッと笑った。
ちょっとしたいたずらでもするような、邪気のない笑みだったけれど、言っていることは悪魔だ。なにがどうなってお仕置きなのかわからないが、自分が死んだことにするなんて、ちょっと普通じゃない。
だがその後に言った言葉で少しは理解できた。
『というよりも、ご褒美ね。死んだと知れば、すっきりと忘れられるでしょうから』
言葉では突き放しているようで、父の幸せを思っている。
不器用な人だから……。
母は飛び抜けた美人だが、昔からちょっと変わっていた。
口うるさいわけでもないし、基本的に穏やかだが怒るととてつもなく怖い。わが母ながら、悪魔の化身のように思うことがある。
しつこい訪問販売の営業マンなど、『お帰りください』の氷のような響きの一言で一網打尽にする。
アキラが幼稚園に通っていた頃、嘘をついて母に叱られたことがある。
叱られた理由はすっかり忘れたが、そのときの母の顔は忘れられない。
怒気を込めた目力は半端なく、白い顔は赤くはならず青くなる。なまじずば抜けた美貌の持ち主だけに、美しさは凄みを増して神々しいばかりになるのだ。
その迫力たるや凄まじく、一生許してもらえないのではないかと思うほどで、アキラは恐怖で熱を出し寝込んだ。
以来、母には逆らわない。
母は薬剤師の資格を持っていて、仕事には困らなかった。
子育てを優先し、時間に融通がきく職場をアキラの成長に合わせて転々とした。
美人ゆえに隙あらばと寄ってくる男は絶えず、医者に弁護士、そうそうたる職業の男がアキラの前にも現れた。
『ママによろしくね』
『アキラくん、今度ママと三人で遊園地に行かないかい?』
ある者は高価なおもちゃを片手に、ある者はおいしそうなケーキをたずさえて、入れ代わり立ち代わり現れた。
だが母は、『迷惑です』とプレゼント突き返し、けんもほろろに追い払う。
男性に対してあまりに潔癖なので、アキラは本気で聞いたことがある。
『ママは男の人が嫌いなの?』
すると母は、にっこりと微笑んだ。
『そんなことはないけれど、もう結婚はしたくないのよ。アキラのパパだった人で十分なの』
子供心に、母の答えがなんだかとてもうれしかった。
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