お針子の魔法使いと悪魔の弟子

蛾脳シンコ

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第15話『草食ブーツ、大いに翔る』

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 ムーキスの練習を始めてから3日程が経ち、レンリエッタは早くも呪文詠唱と脳内イメージ両立のコツを掴み始めていた。初めは数ミリしか動かなかった紙も今では数センチも動くようになった。
 まだまだ復元には至らないものの、着々と上達しているのは確かだ。
 そしてこの3日間に行ったのは呪文の練習だけでは無かった。エラフィンと共に薬を調合したり、グリスからは「極めて上品な歩き方」とやらを学んだのだ。(上品な歩き方を試したところ、エラフィンから尿意を我慢している猫みたいだと言われてしまったが)

「ムーキス!……やった!また新記録だ!どんどん近付いてる!」
「中々筋が良いじゃないか、魔法をまるっきり知らなかった割にはすごいよ」
「ふふん!私ってば筋が良いなんて…ぐふふ…」
「調子に乗るのはおよし、同年代の魔法使いじゃビリッケツなんだから」
「は、はい…」

 相変わらずレンリエッタは褒められると直ぐに驕ってしまう癖があったものの、ついこの間まで魔法とは無縁だったとは思えないくらいの上達ぶりにエラフィンも感心していた。魔法のセンスは父とよく似たのだろう。

 少しして、練習を一旦休憩する事にしたレンリエッタはグリスの淹れたルートティーを味わいながらエラフィンの読む本に興味を移した。
 この前と同じくエラフィンは「究極薬調合新書」という厚い本を熱心に眺めている。
 レンリエッタは好奇心から聞いてみた。

「ねぇ先生、その本に書かれてるのってどんな薬なの?」
「これかい?そりゃ一口には言い表せるもんじゃないが、どれもこれも愉快なもんばかりさ。舌を二枚に増やしたり、皮膚が鏡になったり…後は寿命が100年伸びたりねぇ」
「100年?じゃあそれをずっと飲み続ければ不老不死になれるの?」
「ま、理論上は可能だね。けれど飲み続けられるほどの財力と技術があればの話さ、材料だけで一生遊んで暮らせるほどの金が必要だし、調合にも75年以上掛かるんだ。」

 調合に75年も掛かる薬とはなんとも興味が湧いて来るものだ。エラフィンが作る薬は半日も要さずパッとできて直ぐに売れるようなお手軽薬品ばかりなのだ。
 本人は「直ぐ売れる方が良いからに決まってるだろう」と言うが、レンリエッタは絶対に面倒だからだと確信している。

「先生はそういう薬作らないの?」
「いつも言ってるだろ?すぐ売ってすぐ儲かるってのが良いんだ。」
「…本当は面倒なんじゃなくて?」
「ぎっ……そりゃ、少しは面倒だとは思うさ……な、なんだいその目は…まさか作れないなんて思ってるんじゃ無いだろうね?」
「いやぁ~?ただ、難しい薬を作るところを見てみたいなぁとは思うけどぉ」

 レンリエッタは煽るようにジトッとした上目遣いをエラフィンへ送った。すると彼女は少しばかり口の辺りをムズムズさせると、バタンッと勢いよく本を閉じて立ち上がった。

「良いじゃないか!そこまで言うなら見せてあげるさ!私の手に掛かれば究極薬なんてドラゴンの涎も同然さぁ!」
「わーい!すごいすごーい!…で?何を作るの?」
「そうだねぇ…どうせならしばらく作ってないのにしようじゃないか……そうだ!」

 そう言い、エラフィンは乱暴な手つきですぐそばの書棚を漁り始めた。一冊抜き取っては中を開き見てから戻し、またもう一冊抜き取っては中を見て…と繰り返し、やがて一冊の本を持って来てテーブルへドスンッと置いた。
 とても古くて埃っぽく、ページが数枚破れ落ちている本だ。表紙には『冒険的な魔法薬レシピ㊦』と書かれていた。

「ちょっと前にこの本で面白そうなレシピを見つけたんだ…ほら!これだ!」
「えーっと…望郷の可視薬?」
「分かりやすく言えば過去を見るポーションさ、水晶鏡に垂らして磨くとかつての光景が浮かんで来るのよ」
「そ、それ…すっごく面白そう!ねぇいつ作るの?何が必要なの?」
「もちろん今から調合開始さ!えーっと…調合に掛かる時間は…2週間……って事は私なら4日で作れるね。」

 それを聞いてレンリエッタは驚けば良いのか、心配すれば良いのか分からなくなってしまった。とにかく、カッコイイエラフィンの姿を見てみたいの黙っておくことに。
 そしてエラフィンは次に材料の欄に目を移したが、少し顔を難しくした。

「おっと……材料が足りないね…」
「足りないの?じゃあ調達しないと…」
「うーん、どうにも時間が惜しいねぇ…下ごしらえもあるし…街まで買いに行くのは面倒だねぇ…」

 どうやら材料が幾つか足りない様だ。無いなら買ったり調達すれば良いのだが、エラフィンは調合釜の下準備には時間が掛かると言い、何より買いに行くのは面倒だと言った。
 ならどうするかだが…エラフィンは弟子の姿を見てハッと何かを思い出したように閃いた。

「そうだ!レン、ちょっとお使いを頼まれてくれないかい?」
「え、えぇ!?おつかいなんて…無理だよ…街、遠いし…」

 もちろんレンリエッタも行く気にはなれなかった。街まではかなり遠い上、一人で行くのはどうにも心細かったのだ。
 だがエラフィンは(大して無い)胸を張って「ちょうど良いのがあるよ!」と言い、邸宅の何処かに居るグリスへ大きな声で伝えた。

「グリス―!この前洗ったブーツを持って来ておくれー!」
『はい、ただちに!』
「ブーツ?」

 エラフィンはブーツを持って来いと言うが、そんな物何の役に立つと言うのだろうか?ブーツが歩いて代わりに買い物にでも行ってくれるのかと呑気に考えていると、すぐにグリスは古ぼけたブーツを持って現れた。

「どうぞエラフィン様。しつこい匂いでしたが取れましたよ」
「ご苦労さん…ほうら!見なレンリエッタ!こいつはすごいよ!」
「この…ぼろっちいブーツが凄いの?年季は凄いけど…」

 エラフィンが自信満々に見せびらかすブーツは、くたびれたようにシワだらけで年季が入りまくっている。黄ばんだ白革のブーツだが異常に長く、ベルトが何個も巻き付けてあった。
 そう言えば前にツヴァイガーを探す時にグリスが洗っていたとレンリエッタは思い出した。
 しかし、どう見ても凄さは伝わらない…

「ただのボロ靴じゃないよ、こいつは草食プロングブーツだ!前に倉庫を修復する時に見つけたんだよ!」
「草食ブーツ?普通のとどこが違うの?」
「これは魔術装具の一種でね、履いて足を動かせばとんでもないスピードで移動できるのさ。」
「とんでもないスピード?なんだか怖いよ…」
「安心しな、障害物は全部すり抜けるし、必ず地上で止まるように設計されてるんだ。」

 この草食プロングブーツと言うのは特殊な魔力を込められて作られた道具、通称魔術装具の一種であり、履いた状態で足を動かすと目にも止まらぬ速さで移動できる優れモノなのだ。
 現在でこそ使用者は少ないが、かつては人々の移動に広く使われた品。だがエラフィンの持つコレはそんじょそこらのモノとは格が違い、圧倒的に速いらしい。厳密に言えば法に違反するレベルの速さだ。

「こいつを履けば瞬き以上に早く街へ向かえるよ」
「お言葉ですがエラフィン様…それは危険では?聞いた話によれば行方不明者が続出したと…」
「そいつらは移動地点を固定化する魔法を知らなかっただけさ、バカと一緒にしないどくれ。」
「ですが…お嬢様一人で向かわせるのはやっぱり…」
「あぁもう!うるさいねぇ、レンリエッタを見てみな?こーんなでっかい赤子が居るかね?この子はバカじゃないし、おつかい一つも出来ない子になってほしくないんだ。」

 二人はレンリエッタを蚊帳の外に置いてしばらく話し続けた結果グリスが折れる事となった。レンリエッタは返事も許されず、財布とカゴとメモを持って外へ出る羽目になってしまった。

 外は相変わらずいい天気だ、少し曇っているが青い雲が見当たらないので氷柱が降ってくることは無いだろう。
 まず最初にエラフィンが手本を見せることになった。

「さてと…このブーツを履くにあたって気を付けないといけないのは絶対に脱げないようにする事だ。」
「脱げちゃったらブーツだけどっか行っちゃうの?」
「そうなりゃラッキーだね。でも大概は…裂ける。身体がスピードに追い付けないで真っ二つになっちまうのさ。」
「ヒィ!?こ、怖い事言わないでよ…」
「怖いも何も事実さ…でも安心しな、ちゃんとベルトを締めれば脱げないよ。」

 エラフィンはヒールを脱いでブーツへ脚を入れると、ベルトを一つ一つ丁寧にギュッと締めた。ブーツは長いが脚も長かったので膝より少し上の部分まで覆われた。
 そしてエラフィンは慎重にそーっと小刻みに足を動かして向きを合わせると…

「よーく見てな!こうやって地面を踏ん」

 パッ…

「うわぁああ!?き、消えた!?」

 エラフィンが地面を踏み込み、大きく足を動かした途端、彼女はパッと消えてしまった。まるで物を消す手品のように音もなくその姿が消失したのだ。
 レンリエッタは感心するどころか恐ろしくなってしまい、しばらくエラフィンの名前を呼びながら周囲を見渡した…

「せ、先生?…何処に行っちゃったの?ねぇ……先生…?」
「こうやって!足を動かして戻るのさ!!」
「うわあぁあ!!?も、戻って来た…」

 しかし、少しすると突如シュバッと突風と共にエラフィンが再び現れたのでレンリエッタはずっこけてしまった。恐ろしいくらいの超スピード、名前の割にはとんでもない化け物である。

「それにしても久しぶりに使ってみたが案外イケるもんだねぇ…」
「んもう…急に出てこないでよぉ…」
「ははは!悪い悪い…移動先の状況は分からなくてね…けど分かっただろ?これが草食ブーツさ!」
「すごく危険そうだってのは分かったよ…でもちゃんと対策はしてくれるよね?」
「当り前さ!私を誰だと思ってんだい?アンタが間違えてセルカトラズに行っちまっても連れ戻すさ!」

 その言葉にレンリエッタは安心すれば良いのか、用心すれば良いのか分からなかった。
 しかし今はエラフィンに身を委ねる事しか出来ないので恐ろしい事が起きようとも己の運命を全うするほかないので、レンリエッタは靴を履いたまま受け取ったブーツを慎重に履き始めた…
 年季が入っているせいかヨレヨレなので細い足ではベルトをギュッと限界まで締める必要があった。それ以上にレンリエッタの足に対してあまりにも長すぎる…根元まで覆われてしまい、なんだか滑稽に見える。

「なんか…ダサい…」
「見た目なんぞ機能の次さ、忘れずにカゴとメモを持って行くんだよ。あと財布も。」
「はい…向きを合わせる時は小刻みに動けば良いの?」
「その通り、ペンギンみたいに回るんだ。決して大きく足を動かしちゃダメよ?」
「ペンギン?えーっと…こんな風に?」
「そうそう………あぁ!それじゃ大き過」

 シュバァッ!!

「ぎゃぁあ!?」

 その時だった、レンリエッタがちょっと足を動かした瞬間周りの景色がビュッと歪み、気が付くと全然知らない場所に着いてしまった。
 畑だ、畑のド真ん中に立っている…

「え?あぁ!?どうしよう!?動いちゃった…こ、ここどこ!?」
「コラぁ!てめぇ!!なぁに畑に入ってんだァ!!」
「うわぁ!ご、ごめんな…ひゃぁ!?」

 シュッシュッ…シュバッ!

 またしてもレンリエッタは足を動かしてしまい、その瞬間に景色はまたしても二転三転し始める。
 咄嗟の判断で足を止めたが……着いた場所はなんとも殺風景な岩山であった。先ほどまでのいい天気など何処にもなく、寒い風がヒューヒュ―となびいている…

「さ、ささ、さむぅ!?どうしよう!?へんなところに来ちゃった…」

 邸宅の方角も分からない、人っ子一人居ない岩山の奥…レンリエッタは猛烈に焦っていたが脚を動かすことだけはしなかった。落ち着いてどうにか策が無いか必死に頭を働かせたが…魔法に関する知識など全然無かったのでどうしようもなかった…

「あぁどうしようぅ…私このまま一生帰れないんじゃ……うぁわ!?」

 シュシュシュッ!

 だが、またしても景色が歪み始めた。今度は足を一歩も動かしていないというのにシュバッと高速で景色が移り変わり、止まったかと思えば…そこは見慣れた邸宅の前であった。
 そして呆れた顔のエラフィンが杖を光らせ、待っていた。

「あ、あぁあ!戻って来れたぁ…!」
「まったく…言ったでしょう、小刻みに動けって…呼び返しの呪文を込めておいて良かったね…」
「でも、ちゃんと対策するって言ってたのにぃ…」
「まぁその辺は私が悪かったね、履く前に掛けるべきだったよ…そんじゃ魔法を掛けるからそのまま動くんじゃないよ」

 謂われた通り、レンリエッタはビシッと動かず立ち尽くしているとエラフィンが何やら聞き取れない呪文を唱えてブーツにまじないを込めた。するとブーツはガチャリと音を立て、錠前のような装飾が追加された。

「これで大丈夫…サタニズム街の入り口と我が家の庭を結んだから互いの場所にしか行き来出来なくなったよ。」
「それってつまり…それ以外のところじゃ使えないってこと?」
「その通り、どれだけ足を動かしても移動しないよ。だから戻るときは必ず入り口で使うようにするの…分かったかしら?」
「わ、分かりました!」
「それと使うとき以外は脱いでおくこと、さもないと…みんなの笑いものだね」
「う…そうだよね…」

 さて、これで準備は済んだので早速レンリエッタが向きを調整していると、エラフィンが思い出したように慌てて伝えた。

「ひとつ伝えておくが!絶対に路地裏には行くんじゃないよ!」
「それは前にも聞いたけど…なんでダメなの?」
「路地裏は治安が悪いんだ、絶対に近付くんじゃないよ。それと困った時は…私の名前を出すように。」
「エラフィン先生の名前を?…まぁ…そうするべきならするけど…」
「よろしい!じゃあ、いってらっしゃーい!」
「いってきまー…ひゃぁ!!」

 最後の忠告も終え、早速レンリエッタがブーツで地面を踏み込むと、またしても景色がシュバッと移り変わり…




「……うわぁあ!!はぁ…つ、着いた…!」

 レンリエッタはあっという間にサタニズム街の入り口に到着した。
 がやがやと賑わいの声が周囲を包み、さきほどの森とは打って変わって騒がしく人…というよりヘルドに満ち溢れ、目の前には見慣れた通りが広がっている。
 それにしても急に現れたレンリエッタに周囲の人々は少し驚いている様だった。

「い、今ドキにブーツを使うなんて…渋いなぁ…」
「えへへへどうも……は、早く脱がないと…!」

 突き刺さる視線に耐えきれず、レンリエッタは急いで不格好なブーツを脱ぐとカゴに突っ込んで広場まで逃げるように走って行った。

 広場には相変わらず水の出ない噴水が佇んでいたが、今日に限っては年齢層が随分と低い。と言うのもヘルドの少年少女たちがやけに多く、皆縁に座って話し込んだり、出店を眺めたり、本を片手に難儀しているのだ。
 制服は着ていないがおそらく学校に通っている生徒達だろう、レンリエッタと同じくらいだ。
 レンリエッタは少し羨ましそうに少年少女たちを眺め、話を(盗み)聞いてみた。

「ヘイドル先生の授業って眠くなるし、宿題多いから嫌なんだよなぁ…」
「地層学部なんかに行くからだよ…大人しく植生学だけにすれば良かったのに。」
「でもママが入れって言うからさ…あぁ、決闘学部に行きたかったなぁ」

「そう言えば、今日クリッツが廊下で変身魔法を使って怒られてるのを見たの。」
「へぇ~…何に変身してたのぉ?」
「ゴミ箱。でも耳と尻尾が付いてたからバレバレだった」

「なぁアロトリスのヤツ、いつまであっちに居るんだろうな?」
「いつにせよ一生帰って来ないでほしいよ、あいつ大嫌いだし。」
「あら、けど取り巻きの子は良い子ばかりよ、マルティ以外はね。」
「どいつもこいつも似たようなもんだろ、ボンボンの集まりがよぉ」

「(うーん…みんな学校で苦労してるんだなぁ…)」

 話を聞けば楽しい事ばかりでは無いという現実が実感させられた。魔法学校と言っても楽しい事ばかりでは無いらしい……だが、それでもいつかは行ってみたいなとレンリエッタは切望した。

「って…こんな事してる場合じゃないじゃん……早く買いに行くものを探さないと…」

 寄り道はここまでにしておき、レンリエッタはカゴの中を漁り、ブーツの下からメモ用紙を引っ張り出した。いつぞやの試練と同じ様に買うべきものが丁寧に書かれている。
 まず最初、一番上の『ファングバードの卵』とやらを探すことに。横には小さく(3つ買うこと!かならず青!赤はダメ!)と書かれている。
 当然ながらレンリエッタは大いに困惑した、なんせサタニズム街に来るのは初めてでは無いが何処に何が売っているかなど全く知らないのだ。

「困ったなぁ…とりあえず食品市場に行こうかな……うん?あ、案内所?」

 市場に行こうとするレンリエッタの目に一枚の黄色い看板が映り込んだ。
 『なんでもお任せ!すぐに案内します!王国公認街中案内所!』…驚くぐらい都合よく案内所がそこに建っていた。そして看板の下には『案内係』の札を首から下げた血色の悪い男が立っている…
 男の風貌にレンリエッタは少し怖気づいたが、勇気を振り絞って話しかけた。

「あ、あの…すみません、聞きたい事があるんですけど…」
「………」
「…もしかして忙しかったりします…?」
「………」

 話しかけられた男はレンリエッタの方を見るも、何か応えるわけでもなく無言で見つめ返した。
 しばらくの間二人が黙って見つめ合っていると…痺れを切らした男は上を指差し、一言。

「嬢ちゃん、俺ぁ慈善団体じゃないぜ」

 その言葉と指にレンリエッタが上を見ると、看板の隅に小さく『※案内は有料です』と書かれていた…

「え?……お、お金とるの?」
「当たり前だ!どうやって案内所が成り立ってると思ってるんだ、空から降ってくるんじゃねぇぞ」
「そんなに怒らなくても…お金は払うから…」

 仕方なく、レンリエッタはお金を払う事にした。こういう事もあろうかと商品代とは別に自分の財布を持って来ていたのだ、金貨も何枚かエラフィンに両替してもらったので安心。
 いくら払えば良いか分からなかったが100ルゾン渡せば彼は直ぐに受け取ってくれた。(ちなみに100ルゾンは水一本分くらいの値段である)

「まいど、何をお求めで?」
「ファングバードの卵です、出来れば青いのが。」
「色は知らんがファングバードの卵は薬問屋で買うべきだな、少なくとも食い物と一緒には売ってねぇぞ。こっから一番近いのはそこを進んで行った先のブルーコルドロンだ。青い釜の看板が目印だぜ。」
「おお、便利。ありがとうございます!」
「またよろしくなぁ」

 たったの100ルゾンとは言えお金を払った甲斐があり、言われた通りに進めば直ぐに目的の店は見つかった。青い釜の形をした看板が目印のブルーコルドロンだ。
 中へ入ってみると、相変わらず薬問屋特有の凄まじくえげつない匂いが鼻を突いたが、もう慣れっこだ。思えばピンスロック村のチーズルの店はそんなに匂いがしなかったが、全て棚に入っているからだろうか…

 それはともかく、レンリエッタは不思議な素材でいっぱいの店内を細かく見回り始めた。どれもこれも興味をそそられるが、誘惑を一切無視して卵に集中だ。

「ゾウモツミミズ…ストライプクロウの羽……ファングバードの卵!」

 幸いにも直ぐに卵は見つかった。瓶入り乾燥くちばしの横、値札の下の木箱にやや大きなスカイブルーの卵がごろごろと詰まっている。
 それらをざっと軽く眺めてみると卵の中には幾つか赤みを帯びたものが紛れているのに気が付いた。メモに書いてあった赤はダメというのはこの事だろう。
 レンリエッタは一つ手に取り、まじまじと眺めた…見知った鶏の卵より明らかに大きく、鮮やかな青はどうにも食欲を減衰させてくれる…

「(けど卵なんて薬に使えるのかなぁ…)」

 卵なんて茹でたり焼いたりする以外に使えるのだろうか?増してや薬などに…いいや、深く考えるのは止めておこう。と、レンリエッタはさっさと青い卵を三つ手に持って店主の元へと向かった。
 ブルーコルドロンの店主は禿げ上がった頭の老人ヘルドであり、店名に沿ったような青い肌に鋭い一本角が特徴的であった。店主は卵の重さを測りながら、聞いて来た。

「この卵は学校の宿題に使うのかい?」
「いえ…でも使うんですか?宿題に…?」
「ああ、昨日も何人か買って行ったよ。牙生え薬を作るってね。」
「牙生え薬…」

 牙生え薬なんて聞くも恐ろしい物騒な薬が宿題に出るとは学校も中々に厳しそうな場所だ。
 それはそうと、店主は卵一つ一つを丁寧に紙で包んでからレンリエッタへ渡した。曰くわざわざ包む必要が無いくらい頑丈らしいが、時々脆いのが混ざっているらしい。
 レンリエッタは代金を払うと卵をカゴに入れ、店の外へと出た。

「よーし!卵はこれで完了、次は…疾病スライム下し…?」

 メモを確認したレンリエッタは卵の下に書かれた『疾病スライム下し』を見てまたしても?を浮かべた。そんなもの見たことも聞いた事も無いが…詳細は横に書かれていた。
 『必ず3号瓶、C.W.Pのオリジナルブランドを買うこと』…瓶とCWPと書かれているので薬で間違いなさそうだ。

「CWPなら分かりやすいや、ここから見えるし…」

 レンリエッタは大通りから西の方を眺めた。
 そこには様々な色の煙をもくもくと立たせるひと際大きな建物が建っており、上部に掲げられた看板にはこれ以上に無いくらい分かりやすく『クレイジーCウィザードWポーションズP』の文字が刻まれている。
 CWPはサタニズム街のみならず、王国の薬店では一番の売り上げを誇る老舗薬品店だ。そして同じく薬売りのエラフィンが(勝手に)ライバル視している企業でもある…

「(そう言えば使ってるシャンプーもCWP製だったっけ…)」

 CWPの製品は私生活において嫌でも目にする事になる存在だ。一般的な家庭用常備薬に加え、石鹸、シャンプー、洗濯洗剤から靴磨きペーストまで幅広く事業を展開しているのだ。
 もちろん薬屋として便利で面白い薬もたくさん揃えている。うんざりするくらい広告で宣伝しているので存在を知らずに日常生活を送るのは無理な話だろう。

 大通りを歩き、様々な店を流し見しながらレンリエッタはCWPの本店へと向かった。
 店構えは大層立派なものであり、他の店に比べても圧倒的な大きさを誇り、それが四階建てとなっている。暗いレンガ張りが威圧感を与え、至る場所に張り巡らされた煙突からは遠目から見ても目立つ様々な色の煙が上っている…
 レンリエッタは巨大な店を見上げ、思わず圧倒されてしまった。

「遠目からしか見たこと無かったけど…ここまで近いと圧倒されちゃうな…」

 顔を前に戻し、レンリエッタはガラス張りの回転扉を経て、店内へと突き進んだ。外観は凄かったが、内部もそれはそれは凄かった。
 まず入ると数え切れないほどの薬品棚とそれらに並ぶ色とりどりの薬が目に入り、見上げると4階までぽっかり開いた吹き抜けが広がり、店の最上部には薬瓶を繋げて作られたシャンデリアがぶら下がっていた。
 どこを見ても薬、薬、薬の目白押し…季節のおすすめ、売れ筋商品、セール中の品々…四方八方に見るものが尽きないのだ。
 そして耳に飛び込んでくるのは人々の話し声に混ざった宣伝である。

『呪い染み、魔法薬焼け、瘴気黄ばみ、全てお任せ!万能汚れ落としであっという間に綺麗サッパリ洗い流せます!おまけに経年劣化やゴムの緩みも元通り!』
『二日酔いから過労のフラフラまで幅広く対応!ニトロマイト薬で忙しい毎日をエネルギッシュに!』
『真菌痘、屍人風邪、感染型腐れ眼球病の治療薬をお求めの方は必ず処方箋を持ってカウンターまでお越しください。その他第二級危死病治療薬も扱っております。』

「目も耳も情報だらけで頭がクラクラしそう…はやくスライム下しを見つけないと…」

 レンリエッタは次から次へとなだれ込んで来る情報に負けじと、所狭しと薬が並ぶ店内を見て回ってスライム下しとやらを探し始めた。幸いにも各棚に何が置かれているか書かれていたので数分後には疲れながらも疾病治療薬の棚に到着した。
 1階にあって良かった、流石にこの広い店内を4階まで探すのは骨が折れてしまう…

「えーっと……あった、疾病スライム下しの3号瓶…」

「………うん?レンリエッタ?」
「え?……あ、この前の…」

 その時だった、レンリエッタが棚から瓶を手に取った時、横から何者かが名前を呼んだ。声の主に目を向けると、そこに立っていたのはいつぞやにインチキ商品を売り飛ばそうとして来た双子の片割れ、姉の方であった。
 確か名前は…コギアだったはずだと、レンリエッタは思い出した。

「偶然じゃぁん、薬を買いに来たの?」
「うん。先生のおつかいで頼まれて来たの。」
「アンタの先生も此処で薬を買うのね。…それも、スライム下しを…?やだ、スライムに寄生されちゃったの…?」
「え?いやいや!違うよ、他の薬の材料にするらしくて…細かくは分からないんだけど…」

 どうやらレンリエッタの持つスライム下しは体内に寄生したスライムを排出するための薬らしい…メモに書いてあったので適当に薬の材料にすると言ってしまったが、真相は謎である。
 それはさておき、ふとレンリエッタは彼女の懐を見てみると、値引き札が括りつけられた薬瓶を何本も抱えているのに気が付いた。

「ねぇ、その薬何に使うの?」
「あぁこれ?ふっふっふ…よくぞ聞いてくれた…あんま大きな声では言えないけど、安い薬を水で薄めて売り捌いちゃうの。」
「そ、それはまた…なんともすごい商売をしてるね……ところでもう一人の方はどうしたの?」
「ミミクなら4階のパーティーグッズコーナーよ、アイツったら此処に来るといっつもあそこに行くの。ほんと子供なんだから…」

 相変わらずあくどい商売に身を励む彼女を見てレンリエッタは「逞しいなぁ」と思いつつ、少し話をすると別れてレジへと向かった。コギアはあんなでも、意外とフランクなので友達になれそうだ。
 だがレンリエッタはもう少しばかり彼女と話をしていればよかったと後悔する羽目となった……なんと運悪く向かったレジを担当していたのがCWPの店主であるローシン・ミキシンズ氏だったのだ。
 ミキシンズ氏はとてつもないほど子煩悩であり、レンリエッタを見るなり「娘と同じくらいだね!」と言って、散々話を聞かせてくれやがった。

「いやぁ、下の娘はちょうど君と同じくらいでね…ちっちゃい時から調合が好きでホントに…」
「あはは…あは、凄いですね…うん……はぁ…」

 結局、レンリエッタは10分近く話し相手をする羽目になってしまった。一応長話のお詫びに特製虫歯無縁キャンディー(サワーリコリス味だ!)を貰ったが、大きく体力を削がれてしまった気分だ…
 というわけでしばらく外の温かな陽光と風を浴びて気分を一新し、レンリエッタはメモを確認して次なる商品を探しに大通りへと向かうのであった…
 
つづく…
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第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

俺! 神獣達のママ(♂)なんです!

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ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

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いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

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