お針子の魔法使いと悪魔の弟子

蛾脳シンコ

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第18話『奇妙な街』

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 初めての調合で派手な結果をもたらしてから翌日のこと。エラフィンがバッチリと睡眠を取っている間、レンリエッタは魔術指南書を穴が開くほどの勢いで眺めていた。
 挿絵も殆ど無いのだが、魔法について知るならこれ以上の本は無いだろうと確信できた。この本にはレンリエッタの知らない知識がたくさん詰め込まれていたのだ。
 なのでレンリエッタは寝る暇も惜しむ思いで、ベッドの中でも没頭していた。

「系列魔法かぁ……私も使えるのかな…」

 まず、魔法には系列が存在する事を知った。
 例えば【ムーキス】は概念魔法、悪霊祓いの呪文である【ラハイオ】は聖域魔法……そしてこれらの系列魔法にはグループが存在している。
 火炎、電撃、光は熱魔法グループ…三体、地層、植生魔法は自然グループなどだ。人には得意不得意な魔法があり、火炎魔法を得意とする者は同じ熱魔法の習得も容易いらしく、逆に全くグループの違う魔法は習得が困難となるらしい。

 そして数多くの中でレンリエッタが最も気になっていたのは…糸魔法というものであった。他の属性に比べて情報は少なかったが、知る限り最も自分に似合っていると感じたのだ。

「糸魔法……魔術装具技師に必要不可欠な魔法…」

 本によれば糸魔法は物理グループに属する系列魔法であり、魔術装具技術師や魔法装束職人には欠かせないものらしい。魔法としては指先、もしくは触媒に魔力原子を集中させて糸状にする事で具現化させるものであり、古くから暗殺やトラップなどに使用されていたと書いてある……だがハッキリ言えば戦闘に関してはどうでも良かった。
 レンリエッタが最も気になったのはこの後だ。

「糸魔法は異なる魔法属性を縫い付ける役目を持つ…」

 魔術装具などを制作する際は魔力の込められた素材同士の縫合が重要らしく、それに一役買っているのが魔法糸なのだ。純粋な魔力で作られた糸は異系列の属性を持つ素材…例えば火炎と三体だとか、植生と催眠などを上手くつなぎ合わせる事が出来るので不可逆反応とやらを抑えることが出来るらしい…
 (不可逆反応というのは本来交わるはずのない系列属性の魔法が無理やり繋がった際に生じるもので、発生すると素材が持つ魔力を失ってしまうらしい。)

「うーん…覚えることは多いなぁ……でも、糸魔法かぁ…これこそ私が目指すべき場所なのかも…!」

 レンリエッタは十数年を仕立て屋で過ごして来た身としてはどうにもこの糸魔法の存在が捨てきれなかった。もちろん火炎や、三体魔法など魅力的な物も多いが…やはりこの糸魔法こそが自身に合っていると感じた。

「ふぁぁ~……げっ、もうこんな時間…明日は街に行くし、早く寝ないと…」

 あくびを掻きながらレンリエッタは月明かりに照らされた時計を眺めると、時刻は既に0時を回っていた。明日(正確には今日)はエラフィンと共に街で調合したポーションを売り捌く予定があるのでとっとと寝なくては。
 レンリエッタは本を閉じ、表紙を二度三度撫でると、枕元に置いて瞼を閉じ……糸魔法とやらを想像しながら、いつの間にか深い眠りへと落ちていた…



「ふわぁあぁ~……ぅう~ん…」
「おはようございますお嬢様、今日はいつにも増して…眠そうですね?」
「うん……ちょっとね…ふあぁ~…顔洗って来る…」
「はい、ではコーヒーを用意しておきますね。」

 いつものように…とはいかず、少し眠気を抑え切れないままレンリエッタは目覚めると洗面所にて朝の身支度を行った。冷たい水で顔を洗い、デビルミント味の歯磨き粉で歯を磨き、ブラシで髪を梳かす…慣れたものだ、テーラーでの毎日がまるで嘘かのように…

 一旦部屋へ戻り、空色のエプロン付きワンピースに着替えたレンリエッタは眠気も覚めて来て、意気揚々とキッチンへ向かうと、珍しくエラフィンが先に到着していた。
 相変わらずゴシップ誌を片手にコーヒーを啜り、くねった髪の毛を魔法で浮かばせたクシで梳かしている。こういう風に魔法を雑に扱ってみたいと思いながら、レンリエッタは席に着いた。

「どうぞ、ミルクと砂糖を多めに入れておきましたよ。」
「ありがと。…ふぅ~……なんだか優雅な朝って感じ…差し込む朝日に、コーヒーと…」
「それに寝坊助かい?悪いが優雅に過ごせる暇は無いよ、朝飯をかっ食らったら街までひとっ飛びだ。」
「まだ6時ですよ?もう少しゆっくりなされては…」
「いいや、薬売りは朝から昼までが掻き入れ時なんだ、急ぐよ?」
「はーい!」

 こんな朝はゆっくりと朝食を摂りたかったが、そんな暇も無いくらいに今日は忙しくなるのだ。レンリエッタが昨日調合した薬を店で売り飛ばし、食料や日用品の買い出しを行い、ついでに銀行で色々と野暮用を済まさなければならない。
 なのでせっかくのサンドイッチ(サラミとチーズ入り)もろくに味わえないまま、出発せざるを得なかった。

 レンリエッタとエラフィンは朝食を済ませるなり、外へ向かうとグリスが見守る中で杖を跨いだ。

「行ってらっしゃいませ。お帰りはいつごろになる予定で?」
「そうだね…ま、昼飯はあっちで済ませて来るさ。昼過ぎかティータイムまでには戻るよ。」
「じゃあねグリス、お留守番よろしくね。」
「はい、お気を付けて…」
「ハイ…ヤァアーーッ!!かっ飛ばすよー!!」

 エラフィンはまるで疾風が如く杖を飛び立たせた。凄まじい風圧が全身に押しかかるも、レンリエッタは杖から落ちるような気はせず、むしろ地面に座っているかのように安定している…やはり魔法は不思議で面白い。
 街までの道中、レンリエッタは昨日の夜に本で読んだ糸魔法についてエラフィンへ聞いてみた。

「ねぇ先生…糸魔法って知ってるよね?」
「糸魔法?もちろんさ、ほら…こういうのだろう?」
「わぁあ!すごいすごい!やっぱり使えるんだ!本には難しいって書いてあったのに…」
「何年生きてると思ってるんだい、このくらいは余裕さ!」

 レンリエッタの質問にエラフィンは指先から赤く発光する糸をするりと伸ばして答えて見せた。言わずもがな、糸魔法そのものだ…やはり彼女からすれば習得が難しいとされる魔法もお手の物なのだろう。
 目を輝かせ、レンリエッタは風に靡かない糸を夢中で眺めた…これを自分でも使ってみたいものだ…

「それにしても糸魔法に目を付けるとはね…レン、随分と仕立て屋が染みついてるじゃないか。」
「やっぱり針と糸が好きだからかなぁ…私、使うとしたら糸魔法が良い…!」
「お目が高いね…将来は賞金稼ぎか殺し屋かい?」
「そ、そんなんじゃなくて…魔術装具技師っていうやつに興味があるの…ほら、この前のブーツみたいなのを作る人!」

 物騒な印象の強い糸魔法だが、レンリエッタはあくまでも魔術装具の作成が目的である。殺しだとか、賞金稼ぎになど興味はないし、やりたいとも思わなかった。
 だがエラフィンは呪いを使わないならどんな道に進もうとも応援してくれる様だ。本当に頼もしい人だ。

「確かに装具技師はアンタにぴったりだろうね。」
「えへへ…やっぱりぃ?……ところで、お父さんはどんな魔法が得意だったの…?」
「フォーメンかい?アイツは……ふふ、そうね、たしか三体魔法の中でも氷魔法が得意だったね。それと催眠魔法…本当に多彩だったよ…」

 気になったレンリエッタは父の得意魔法を聞いてみたところ、どうやら父…フォーメンが得意とするのは個体、液体、気体を操る三体魔法…その中でも氷に凝っていたらしい。三体魔法はかつて氷結、水流、霧散という三つの系列に別れていたが近年合併されたという珍しい経緯を持つ魔法である。
 それに並んで得意とする催眠魔法は生物に対して暗示を掛けたり、記憶を呼び起こすもの。習得が最難関とされるうちのひとつで深層心理学に長ける者のみが会得できるのだ。

 しかし…それを聞いて、レンリエッタはどうにも納得できなかった。あの顔は間違いなく火炎魔法使いだと人は思うだろう、大きな角が二本…濃い髭面……むさ苦しさのせいだろうか?

「氷と催眠……なんだか、すごく意外って感じ…」
「はははは!だろうねぇ…アイツと会った奴は全員そう言ってたさ、火炎魔法使いなんて見た目してながら氷を使うもんだから…」

 フォーメンについて語るエラフィンはどこか楽しそうだとレンリエッタは感じた。大衆は彼女を冷血と呼ぶそうだが、そうは思えないくらいに明るい人物である…意外性は誰にでもあるものだ。

「ちなみに先生が得意な系列は…?」
「私かい?決まってるだろう……全部オールさ!言っとくが系列魔法に関する資格と免許は網羅してるからね♪」
「……免許、持ってたんだ…」
「まぁ…随分と前に期限が切れちまったけどねぇ…」

 やはりエラフィンはエラフィンだった…
 ちなみに、彼女のように殆どの系列魔法を使いこなせる者は極少数である。生まれ持った天性の才能、全ての系列と一致する奇跡級の魔力、そして桁外れた知識欲と探求心、叡智が揃ってなければならない。
 とどのつまり、生まれた時点で全てが決まっているのだ。

「そーれ、街までもうすぐだね、少し速度を落とすよ。」
「もう到着かぁ…私はもうちょっと空の旅を続けても良いけどねぇ」
「はっはっは!飛行杖の使い方もその内教えてやるさ、たしか使ってないのが倉庫に何本かあったはずだよ。」
「またやる事が増えちゃった…けど楽しみ…」

 さて、そんなこんなで話しているうちに街が迫り、エラフィンは法定速度ギリギリまで減速すると真っ直ぐに広場を目指して下降し始めた。
 サタニズム街はこんな朝早くでも大いに賑わっている。朝日を浴び、照らされる街並みと人々は黄金色に輝いている…



「さぁーて、今日もジャンジャン売ってジャンジャカ稼ごうじゃないか!」
「なんだか此処に来るのも慣れちゃったな。」
「アンタも板に付いてきたね、立派なスキャマーさ!」
「それはちょっとやだかも…」

 相変わらず水が出ない噴水広場からラーム通りへと歩いて行く二人。レンリエッタはもうこの街並みに慣れてしまい、すっかり此処の一員だ。
 エラフィン(此処ではナメラと名が通っている)と共に歩けばカウンター越しに店の人々はレンリエッタへ声を掛けた。

「ようレンリエッタ!今日も先生と一緒に薬売りかい?」
「うん!でも今日のは私が作った薬だよ。」
「へぇ、薬を作れるようになったんだな…」

「あらレンリエッタ、今日も朝から頑張るようね。お花はいかが?」
「おはようございます…お、お花は遠慮しておきますよ…また今度で…」
「残念ねぇ、今日のは毒素が強めなのに…」

「なんだい、アンタばっかりやけに人気じゃないか。」
「えへへ……先生もみんなから挨拶されたいの?」
「いいや、鬱陶しいのは嫌いだよ。」

 この通りは子供も少ないせいか皆、レンリエッタに対して割と友好的である。怪しげであり、どこか犯罪の匂いがする場所だが、それでも此処は良い所だと思えて来た。
 だがそんなレンとは裏腹にあまり愛想の良くない…と言うより人を寄せ付けない見た目をしているエラフィンは誰からも声を掛けられないままポーションショップへと到着した。
 店は相変わらずの佇まいだ。年季が入っていて、店主と同じく近寄りがたい雰囲気を放っている…

「気を取り直して…薬を並べるのを手伝っておくれ。」
「はーい!私の薬が売れるんだ…なんだかちょっと誇らしげな気分かも…!」
「あはは、分かるよその気持ち。だけどあんまり調子に乗るんじゃないよ?」
「分かってるよ、私の悪い癖だよね…すぐ調子乗っちゃうのって。」

 エラフィンはクライムポーチをジジッと開け、中からレンリエッタの薬を取り出した。赤と黄色のまだら模様が瓶の中でキラキラ光る綺麗な薬…元々は火付け薬として調合したものだ。だがうっかりレシピを間違えてしまったせいで火付けどころか周囲を燃やしかねないレベルにまでパワーアップしてしまった…
 そんな薬を、エラフィンは『竜の吐息薬』として売り出そうと言うのだ。
 レンリエッタはその薬を一本ずつカウンターへ並べた。瓶はほんのりと温かい…

「値段は…そうさねぇ、一本5ケイルってところだね。」
「ご、5ケイル?なんだか高すぎない?」
「いいや、値段が高い方が売れやすいんだ。中途半端に安いとみんな警戒しちまうだろう?」
「値段よりもお店の見た目を警戒すると思うけどね。」

 値段の薬を一本5ケイルに設定して、いよいよシャッターを上げれば開店だ。正規の店で買えば一本2モナスを超す竜の吐息薬がたったの5ケイル……もちろん通りを歩く人々はすぐに喰い付いて来た。
 まず最初にやって来たのはローブを着こみ、フードを深く被った男…雪のように白い角と同じくらい白い肌が特徴的だった。彼は掠れたような声で聞いて来た。

「この吐息薬、炎源は何種のドラゴンだ?」
「バンズタングとアトマック、それからブルーヒドロ種さ。」
「……その組み合わせは調剤的に不可能では?」
「うるさいね!ウチはアウトレット店だよ、文句があるなら臭い口を開く前に帰りな!買うのかい?買わないのかい?」
「………一本もらおう。」
「まいど~」

「(ひぇ~…ヒヤヒヤするなぁ…でも先生は余裕みたい…)」

 最初の客はかなり怪しんでいたが凄みを利かせればすぐに薬を購入して去って行った。その様子を見ていたレンリエッタは肝を冷やしたものの、エラフィンはまるで気にしていない様子。
 やはりこういう事にも慣れが必要なのだろうが、慣れるのはまだまだ先になりそうだ…

 その後も客は色々とやって来た。効能を何回もしつこく聞いて来る者や、薬を使わなくとも炎が吐けそうな鱗獣人、そして…コギアとその弟のミミクが挨拶をしてから颯爽と消えて行った…
 時間が過ぎ、正午が近くなった頃にようやく薬は売り切れた。いつもより時間は掛かったが、自分の薬が全て売れたレンリエッタは満足気味だ……まぁ客を騙したのは心苦しくもあるが…

「はっはっは!今日も大儲けだね!」
「私の薬ぜんぶ売れたんだ…なんだか夢みたい…」
「そう思ってられるだけ青いもんさ。さて、これがアンタの取り分だよ。」
「え?私に取り分があるの?」

 レンリエッタはエラフィンが差し出して来たお金に一瞬キョトンとしてしまった。仕立て屋では(育ててもらった恩もあるが)どれだけ働いても給料らしい給料は貰った事が無かったのだ。
 だがエラフィンは「当たり前だ」と言って、無理に金を握らせた。クシャッとしたケイル札の感触がなんとも奇妙な感覚にさせる…

「お金を稼ぐのってこんな感じなんだ…」
「実にいい気持ちだろう?金ってのはどう稼いでも良いもんだ、金自身に綺麗も汚いも無いからね。」
「でも使い道ないかも…私、欲しい物あんまり無いし。」
「だとしたら貯金一択さ、言っとくが魔法は凝れば凝るほど金が掛かるのよ。」

 エラフィンの言う通り、レンリエッタは貯金をする事にした。両親が遺してくれた財産もあるが、やっぱりそんな大事な物に手を付けるのは気が引けるし、どうせなら自分の金を使ってみたいものだ。
 それに今後も何かと必要な物も増えて来るだろう……魔法の触媒なんかがそうかもしれない、いつまでもお古の杖を使い続けるわけにはいかないのだ。

「ねぇ先生、魔法の触媒ってどれくらいあればで買えるの?
「おぉ?触媒とは思い切ったね…言っとくが触媒はピンからキリまで広いよ。」

 店を畳みながらレンリエッタはエラフィンへ触媒の値段について聞いてみた。
 しかし触媒というのは金額で数えれば途方も無いくらいに時間が掛かる物なので説明に難しい様だ。

「うーん…そうだねぇ…量産品なら長柄杖ロッドが60ケイル、短杖ワンドが40ケイル、鎖水晶ペンデュラムが50ケイルもあれば買える程度って感じかね。」
「最低でも50はいりそうかも…」
「けどまぁ、アンタの熱意によっちゃぁ私が選んでやっても良いよ。呪文をたくさん使えるようになったら行きつけの店を紹介してやろうじゃないの」
「え?ホントに!?やったー!」

 行きつけの店を紹介してくれると言うエラフィンにレンリエッタは大いに喜び、チャチャッと店の掃除と戸締りを完了させた。彼女が紹介してくれるのだからきっと最高の店に違いない……触媒なんてめったに買わないような物の店に行きつけなんてあるのか?という疑問も浮かんだが、一々深く考える暇も無かった。
 この後は買い出しへ行くのだからグズグズしている場合では無いのだ。


 二人は一旦、広場まで戻って来てみたが朝の活気が嘘かのように静かであった。いや、明らかに朝に比べて人が少なかった…普通、昼間なら人々がそれなりに行き交っているハズだが…
 今ではガランとしていて閑散としている…

「ねぇ…なんか変じゃない…?こんなに静かなんて…」
「妙だねぇ…今日は祭りでも無いし…」

 妙に思う二人だったが、すぐに答えが後ろから会話として聞こえて来た。

「おい本当かよ!?ダンプリング先生がサイン会をしてるのか!?」
「あぁマジだぜ!新作の情報も出るらしいぜ!早く行かねぇと!」

「ダンプリングだって?どんな奴だいそりゃ…どっかで聞いたことある気もするけど…」
「たしか今流行ってる小説の作者だよ、この前書店で本が売れてるのを見たよ。」
「小説家?あの俗な妄想を稚拙な文で垂れ流す異常者の事かい?」
「そんな三流以下の作者と一緒にしない方が良いよ、すっごく売れてるんだって。」

 どうやら大通りの書店で小説家のダンプリング氏がサイン会を行っている様だ。興奮した様な口調で多くの人が『ダンブストーン書店』の方へ走って行くのが見えた。
 しかし、そんな事は二人からすればどうでも良いこと…小説に興味など無いのだ。特にレンリエッタはエラフィンに買ってもらった魔術指南書に夢中なので猶更だ。

「ふーん…ま、どうでも良いね。さっさと買い物に行くよ」
「はいはーい。」

 なので二人は書店に背を向け、気にすることなく買い物に勤しんだ。空いているのは広場のみならず、他の市場や店もいつもに比べて明らかに人が少なかったのでショッピングはスムーズに終わってしまった。
 しかし…一部の店舗は客どころか店員すらも居なかったので異常な雰囲気を感じずにはいられなかった…そんなに人気なのだろうか?
 ちなみにエラフィンは捨てられたような店を見て「ちょっと盗んで行こうか?」と妙にリアルな冗談を言って来たが、レンリエッタはもちろん「やめてよ!」と慌てて止めた。


 そんなこんなで呆気なく買い物も終わり、エラフィンはクライムポーチにギュッと無理やり荷物を押し入れるとふぅーっと一息ついた。

「ふぅ~…バカに早く終わっちまったよ…この空き具合、よっぽどあの小説家は売れっ子なんだろうねぇ」
「でもなんか変じゃない?お店に鍵も掛けないで行っちゃうなんて…」
「………まぁ、何かあった時はお得意の霧カス共に任せりゃ良いさ!トラブル対処は奴等の仕事よ」

 確かにどこか妙だった。ここサタニズム街は治安が悪いとは言えないものの、決して犯罪が起きないわけではないのだ。
 魔法という概念があるのだから猶更のこと…軽い施錠程度なら開錠の魔法で破られるし、エラフィンのような盗人気質を持つ者も意外と多い。しかもどういう事なのか、やけに衛兵も少ない気がした。
 明らかにおかしい街の雰囲気にエラフィンは一瞬深い表情を浮かべたが、すぐに調子を戻し、それを見たレンリエッタもすぐに気にするのを止めてしまった。

「それもそうだよね……ねぇ先生!銀行に行く前にどっか寄ってかない?私、精霊ショップが見たいなぁ。」
「寄り道かい?…確かにまだ余裕があるし、行こうじゃないの。どうせ銀行もスッカラカンだろうし。」

 買い物がスムーズに終わったおかげで時間に余裕ができ、レンリエッタが精霊ショップへの寄り道を提案すればエラフィンは快く認めてくれた。

 精霊ショップは大通りに位置する魔法使い御用達の生物売買所である。店の中は大小さまざまなゲージに突っ込まれた精霊たちでいっぱいであり、それらがギャーギャー、シャーシャー、ワンワンと鳴きまくるのでそりゃあうるさかった。
 それに匂いも酷い…泥だらけの犬の尻を凝縮したような獣臭さが店中にプンプンと匂っているので口呼吸が必至である。
 だがそれ以上に面白い場所だ。見たことも無い奇妙な生物がたくさんいるので見るに飽きる事など無い。

【ギルシャァアー!!ムッガァー!!】
「ねぇ見て先生!この毛玉みたいなのすっごく凶暴そうだよ!」
「そいつはグラピルだ。あんまり近付くんじゃないよ、指なら容易く噛み千切るよ」
「へぇ~…こんなにちっちゃいのに?」

 レンリエッタが興味を示したのはグラピルと呼ばれる小動物。見た目はボウリング球ほどの汚れた毛玉…というより雑巾を丸めたようなもので、手足は無く、体には白い目が二つと鋭い牙を揃えた口だけがあった。
 顔を近づけると涎を飛ばしながら暴れ狂い、ゲージがガタガタと揺れ動くので迫力満点。エラフィン曰く指なら簡単に食いちぎるらしいが、値札横の説明文には『肘より先を失いたく無ければ指を入れないように』と書いてあった。

「…うーん、それにしても何だい…この店もスッカラカンじゃないか!」
「そう言えば店員さんが居ないね…みんなあの人が好きなんだよ、きっと。」
「そんなに人気なら、どんなツラなのか見てやろうじゃないか。」
「え?行くの?」
「当たり前だ!アンタは此処に残るかい?」

 生物に対して真摯な店主ですら虜にしてしまう小説の作者…そこまで来るとエラフィンはどんな相手なのか気になってしょうがないので確認しに行くと言い出した。
 レンリエッタはハッキリ言えばどうでも良かったので店に残ろうとしたが……店の奥からバリーン!!というガラスを突き破る音が聞こえ、何か嫌な予感がしたので一緒に行くことにした。

「えっと…一緒に行くよ、私もちょっとだけ気になるし。」
「よぉーし!ダンプリングとやらの顔を拝みに行こうじゃないか…ちょっと楽しみになって来たねぇ…」
「(エラフィン先生の興味のハードルって分かりにくいなぁ…)」

 斯くしてレンリエッタとエラフィンはダンプリングを見物する為に店を出た……が、書店はショップから割と近い位置にあるので店を出た途端にわーわー!という熱狂的な騒ぎが聞こえて来るではないか。
 その声量と来たら、まさに祭りか何かを開催している様だった……レンリエッタは妙な胸騒ぎを覚えたが、直ぐにエラフィンの後に付いて行くのだった…

つづく…
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