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第28話『古代の番人と宝物棺』
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着々と遺跡の奥まで進み続けるエラフィンとレンリエッタは狭い通路を通り抜けて、またしても入り口に似たような石棺の並ぶ廊下へと出て来た。ずらりと並んだ石の棺たちは不気味に佇み、一つ一つに遺体が収められていると想像すれば、すこぶる気分が悪くなった。
震えるレンリエッタは前方をコツコツと歩くエラフィンに聞いた。
「先生…この遺跡ってまだ続くの?」
「さぁね、私だって知らないさ。なんせ初めて来たし。」
「そっかぁ……ならちょっと休憩しない?」
「休憩?そう言えばずっと歩きっぱなしだねぇ…良いよ、休もうじゃないか」
不気味な遺跡に神経と体力をすり減らし、レンリエッタはもうヘトヘトだったので休憩を申し出ればエラフィンは快く了承してくれた。
レンリエッタはその場に座り込み、ハァーッと白い息漏らして痛む足を靴の中で動かして解し始めた。一方でエラフィンは肩掛け鞄の中から水筒とチョコレートを二枚取り出し、片方を差し出した。
「レン、これだけでも腹に入れときな。」
「わぁい、チョコレート!ありがとう先生。」
レンリエッタはチョコレートを受け取ると、さっそく包装を破いて食べ始めた。寒いせいでカチカチに固まっており、パキンッ!という割れる音が廊下中に響いたが、チョコは格別に甘くて美味しかった。
甘味に舌鼓を打つレンリエッタを眺めつつ、エラフィンは茶を嗜みながら廊下を見回した。並ぶ石棺にはひとつひとつ、古代文字で名前と役職が書かれている…教徒戦士、魔術師、竜騎兵などなど…
「それにしても不気味なもんだねえ、この全部に仏が入ってるなんて。」
「この人たちも戦士なんだよね?だったらこの中から幽鬼の石を取る事も出来るのかな…」
「どうだろうねぇ、中身が分からないし…そうだ、いっそのこと開けて確認してみるかい?」
「うっ……それは…いいや…」
この墓地に埋葬されているのは全て戦士なので、もしかすると彼らからも幽鬼の石を回収できるのかもしれない…しかし、開けて確認するという作業にはかなりの勇気と度胸が必要になるのでレンリエッタは嫌がった。
もっとも、レンリエッタは幽鬼の石をどうやって回収するかなど知らない…ただ一つ分かるのは、最奥に行けば間違いなく手に入るという事のみ…
「なら先に進むしかないさ、辛抱するしかないよ」
「そうだよね…」
「なぁに、私が付いてるし酷い事にはならないさ!」
「………うん」
レンリエッタは期待感の無い返事を返すと、チョコをもう一齧りした。
少し休んだ二人は再び歩き出し、冷たい石棺の通路をしばらく進んだ。奥に行けば行くほど気温が下がって行くのがひしひしと感じられ、風は無いものの、ツンとした埃っぽい空気が息を吸う度に肺を満たした。
レンリエッタはかじかむ手を温めながら、エラフィンに並んで歩いた。遺跡中のそこらからは『カタカタ』というスケルトンが歯を鳴らす音、『ズズズ…』と金属を引き摺る様な音が響くのでかなり気味が悪い…
「この音…慣れそうにないなぁ……そう言えば、さっきのガイコツってさ…襲って来ないんだよね?」
「作業用の個体はね。スケルトンは脆いから戦闘に使われる事は少ないのさ。」
「あれって幽霊なの?」
「いいや、大昔の魔術師が作った傀儡の一種さ。言うなればお人形さんってこと。」
レンリエッタはスケルトンの歯噛みを聞きながら、先ほど遭遇した個体について聞いてみるとエラフィンはカツカツと杖を鳴らしながら教えてくれた。
スケルトンというのは魔法傀儡の一種であり、ヘルドまたは動物の骨に命令と魂を植え付けて作り出したもので主に施設の管理や清掃などの作業に使われ、戦闘に使われるのは稀である。
骨なので経年劣化の概念が薄く、この遺跡の個体は何万年も経った現在でも動き続けている。しかし、大昔の魔法がまだ動いているというのは感慨深いものである。
エラフィンは今度作り方を教えようと提案したが、レンリエッタはご丁寧にお断りした。
「なるほど…でも、戦闘用も居るんだよね?」
「少なからずね…けど情けないくらいに弱くてね…武器は振り回せないし魔法も使えないんだ。」
もちろん作業用が居るということは、戦闘用も少なからず存在するらしい。
しかしながら所詮はホネ…武器を扱える筋肉は無く、魔法を詠唱する喉も無く、そもそも目が無いので彼らは決められた場所を歩き、決められた作業をする事しか出来ないのだ。
オマケに脆く、一度バラけると組み直すのに時間が掛かる上、頭蓋骨が砕けると機能が停止してしまう始末。
だが作業を任せるにあたっては汎用性が高く、今でも使用する魔法使いは多い…もっとも、死体が歩き回るというのはどうにも受け入れがたいものだが…
「昔のは貴重なの、弱いからって無暗にいじめたりするんじゃないよ。」
「いじめるなんて……気持ち悪いから近付きたくも無いよ…」
「慣れよ慣れ。…おっと、もうすぐこの長ったらしい通路も最後だね。」
「出来ればゴールであって欲しいよ…」
話しながら歩いているうちに、二人は通路から広い部屋へと出た。残念ながらレンリエッタの願いは届かず、この部屋も仕掛け部屋のようだ。
入り口から見て前方の壁には不気味な絵が描かれており、その手前には石碑がひとつ。左右には鎧を着込んだ戦士の像が建っており、その横には剣や斧などの武器が転がっていた。
「うっそ…また仕掛けぇ?」
「そんなに気を落とすんじゃないよ、またお世話になるかもしれないし?」
「アレはまぐれだよぉ…」
「まぁいいさ、早速見てみようじゃないか。」
エラフィンとレンリエッタは部屋の中央へと向かい、石碑の前で壁に描かれた絵をまじまじと眺めた。
壁には黒い人型が描かれ、その目の部分は真っ赤に染まっている…背景には燃え盛る炎が描かれ、小さな人型いくつも燃えている様にも見えた。レンリエッタはその絵を見て改めてゾゾッとした気分に駆られた…
「こ、これなんなの…?凄く怖いんだけど…」
「石碑を翻訳してみるよ、どれどれ……狂気、捧げよ、神器……君主、彫刻…兵士…」
エラフィンは石碑を翻訳してみると、興味深そうに眉間へ皺を寄せた。
石碑の内容を意訳すると『狂気の君主に捧げし神器を石像兵に持たせよ』というものになるのだが、それを聞いてもレンリエッタは首を傾げるばかりだが、彼女は何のことか分かった様だ…
「ねぇどういう意味なの?とりあえず、この石像に武器を持たせれば良いんだよね?」
「あぁそうさ…ここまで素直に書いてくれてるって事はそうだろうね。だけども…うーん、こいつはどうにも引っかかる…」
「また…引っかけなの?」
「いいや、そういう意味じゃないんだ……ただ、この墓場にはどうにも上立信仰の影響が強くてね…」
「じょうりつしんこう?」
エラフィンが妙に思ったのは問題の内容ではなく、この墓場自体の意匠についてであった。というのもこの墓地は至る所に『上立信仰』の影響が見られる…魂の国、拷問部屋、石棺の並べ方などなど…
一方でレンリエッタは聞き慣れない単語にますます頭を悩ませた。
「意味分かんないけど、分かりやすく教えて欲しいな。」
「えぇーっとねぇ…説明がし難いねぇ……とりあえず、上立信仰っていう宗教があるの。上立者っていう神の血を引く人間を信仰する組織なんだけど…人間の世界に住んでた時に聞かなかった?」
「ううん、ぜんぜん。宗教とか身近じゃなかったから。」
ざっくばらんながら、エラフィンは上立信仰について説明し始めた。
上立信仰というのは【絶対非神ゴドラン】の血を引く人間…通称【上立者】を信仰する宗教の事である。上立者は生命における精神的あるいは肉体的な概念を司る存在であり、数十万年前に起きた【君帝戦争】で全滅するまでは108人が存在したとされる。
ヘルド達の世界でも根強く残る宗教のひとつであるが、人間を信仰する事から異端としても扱われているのだ。また神を信仰する所謂【現神信仰】とも仲が悪く、昔は多くの紛争を招いた…
そんな上立信仰の影響が強い墓地は、当時であれば考えられないほど異端である。その点がどうにもエラフィンは納得できずに居たのだ。
レンリエッタは一連の話を聞いてもまるで理解できなかったが、とりあえず話を進めることにした。
「えぇーっと…とりあえず、変だって事はわかった。それでこの問題はどうすれば良いの?」
「憤怒の上立者レレン=ガヴドに仕える二人の兵士…つまりこの石像に正しい武器を持たせてあげるの。」
「意外と簡単だね…先生、答え分かるの?」
「もっちろんよ!私はスーパーエリートなのよ?宗教関連にも抜かりはないわ!」
とどのつまり、部屋の仕掛けとは『狂気の上立者レレン=ガヴドに仕える兵士に正しい武器を持たせる』だけ。そうであってほしい、というか引っかけようが無いのでおそらく合っているハズだとエラフィンは断定した。
そして改めて散らばった武器たちに目を配らせた。落ちているのは槍、斧、剣に加えて盾やら弓まで数多く揃っている。そして同じ武器種でも装飾が凝っていたり、簡素だったり様々だ。
「レレン=ガヴドは槍に貫かれて殺された、だから槍は絶対に無い。斧は義弟ニンファロスの武器、つまりこれもダメ…ガヴドは弓を部下に、剣を自身の手に戦ったから正解は弓よ。」
「すごいや!何を言ってるのか全く分からないけど!」
「レンリエッタ、弓を兵士に持たせて。豪華なものじゃなくて、簡素なのを。」
「分かった!」
エラフィンは伝承や聖書、彼の兄弟関係から兵士の武器は弓だと直ぐに推理した。レンリエッタは兵士たちの手に簡素な弓を持たせたが、まだ何も起きない…
「えっと…合ってるよね?」
「もちろん。次に盾を背負わせるのよ、レレン=ガヴドは亀甲の陣を何よりも好んでたの。」
「分かった、次を盾を背負わせるんだね。」
次にエラフィンは盾を背負わせるように言った。兵士たちの背には盾を支える出っ張りがあったので、どちらともゴトンと背に掛けられた。
すると先ほどの仕掛け部屋と同様にゴゴゴッと石像が動き出し、沈んだかと思えば部屋の中央の床が左右に割れて、下への階段が現れた。レンリエッタは慌てて石像から離れてエラフィンにガシッと掴まっていた。
「ふふん!どんなもんよ!私の記憶力も捨てたもんじゃないでしょ!」
「やったー!流石先生!」
「ま、それほどでもあるわね!」
見事に謎を解き明かし、しばらくの間エラフィンは天狗気分で勝ち誇ってみせた。レンリエッタも最初の数分は乗ってあげたが、すぐに面倒になったので投げやりになってしまった。
ひとしきりテングになってからエラフィンは意気揚々と階段を下って行き、レンリエッタもその後を付いて行った。
やはり、下へ行けば行くほどさらに冷気は激しいものとなった…まるで氷水の中を泳いでいるかのような冷たさが容赦なく襲いかかり、目を開けるのも辛い。
しかしエラフィンが温暖呪文を唱えてくれたおかげで凍えるような事は無く、二人は暗い階段を一段ずつ慎重に降りて行った。
「……や、やっと最後の段だぁ…はぁ…さ、寒い…!」
「レンリエッタ…見てみな、この部屋…」
「え?……うわ!ひ、広い…!」
長らくの苦労を掛けて階段を降り切った先に広がっていたのは今までよりも格段に大きな石造りの円状の部屋であった。壁にはぐるりと一周するかのように長い絵が描かれ、天井は高く、部屋の中央には石棺がひとつ…
言わずもがな…まさに目指していた最深部そのものであった。
「も、もしかして此処って…最後の部屋ってこと!?」
「ほかに道は見えないね…だとしたら、多分そうさ…ようやく目的地に到着したねぇ…」
「や、やったぁ!」
レンリエッタはようやく最深部に到着した嬉しさからピョンピョン跳ねながら大いに歓喜した。おそらくあの石棺には結晶化した遺体が眠っているのだろう…だとすれば、あとは石を回収して帰るだけだ。
しかしながら、一方でエラフィンは周囲を見回しながら警戒心を張り巡らせていた。
「気を付けるんだよレンリエッタ…罠の可能性もある…」
「えっ……わ、罠!?…どうしよう…」
「とりあえず慎重に歩いて行くわよ、床の一部が沈んだと思ったらすぐに逃げるんだ…良いね?」
「う、うん…慎重に…」
一応は罠の可能性もあるので、二人は慎重に床を歩いて中央の石棺を目指した。大抵、こういう場所には床の一部がスイッチとなっており、罠が発動するものだが…意外にも、何かしらの障害も無く二人は石棺の前へと到着してしまった。
これにはエラフィンもレンリエッタも気まずそうに顔を見合わせた。
「えっと…とりあえず、石を確認しなきゃ。」
「そんじゃこのお堅い棺桶を開けちまおうかね、中身が結晶なら良いんだけど」
「やっぱり開けるんだよね…なんか嫌だなぁ…」
「そんな事は言っちゃダメ、さぁ開くからおどき。」
床に罠が無いと分かったので、エラフィンは早速棺桶を開けることにした。石棺の蓋は当然ながら分厚く、凄まじく重いので念動力魔法を使ってこじ開けることに。
エラフィンは杖の先から淡く光る念動力の波を放出すると、石棺の蓋はズズズッと重い音を奏でながら動き始め……そしてより一層と力を込めれば、その瞬間…ガポーンッ!!と埃カスをまき散らしながら蓋は勢いよく開かれた。
「げほ!げほッ!!す、すごい埃…」
「うぅ~…年代物のダストだねこりゃ…」
二人はゲホゲホと埃煙に咽たが、少しして煙が晴れて来ると、すぐに棺の中を覗き込んだ。すると…
「す、すごい!結晶がこんなに…!」
「こりゃとんでもないお宝だね…!全部売り払えば億万長者だよ…」
「ちょっと!」
「冗談よ…冗談だってば…」
中を覗き込んだ二人は思わず息を呑んだ。石棺の内部は結晶、結晶、結晶の大盤振る舞いだ。
大小さまざまな幽鬼の石がゴロゴロと溢れんばかりに納められており、どれもこれも部屋中を照らすかのように青く光り輝いている。
エラフィンは思わず邪な思いが浮かんだものの、レンリエッタに咎められるとシュンとしてしまった。あくまでも今回の目的は触媒に使う分のみを頂戴する事なので、必要以上に取るのは信じてくれた村の人々に対する裏切りなのだ。
「さーて、レンリエッタ…より取り見取りの選び放題よ、どれを選ぶ?」
「えぇ~…迷っちゃうなぁ……あれ、良いなぁ…いや!こっちも捨てがたい…」
「どうせなら、うんと大きいのを選んじゃないよ。大は小を兼ねるって言うだろ?」
「おっきいのかぁ…」
レンリエッタは棺の中身をしげしげと眺め、どれを選ぼうかと大いに悩んだ。エラフィンの言うように大きなものを選ぶのも良いし、収まりの良い小さなものも捨てがたい。
どれもこれも綺麗にキラキラと光っており、まるで「自分を選んでくれ」と言っているかのようだった。
しかし、そんな楽しげな気持ちも長くは続かなかった。レンリエッタがひとつの石に手を伸ばそうとした途端、部屋全体が激しく揺れ始めたのだ。
「うわぁああ!?な、なに!?地震!?」
「レンリエッタ!こっちに来な!」
「ひぃ!?」
二人はすぐに石棺から離れて周囲を見回した。すると壁が所々、ズレるように下へ落ち、その奥からは見るもおぞましいスケルトン達が十数体も出て来た。
だが明らかに普通のスケルトンとは様子が違った。関節部分には黒いカビの様な肉がへばりつき、石球の瞳からは蒼い光が漏れ出ている…そしてその手には欠けた剣やら棍棒を持ち、二人を見るなり恐ろしい声を上げた。
【ギシャァアア!!】
「ヒィイ!?ま、まさか戦闘用のスケルトン!?…」
「いや違う…こいつらはスケルトンじゃないッ!詳しい説明は後よ!レンリエッタ!杖を抜きな!!」
「は、はい!!うぅ…!」
【グググッ…ガァァァァッ!!】
【シャァアア!!】
ゾンビたちは一斉に二人へと襲い掛かった。レンリエッタは杖を抜き、震える手でギュッと握って自身へ向かって来る怪物目掛けて魔法を放った。
「ピラリカッ!!」
【ギシャァッ……】【グォアアッ!】
レンリエッタの唱えたピラリカはシュボッと刹那の炎を噴き出させ、二体のゾンビをたちまち火だるまにした。だがやっつけたのはたったの二体…また数体のゾンビがやって来る…
「うっ!!…キリが無いよ…!」
「狼狽えるんじゃないよ!ありったけを浴びせてやんな!」
「うん!…ピラリカッ!!くっ…ピラリカァ!!」
「すぅう…はぁ…!ウェブリス!!ラハイオクーヤ!!」
【ガムジャァッ】
レンリエッタが一生懸命に一体、二体を燃やしている間にもエラフィンは衝撃魔法で十数体を一気に吹き飛ばし、光の波動で消滅させた。しかし、それでも後から後へとゾンビたちは勢い止まずにやって来る…
1体倒せば4体、4体倒せば18体……底を知らない勢いでありったけのゾンビたちが二人へ襲い掛かるのだ。流石のエラフィンも大規模な戦闘は予見していなかったので、少しすると段々息が上がって来た。
【ガルッシャァアア!!】
【グォァァアア!!】
「はぁ…ッ…はぁ!…なんて数だい…後からうじゃうじゃ、虫みたいに湧きやがって…!」
「どうしよう…うっく……はぁ…どんどん増えてるよ!」
ゾンビたちはあっという間に二人を取り囲み、部屋中にわらわらとひしめき合っている。勢いからして奥にはまだ控えが居るに違いない…
エラフィンはどうするべきかと汗を垂らしながら必死に考え込んだ。
「(全滅は現実的じゃない…だとすれば奴等の巣穴を塞ぐしか…)」
「せめて動きを止められれば良いのに…!」
「……ッ!!それよ!」
「え?なにが!?」
その時、レンリエッタの言葉にエラフィンは天啓を得た。動きを止める…鈍らせる…凍らせる!
水のように湧いて来るなら、その供給源ごと凍らせてしまえば良いのだ。
「レンリエッタ!こっちに来な!早く!!」
「う、うん!でも何をするの!?」
「奴等を氷漬けにしてやるのさ!…ウェブサクリス!!」
まずエラフィンはレンリエッタと共に部屋中央の石棺まで向かうと、周囲を取り囲むゾンビを衝撃魔法で一気に壁際へ追いやった。そして、次にありったけの魔力を杖に込めた。
杖はエラフィンの魔力を感じ取り、白い霧の様なオーラをじわじわと漂わせ始めた。
「すぅう……はぁ……イサ・エルジル!!」
「うわッ!!?」
そしてエラフィンが呪文を唱えて一気に魔力を解き放つと、杖は凄まじい冷気を爆発的な勢いで部屋中へ散布した。するとあっという間に壁際のゾンビたちはガチガチに凍り付き、1つの巨大な氷塊となってしまった。
氷漬けにされたゾンビたちは微動だにせず、眼球のみがギョロギョロと動いている…
スンと静まり返った部屋で、エラフィンは重く息を吐き、レンリエッタはようやく目を開けた。
「……はぁああぁぁあ…!とりあえずこれで…良いね…」
「…うわぁ……ぜ、全部カチンッコチンになってる…」
レンリエッタは周囲をぐるりと見回して、圧倒的な光景に唖然とした。分厚い氷の壁が部屋を覆い囲み、その中には数十体のゾンビが閉じ込められているのだ……自分達の後に来る者が居れば、同じように唖然とするだろう。
そして、一息ついてからレンリエッタはこのゾンビたちについて聞いてみた。
「先生、この…よく分かんない怪物たちは何なの…?」
「こいつらはグルデッド…言うなればスケルトンの肉付き版ね。」
「グルデッド…」
ゾンビたちの正体は【グルデッド】であった。スケルトンと同じ自立性傀儡の類であるが、こちらはまだ肉の付いた死体を使うのでスケルトンより遥かに丈夫で力強いのだ。
しかし、いくら肉付きと言っても造られたのは大昔……流石の肉体も何万年という重さには耐えきれなかったらしい。
「多分、石の番人だね…棺を開けたら時間差で来るようになってたんでしょう。」
「でもその割には多すぎるよ…もし先生じゃ無かったらやられてたかもしれないよ…」
「まぁそれが狙いでしょうね。きっと先人達もタダで石を渡すわけにはいかないと思ったんでしょ、こんな悪趣味なリンチトラップなんて用意してくれちゃって…」
随分と悪趣味、というか理不尽であるが…おそらくこれは石を持って行こうとする者に与えられた最後の試練だとエラフィンは推測した。だが、そうだとしてもこの量を用意するとは容赦が無い…
結構な量を葬ったものの、氷で塞いだ穴の奥にまだまだストックが残っているあたり、設計者の悪意は並々ならぬものだと痛感させられる…
「だが、こうなっちゃ何も出来まい…さぁて、気を取り直して…じっくり石を選んでやろうじゃないか。」
「う、うん…なんか落ち着かないけど……」
レンリエッタはギロギロと向けられる視線に冷や汗を流しつつも、改めて棺の中を確認して石たちへ視線を移した。相変わらず石はキラキラと光り輝いており、大いに迷わせる…
両手に収まらないサイズの大きな石があれば、片手で事足りるような小さな石もある……どれもこれも眩く誘惑してくるが、やがてレンリエッタはひとつの石を手に取った。
大き過ぎも無く、小さ過ぎず…心地よい大きさと温かな光を放つ石だった。
「これ……これが良いよ!」
「えぇ?それより大きいのはもっとあるよ?ホントにそれで良いのかい?」
「うん、この石が一番しっくり来る……気がする!」
「ま、アンタが満足ならそれで良いさ。後悔さえしなきゃね。」
その石を選んだ理由は殆ど勘に近いものだった。他の石より明るいわけではない、大きくないし小さくも無い…だが目に留まった時間はどれよりも長く、手が自然と伸びたのだ。
適当と言えばそれまでだが、レンリエッタのチョイスにエラフィンもそれ以上文句を言う事も無く、石選びは意外と早く終わった。
レンリエッタは石を丁寧に布で包み込むと、懐に仕舞い込んだ……気のせいか、ほんのりと温かい…
「そんじゃ、行くとするかね。こんな薄気味悪い場所、さっさと出るよ。」
「うん!…ひぃ……ま、まだ私達のこと見てるよ…」
「はっはっは!見るだけで何も出来ないさ、この寒さじゃ百年後も凍りっぱなしだろうし。」
これから途方もない時間を動けないまま過ごすと思えば、レンリエッタは少しばかり哀れな気持ちになったが…ギョロッとした瞳で睨みつけられれば、そんな気持ちも直ぐに無くなってしまった。
二人は凍える前にさっさと部屋から抜け出し、来た道を戻り始めた。奇妙な事に遺跡の仕掛けたちは二人が部屋を出た途端にリセットされ、きちんと次なる挑戦者を迎える準備を整えるようになっていた…不思議なものだが、上手く出来てるとレンリエッタは思った。
墓地を出れば、外の景色は意外にも明るかった。エラフィンが懐中時計で時間を確認してみたところ、知らずのうちに内部で一晩を過ごしていたらしい……そんなに長く潜っていた気は全然しなかったが、エラフィン曰く「遺跡の内部で流れる時間が捻じれているせい」とのこと。
レンリエッタは一体どういう原理でそうなっているのかと聞いてみたが、エラフィンはバツが悪そうな顔で杖に跨ったので仕方なく自身も杖に跨り、村へと戻った…
「はぁあぁ~…か、帰り道くらいゆっくり行こうよ…」
「なーに言ってんのさ、おかげで早く戻れただろ?」
「そうだけど…やっぱり怖いよ…」
行きと同じく、帰りの飛行も凄まじいものだったのでレンリエッタは村の裏口に到着した頃にはクタクタだった。しかし休んでいる暇も無いので震える足で石造りの階段を昇って行き、ようやく無事にイコエル達の下へと帰還した。
「今、戻ったわよ。」
「ああ!お二人とも!無事だったのですね!やけに早い気もしますが……石は手に入ったのですか?」
「うん…もちろん。はい、これ。」
「おお…!素晴らしい!では墓地の仕掛けも解いたのですね!」
二人を出迎えたイコエルはレンリエッタの持つ石を見ると、大いに喜び始めた。十数年ぶりにやって来た挑戦者が無事に試練を乗り越えて石を手に入れたのだから、嬉しいなんて物では無いのだ。
イコエルはすぐにマイケンを呼ぶと、彼にさっそく村中の人々を再度集めるようにと言い付けた。マイケンも二人の成功を喜んでいる様で、すぐに村中を駆け回り始めた。
「ところで、どうでしたか内部の様子は…なにか、取り残された方などは…」
「その話だけども…入って早々に氷漬けにされた奴が居たね、ありゃ多分ずっと昔に挑んだ奴だろう。」
「すっごく怖い顔してた…きっととんでもない目に遭ったんだよ…」
「なるほど…そのようなことが……話を聞くに、祖父が最後に通した方でしょう……たしか、二人で挑んだと聞きましたが……もう一人見ませんでしたか?」
「いいや、見たのはひとりだけさ。だが、もう片方もどこかで死んでるだろうね。」
入って早々に見つけた氷漬けの哀れな男は、エラフィン達の前に挑んだ者であった。二人で挑戦したらしいが、もう片方の死体が見つからないので朽ち果てたか、どこかに詰まって死んでいるのだろうとエラフィンは推測した。
しかし……恐ろしい事を考えるならば、挑戦者同士で裏切りがあったとも受け取れる……だがいずれにせよ、生還していないとの事なので、死んでいるのは確かだろう。
そんな事はさておき、少しするとマイケンは村中の人々を集め終えて戻って来た。
やはり扉の外からはガヤガヤと声が聞こえる。レンリエッタはやはり、胃の中身が重くなったような気分になった…
「イコエル様、村中の者を集め終えました。」
「ご苦労様。さて、皆へ成功を伝えましょう!」
「あんまりチヤホヤされるのは好きじゃないが、今は別だね。」
「き、緊張するなぁ…」
出発前と同じくイコエルが最初に外へ出て、その後に続いてエラフィンとレンリエッタも出た。階段の下に集まる村の人々はイコエルの姿が見えるとスッと黙ったが、続く二人の姿を見てどこか騒がしくなったような気がした。
イコエルはそんな人々を黙らせるが如く大声で話し始めた。
「皆!聞いてくれ!一晩が経ち、出発から数時間…挑戦者エラフィンとレンリエッタはついに成し遂げた!誰もよりも早く、石を持ち帰って来たぞ!」
その言葉にレンリエッタが石を掲げると、人々は大いに二人を祝福し始めた。キラキラと輝く石は、まるで星の如く村を照らしている…
「おお!紛れもなく幽鬼の石だ!本当に成し遂げたのか!」
「あの輝き…懐かしいな!また見れるとは思わなかったぜ!」
「やっぱり村長様が見込んだだけの人達ね!」
レンリエッタは人々の言葉にどこか顔を赤くして、エラフィンもふふんと得意げな笑顔を浮かべた。
その後、イコエルの偉そうな言葉をひとしきり聞いた二人はマイケンより祝いの食事を振舞われた。出て来たのは毛深牛のシチュー、ペンギンのルイベ、根菜と山魚の蒸し焼き等々…どれもこれも見たことのないモノばかりだったが、全て村の中で飼育、栽培された物を使用しているとマイケンは教えてくれた。
食事の後、イコエルは墓地と上立者の関係について二人に語ったものの、レンリエッタはすっかり眠気に襲われてしまい、話の内容を殆ど聞かずに眠り込んでしまった。
目が覚めれば夕方…存分に休憩を取った二人は意気揚々とした足取りでマイケンと共に村の正面門へと向かって行った。その背にはグライスの姿もあった。
「ではお二人とも、どうか無事に下山できるよう祈っておりますよ。」
「下山にも杖が使えりゃ楽なんだけどねぇ、まぁせいぜい骨が折れないようにとでも祈ってておくれよ。」
「色々とありがとうございました、石に似合うような魔法使いになってみせます!」
「はははは!それは楽しみですね…カヴル様にもよろしくお願いしますよ。」
マイケンに見送られつつ、二人が門を出ようとしたが…その直前にグライスが「待ってくれ」と止めた。二人が足を止めて振り返ると、どこか気まずそうな顔をした彼は細々と語り始めた。
「待ってくれ…その……すまなかった、村へ来た時に失礼な態度を取ってしまった事を詫びさせてくれ…」
「いいや、警戒に越したことは無いさ。私ら…胡散臭さには自身があるってこと、見て分からない?」
「私はともかく、先生を見て警戒しない方がおかしいもん。だから気にしないでよ。」
「そうか……ありがとう…どうかまた来てくれよ…」
「ま、もうちょっと温かくなったらね!」
最後にそう言い終えると、エラフィンはレンリエッタを連れて村から出て下山し始めた。長いようで短い冒険は終わりを告げ、レンリエッタは幽鬼の石を手に入れた…
最高の材料を使い、最高の職人が作り上げる最高の触媒を手に入れるためのスリリングな旅だったが、不思議と後悔などは微塵も湧いてこなかった。むしろあるのは成し遂げた事に対する誇らしい気持ち…
レンリエッタはザクザクと砂利道を下りながら、最後に石をもう少しだけ眺めると、そっと懐に仕舞い込んだ……早く帰ってグリスに冒険の話を聞かせたい。
つづく…
震えるレンリエッタは前方をコツコツと歩くエラフィンに聞いた。
「先生…この遺跡ってまだ続くの?」
「さぁね、私だって知らないさ。なんせ初めて来たし。」
「そっかぁ……ならちょっと休憩しない?」
「休憩?そう言えばずっと歩きっぱなしだねぇ…良いよ、休もうじゃないか」
不気味な遺跡に神経と体力をすり減らし、レンリエッタはもうヘトヘトだったので休憩を申し出ればエラフィンは快く了承してくれた。
レンリエッタはその場に座り込み、ハァーッと白い息漏らして痛む足を靴の中で動かして解し始めた。一方でエラフィンは肩掛け鞄の中から水筒とチョコレートを二枚取り出し、片方を差し出した。
「レン、これだけでも腹に入れときな。」
「わぁい、チョコレート!ありがとう先生。」
レンリエッタはチョコレートを受け取ると、さっそく包装を破いて食べ始めた。寒いせいでカチカチに固まっており、パキンッ!という割れる音が廊下中に響いたが、チョコは格別に甘くて美味しかった。
甘味に舌鼓を打つレンリエッタを眺めつつ、エラフィンは茶を嗜みながら廊下を見回した。並ぶ石棺にはひとつひとつ、古代文字で名前と役職が書かれている…教徒戦士、魔術師、竜騎兵などなど…
「それにしても不気味なもんだねえ、この全部に仏が入ってるなんて。」
「この人たちも戦士なんだよね?だったらこの中から幽鬼の石を取る事も出来るのかな…」
「どうだろうねぇ、中身が分からないし…そうだ、いっそのこと開けて確認してみるかい?」
「うっ……それは…いいや…」
この墓地に埋葬されているのは全て戦士なので、もしかすると彼らからも幽鬼の石を回収できるのかもしれない…しかし、開けて確認するという作業にはかなりの勇気と度胸が必要になるのでレンリエッタは嫌がった。
もっとも、レンリエッタは幽鬼の石をどうやって回収するかなど知らない…ただ一つ分かるのは、最奥に行けば間違いなく手に入るという事のみ…
「なら先に進むしかないさ、辛抱するしかないよ」
「そうだよね…」
「なぁに、私が付いてるし酷い事にはならないさ!」
「………うん」
レンリエッタは期待感の無い返事を返すと、チョコをもう一齧りした。
少し休んだ二人は再び歩き出し、冷たい石棺の通路をしばらく進んだ。奥に行けば行くほど気温が下がって行くのがひしひしと感じられ、風は無いものの、ツンとした埃っぽい空気が息を吸う度に肺を満たした。
レンリエッタはかじかむ手を温めながら、エラフィンに並んで歩いた。遺跡中のそこらからは『カタカタ』というスケルトンが歯を鳴らす音、『ズズズ…』と金属を引き摺る様な音が響くのでかなり気味が悪い…
「この音…慣れそうにないなぁ……そう言えば、さっきのガイコツってさ…襲って来ないんだよね?」
「作業用の個体はね。スケルトンは脆いから戦闘に使われる事は少ないのさ。」
「あれって幽霊なの?」
「いいや、大昔の魔術師が作った傀儡の一種さ。言うなればお人形さんってこと。」
レンリエッタはスケルトンの歯噛みを聞きながら、先ほど遭遇した個体について聞いてみるとエラフィンはカツカツと杖を鳴らしながら教えてくれた。
スケルトンというのは魔法傀儡の一種であり、ヘルドまたは動物の骨に命令と魂を植え付けて作り出したもので主に施設の管理や清掃などの作業に使われ、戦闘に使われるのは稀である。
骨なので経年劣化の概念が薄く、この遺跡の個体は何万年も経った現在でも動き続けている。しかし、大昔の魔法がまだ動いているというのは感慨深いものである。
エラフィンは今度作り方を教えようと提案したが、レンリエッタはご丁寧にお断りした。
「なるほど…でも、戦闘用も居るんだよね?」
「少なからずね…けど情けないくらいに弱くてね…武器は振り回せないし魔法も使えないんだ。」
もちろん作業用が居るということは、戦闘用も少なからず存在するらしい。
しかしながら所詮はホネ…武器を扱える筋肉は無く、魔法を詠唱する喉も無く、そもそも目が無いので彼らは決められた場所を歩き、決められた作業をする事しか出来ないのだ。
オマケに脆く、一度バラけると組み直すのに時間が掛かる上、頭蓋骨が砕けると機能が停止してしまう始末。
だが作業を任せるにあたっては汎用性が高く、今でも使用する魔法使いは多い…もっとも、死体が歩き回るというのはどうにも受け入れがたいものだが…
「昔のは貴重なの、弱いからって無暗にいじめたりするんじゃないよ。」
「いじめるなんて……気持ち悪いから近付きたくも無いよ…」
「慣れよ慣れ。…おっと、もうすぐこの長ったらしい通路も最後だね。」
「出来ればゴールであって欲しいよ…」
話しながら歩いているうちに、二人は通路から広い部屋へと出た。残念ながらレンリエッタの願いは届かず、この部屋も仕掛け部屋のようだ。
入り口から見て前方の壁には不気味な絵が描かれており、その手前には石碑がひとつ。左右には鎧を着込んだ戦士の像が建っており、その横には剣や斧などの武器が転がっていた。
「うっそ…また仕掛けぇ?」
「そんなに気を落とすんじゃないよ、またお世話になるかもしれないし?」
「アレはまぐれだよぉ…」
「まぁいいさ、早速見てみようじゃないか。」
エラフィンとレンリエッタは部屋の中央へと向かい、石碑の前で壁に描かれた絵をまじまじと眺めた。
壁には黒い人型が描かれ、その目の部分は真っ赤に染まっている…背景には燃え盛る炎が描かれ、小さな人型いくつも燃えている様にも見えた。レンリエッタはその絵を見て改めてゾゾッとした気分に駆られた…
「こ、これなんなの…?凄く怖いんだけど…」
「石碑を翻訳してみるよ、どれどれ……狂気、捧げよ、神器……君主、彫刻…兵士…」
エラフィンは石碑を翻訳してみると、興味深そうに眉間へ皺を寄せた。
石碑の内容を意訳すると『狂気の君主に捧げし神器を石像兵に持たせよ』というものになるのだが、それを聞いてもレンリエッタは首を傾げるばかりだが、彼女は何のことか分かった様だ…
「ねぇどういう意味なの?とりあえず、この石像に武器を持たせれば良いんだよね?」
「あぁそうさ…ここまで素直に書いてくれてるって事はそうだろうね。だけども…うーん、こいつはどうにも引っかかる…」
「また…引っかけなの?」
「いいや、そういう意味じゃないんだ……ただ、この墓場にはどうにも上立信仰の影響が強くてね…」
「じょうりつしんこう?」
エラフィンが妙に思ったのは問題の内容ではなく、この墓場自体の意匠についてであった。というのもこの墓地は至る所に『上立信仰』の影響が見られる…魂の国、拷問部屋、石棺の並べ方などなど…
一方でレンリエッタは聞き慣れない単語にますます頭を悩ませた。
「意味分かんないけど、分かりやすく教えて欲しいな。」
「えぇーっとねぇ…説明がし難いねぇ……とりあえず、上立信仰っていう宗教があるの。上立者っていう神の血を引く人間を信仰する組織なんだけど…人間の世界に住んでた時に聞かなかった?」
「ううん、ぜんぜん。宗教とか身近じゃなかったから。」
ざっくばらんながら、エラフィンは上立信仰について説明し始めた。
上立信仰というのは【絶対非神ゴドラン】の血を引く人間…通称【上立者】を信仰する宗教の事である。上立者は生命における精神的あるいは肉体的な概念を司る存在であり、数十万年前に起きた【君帝戦争】で全滅するまでは108人が存在したとされる。
ヘルド達の世界でも根強く残る宗教のひとつであるが、人間を信仰する事から異端としても扱われているのだ。また神を信仰する所謂【現神信仰】とも仲が悪く、昔は多くの紛争を招いた…
そんな上立信仰の影響が強い墓地は、当時であれば考えられないほど異端である。その点がどうにもエラフィンは納得できずに居たのだ。
レンリエッタは一連の話を聞いてもまるで理解できなかったが、とりあえず話を進めることにした。
「えぇーっと…とりあえず、変だって事はわかった。それでこの問題はどうすれば良いの?」
「憤怒の上立者レレン=ガヴドに仕える二人の兵士…つまりこの石像に正しい武器を持たせてあげるの。」
「意外と簡単だね…先生、答え分かるの?」
「もっちろんよ!私はスーパーエリートなのよ?宗教関連にも抜かりはないわ!」
とどのつまり、部屋の仕掛けとは『狂気の上立者レレン=ガヴドに仕える兵士に正しい武器を持たせる』だけ。そうであってほしい、というか引っかけようが無いのでおそらく合っているハズだとエラフィンは断定した。
そして改めて散らばった武器たちに目を配らせた。落ちているのは槍、斧、剣に加えて盾やら弓まで数多く揃っている。そして同じ武器種でも装飾が凝っていたり、簡素だったり様々だ。
「レレン=ガヴドは槍に貫かれて殺された、だから槍は絶対に無い。斧は義弟ニンファロスの武器、つまりこれもダメ…ガヴドは弓を部下に、剣を自身の手に戦ったから正解は弓よ。」
「すごいや!何を言ってるのか全く分からないけど!」
「レンリエッタ、弓を兵士に持たせて。豪華なものじゃなくて、簡素なのを。」
「分かった!」
エラフィンは伝承や聖書、彼の兄弟関係から兵士の武器は弓だと直ぐに推理した。レンリエッタは兵士たちの手に簡素な弓を持たせたが、まだ何も起きない…
「えっと…合ってるよね?」
「もちろん。次に盾を背負わせるのよ、レレン=ガヴドは亀甲の陣を何よりも好んでたの。」
「分かった、次を盾を背負わせるんだね。」
次にエラフィンは盾を背負わせるように言った。兵士たちの背には盾を支える出っ張りがあったので、どちらともゴトンと背に掛けられた。
すると先ほどの仕掛け部屋と同様にゴゴゴッと石像が動き出し、沈んだかと思えば部屋の中央の床が左右に割れて、下への階段が現れた。レンリエッタは慌てて石像から離れてエラフィンにガシッと掴まっていた。
「ふふん!どんなもんよ!私の記憶力も捨てたもんじゃないでしょ!」
「やったー!流石先生!」
「ま、それほどでもあるわね!」
見事に謎を解き明かし、しばらくの間エラフィンは天狗気分で勝ち誇ってみせた。レンリエッタも最初の数分は乗ってあげたが、すぐに面倒になったので投げやりになってしまった。
ひとしきりテングになってからエラフィンは意気揚々と階段を下って行き、レンリエッタもその後を付いて行った。
やはり、下へ行けば行くほどさらに冷気は激しいものとなった…まるで氷水の中を泳いでいるかのような冷たさが容赦なく襲いかかり、目を開けるのも辛い。
しかしエラフィンが温暖呪文を唱えてくれたおかげで凍えるような事は無く、二人は暗い階段を一段ずつ慎重に降りて行った。
「……や、やっと最後の段だぁ…はぁ…さ、寒い…!」
「レンリエッタ…見てみな、この部屋…」
「え?……うわ!ひ、広い…!」
長らくの苦労を掛けて階段を降り切った先に広がっていたのは今までよりも格段に大きな石造りの円状の部屋であった。壁にはぐるりと一周するかのように長い絵が描かれ、天井は高く、部屋の中央には石棺がひとつ…
言わずもがな…まさに目指していた最深部そのものであった。
「も、もしかして此処って…最後の部屋ってこと!?」
「ほかに道は見えないね…だとしたら、多分そうさ…ようやく目的地に到着したねぇ…」
「や、やったぁ!」
レンリエッタはようやく最深部に到着した嬉しさからピョンピョン跳ねながら大いに歓喜した。おそらくあの石棺には結晶化した遺体が眠っているのだろう…だとすれば、あとは石を回収して帰るだけだ。
しかしながら、一方でエラフィンは周囲を見回しながら警戒心を張り巡らせていた。
「気を付けるんだよレンリエッタ…罠の可能性もある…」
「えっ……わ、罠!?…どうしよう…」
「とりあえず慎重に歩いて行くわよ、床の一部が沈んだと思ったらすぐに逃げるんだ…良いね?」
「う、うん…慎重に…」
一応は罠の可能性もあるので、二人は慎重に床を歩いて中央の石棺を目指した。大抵、こういう場所には床の一部がスイッチとなっており、罠が発動するものだが…意外にも、何かしらの障害も無く二人は石棺の前へと到着してしまった。
これにはエラフィンもレンリエッタも気まずそうに顔を見合わせた。
「えっと…とりあえず、石を確認しなきゃ。」
「そんじゃこのお堅い棺桶を開けちまおうかね、中身が結晶なら良いんだけど」
「やっぱり開けるんだよね…なんか嫌だなぁ…」
「そんな事は言っちゃダメ、さぁ開くからおどき。」
床に罠が無いと分かったので、エラフィンは早速棺桶を開けることにした。石棺の蓋は当然ながら分厚く、凄まじく重いので念動力魔法を使ってこじ開けることに。
エラフィンは杖の先から淡く光る念動力の波を放出すると、石棺の蓋はズズズッと重い音を奏でながら動き始め……そしてより一層と力を込めれば、その瞬間…ガポーンッ!!と埃カスをまき散らしながら蓋は勢いよく開かれた。
「げほ!げほッ!!す、すごい埃…」
「うぅ~…年代物のダストだねこりゃ…」
二人はゲホゲホと埃煙に咽たが、少しして煙が晴れて来ると、すぐに棺の中を覗き込んだ。すると…
「す、すごい!結晶がこんなに…!」
「こりゃとんでもないお宝だね…!全部売り払えば億万長者だよ…」
「ちょっと!」
「冗談よ…冗談だってば…」
中を覗き込んだ二人は思わず息を呑んだ。石棺の内部は結晶、結晶、結晶の大盤振る舞いだ。
大小さまざまな幽鬼の石がゴロゴロと溢れんばかりに納められており、どれもこれも部屋中を照らすかのように青く光り輝いている。
エラフィンは思わず邪な思いが浮かんだものの、レンリエッタに咎められるとシュンとしてしまった。あくまでも今回の目的は触媒に使う分のみを頂戴する事なので、必要以上に取るのは信じてくれた村の人々に対する裏切りなのだ。
「さーて、レンリエッタ…より取り見取りの選び放題よ、どれを選ぶ?」
「えぇ~…迷っちゃうなぁ……あれ、良いなぁ…いや!こっちも捨てがたい…」
「どうせなら、うんと大きいのを選んじゃないよ。大は小を兼ねるって言うだろ?」
「おっきいのかぁ…」
レンリエッタは棺の中身をしげしげと眺め、どれを選ぼうかと大いに悩んだ。エラフィンの言うように大きなものを選ぶのも良いし、収まりの良い小さなものも捨てがたい。
どれもこれも綺麗にキラキラと光っており、まるで「自分を選んでくれ」と言っているかのようだった。
しかし、そんな楽しげな気持ちも長くは続かなかった。レンリエッタがひとつの石に手を伸ばそうとした途端、部屋全体が激しく揺れ始めたのだ。
「うわぁああ!?な、なに!?地震!?」
「レンリエッタ!こっちに来な!」
「ひぃ!?」
二人はすぐに石棺から離れて周囲を見回した。すると壁が所々、ズレるように下へ落ち、その奥からは見るもおぞましいスケルトン達が十数体も出て来た。
だが明らかに普通のスケルトンとは様子が違った。関節部分には黒いカビの様な肉がへばりつき、石球の瞳からは蒼い光が漏れ出ている…そしてその手には欠けた剣やら棍棒を持ち、二人を見るなり恐ろしい声を上げた。
【ギシャァアア!!】
「ヒィイ!?ま、まさか戦闘用のスケルトン!?…」
「いや違う…こいつらはスケルトンじゃないッ!詳しい説明は後よ!レンリエッタ!杖を抜きな!!」
「は、はい!!うぅ…!」
【グググッ…ガァァァァッ!!】
【シャァアア!!】
ゾンビたちは一斉に二人へと襲い掛かった。レンリエッタは杖を抜き、震える手でギュッと握って自身へ向かって来る怪物目掛けて魔法を放った。
「ピラリカッ!!」
【ギシャァッ……】【グォアアッ!】
レンリエッタの唱えたピラリカはシュボッと刹那の炎を噴き出させ、二体のゾンビをたちまち火だるまにした。だがやっつけたのはたったの二体…また数体のゾンビがやって来る…
「うっ!!…キリが無いよ…!」
「狼狽えるんじゃないよ!ありったけを浴びせてやんな!」
「うん!…ピラリカッ!!くっ…ピラリカァ!!」
「すぅう…はぁ…!ウェブリス!!ラハイオクーヤ!!」
【ガムジャァッ】
レンリエッタが一生懸命に一体、二体を燃やしている間にもエラフィンは衝撃魔法で十数体を一気に吹き飛ばし、光の波動で消滅させた。しかし、それでも後から後へとゾンビたちは勢い止まずにやって来る…
1体倒せば4体、4体倒せば18体……底を知らない勢いでありったけのゾンビたちが二人へ襲い掛かるのだ。流石のエラフィンも大規模な戦闘は予見していなかったので、少しすると段々息が上がって来た。
【ガルッシャァアア!!】
【グォァァアア!!】
「はぁ…ッ…はぁ!…なんて数だい…後からうじゃうじゃ、虫みたいに湧きやがって…!」
「どうしよう…うっく……はぁ…どんどん増えてるよ!」
ゾンビたちはあっという間に二人を取り囲み、部屋中にわらわらとひしめき合っている。勢いからして奥にはまだ控えが居るに違いない…
エラフィンはどうするべきかと汗を垂らしながら必死に考え込んだ。
「(全滅は現実的じゃない…だとすれば奴等の巣穴を塞ぐしか…)」
「せめて動きを止められれば良いのに…!」
「……ッ!!それよ!」
「え?なにが!?」
その時、レンリエッタの言葉にエラフィンは天啓を得た。動きを止める…鈍らせる…凍らせる!
水のように湧いて来るなら、その供給源ごと凍らせてしまえば良いのだ。
「レンリエッタ!こっちに来な!早く!!」
「う、うん!でも何をするの!?」
「奴等を氷漬けにしてやるのさ!…ウェブサクリス!!」
まずエラフィンはレンリエッタと共に部屋中央の石棺まで向かうと、周囲を取り囲むゾンビを衝撃魔法で一気に壁際へ追いやった。そして、次にありったけの魔力を杖に込めた。
杖はエラフィンの魔力を感じ取り、白い霧の様なオーラをじわじわと漂わせ始めた。
「すぅう……はぁ……イサ・エルジル!!」
「うわッ!!?」
そしてエラフィンが呪文を唱えて一気に魔力を解き放つと、杖は凄まじい冷気を爆発的な勢いで部屋中へ散布した。するとあっという間に壁際のゾンビたちはガチガチに凍り付き、1つの巨大な氷塊となってしまった。
氷漬けにされたゾンビたちは微動だにせず、眼球のみがギョロギョロと動いている…
スンと静まり返った部屋で、エラフィンは重く息を吐き、レンリエッタはようやく目を開けた。
「……はぁああぁぁあ…!とりあえずこれで…良いね…」
「…うわぁ……ぜ、全部カチンッコチンになってる…」
レンリエッタは周囲をぐるりと見回して、圧倒的な光景に唖然とした。分厚い氷の壁が部屋を覆い囲み、その中には数十体のゾンビが閉じ込められているのだ……自分達の後に来る者が居れば、同じように唖然とするだろう。
そして、一息ついてからレンリエッタはこのゾンビたちについて聞いてみた。
「先生、この…よく分かんない怪物たちは何なの…?」
「こいつらはグルデッド…言うなればスケルトンの肉付き版ね。」
「グルデッド…」
ゾンビたちの正体は【グルデッド】であった。スケルトンと同じ自立性傀儡の類であるが、こちらはまだ肉の付いた死体を使うのでスケルトンより遥かに丈夫で力強いのだ。
しかし、いくら肉付きと言っても造られたのは大昔……流石の肉体も何万年という重さには耐えきれなかったらしい。
「多分、石の番人だね…棺を開けたら時間差で来るようになってたんでしょう。」
「でもその割には多すぎるよ…もし先生じゃ無かったらやられてたかもしれないよ…」
「まぁそれが狙いでしょうね。きっと先人達もタダで石を渡すわけにはいかないと思ったんでしょ、こんな悪趣味なリンチトラップなんて用意してくれちゃって…」
随分と悪趣味、というか理不尽であるが…おそらくこれは石を持って行こうとする者に与えられた最後の試練だとエラフィンは推測した。だが、そうだとしてもこの量を用意するとは容赦が無い…
結構な量を葬ったものの、氷で塞いだ穴の奥にまだまだストックが残っているあたり、設計者の悪意は並々ならぬものだと痛感させられる…
「だが、こうなっちゃ何も出来まい…さぁて、気を取り直して…じっくり石を選んでやろうじゃないか。」
「う、うん…なんか落ち着かないけど……」
レンリエッタはギロギロと向けられる視線に冷や汗を流しつつも、改めて棺の中を確認して石たちへ視線を移した。相変わらず石はキラキラと光り輝いており、大いに迷わせる…
両手に収まらないサイズの大きな石があれば、片手で事足りるような小さな石もある……どれもこれも眩く誘惑してくるが、やがてレンリエッタはひとつの石を手に取った。
大き過ぎも無く、小さ過ぎず…心地よい大きさと温かな光を放つ石だった。
「これ……これが良いよ!」
「えぇ?それより大きいのはもっとあるよ?ホントにそれで良いのかい?」
「うん、この石が一番しっくり来る……気がする!」
「ま、アンタが満足ならそれで良いさ。後悔さえしなきゃね。」
その石を選んだ理由は殆ど勘に近いものだった。他の石より明るいわけではない、大きくないし小さくも無い…だが目に留まった時間はどれよりも長く、手が自然と伸びたのだ。
適当と言えばそれまでだが、レンリエッタのチョイスにエラフィンもそれ以上文句を言う事も無く、石選びは意外と早く終わった。
レンリエッタは石を丁寧に布で包み込むと、懐に仕舞い込んだ……気のせいか、ほんのりと温かい…
「そんじゃ、行くとするかね。こんな薄気味悪い場所、さっさと出るよ。」
「うん!…ひぃ……ま、まだ私達のこと見てるよ…」
「はっはっは!見るだけで何も出来ないさ、この寒さじゃ百年後も凍りっぱなしだろうし。」
これから途方もない時間を動けないまま過ごすと思えば、レンリエッタは少しばかり哀れな気持ちになったが…ギョロッとした瞳で睨みつけられれば、そんな気持ちも直ぐに無くなってしまった。
二人は凍える前にさっさと部屋から抜け出し、来た道を戻り始めた。奇妙な事に遺跡の仕掛けたちは二人が部屋を出た途端にリセットされ、きちんと次なる挑戦者を迎える準備を整えるようになっていた…不思議なものだが、上手く出来てるとレンリエッタは思った。
墓地を出れば、外の景色は意外にも明るかった。エラフィンが懐中時計で時間を確認してみたところ、知らずのうちに内部で一晩を過ごしていたらしい……そんなに長く潜っていた気は全然しなかったが、エラフィン曰く「遺跡の内部で流れる時間が捻じれているせい」とのこと。
レンリエッタは一体どういう原理でそうなっているのかと聞いてみたが、エラフィンはバツが悪そうな顔で杖に跨ったので仕方なく自身も杖に跨り、村へと戻った…
「はぁあぁ~…か、帰り道くらいゆっくり行こうよ…」
「なーに言ってんのさ、おかげで早く戻れただろ?」
「そうだけど…やっぱり怖いよ…」
行きと同じく、帰りの飛行も凄まじいものだったのでレンリエッタは村の裏口に到着した頃にはクタクタだった。しかし休んでいる暇も無いので震える足で石造りの階段を昇って行き、ようやく無事にイコエル達の下へと帰還した。
「今、戻ったわよ。」
「ああ!お二人とも!無事だったのですね!やけに早い気もしますが……石は手に入ったのですか?」
「うん…もちろん。はい、これ。」
「おお…!素晴らしい!では墓地の仕掛けも解いたのですね!」
二人を出迎えたイコエルはレンリエッタの持つ石を見ると、大いに喜び始めた。十数年ぶりにやって来た挑戦者が無事に試練を乗り越えて石を手に入れたのだから、嬉しいなんて物では無いのだ。
イコエルはすぐにマイケンを呼ぶと、彼にさっそく村中の人々を再度集めるようにと言い付けた。マイケンも二人の成功を喜んでいる様で、すぐに村中を駆け回り始めた。
「ところで、どうでしたか内部の様子は…なにか、取り残された方などは…」
「その話だけども…入って早々に氷漬けにされた奴が居たね、ありゃ多分ずっと昔に挑んだ奴だろう。」
「すっごく怖い顔してた…きっととんでもない目に遭ったんだよ…」
「なるほど…そのようなことが……話を聞くに、祖父が最後に通した方でしょう……たしか、二人で挑んだと聞きましたが……もう一人見ませんでしたか?」
「いいや、見たのはひとりだけさ。だが、もう片方もどこかで死んでるだろうね。」
入って早々に見つけた氷漬けの哀れな男は、エラフィン達の前に挑んだ者であった。二人で挑戦したらしいが、もう片方の死体が見つからないので朽ち果てたか、どこかに詰まって死んでいるのだろうとエラフィンは推測した。
しかし……恐ろしい事を考えるならば、挑戦者同士で裏切りがあったとも受け取れる……だがいずれにせよ、生還していないとの事なので、死んでいるのは確かだろう。
そんな事はさておき、少しするとマイケンは村中の人々を集め終えて戻って来た。
やはり扉の外からはガヤガヤと声が聞こえる。レンリエッタはやはり、胃の中身が重くなったような気分になった…
「イコエル様、村中の者を集め終えました。」
「ご苦労様。さて、皆へ成功を伝えましょう!」
「あんまりチヤホヤされるのは好きじゃないが、今は別だね。」
「き、緊張するなぁ…」
出発前と同じくイコエルが最初に外へ出て、その後に続いてエラフィンとレンリエッタも出た。階段の下に集まる村の人々はイコエルの姿が見えるとスッと黙ったが、続く二人の姿を見てどこか騒がしくなったような気がした。
イコエルはそんな人々を黙らせるが如く大声で話し始めた。
「皆!聞いてくれ!一晩が経ち、出発から数時間…挑戦者エラフィンとレンリエッタはついに成し遂げた!誰もよりも早く、石を持ち帰って来たぞ!」
その言葉にレンリエッタが石を掲げると、人々は大いに二人を祝福し始めた。キラキラと輝く石は、まるで星の如く村を照らしている…
「おお!紛れもなく幽鬼の石だ!本当に成し遂げたのか!」
「あの輝き…懐かしいな!また見れるとは思わなかったぜ!」
「やっぱり村長様が見込んだだけの人達ね!」
レンリエッタは人々の言葉にどこか顔を赤くして、エラフィンもふふんと得意げな笑顔を浮かべた。
その後、イコエルの偉そうな言葉をひとしきり聞いた二人はマイケンより祝いの食事を振舞われた。出て来たのは毛深牛のシチュー、ペンギンのルイベ、根菜と山魚の蒸し焼き等々…どれもこれも見たことのないモノばかりだったが、全て村の中で飼育、栽培された物を使用しているとマイケンは教えてくれた。
食事の後、イコエルは墓地と上立者の関係について二人に語ったものの、レンリエッタはすっかり眠気に襲われてしまい、話の内容を殆ど聞かずに眠り込んでしまった。
目が覚めれば夕方…存分に休憩を取った二人は意気揚々とした足取りでマイケンと共に村の正面門へと向かって行った。その背にはグライスの姿もあった。
「ではお二人とも、どうか無事に下山できるよう祈っておりますよ。」
「下山にも杖が使えりゃ楽なんだけどねぇ、まぁせいぜい骨が折れないようにとでも祈ってておくれよ。」
「色々とありがとうございました、石に似合うような魔法使いになってみせます!」
「はははは!それは楽しみですね…カヴル様にもよろしくお願いしますよ。」
マイケンに見送られつつ、二人が門を出ようとしたが…その直前にグライスが「待ってくれ」と止めた。二人が足を止めて振り返ると、どこか気まずそうな顔をした彼は細々と語り始めた。
「待ってくれ…その……すまなかった、村へ来た時に失礼な態度を取ってしまった事を詫びさせてくれ…」
「いいや、警戒に越したことは無いさ。私ら…胡散臭さには自身があるってこと、見て分からない?」
「私はともかく、先生を見て警戒しない方がおかしいもん。だから気にしないでよ。」
「そうか……ありがとう…どうかまた来てくれよ…」
「ま、もうちょっと温かくなったらね!」
最後にそう言い終えると、エラフィンはレンリエッタを連れて村から出て下山し始めた。長いようで短い冒険は終わりを告げ、レンリエッタは幽鬼の石を手に入れた…
最高の材料を使い、最高の職人が作り上げる最高の触媒を手に入れるためのスリリングな旅だったが、不思議と後悔などは微塵も湧いてこなかった。むしろあるのは成し遂げた事に対する誇らしい気持ち…
レンリエッタはザクザクと砂利道を下りながら、最後に石をもう少しだけ眺めると、そっと懐に仕舞い込んだ……早く帰ってグリスに冒険の話を聞かせたい。
つづく…
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