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第27話『幽鬼の山脈にて』
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恐ろしい悪夢から目覚めたレンリエッタはハッと眼が覚めると、真っ先に周囲を見回した。毛皮のベッドの上…部屋は客間……そして暖炉の前の椅子にはエラフィン。
悪夢から覚めたと確信したレンリエッタはハァーッと息を吐いてから、額の冷や汗を拭った。
本当に恐ろしい夢だった…まるで実際に閉じ込められているかのようだった…
「はぁ~……ゆ、夢かぁ…」
「おはようさん、怖い夢でも見てたのかい?」
「う、うん…なんか凄く狭い部屋に閉じ込められる夢を見て…」
「そいつは縁起の悪い夢ね。」
ともかく、レンリエッタは悪夢から覚めたのでホッとした。
だが…あれからどのくらい眠っていたのだろうか、寝起きだと言うのにレンリエッタの頭は妙に覚めていた。嫌な夢を見た日は大抵寝起きも辛いものだが…
そんな風に考えていると、エラフィンは椅子から立ち上がった。
「さて、休憩は充分だね?これから遺跡潜りだ。」
「もう行くの?…というより私どのくらい寝てたの?」
「細かくは数えちゃいないが…そうさねぇ、3時間くらいじゃないかい?」
「3時間…思ったより短いなぁ」
エラフィン曰く、レンリエッタは3時間ぐっすり眠っていたらしい。寝顔も穏やかだったらしいが、本人が見た夢は紛れもなく悪夢だったので案外当てにならないものである。
着崩れたコートを正し、杖の有無もキッチリ確認したレンリエッタはいよいよ墓地への挑戦に少し胸を躍らせた。散々怖いと言っても、いざ挑戦する気になると妙にワクワクして来たのだ。
「怖いのになんかワクワクして来た…なんでだろう…」
「知的好奇心は時に恐怖より勝るものなのよ、魔法使いとしては良い予兆ね。」
「好奇心…というより、冒険心かなぁ…」
レンリエッタは気張るようにギュッと両手を握った。これから挑むのは数多の戦士が眠る古代の墓場、その奥に眠る秘宝…幽鬼の石を手に入れるなんて、まるで冒険小説である。
少なくとも一月前まで仕立て屋で服を縫っていた頃には思いもしなかった体験が待っていると考えればさらにワクワクして来た。
エラフィンも鞄を肩に掛け、杖を手に取ると誰かが部屋のドアを叩いて言った。
『エラフィン様、レンリエッタ殿…お目覚めですかな?』
「ああ、入って来て構わないよ。」
『では……おや、これから出発されるのですか?」
入って来たのはマイケンだった。どうやらエラフィン達がこれから出ようとするので驚いているらしい。
「この時間帯となれば野宿は必須…村長様も宿泊された方が良いと仰っていましたが…」
「気持ちは嬉しいけどカヴルを待たせるわけにはいかないし、急ぐわ。それに魔法を使えば直ぐに到着するから平気よ。」
「おや、山で魔法を使用されるのですか?そちら側の規則では禁止なのでは…」
「郷に入れば郷に従えって言うじゃない、それともこっちでも禁止だったのかしら?」
「いえいえ、我々は禁止しておりませんよ。どうぞご使用ください。」
もうすぐ日が暮れるらしいが、エラフィンは魔法で向かうから平気だと悪びれも無く言ってみせた。レンリエッタは一瞬肝を冷やしたが、マイケン曰く使用は禁止されていないらしい。
前述もしたが此処はヴァルハニア一族が管理する土地なので規則も違い、ここからは合法的に魔法を使用できるのだ。だがもちろん他者を襲う目的での使用は禁じられている。
準備を終えた二人はマイケンと共に客室を出て、そのまま居住空間の階段を昇って儀式の間へと上がった。儀式の間では訪れた際と同じく火が焚かれ、ブワッとした熱気が部屋を包み込んでいる。
そして部屋の中央、石台の奥にてイコエルはキッチリとした正座で瞑想に身を徹していた。
その様子を見てレンリエッタは虫の様な声でそっとマイケンへ聞いた。
「ねぇ、村長様は何をしているの?」
「瞑想でございます。降霊師として極めて静かな心を鍛えているのです。」
「こうれいし?それって…」
レンリエッタが再度聞こうとする前に、イコエルが瞑想を終えてスッと立ち上がったので質問は慎められた。
彼は立ち上がると羽根をバサバサと小刻みに動かし、その後に指を動かして火を消した。途端に部屋の温度は死んだように冷たくなって行く。
「……おや、エラフィン様…そしてレンリエッタ殿…もう向かわれるのですね?」
「ああ、早いところ出て直ぐに戻りたくてね。」
「ですがなにもこのような時間に…今からでは日が暮れてしまいますよ。」
「魔法を使えばあっという間よ。気遣いは感謝するよ。」
「そうですか……ならば皆さんに伝えないとですね…マイケン、村中の人々を建物の前に集めてください。」
「はっ!承知しました!」
イコエルは二人が出る前に村の皆へ知らせるため、マイケンへ邸宅の前に村人を集めろと命じた。するとマイケンはシュッと素早く風のように邸宅を出て、村中を翔り始めた。
彼が村中の人を集めている間、イコエルはエラフィンへある物を渡した。奇妙な印が彫られた手に収まるサイズの翡翠の板であった。
「エラフィン様、こちらをどうぞ。墓地の鍵です。」
「墓地の鍵だって?そんなものを軽々しく渡して大丈夫なのかい?」
「ご安心ください、一度使えば無くなります。それと内部から開ける際に鍵は必要ありません。」
「使い捨ての鍵ってわけかい…なるほど、こんな仕掛けが…」
鍵を受け取ったエラフィンは色々な角度からそれを眺めた。使い捨ての鍵とは珍しいが、一度しか使えないので開けたらすぐに入らなければならない…入り損ねた時は手ぶらで下山する羽目になるのだから。
鍵を鞄に仕舞い込んだエラフィンは思い出したように言った。
「そう言えば手土産があったんだ、受け取ってくれるかい?」
「え?手土産ですか…?もしお譲り下さるなら受け取りますが…」
「そりゃよかった、ちょっとレンリエッタ…手伝っておくれ!」
「は、はい!」
手土産があると言うエラフィンはレンリエッタに鞄の口を広げるように言い付けると、中から大きなカバンをグイッと二個ほど引っ張り出した。一体何が出て来るのだろうかと興味津々で見ていたイコエルとレンリエッタはパンパンに荷物が積まれたカバンを見て唖然としている。
二個目のカバンをドスンッと床へ置いたエラフィンはハァーッと大きく息をついた。
「ふぅ……さ、これが土産…」
「えっと…これは一体…何が入っているのでしょうか?生物でなければ良いのですが…」
「安心しな、中身は本だよ。調剤書と医学書、図鑑に小説…それからくだらない自己啓発本なんかよ」
カバンの中身は大量の本であった。エラフィンの蔵書だったもので、整理がてら譲ろうと言うのだ…もちろん保存状態が良く、補修もされているので新品同様だ。
ちなみに少し前に世間を騒がせた『ヘリ―クッツー』の三部作も置いてあるが、これは効力が切れているので読んでも面白くない、ただの焚火燃料である。
「あぁ!本ですね、ありがたいですよ!村に置いてあるものは限られてますから!けれど良いのですか?こんなにたくさん…」
「なぁに気にしないでおくれ、もう置く場所も無かったんだ。本が子供を産んでさらに増えるよりかは良いでしょ。」
「(ゴミを押し付けてるわけじゃないんだ…)」
閉鎖的な村において新しい本は貴重な物らしく、イコエルは目をキラキラさせながら一冊手に取った。『調剤計測票』という本だ…彼は中身をジロジロと見た後、妙な顔を浮かべながらそっと本を閉じてしまった。
どんな内容だったのかは分からないが、それ以外は気に入ってくれたようだ。
少しすると、建物の扉が開き、マイケンが戻って来た。どうやら村中の者を集め終えたらしい…よく耳をすませばざわざわと囁く声が聞こえて来る。
「村長様、村人の招集が終わりました。」
「ああ、ありがとう。では、行きましょうか…」
「さてさて、どんな反応をしてくれるかね」
「うぅうう…緊張して来た…」
まず最初にイコエルが扉をくぐり、その次にエラフィン、そして最後にレンリエッタが外へと出た。
薄ら暗い曇り空を上に、階段の下には村中の人々が集まっている。レンリエッタは視線を降ろして人々を見てみると、その大半は角付きだという事に気が付いた。
それに随分と若者が多かった、村人は100人前後居たがその7割ほどが若者である。彼らは村長であるイコエルとその横に立つ二人をジッと見ている…
レンリエッタはこんなにも多くの人々から視線を受けた事は無かったので、胃がひっくり返る様な緊張感に襲われた。
「…皆、よくぞ集まってくれた!既に何人かの者は既知かもしれぬが、今日…17年ぶりに墓地へと挑戦する者が現れたので紹介しよう!」
寒風を貫くようなイコエルの大声に対して、人々は静かにジッと彼を見ている。ひそひそと話す事すらしない様だ。
そのせいでやけに嫌な沈黙が流れている…しかし、イコエルは気にせず続けた。
「私の横に立つエラフィン・ファングステン!並びにレンリエッタ!…この勇敢なる2人の魔法使いはこれより先祖の墓へと潜り、幽鬼の石を持って来るであろう!そしてどうか皆の者…彼女等の挑戦に対する勇気を称えてやってくれぬか!」
「………」
イコエルは村人たちへエラフィンとレンリエッタに対する声を求めた……が、しばしの沈黙が流れた。冷たい風が人々の間を通り抜け、静寂が背をくすぶる。
続く静けさにイコエルは歯を少し食いしばり、エラフィンは苦い顔をして、レンリエッタはギュッと目を閉じて『この時間が早く過ぎれば良いのに』と、心の中で念じた……すると、やがて1人の声が響いた。
「あぁいいぞ!やれよー!久しぶりに石を見せてくれよ!」
「…!」
村人の一人がエラフィン達に声を掛け、それをきっかけにまた何人か声を上げた。
「新しい挑戦者を何年も待ってたんだ!ちゃんと成功して戻って来いよ!」
「村長様が許可をお出しするのならきっと大丈夫よ!悪霊なんてケツを蹴り上げちゃいな!」
「たまにはあの墓場も換気してやらねぇとな!だからってアンデッドの仲間にはなるなよ!」
「み、みんな…!」
「噂ほど此処の連中は嫌な奴等じゃない様ね。」
「えへへ…なんか変な気分…」
いつしか村中の殆どの者がエラフィン達へ激励を送るようになった。レンリエッタは妙な自身に溢れながらも人々の中にグライスを見つけ、彼と目を合わせた。
グライスは何も言わなかったが、ただゆっくりと頷いた。
「よし!いいぞ!!心よりの激励は何よりも代え難い武器だ!きっとこの者達は墓地での挑戦を成功させるだろう!!そして誇り高き戦士の想いを受け継ぐに相応しい魂を見せてくれるだろう!…今より!幽鬼の挑戦を開始とする!!」
一層と大きな声で挑戦の開始を宣言すると、村人たちもさらに大きな声で称えた。
ひとしきりの声援を受けた二人は墓地への登山道へ出るため、再度邸宅内の儀式の間へと通された。内部へ入っても少しだけ声援の余損が外から漏れていた…
「さぁお二人ともこちらです!少し離れていてください、今裏口を開きますので!」
イコエルは儀式の間の中央、石の土台に手をかざすと聞き取れないほど小さな声で何かを喋ると、次の瞬間…グゴゴゴと大きな音を立てて建物全体が揺れ始めた。
すると床の一部が動き出し、石はカタカタと音を立てながら、床に裏口までへの下り階段を出現させた。暗く長い不気味な階段の奥からコォ―ッ…という風の吹き抜ける音が聞こえる…
「隠し階段とは恐れ入ったわ、思った以上に厳重なのね。」
「元々は正門と同じようなものが裏に建っていたのですが、祖父が作り変えてこのように……そしてこの通路を使用するのはあなた達が初めてです…」
「ほほう、それは嬉しい記念じゃないか。どうだいレンリエッタ、第一号になるつもりは無い?」
「私はちょっと…先生が先で良いよ、気にしないで。」
「ふーん、そうかい。そんじゃ私達は出発するよ、成功を祈ってておくれ。」
「ええ、お気をつけて…それとどうかご生還を…」
「きっとお二人ならば成し遂げると確信していますぞ!」
ということでイコエル、マイケンの二人に見送られながらエラフィンとレンリエッタはゆっくりと暗い階段を降り始めた。レンリエッタは足を踏み外しそうでひやひやしたが、ありがたい事にエラフィンが明かりを点けてくれたので長い階段を無傷で降りることに成功した。
そして階段を下りた先で少し長い通路を抜け……二人は村の裏手、旧登山道へと到着した。
ここより先は冗談も通じないほど険しい道となっている…少し先を眺めれば雪が降り積もっており、遠くの方からは何か恐ろしい存在が待ち受けているのか、グルグルと喉を鳴らす音が聞こえる…
空模様に関しては相変わらず曇り一色なのだが、ほんのり薄暗くなり始めている…日没が近いのだろう。
「さぁて、こっから6合目までは結構遠いし険しいよ。レン、準備は出来てるんだろうね?」
「じゅ、準備って心の準備のこと?それなら…出来てるよ、生まれた時からいつも覚悟してる…」
「ヒュー!かっこいいじゃないの!それに心の準備ってのは大正解、ここからはさっきよりも荒々しく行くからね…」
「さ、さっきより荒々しく!?」
さっきよりも荒々しく行くと言うエラフィンにレンリエッタはギョッとした。2合目まで来るのにも随分と荒っぽい登山をしたのでこれ以上荒れるなんて想像もできない。
おおよそ、巨大パチンコでも作ってビューンと飛んで行くのだろうかと思ったが、(当たり前にも)違う様だ。
エラフィンは背負っていた杖を手に取り、呪文を唱えて飛行杖の形態に移行させた。
「え?ひ、飛行杖で行くの?」
「ああそうだよ、こっから飛んで行くのさ」
「でも使えないんじゃないの?その、気流とか激しいからって…あと食べられちゃうから…」
「だからこそ荒れるのよ!気流は安定魔法で相殺するけど揺れるし、モタモタしてると飛竜が喰いに来る!だとしたら吹き飛ばされるよりも、食われるよりも早く飛べばいいのさ!」
なんとエラフィンは此処から6合目まで飛行杖で行こうと言うのだ。もちろん雪山での飛行杖は禁止されている、激しく不安定な気流が吹き荒れ、ドラゴンが襲い掛かって来るし、凍結してしまいそうなほど寒い環境は全く持って飛行には適していない…ウィングヘルドも地を這うレベルの危険地帯だ。
だからこそ彼女はとんでもない速さで山を飛び抜けようと言うのだ…レンリエッタは冗談かと思ったが、真面目な顔で杖に跨りながら「早く乗りな」と言って来るのでどうやら本気中の大本気らしい…
「え、えぇ……それ以外の方法は…」
「……レンリエッタ、それ以上質問する前に乗っとくれ…それか糸で繋いでも良いんだよ?」
「ひぃい!分かったよ!乗るよ!乗るから!!んもぅう…」
「安心しな!いざという時は防御魔法で身を守る!そんじゃ行くよ!!」
「くぅう…!ば、ばっちこい!!」
レンリエッタが後ろに跨ったのを確認したエラフィンは念のため二人の身体を糸魔法で杖と結びつけるとシュッと地面を蹴り上げて杖を空中に持ち上げた。
次に風水魔法の光で行き先を確認すると…
「初めから魔力最大でぶっ飛ばすよ!!そうらぁ!!」
ズオッ!!
「ッ…!!うわぁあああ!!」
エラフィンは杖へ最大限の魔力を注ぎ込んで一気に加速した。一瞬、視界がぐわんと歪むと周囲に衝撃波を飛ばしながら杖は猛スピードで飛び始めた。
シュッと岩が足元を掠り、ガタガタと杖が揺れ、景色は岩から雪へと早変わり……白い竜の目前を一瞬で過ぎ去った様な気がしたが、声はしなかったのでバレなかった模様…
「さ、さすがに……くっ!コントロールが難しいねぇ…!」
「ぎゃぁあああ!!前!まえッ!!」
「ぐぬぁあ!!ふんぎー!!」
「ひゃあ!あ、危なかった…うわぁああ!!」
最高速でのコントロールはエラフィンにも難しく、岩のように重い杖を一生懸命操りながら衝突の危機を幾度となく回避した。さらに負荷が掛かったせいで杖からもギギギッと嫌な音が聞こえる…
そしてレンリエッタは殆ど叫びっぱなしだった。だが、こんなにも短時間に十数回も死に掛けたのは初めてだし、今後も絶対に無いと言えよう…
それからさらに高速での飛行を続け、5分が経とうとしない時にいよいよ目的地は近付いて来た。周囲の気温は氷に刺されるように冷たく、帽子を被っていなかったら髪の毛がガチガチになってしまいそうだ…
やがてエラフィンはブレーキをグギギギッと掛けて減速すると、ズザザッとブーツを擦りながら乱暴な着地を成功させた…
「はぁー!はぁー!!…ふぅ、どんなもんよ…はぁ…」
「はひ……し、しぬかとおもった…!」
「ええホントにね……けど死んで無いわよ私達。それにほら見な、ちゃんと到着したじゃないか。」
その言葉を聞く暇もなく、レンリエッタは腰が引けそうなのを我慢してガクガクとした足取りで杖を降りると、地面の安心感を存分に味わった。ひざ下まで積もった雪は邪魔だったが、それでも安心した気持ちになれた…
そして落ち着いてからレンリエッタが顔を上げると、そこには石造りの古びた神殿……古代墓地の入り口が佇んでいた…
「これが古代墓地……入り口は地味だね…」
「やたら豪華にすると俗っぽいからよ。」
古代墓地の入り口は岩壁の断面に備え付けられており、装飾の類は殆ど無く、くぼみの付いた不格好で重厚な石の扉が佇むのみ…そしてその前には幾つか柱や朽ちたアーチが建っているが、いずれも装飾は無かった。
二人は扉の前までやって来ると、くぼみに詰まった雪を掻き出してから鍵を手に取った。
「上手く動いてくれれば良いんだけど…此処まで来て手ぶらで帰るのは絶対に嫌だかんね…」
「とりあえずはめてみたら?形は一緒だよ、大きさも同じくらいだし…」
「ええ…やるわよ……カチッとな…」
散々疑っておきながらも、エラフィンがカチッとくぼみに板をはめ込むと……次の瞬間、石の扉はシュッと音もなく消えてしまい、中へと通じる道が現れた。
二人はその様を見て一瞬ポカンとしたが、鍵が使い捨てだと思い出すと直ぐに中へ飛び込んだ。幸いにも二人が飛び込んでしばらくしてから扉は元に戻った…
「仕組みは不明ね…一体どこの誰がこの扉を…」
「と、扉なんて良いから先に進もうよ…ていうか暗い!あ、明かりを点けないと…」
「そうね…」
いよいよ地下墓地の内部へと足を踏み入れた二人…真っ暗な視界をエラフィンは杖を光らせて視界を確保した。
入って来た扉の反対側は狭い道となっており、二人は慎重にその道を歩いて行くと…やがてさらに広い通路へと出て来た。広い通路の壁には石製の扉の様な長方形が埋め込まれており、それぞれに古代文字が彫られていた…
そしてそれがズラ―ッと奥まで続いている。その正体が何なのかてレンリエッタはすぐに分かった。
「こ、これって…まさか全部…棺桶?」
「きっと埋葬された戦士でしょうね…入り口から近いのを見るにあんまり名声は得られなかった様だけど。」
「だからってこんなに埋めるかなぁ…」
やはり、その正体はかつての戦士たちが眠る棺桶だった。しかし入り口から近く、開けられた痕跡も無いので中身は結晶化していないのだろう…おそらくは名のある兵士辺りが眠っているのかもしれない。
エラフィンは興味深そうに並ぶ棺桶たちに目を通しながら歩き、レンリエッタはその背を掴みながら不安そうに付いて歩いた。
「何を怖がってるんだいレンリエッタ、なーんも居やしないだろうに。」
「そ、そんなの分からないよ…まだ何か居るかも…」
「居たとしても精々悪霊くらいでしょ。……うん?なんだいありゃ…氷の塊かい?」
「え…」
少し歩くと、前方に通路を邪魔する物体が現れた。結晶のように透き通ったそれは氷であり、ガチガチに固まった氷の塊が壁のように道を塞いでいるのだ。
エラフィンは近付いて観察してみる事にしたが、驚くことに氷の中には閉じ込められたモノが…
「なんか埋まってるね……う!ヘルドじゃないか!?」
「えぇえ!?う、そでしょ……こ、これいつの人なの…」
「さぁね…だが17年以上前の奴だって事は確かね…」
なんと氷の中にはヘルドがひとり、丸々閉じ込められていた。おそらく17年前に墓地へ挑んだ者の成れの果てだろう、氷漬けにされているせいで新鮮なまま…恐怖の表情を浮かべたまま凍り付いている。
レンリエッタは思わず顔を伏せてギュッと目を閉じて見ないようにしていたが、エラフィンは興味深そうにしげしげと眺めた。
「凄いねこりゃ……でも誰がこんな事を…流石に死んでる様だけど…」
「も、もう行こうよ!こんなの見たくないよ…」
「まぁ待ちなって…この氷は邪魔だから溶かさないといけないし……どうせなら解凍して身元を確かめてみるかい?」
「い、いいよ!そんな事しなくて……可哀想だよ…」
「可哀想だと思うなら弔ってやるべきだけどねぇ……ま、私達の次に挑戦する奴等に任せようかね」
エラフィンは邪魔な氷を溶かすついでに死体を弄ってみようと提案したが、当然にもレンリエッタは拒絶した。死体を無暗に弄りまわすのは気持ちの良い事では無いし、死者を漁るなんて以ての外だ。
仕方なくエラフィンは火球魔法でジュワーッと通れるくらいの穴をあけると、二人はそそくさと進んで行った。それにしても一体誰が氷漬けにしたのか……エラフィンはどうにも怪しいと疑う感情が拭い切れなかった。
しばらくの間、二人は同じ光景が延々と繋ぐ通路を歩いて行くと、薄ら明るい大きな部屋に出た。文字が彫られたタイルの床が敷かれ、壁には動物の彫刻が並び、天井には古代文字の文章が彫られている。
そして不思議なことにこの部屋には来た道以外に扉などは無く、行き止まりであった。
「なにここ……行き止まりだよ…」
「タイルの床に天井の文字、こりゃ古典的と言うか…なんとも分かりやすい仕掛け部屋だねぇ」
「仕掛け部屋?」
「パズルってこと、問題を解くと次に進む道が開けたりするもんよ。」
「なんか面倒だね、お墓なのに。」
「昔の奴等の考えなんて分からないもんさ。」
エラフィンは部屋の天井と床、壁を見てすぐに仕掛け部屋だと見抜いた。古代の人々はどういうわけか、こう言ったパズルや仕掛けのある部屋が大好きなので色々な古代遺跡に必ずある物だ。
レンリエッタが疑問に思う中、エラフィンは天井の文章を読み始めた。
「魂の国、見張る、東西南北…獣……指し示せ…」
「つまりどういう事なの?」
「宗教的な問題だね…魂の国はタオナのことで、それを見張る四匹の霊獣を示せってこと。何を言ってるか分からないと思うけど、詳しい説明は後にするから…とりあえず今は聞かないで…」
「うん…わかった…」
天井に彫られた文章を要約すると『魂の国を見守る東西南北の霊獣を指し示せ』というものであり、詳しい説明は省くが死後の世界であり、魂の国タオ=ナを守る四匹の霊獣を表すタイルを踏めという事だろう。
壁の彫刻もまさにその霊獣を模ったものである。鳥、蛇、猫、亀の四匹だ。
エラフィンは慎重に部屋の仕掛けを見回し、どう動くかを考え始めた。失敗すれば何が起きるか分かったものでは無いので、慎重にならざるを得なかった。
「(床のタイルは全部5×5の25枚…文字は……とりあえず全部入ってるね…)」
床の25枚の文字タイルの中には『鳥』『蛇』『猫』『亀』の四文字が入っているが……容易に踏んではならない。こう言ったパズルには捻くれた回答が付き物なのだ。
例えば鳥を表すにしても『空』や『翼』というのもあるし、猫なら『富』だったり『爪』というのも考えられる。
エラフィンは大いに悩んだ…
「困ったねぇ…こいつは難しい問題だ…」
「そんなに難しいんだ…」
「昔の連中は捻くれてるの、だから文章の通りやっても間違いって事も多いから…」
「なんて書いてあるの?」
「だから魂の国を見張る東西南北…四匹の獣を示せってことなの。どのタイルを踏めば良いのか悩むねぇ…」
エラフィンはじっくりと考え、レンリエッタは部屋を見回してから一言。
「なんでタイルを踏むの?」
「え?だから獣を指し示せって…」
「でもタイルを踏めって書いて無いんだよね?」
「………」
レンリエッタの発言に対してエラフィンはすっかり黙り込んでしまった。古代の人間は確かに捻くれているが、まさかそんな事はしないと思いつつ、4つの彫刻のひとつ…蛇の彫刻に近付き、まじまじと観察してみた。
「だめ…絶対にダメ……そんなことあってはならないわ…」
「ねぇどうしたの?……あ、この蛇のベロ…なんか動きそうだよ!」
無慈悲な事にも蛇の彫刻の舌は引きやすそうな形状をしており、その舌の根元には小さな隙間が見られるので動きそうである。だがエラフィンは散々深読みした自分を否定できず、認めようとはしなかった。
頭を抱えて中々動こうとしないエラフィンをよそに、レンリエッタは勝手に蛇の舌を掴むとギィーッと引っ張った。すると像はガガガッと動きながら沈み、部屋の外からガコンッとひときわ大きな音が響いた…
「……なにも起きないけど、これで合ってるんだよ!きっと!!」
「なによこのクソ問題!一体どこの誰が作ったって言うのよ!」
「あはははは!先生ってば元気になっちゃった。」
ついにエラフィンは問題の理不尽さにブチギレて大声を上げた。これ見よがしなタイルを置いておきながら、全てダミーとは古代のヘルドというのはなんともいやらしい奴等だとつくづく実感させてくる。
一方でレンリエッタは床のタイルを踏まないように歩くと、続いて鳥のくちばしを捻り、さらには亀の甲羅の頂点部分を押し込み、猫の尻尾を下ろした。
するといずれの像も沈み込み、ガコン!ガコン!!と大きな音が部屋の外から響いた。
そして4つの像が全て沈むと、ガガガガガ!と部屋全体を揺らしながら壁が動き、新たな道が開かれた。入って来た道から見て、右側の壁が開いた。
「やったぁ!仕掛け解いちゃった!」
「……ま、まぁ!流石私の弟子ってところかしらね!」
「えへへへ…ねぇ、早く行こうよ!」
「ええ!こんな部屋!もう一秒も居たくないわ!」
二人はとっとと開かれた道を行き、墓地の奥へと歩き出した。道は下へと続いており、欠けた階段を降りる度にゾワゾワとした冷たさが全身を包み込むのが分かった…
まるで何かが縋り付いて来るように、レンリエッタはひどく気が重くなって来た。しかし、一方でエラフィンは特に疲れている様子もなく、元気そうである。
「うぅ……うっうう…なんか……身体が、重い…」
「なんですって?まさか幽霊に憑りつかれてるんじゃないだろうね…」
「えぇ!?やだー!取って取って!!」
「こら!こんな狭い所で慌てるんじゃないよ!ジッとしてな!」
幽霊が憑りついていると聞き、慌てるレンリエッタを落ち着かせながらエラフィンは【ラハイオ】の呪文を唱えた。
「ほら…ラハイオ!!」
「うあっ…まぶしっ…」
【グァァアアッ…!】
杖から放たれる閃光は瞬く間にレンリエッタに憑いていた悪霊を消し去り、重くなっていた気は一気に軽くなった…というより、元に戻った。しかし…追い払えたのは良いとして、お札を使っているのに悪霊が憑くとは案外頼りにならないものである。
エラフィンが「やっぱり買わないと駄目だねぇ」と言い、先に進む姿を見てレンリエッタはこの先が凄く心配になった。
そしてその心配へ追い打ちをかけるように長い下り階段の行き着く先は物騒な部屋であった。
「うげ!な、なにここ…」
「まるで拷問部屋だねぇ…物騒なもんばっかりじゃないか。」
二人が行き着いた部屋はなんとも物騒なもので…針だらけの椅子やら鉄の棺桶のようなもの、染みが滲んだ金属の棍棒などが散乱している。床に散らばるガラクタの中には首輪らしきものや、腕輪のようなものも見られる…
レンリエッタはすくみあがり、エラフィンは興味津々でそれらを見始めた。
「うーん…こいつは興味深いね…なんたって墓地の中にこんなものを置く必要があるって言うんだい…」
「分からないよぉ…ねぇ、はやく行こうよ…」
「まぁ落ち着きなってレンリエッタ。こんな道具があるんだから何処かに使う奴が居るかもしれないよ。」
「怖いこと言わないでよ!此処は大昔の墓地なんだから居たとしてもきっとガイコツだよ!」
「そう!ガイコツと言えば…」
エラフィンがそう言いかけた途端、何処からか音が鳴り始めた…
カタカタカタ…
「ひぃ!?なんの音!?」
「レンリエッタ、こっちに来るんだ。後ろに隠れな…」
エラフィンの言葉にレンリエッタはすぐに彼女の後ろへ隠れ、カタカタという音が近くなるのをひしひしと感じた。まるで細い木材を互いに叩き付け合うような音だ…カラカラ、カタカタ…
響く音はどんどん大きくなり、その音はまさにこれから向かう先の道から鳴っている…
「やっぱり墓地となればそういう類の奴は居るんだろうねぇ…!」
「な、何が…」
「来るよ…」
【カタカタカタカタ…】
「うわぁぁあ!!」
カタカタと口を鳴らしながら現れたのは、人型のガイコツ…スケルトンであった。レンリエッタはその姿に度肝を抜かしてエラフィンのコートを掴みながら倒れそうになってしまった。
スケルトンはカタカタと口で音を鳴らしながら、瞳の無い眼孔で二人を睨みつけた。
「やっぱり!スケルトンじゃない!珍しい…レンリエッタ、よく見なさいよ!こんな珍しい生物中々お目に掛かれないわよ!」
「いやぁああああ!あっちにやってよー!!」
【カタカタカタカタカタ…】
エラフィンは初めて見る古代のスケルトンに対して興奮気味に視線を送るが、レンリエッタは恐怖で堪らずローブの中に顔をうずめてピクピクと震えた。しかしながらスケルトンは二人に対して何かするわけでもなく、キョロキョロと部屋を見回しては、またカタカタと口を鳴らしている…
「安心しなよレンリエッタ、こいつは戦闘用のスケルトンじゃないよ。襲って来ないから平気さ」
「そんなの分からないよ!きっと油断させて生皮を剥いで来ようとするに決まってる!」
「オカルト小説の読み過ぎよ…」
怯えるレンリエッタだが、エラフィンの言うようにこのスケルトンは戦闘用ではなく管理用らしく、部屋中を見回してからまたカタカタと口を鳴らしながら部屋の奥へと消えて行ってしまった。
ちなみにスケルトンは傀儡生物と呼ばれるが、学会の間では「スケルトンを生物と呼ぶべきか否か」という議論が今も絶えない。
そんな事はさておき、エラフィンは奥に行きたくないとぐずるレンリエッタを無理やり引っ張り、スケルトンの横を通り抜けてさらに奥へと進んで行った。悪霊は居るものの、思ったより此処は危険ではないのかもしれない…
エラフィンは期待外れのような感情を抱きながら、足を進めた。
つづく…
悪夢から覚めたと確信したレンリエッタはハァーッと息を吐いてから、額の冷や汗を拭った。
本当に恐ろしい夢だった…まるで実際に閉じ込められているかのようだった…
「はぁ~……ゆ、夢かぁ…」
「おはようさん、怖い夢でも見てたのかい?」
「う、うん…なんか凄く狭い部屋に閉じ込められる夢を見て…」
「そいつは縁起の悪い夢ね。」
ともかく、レンリエッタは悪夢から覚めたのでホッとした。
だが…あれからどのくらい眠っていたのだろうか、寝起きだと言うのにレンリエッタの頭は妙に覚めていた。嫌な夢を見た日は大抵寝起きも辛いものだが…
そんな風に考えていると、エラフィンは椅子から立ち上がった。
「さて、休憩は充分だね?これから遺跡潜りだ。」
「もう行くの?…というより私どのくらい寝てたの?」
「細かくは数えちゃいないが…そうさねぇ、3時間くらいじゃないかい?」
「3時間…思ったより短いなぁ」
エラフィン曰く、レンリエッタは3時間ぐっすり眠っていたらしい。寝顔も穏やかだったらしいが、本人が見た夢は紛れもなく悪夢だったので案外当てにならないものである。
着崩れたコートを正し、杖の有無もキッチリ確認したレンリエッタはいよいよ墓地への挑戦に少し胸を躍らせた。散々怖いと言っても、いざ挑戦する気になると妙にワクワクして来たのだ。
「怖いのになんかワクワクして来た…なんでだろう…」
「知的好奇心は時に恐怖より勝るものなのよ、魔法使いとしては良い予兆ね。」
「好奇心…というより、冒険心かなぁ…」
レンリエッタは気張るようにギュッと両手を握った。これから挑むのは数多の戦士が眠る古代の墓場、その奥に眠る秘宝…幽鬼の石を手に入れるなんて、まるで冒険小説である。
少なくとも一月前まで仕立て屋で服を縫っていた頃には思いもしなかった体験が待っていると考えればさらにワクワクして来た。
エラフィンも鞄を肩に掛け、杖を手に取ると誰かが部屋のドアを叩いて言った。
『エラフィン様、レンリエッタ殿…お目覚めですかな?』
「ああ、入って来て構わないよ。」
『では……おや、これから出発されるのですか?」
入って来たのはマイケンだった。どうやらエラフィン達がこれから出ようとするので驚いているらしい。
「この時間帯となれば野宿は必須…村長様も宿泊された方が良いと仰っていましたが…」
「気持ちは嬉しいけどカヴルを待たせるわけにはいかないし、急ぐわ。それに魔法を使えば直ぐに到着するから平気よ。」
「おや、山で魔法を使用されるのですか?そちら側の規則では禁止なのでは…」
「郷に入れば郷に従えって言うじゃない、それともこっちでも禁止だったのかしら?」
「いえいえ、我々は禁止しておりませんよ。どうぞご使用ください。」
もうすぐ日が暮れるらしいが、エラフィンは魔法で向かうから平気だと悪びれも無く言ってみせた。レンリエッタは一瞬肝を冷やしたが、マイケン曰く使用は禁止されていないらしい。
前述もしたが此処はヴァルハニア一族が管理する土地なので規則も違い、ここからは合法的に魔法を使用できるのだ。だがもちろん他者を襲う目的での使用は禁じられている。
準備を終えた二人はマイケンと共に客室を出て、そのまま居住空間の階段を昇って儀式の間へと上がった。儀式の間では訪れた際と同じく火が焚かれ、ブワッとした熱気が部屋を包み込んでいる。
そして部屋の中央、石台の奥にてイコエルはキッチリとした正座で瞑想に身を徹していた。
その様子を見てレンリエッタは虫の様な声でそっとマイケンへ聞いた。
「ねぇ、村長様は何をしているの?」
「瞑想でございます。降霊師として極めて静かな心を鍛えているのです。」
「こうれいし?それって…」
レンリエッタが再度聞こうとする前に、イコエルが瞑想を終えてスッと立ち上がったので質問は慎められた。
彼は立ち上がると羽根をバサバサと小刻みに動かし、その後に指を動かして火を消した。途端に部屋の温度は死んだように冷たくなって行く。
「……おや、エラフィン様…そしてレンリエッタ殿…もう向かわれるのですね?」
「ああ、早いところ出て直ぐに戻りたくてね。」
「ですがなにもこのような時間に…今からでは日が暮れてしまいますよ。」
「魔法を使えばあっという間よ。気遣いは感謝するよ。」
「そうですか……ならば皆さんに伝えないとですね…マイケン、村中の人々を建物の前に集めてください。」
「はっ!承知しました!」
イコエルは二人が出る前に村の皆へ知らせるため、マイケンへ邸宅の前に村人を集めろと命じた。するとマイケンはシュッと素早く風のように邸宅を出て、村中を翔り始めた。
彼が村中の人を集めている間、イコエルはエラフィンへある物を渡した。奇妙な印が彫られた手に収まるサイズの翡翠の板であった。
「エラフィン様、こちらをどうぞ。墓地の鍵です。」
「墓地の鍵だって?そんなものを軽々しく渡して大丈夫なのかい?」
「ご安心ください、一度使えば無くなります。それと内部から開ける際に鍵は必要ありません。」
「使い捨ての鍵ってわけかい…なるほど、こんな仕掛けが…」
鍵を受け取ったエラフィンは色々な角度からそれを眺めた。使い捨ての鍵とは珍しいが、一度しか使えないので開けたらすぐに入らなければならない…入り損ねた時は手ぶらで下山する羽目になるのだから。
鍵を鞄に仕舞い込んだエラフィンは思い出したように言った。
「そう言えば手土産があったんだ、受け取ってくれるかい?」
「え?手土産ですか…?もしお譲り下さるなら受け取りますが…」
「そりゃよかった、ちょっとレンリエッタ…手伝っておくれ!」
「は、はい!」
手土産があると言うエラフィンはレンリエッタに鞄の口を広げるように言い付けると、中から大きなカバンをグイッと二個ほど引っ張り出した。一体何が出て来るのだろうかと興味津々で見ていたイコエルとレンリエッタはパンパンに荷物が積まれたカバンを見て唖然としている。
二個目のカバンをドスンッと床へ置いたエラフィンはハァーッと大きく息をついた。
「ふぅ……さ、これが土産…」
「えっと…これは一体…何が入っているのでしょうか?生物でなければ良いのですが…」
「安心しな、中身は本だよ。調剤書と医学書、図鑑に小説…それからくだらない自己啓発本なんかよ」
カバンの中身は大量の本であった。エラフィンの蔵書だったもので、整理がてら譲ろうと言うのだ…もちろん保存状態が良く、補修もされているので新品同様だ。
ちなみに少し前に世間を騒がせた『ヘリ―クッツー』の三部作も置いてあるが、これは効力が切れているので読んでも面白くない、ただの焚火燃料である。
「あぁ!本ですね、ありがたいですよ!村に置いてあるものは限られてますから!けれど良いのですか?こんなにたくさん…」
「なぁに気にしないでおくれ、もう置く場所も無かったんだ。本が子供を産んでさらに増えるよりかは良いでしょ。」
「(ゴミを押し付けてるわけじゃないんだ…)」
閉鎖的な村において新しい本は貴重な物らしく、イコエルは目をキラキラさせながら一冊手に取った。『調剤計測票』という本だ…彼は中身をジロジロと見た後、妙な顔を浮かべながらそっと本を閉じてしまった。
どんな内容だったのかは分からないが、それ以外は気に入ってくれたようだ。
少しすると、建物の扉が開き、マイケンが戻って来た。どうやら村中の者を集め終えたらしい…よく耳をすませばざわざわと囁く声が聞こえて来る。
「村長様、村人の招集が終わりました。」
「ああ、ありがとう。では、行きましょうか…」
「さてさて、どんな反応をしてくれるかね」
「うぅうう…緊張して来た…」
まず最初にイコエルが扉をくぐり、その次にエラフィン、そして最後にレンリエッタが外へと出た。
薄ら暗い曇り空を上に、階段の下には村中の人々が集まっている。レンリエッタは視線を降ろして人々を見てみると、その大半は角付きだという事に気が付いた。
それに随分と若者が多かった、村人は100人前後居たがその7割ほどが若者である。彼らは村長であるイコエルとその横に立つ二人をジッと見ている…
レンリエッタはこんなにも多くの人々から視線を受けた事は無かったので、胃がひっくり返る様な緊張感に襲われた。
「…皆、よくぞ集まってくれた!既に何人かの者は既知かもしれぬが、今日…17年ぶりに墓地へと挑戦する者が現れたので紹介しよう!」
寒風を貫くようなイコエルの大声に対して、人々は静かにジッと彼を見ている。ひそひそと話す事すらしない様だ。
そのせいでやけに嫌な沈黙が流れている…しかし、イコエルは気にせず続けた。
「私の横に立つエラフィン・ファングステン!並びにレンリエッタ!…この勇敢なる2人の魔法使いはこれより先祖の墓へと潜り、幽鬼の石を持って来るであろう!そしてどうか皆の者…彼女等の挑戦に対する勇気を称えてやってくれぬか!」
「………」
イコエルは村人たちへエラフィンとレンリエッタに対する声を求めた……が、しばしの沈黙が流れた。冷たい風が人々の間を通り抜け、静寂が背をくすぶる。
続く静けさにイコエルは歯を少し食いしばり、エラフィンは苦い顔をして、レンリエッタはギュッと目を閉じて『この時間が早く過ぎれば良いのに』と、心の中で念じた……すると、やがて1人の声が響いた。
「あぁいいぞ!やれよー!久しぶりに石を見せてくれよ!」
「…!」
村人の一人がエラフィン達に声を掛け、それをきっかけにまた何人か声を上げた。
「新しい挑戦者を何年も待ってたんだ!ちゃんと成功して戻って来いよ!」
「村長様が許可をお出しするのならきっと大丈夫よ!悪霊なんてケツを蹴り上げちゃいな!」
「たまにはあの墓場も換気してやらねぇとな!だからってアンデッドの仲間にはなるなよ!」
「み、みんな…!」
「噂ほど此処の連中は嫌な奴等じゃない様ね。」
「えへへ…なんか変な気分…」
いつしか村中の殆どの者がエラフィン達へ激励を送るようになった。レンリエッタは妙な自身に溢れながらも人々の中にグライスを見つけ、彼と目を合わせた。
グライスは何も言わなかったが、ただゆっくりと頷いた。
「よし!いいぞ!!心よりの激励は何よりも代え難い武器だ!きっとこの者達は墓地での挑戦を成功させるだろう!!そして誇り高き戦士の想いを受け継ぐに相応しい魂を見せてくれるだろう!…今より!幽鬼の挑戦を開始とする!!」
一層と大きな声で挑戦の開始を宣言すると、村人たちもさらに大きな声で称えた。
ひとしきりの声援を受けた二人は墓地への登山道へ出るため、再度邸宅内の儀式の間へと通された。内部へ入っても少しだけ声援の余損が外から漏れていた…
「さぁお二人ともこちらです!少し離れていてください、今裏口を開きますので!」
イコエルは儀式の間の中央、石の土台に手をかざすと聞き取れないほど小さな声で何かを喋ると、次の瞬間…グゴゴゴと大きな音を立てて建物全体が揺れ始めた。
すると床の一部が動き出し、石はカタカタと音を立てながら、床に裏口までへの下り階段を出現させた。暗く長い不気味な階段の奥からコォ―ッ…という風の吹き抜ける音が聞こえる…
「隠し階段とは恐れ入ったわ、思った以上に厳重なのね。」
「元々は正門と同じようなものが裏に建っていたのですが、祖父が作り変えてこのように……そしてこの通路を使用するのはあなた達が初めてです…」
「ほほう、それは嬉しい記念じゃないか。どうだいレンリエッタ、第一号になるつもりは無い?」
「私はちょっと…先生が先で良いよ、気にしないで。」
「ふーん、そうかい。そんじゃ私達は出発するよ、成功を祈ってておくれ。」
「ええ、お気をつけて…それとどうかご生還を…」
「きっとお二人ならば成し遂げると確信していますぞ!」
ということでイコエル、マイケンの二人に見送られながらエラフィンとレンリエッタはゆっくりと暗い階段を降り始めた。レンリエッタは足を踏み外しそうでひやひやしたが、ありがたい事にエラフィンが明かりを点けてくれたので長い階段を無傷で降りることに成功した。
そして階段を下りた先で少し長い通路を抜け……二人は村の裏手、旧登山道へと到着した。
ここより先は冗談も通じないほど険しい道となっている…少し先を眺めれば雪が降り積もっており、遠くの方からは何か恐ろしい存在が待ち受けているのか、グルグルと喉を鳴らす音が聞こえる…
空模様に関しては相変わらず曇り一色なのだが、ほんのり薄暗くなり始めている…日没が近いのだろう。
「さぁて、こっから6合目までは結構遠いし険しいよ。レン、準備は出来てるんだろうね?」
「じゅ、準備って心の準備のこと?それなら…出来てるよ、生まれた時からいつも覚悟してる…」
「ヒュー!かっこいいじゃないの!それに心の準備ってのは大正解、ここからはさっきよりも荒々しく行くからね…」
「さ、さっきより荒々しく!?」
さっきよりも荒々しく行くと言うエラフィンにレンリエッタはギョッとした。2合目まで来るのにも随分と荒っぽい登山をしたのでこれ以上荒れるなんて想像もできない。
おおよそ、巨大パチンコでも作ってビューンと飛んで行くのだろうかと思ったが、(当たり前にも)違う様だ。
エラフィンは背負っていた杖を手に取り、呪文を唱えて飛行杖の形態に移行させた。
「え?ひ、飛行杖で行くの?」
「ああそうだよ、こっから飛んで行くのさ」
「でも使えないんじゃないの?その、気流とか激しいからって…あと食べられちゃうから…」
「だからこそ荒れるのよ!気流は安定魔法で相殺するけど揺れるし、モタモタしてると飛竜が喰いに来る!だとしたら吹き飛ばされるよりも、食われるよりも早く飛べばいいのさ!」
なんとエラフィンは此処から6合目まで飛行杖で行こうと言うのだ。もちろん雪山での飛行杖は禁止されている、激しく不安定な気流が吹き荒れ、ドラゴンが襲い掛かって来るし、凍結してしまいそうなほど寒い環境は全く持って飛行には適していない…ウィングヘルドも地を這うレベルの危険地帯だ。
だからこそ彼女はとんでもない速さで山を飛び抜けようと言うのだ…レンリエッタは冗談かと思ったが、真面目な顔で杖に跨りながら「早く乗りな」と言って来るのでどうやら本気中の大本気らしい…
「え、えぇ……それ以外の方法は…」
「……レンリエッタ、それ以上質問する前に乗っとくれ…それか糸で繋いでも良いんだよ?」
「ひぃい!分かったよ!乗るよ!乗るから!!んもぅう…」
「安心しな!いざという時は防御魔法で身を守る!そんじゃ行くよ!!」
「くぅう…!ば、ばっちこい!!」
レンリエッタが後ろに跨ったのを確認したエラフィンは念のため二人の身体を糸魔法で杖と結びつけるとシュッと地面を蹴り上げて杖を空中に持ち上げた。
次に風水魔法の光で行き先を確認すると…
「初めから魔力最大でぶっ飛ばすよ!!そうらぁ!!」
ズオッ!!
「ッ…!!うわぁあああ!!」
エラフィンは杖へ最大限の魔力を注ぎ込んで一気に加速した。一瞬、視界がぐわんと歪むと周囲に衝撃波を飛ばしながら杖は猛スピードで飛び始めた。
シュッと岩が足元を掠り、ガタガタと杖が揺れ、景色は岩から雪へと早変わり……白い竜の目前を一瞬で過ぎ去った様な気がしたが、声はしなかったのでバレなかった模様…
「さ、さすがに……くっ!コントロールが難しいねぇ…!」
「ぎゃぁあああ!!前!まえッ!!」
「ぐぬぁあ!!ふんぎー!!」
「ひゃあ!あ、危なかった…うわぁああ!!」
最高速でのコントロールはエラフィンにも難しく、岩のように重い杖を一生懸命操りながら衝突の危機を幾度となく回避した。さらに負荷が掛かったせいで杖からもギギギッと嫌な音が聞こえる…
そしてレンリエッタは殆ど叫びっぱなしだった。だが、こんなにも短時間に十数回も死に掛けたのは初めてだし、今後も絶対に無いと言えよう…
それからさらに高速での飛行を続け、5分が経とうとしない時にいよいよ目的地は近付いて来た。周囲の気温は氷に刺されるように冷たく、帽子を被っていなかったら髪の毛がガチガチになってしまいそうだ…
やがてエラフィンはブレーキをグギギギッと掛けて減速すると、ズザザッとブーツを擦りながら乱暴な着地を成功させた…
「はぁー!はぁー!!…ふぅ、どんなもんよ…はぁ…」
「はひ……し、しぬかとおもった…!」
「ええホントにね……けど死んで無いわよ私達。それにほら見な、ちゃんと到着したじゃないか。」
その言葉を聞く暇もなく、レンリエッタは腰が引けそうなのを我慢してガクガクとした足取りで杖を降りると、地面の安心感を存分に味わった。ひざ下まで積もった雪は邪魔だったが、それでも安心した気持ちになれた…
そして落ち着いてからレンリエッタが顔を上げると、そこには石造りの古びた神殿……古代墓地の入り口が佇んでいた…
「これが古代墓地……入り口は地味だね…」
「やたら豪華にすると俗っぽいからよ。」
古代墓地の入り口は岩壁の断面に備え付けられており、装飾の類は殆ど無く、くぼみの付いた不格好で重厚な石の扉が佇むのみ…そしてその前には幾つか柱や朽ちたアーチが建っているが、いずれも装飾は無かった。
二人は扉の前までやって来ると、くぼみに詰まった雪を掻き出してから鍵を手に取った。
「上手く動いてくれれば良いんだけど…此処まで来て手ぶらで帰るのは絶対に嫌だかんね…」
「とりあえずはめてみたら?形は一緒だよ、大きさも同じくらいだし…」
「ええ…やるわよ……カチッとな…」
散々疑っておきながらも、エラフィンがカチッとくぼみに板をはめ込むと……次の瞬間、石の扉はシュッと音もなく消えてしまい、中へと通じる道が現れた。
二人はその様を見て一瞬ポカンとしたが、鍵が使い捨てだと思い出すと直ぐに中へ飛び込んだ。幸いにも二人が飛び込んでしばらくしてから扉は元に戻った…
「仕組みは不明ね…一体どこの誰がこの扉を…」
「と、扉なんて良いから先に進もうよ…ていうか暗い!あ、明かりを点けないと…」
「そうね…」
いよいよ地下墓地の内部へと足を踏み入れた二人…真っ暗な視界をエラフィンは杖を光らせて視界を確保した。
入って来た扉の反対側は狭い道となっており、二人は慎重にその道を歩いて行くと…やがてさらに広い通路へと出て来た。広い通路の壁には石製の扉の様な長方形が埋め込まれており、それぞれに古代文字が彫られていた…
そしてそれがズラ―ッと奥まで続いている。その正体が何なのかてレンリエッタはすぐに分かった。
「こ、これって…まさか全部…棺桶?」
「きっと埋葬された戦士でしょうね…入り口から近いのを見るにあんまり名声は得られなかった様だけど。」
「だからってこんなに埋めるかなぁ…」
やはり、その正体はかつての戦士たちが眠る棺桶だった。しかし入り口から近く、開けられた痕跡も無いので中身は結晶化していないのだろう…おそらくは名のある兵士辺りが眠っているのかもしれない。
エラフィンは興味深そうに並ぶ棺桶たちに目を通しながら歩き、レンリエッタはその背を掴みながら不安そうに付いて歩いた。
「何を怖がってるんだいレンリエッタ、なーんも居やしないだろうに。」
「そ、そんなの分からないよ…まだ何か居るかも…」
「居たとしても精々悪霊くらいでしょ。……うん?なんだいありゃ…氷の塊かい?」
「え…」
少し歩くと、前方に通路を邪魔する物体が現れた。結晶のように透き通ったそれは氷であり、ガチガチに固まった氷の塊が壁のように道を塞いでいるのだ。
エラフィンは近付いて観察してみる事にしたが、驚くことに氷の中には閉じ込められたモノが…
「なんか埋まってるね……う!ヘルドじゃないか!?」
「えぇえ!?う、そでしょ……こ、これいつの人なの…」
「さぁね…だが17年以上前の奴だって事は確かね…」
なんと氷の中にはヘルドがひとり、丸々閉じ込められていた。おそらく17年前に墓地へ挑んだ者の成れの果てだろう、氷漬けにされているせいで新鮮なまま…恐怖の表情を浮かべたまま凍り付いている。
レンリエッタは思わず顔を伏せてギュッと目を閉じて見ないようにしていたが、エラフィンは興味深そうにしげしげと眺めた。
「凄いねこりゃ……でも誰がこんな事を…流石に死んでる様だけど…」
「も、もう行こうよ!こんなの見たくないよ…」
「まぁ待ちなって…この氷は邪魔だから溶かさないといけないし……どうせなら解凍して身元を確かめてみるかい?」
「い、いいよ!そんな事しなくて……可哀想だよ…」
「可哀想だと思うなら弔ってやるべきだけどねぇ……ま、私達の次に挑戦する奴等に任せようかね」
エラフィンは邪魔な氷を溶かすついでに死体を弄ってみようと提案したが、当然にもレンリエッタは拒絶した。死体を無暗に弄りまわすのは気持ちの良い事では無いし、死者を漁るなんて以ての外だ。
仕方なくエラフィンは火球魔法でジュワーッと通れるくらいの穴をあけると、二人はそそくさと進んで行った。それにしても一体誰が氷漬けにしたのか……エラフィンはどうにも怪しいと疑う感情が拭い切れなかった。
しばらくの間、二人は同じ光景が延々と繋ぐ通路を歩いて行くと、薄ら明るい大きな部屋に出た。文字が彫られたタイルの床が敷かれ、壁には動物の彫刻が並び、天井には古代文字の文章が彫られている。
そして不思議なことにこの部屋には来た道以外に扉などは無く、行き止まりであった。
「なにここ……行き止まりだよ…」
「タイルの床に天井の文字、こりゃ古典的と言うか…なんとも分かりやすい仕掛け部屋だねぇ」
「仕掛け部屋?」
「パズルってこと、問題を解くと次に進む道が開けたりするもんよ。」
「なんか面倒だね、お墓なのに。」
「昔の奴等の考えなんて分からないもんさ。」
エラフィンは部屋の天井と床、壁を見てすぐに仕掛け部屋だと見抜いた。古代の人々はどういうわけか、こう言ったパズルや仕掛けのある部屋が大好きなので色々な古代遺跡に必ずある物だ。
レンリエッタが疑問に思う中、エラフィンは天井の文章を読み始めた。
「魂の国、見張る、東西南北…獣……指し示せ…」
「つまりどういう事なの?」
「宗教的な問題だね…魂の国はタオナのことで、それを見張る四匹の霊獣を示せってこと。何を言ってるか分からないと思うけど、詳しい説明は後にするから…とりあえず今は聞かないで…」
「うん…わかった…」
天井に彫られた文章を要約すると『魂の国を見守る東西南北の霊獣を指し示せ』というものであり、詳しい説明は省くが死後の世界であり、魂の国タオ=ナを守る四匹の霊獣を表すタイルを踏めという事だろう。
壁の彫刻もまさにその霊獣を模ったものである。鳥、蛇、猫、亀の四匹だ。
エラフィンは慎重に部屋の仕掛けを見回し、どう動くかを考え始めた。失敗すれば何が起きるか分かったものでは無いので、慎重にならざるを得なかった。
「(床のタイルは全部5×5の25枚…文字は……とりあえず全部入ってるね…)」
床の25枚の文字タイルの中には『鳥』『蛇』『猫』『亀』の四文字が入っているが……容易に踏んではならない。こう言ったパズルには捻くれた回答が付き物なのだ。
例えば鳥を表すにしても『空』や『翼』というのもあるし、猫なら『富』だったり『爪』というのも考えられる。
エラフィンは大いに悩んだ…
「困ったねぇ…こいつは難しい問題だ…」
「そんなに難しいんだ…」
「昔の連中は捻くれてるの、だから文章の通りやっても間違いって事も多いから…」
「なんて書いてあるの?」
「だから魂の国を見張る東西南北…四匹の獣を示せってことなの。どのタイルを踏めば良いのか悩むねぇ…」
エラフィンはじっくりと考え、レンリエッタは部屋を見回してから一言。
「なんでタイルを踏むの?」
「え?だから獣を指し示せって…」
「でもタイルを踏めって書いて無いんだよね?」
「………」
レンリエッタの発言に対してエラフィンはすっかり黙り込んでしまった。古代の人間は確かに捻くれているが、まさかそんな事はしないと思いつつ、4つの彫刻のひとつ…蛇の彫刻に近付き、まじまじと観察してみた。
「だめ…絶対にダメ……そんなことあってはならないわ…」
「ねぇどうしたの?……あ、この蛇のベロ…なんか動きそうだよ!」
無慈悲な事にも蛇の彫刻の舌は引きやすそうな形状をしており、その舌の根元には小さな隙間が見られるので動きそうである。だがエラフィンは散々深読みした自分を否定できず、認めようとはしなかった。
頭を抱えて中々動こうとしないエラフィンをよそに、レンリエッタは勝手に蛇の舌を掴むとギィーッと引っ張った。すると像はガガガッと動きながら沈み、部屋の外からガコンッとひときわ大きな音が響いた…
「……なにも起きないけど、これで合ってるんだよ!きっと!!」
「なによこのクソ問題!一体どこの誰が作ったって言うのよ!」
「あはははは!先生ってば元気になっちゃった。」
ついにエラフィンは問題の理不尽さにブチギレて大声を上げた。これ見よがしなタイルを置いておきながら、全てダミーとは古代のヘルドというのはなんともいやらしい奴等だとつくづく実感させてくる。
一方でレンリエッタは床のタイルを踏まないように歩くと、続いて鳥のくちばしを捻り、さらには亀の甲羅の頂点部分を押し込み、猫の尻尾を下ろした。
するといずれの像も沈み込み、ガコン!ガコン!!と大きな音が部屋の外から響いた。
そして4つの像が全て沈むと、ガガガガガ!と部屋全体を揺らしながら壁が動き、新たな道が開かれた。入って来た道から見て、右側の壁が開いた。
「やったぁ!仕掛け解いちゃった!」
「……ま、まぁ!流石私の弟子ってところかしらね!」
「えへへへ…ねぇ、早く行こうよ!」
「ええ!こんな部屋!もう一秒も居たくないわ!」
二人はとっとと開かれた道を行き、墓地の奥へと歩き出した。道は下へと続いており、欠けた階段を降りる度にゾワゾワとした冷たさが全身を包み込むのが分かった…
まるで何かが縋り付いて来るように、レンリエッタはひどく気が重くなって来た。しかし、一方でエラフィンは特に疲れている様子もなく、元気そうである。
「うぅ……うっうう…なんか……身体が、重い…」
「なんですって?まさか幽霊に憑りつかれてるんじゃないだろうね…」
「えぇ!?やだー!取って取って!!」
「こら!こんな狭い所で慌てるんじゃないよ!ジッとしてな!」
幽霊が憑りついていると聞き、慌てるレンリエッタを落ち着かせながらエラフィンは【ラハイオ】の呪文を唱えた。
「ほら…ラハイオ!!」
「うあっ…まぶしっ…」
【グァァアアッ…!】
杖から放たれる閃光は瞬く間にレンリエッタに憑いていた悪霊を消し去り、重くなっていた気は一気に軽くなった…というより、元に戻った。しかし…追い払えたのは良いとして、お札を使っているのに悪霊が憑くとは案外頼りにならないものである。
エラフィンが「やっぱり買わないと駄目だねぇ」と言い、先に進む姿を見てレンリエッタはこの先が凄く心配になった。
そしてその心配へ追い打ちをかけるように長い下り階段の行き着く先は物騒な部屋であった。
「うげ!な、なにここ…」
「まるで拷問部屋だねぇ…物騒なもんばっかりじゃないか。」
二人が行き着いた部屋はなんとも物騒なもので…針だらけの椅子やら鉄の棺桶のようなもの、染みが滲んだ金属の棍棒などが散乱している。床に散らばるガラクタの中には首輪らしきものや、腕輪のようなものも見られる…
レンリエッタはすくみあがり、エラフィンは興味津々でそれらを見始めた。
「うーん…こいつは興味深いね…なんたって墓地の中にこんなものを置く必要があるって言うんだい…」
「分からないよぉ…ねぇ、はやく行こうよ…」
「まぁ落ち着きなってレンリエッタ。こんな道具があるんだから何処かに使う奴が居るかもしれないよ。」
「怖いこと言わないでよ!此処は大昔の墓地なんだから居たとしてもきっとガイコツだよ!」
「そう!ガイコツと言えば…」
エラフィンがそう言いかけた途端、何処からか音が鳴り始めた…
カタカタカタ…
「ひぃ!?なんの音!?」
「レンリエッタ、こっちに来るんだ。後ろに隠れな…」
エラフィンの言葉にレンリエッタはすぐに彼女の後ろへ隠れ、カタカタという音が近くなるのをひしひしと感じた。まるで細い木材を互いに叩き付け合うような音だ…カラカラ、カタカタ…
響く音はどんどん大きくなり、その音はまさにこれから向かう先の道から鳴っている…
「やっぱり墓地となればそういう類の奴は居るんだろうねぇ…!」
「な、何が…」
「来るよ…」
【カタカタカタカタ…】
「うわぁぁあ!!」
カタカタと口を鳴らしながら現れたのは、人型のガイコツ…スケルトンであった。レンリエッタはその姿に度肝を抜かしてエラフィンのコートを掴みながら倒れそうになってしまった。
スケルトンはカタカタと口で音を鳴らしながら、瞳の無い眼孔で二人を睨みつけた。
「やっぱり!スケルトンじゃない!珍しい…レンリエッタ、よく見なさいよ!こんな珍しい生物中々お目に掛かれないわよ!」
「いやぁああああ!あっちにやってよー!!」
【カタカタカタカタカタ…】
エラフィンは初めて見る古代のスケルトンに対して興奮気味に視線を送るが、レンリエッタは恐怖で堪らずローブの中に顔をうずめてピクピクと震えた。しかしながらスケルトンは二人に対して何かするわけでもなく、キョロキョロと部屋を見回しては、またカタカタと口を鳴らしている…
「安心しなよレンリエッタ、こいつは戦闘用のスケルトンじゃないよ。襲って来ないから平気さ」
「そんなの分からないよ!きっと油断させて生皮を剥いで来ようとするに決まってる!」
「オカルト小説の読み過ぎよ…」
怯えるレンリエッタだが、エラフィンの言うようにこのスケルトンは戦闘用ではなく管理用らしく、部屋中を見回してからまたカタカタと口を鳴らしながら部屋の奥へと消えて行ってしまった。
ちなみにスケルトンは傀儡生物と呼ばれるが、学会の間では「スケルトンを生物と呼ぶべきか否か」という議論が今も絶えない。
そんな事はさておき、エラフィンは奥に行きたくないとぐずるレンリエッタを無理やり引っ張り、スケルトンの横を通り抜けてさらに奥へと進んで行った。悪霊は居るものの、思ったより此処は危険ではないのかもしれない…
エラフィンは期待外れのような感情を抱きながら、足を進めた。
つづく…
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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