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第26話『ヴァルハニアの一族』
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夜明けと共に登山とは中々にロマンチックなシチュエーションだと考えていたレンリエッタ…だが決して現在の状況はそんな物では無かった。
登山するにも面倒な手続きが必要なため、エラフィンに付いて歩いて行った先は『登山客向け窓口』という極めて分かりやすい場所だった。見た目は白レンガの建物と言えば良いだろうか、外観はこじんまりとして可愛らしいものだったが、内部はまるで違った。
「遭難者の捜索届を出す方はこちらへ!まだ募集枠が3つ残っています!」
「内臓、四肢に激しい損傷を持つ方はヒルラシア治療寺院の紹介状を渡しますのでカウンターへお越しください。」
「現在の危険指定種の魔獣は以下の6種となっております、なお魔獣による被害は…」
「な、なんか凄く…物騒な所だね…」
「そりゃもちろん。言っただろう、此処は死者が絶えないって。さぁ並ぶよ…ハッキリ言うが今が一番苦痛だね」
此処は死地と呼ばれるクランノース山の麓、となればもちろん死者や怪我人向けの施設もあるのだ。この窓口の横には診療所と死体安置所が建っており、物騒なワードが嫌でも耳に入って来た。
レンリエッタはエラフィンと共に登山客用のカウンターに並ぶ間、周囲の話に耳を傾けてみた。
【登山客を狙った盗賊が居るんだってよ。】
「おいおい、山の中じゃ魔法が使えないってのにキツイぜそりゃ…」
「今朝は絶好の登山日和ですな。今回は何合目までの挑戦を?」
「もうこの歳ですから4合目が限界ですねぇ…昔はよく6合目の墓地を訪れたものですよ」
「墓地への登山道が閉鎖されてからあそこへは行けなくなりましたからな…」
「本当だって!見たんだよ!デカい看板がドーンッて落ちて来てさ!」
「そんで小さい子供が一人で直したって?エルヘルドですらもうちょっとマシな嘘つくぜ」
「本当なんだってよー!ほら、あそこの子とちょうど同じくらいだ!」
あくび掻きながら退屈そうにするエラフィンとは裏腹にレンリエッタは周囲の人々の会話を聞くのが楽しかったので、それほど退屈せずに順番を待つことが出来た。
ようやく訪れた自分達の番にエラフィンはようやくかと言わんばかりに首をゴキゴキ鳴らしながらカウンターのキチッとした白衣のヘルドへ話しかけた。
「山へ入るよ、許可を出しておくれ。」
「申し訳ございませんがもう少し具体的な話を…何合目まで向かわれるのでしょうか?それに人数と帰還予定日時を…」
「まず二合目の村へ行って、そっから六合目の墓地に行く…私とこの子の二人で。いつ帰れるかなんてこっちが知りたいよ。」
「…お客様…大変申し上げにくいのですが……現在二合目のクロフロス村は外部との交流を控えているとのことで村への立ち入りはもちろん墓地へは…」
職員の言葉にエラフィンはハァーッと息を吐きつつ、懐からROWのバッジを取り出して見せつけた。すると職員はすぐに姿勢を正してビクッとした口調で言った。
「た、大変失礼いたしました…!すぐに許可書を発行いたしますね…!」
「登山料は城の奴等に付けといてちょうだい。」
「は、はい!承知いたしました!」
「そんなことして大丈夫なの?」
「へーきよ、どうせ今月分の給与から引かれるだけだし。」
エラフィンがROWのメンバーだと知るや否や、職員はキビキビと動き始めてあっという間に二枚の許可書を発行してくれた。後はこれにサインするだけだが、内容が妙に恐ろしかったのでレンリエッタはゴクリと固唾を飲み込みながら自身の名をサインした。
一方でエラフィンは契約内容など一切読まず、チャチャッと読めない字でサインをしていた。
「確認しました……それでは御武運を祈ります…」
「まぁ死んだときは線香でも立てておくれよ。」
「ひっ……お、恐れ入ります…」
「先生、滅多な事言わないでよ…」
「なぁにちょっとしたジョークよ、ジョーク。」
こんな時でもジョークを言えるくらいなのでエラフィンにとって死地の登山など、さぞかし余裕な事なのだろう。
エラフィンはレンリエッタを連れて建物を出ると、看板の案内に従っていよいよ登山口まで向かった。
「レンリエッタ、注意書きを見ての通り、登山中に特定の魔法以外を使う事は禁止されてるよ。くれぐれも呪文の練習なんてしないように、良いね。」
「はい…でも、先生は使うんでしょ?」
「もちろんだとも!ま、少し登って人目が少なくなったらお披露目するさ…」
登山口は街に比べて結構簡素だった。古い木で作られた質素で大きな枠が建っており、上部には『第一登山道』と書かれていた。
そして付近の看板には使用してはいけない魔法や、使用が許可されている呪文についての説明が記載されていた。登山客同士でのいざこざや希少生物の密猟を止めるための規則であるが、もちろんエラフィンには従う気など無く、後でお披露目してくれるらしい。
しかし今はそこら中に人々が溢れているので大人しくする必要がある。レンリエッタは大袈裟に深呼吸をしてから、人生初の登山を始めるべく、一歩を踏み出した。
「うーん……登山って聞いたら険しい道を思い浮かべるけど、案外歩きやすいね!」
「まだまだ此処はね…ま、楽しいお散歩気分をエンジョイすると良いじゃないか…今だけは。」
だが、散々険しさを聞いていた割には、登山道はやけに歩きやすかった。坂道であれどもそこまで急というわけでもなく、ご親切にも大昔の人が残してくれた石畳の道を歩けば良かったのだ。
レンリエッタは靴に除雪と滑り止めの魔法を掛けてもらったおかげで足を取られる事も無く、ずいずいと調子よく先へ進んだ。エラフィンも杖を浮かせて、特に苦労するような素振りも見せない。
気温も肌寒い程度で凍死とは程遠く、本当に快適である。
景色も良い、ゴツゴツとした岩だらけの景色に芽生える僅かな緑、青く透き通った空、陽に照らされて白く輝く山頂……口笛のひとつでも奏でたいような気分だ。
「あっはっは、なんだかピクニックみたい…お弁当、持って来れば良かったかな。」
「悪いが休憩なんてするつもりは無いからね、一合目で道を分かれるから、そっからは急いで行くよ」
「急いで山を登るの?それって大変だし危険じゃない…?」
「だからこそのイカサマよ。」
エラフィン曰く、すぐに道が険しくなるらしいが……やはり、その言葉は的中した。
しばらくの時間を掛け、一合目まで半分の距離にもなって来るとレンリエッタの余裕は殆ど無くなっていた。石畳の道は段々と無くなり、代わりにゴツゴツとした細かい岩が散乱する道が目立ち始めた。
辺りには少しの霧が漂い始め、ひんやりとした空気がコート越しに肌をくすぐる……明らかにおかしい、急に雰囲気が変わり始めている…
登山客の数も減っているように思えた。
「ね、ねぇ…なんか急に寒くなって来てない…?道も歩きにくいし…」
「うふふふふ…山の洗礼よ、心して受ける事ね。」
クランノース山は麓こそ穏やかなものであるが、どういうわけか足を踏み入れようとした者に対してはこれ以上に無いほどの過酷な試練を与える山なのだ。一説によると墓地を造り上げた古の魔術師が近付こうとする悪しき心を持った者や生半可な覚悟を持つ者を追い返すために掛けた呪いだと言われている…
それが今も残って山を登ろうとする者に試練を与えている……らしいのだが、本当はよく分かっていない…
それはともかく、道はさらに険しくなり、岩だらけの急な坂が立ちはだかるとレンリエッタはいよいよ参ってしまい、足を止めてしまった。
「ひぇ~…こ、これを登るの…?」
「へこたれてる場合かい?自分の力で登るんだ、良いね?私は先に行ってるよ」
「あ!待って!置いてかないで!」
だがエラフィンはレンリエッタを見捨てるようにヒョイッと軽々しくジャンプしては坂の岩を飛び移って行き、あっという間に上へ登ってしまうと余裕そうに見下した。
助けが得られない以上、自分の力で登るしかないのでレンリエッタはガムシャラに登り始めた。飛び移るなんて出来るハズも無いので、両手と両足を使ってズガガッと虫のように登り狂った。
「ふんぎっぎぎ!!ぐぉおおおお!!」
靴には滑り止めが掛けられていたので無理やり登ろうとすれば案外イケた。
なのでレンリエッタは鋭い岩で両手をズタズタにしながらもどうにか坂を登り切り、荒い呼吸で胸を張ってみせた。まだ一合目にも達していないが、もう帰っても良いくらいには達成感に満ちている…
「はぁー!はぁー!!ど、どうよ!」
「おぉーおぉー!やれば出来るじゃないかい、相変わらず根性はあるね!」
「それだけが…はぁ……取り柄だから!……で、でも手が…うぅ…痛いよぉ…」
「泣くんじゃないよ、ほら手を貸しな……トラマーキス…」
レンリエッタは血が滲む手をジンジンと痛ませて半べそ状態であったが、エラフィンの【トラマーキス】という呪文によって手は瞬く間に元通りになった。ツルツルピカピカで痛みも無くなり、涙はあっという間に引いた。
おそらく治癒呪文の類だろう、もちろん教えてもらいたいのだが……それどころでは無いのでレンリエッタは自重する事に。
「さぁ行くよ、一合目までの辛抱さ。そっからはズルでチョチョイのチョイよ」
「うん…ありがとう先生…」
先へ進むエラフィンに付き、レンリエッタはトコトコと歩いて山道をまた歩き出した。変わらず険しい道であったが、それでも挫けず歩き続けた。
数時間後、二人はようやく一合目に到着した。標高500メートル地点の一合目には朽ち果てそうな木造の質素な休憩所が建てられ、ここまでやって来た数人の登山客が息をつき、各々で野宿の準備をしたり休み始めた。
だがもちろんエラフィン達は休むことなど無く、先へ進むのだった。
「や、やっと…一合目……はぁ…き、気が重くなりそう…」
「なぁに足を止めてるんだい、さっさと進むよ。早くしないと日が暮れちまう。」
「はーい…」
休むよ余裕もなく、二人は足を進めるのだ。
レンリエッタが気落ちしながら進むと、ボロ臭い看板を軸に二つの道に分かれていた。ひとつは本登山道、そしてもうひとつは旧登山道…村があるのは旧の方らしい。
レンリエッタはエラフィンに聞いた。
「先生、なんで道が二つに分かれてるの?」
「村によって墓地が閉鎖されたってのは知ってるね?それに対して新しく作られたのが本登山道なのよ、旧登山道は墓地を通って頂上に行く道で新しい方は墓地を経由せず遠回りして頂上を目指すルートなの。」
「閉鎖するために道も変えたんだ…」
一合目で分かれるこの二つの道は墓地が閉鎖された時に生まれた物なのだ。かつて使われていた旧登山道は道すらも閉鎖されているので現在使えない状態であり、普通に頂上を目指すなら本登山道のみだ。
もちろん二人が進むのは村のある旧の方なのだが、険しさで言えばこちらの方が圧倒的らしい……それを聞いてレンリエッタはさらに気落ちしたが、エラフィンは励ますように笑顔を浮かべて言った。
「安心しな、こっから真面目な登山は終わりだよ。」
「ならいい加減に教えてよ、一体どうやって先に進むの?」
「あんまり派手にやると見つかるかもしれないから……ちょっとそこに隠れるよ」
「う、うん…」
いよいよエラフィンは不真面目な登山を開始するらしい。
二人はまず最初に旧道を少し進んだ先の岩場に隠れた。目立ち過ぎると通報されてしまうのでまずは姿を消す必要がある…もちろんそれに打って付けの呪文があるのだ。
「私の手を握って…そうそう、それじゃ掛けるよ……デムジヴル…」
「……なんか変わったの?」
「これは透明化の呪文、今私達は魔法の膜で見えない状態になってるのよ。」
「でも透明じゃないよ…私も先生も。」
「当たり前よ、私もアンタも透明だったら分かり難くて面倒じゃない」
エラフィンが唱えたのは透明化呪文【ジヴル】の共謀版であった。レンリエッタからすれば何も変わらないものの、きちんと二人の身体は魔法の膜に包まれて外部からは視認不可となっていた。
続いてエラフィンは指から赤色の光る糸を発現させ、レンリエッタへ見せた。糸魔法だ。
「登山に使うのはコレ、糸魔法。こいつの汎用性は高くてね…よーく見ておくんだよ、見本にするんだ。」
「う、うん…!それで糸魔法をどうやって使うの…?」
「まずは私の身体に纏わせて…レン、アンタの身体にも巻いて繋げるよ。」
「わぁあ!」
指先から放たれた糸魔法はシュビッとエラフィンの腰に巻き付き、続いてレンリエッタの身体にも巻き付くと二人を一本の糸で繋いだ。ギュッと締めつけられる感覚は少し苦しかったが、こうでもしないと危険らしい。
そしてエラフィンは杖も糸で背中に固定すると、レンリエッタの手を握って構えた…
「よぉーし……行くよ、手を離したらメチャクチャに揺られちまうから絶対に離すんじゃないよ。」
「う、うん!…これから何をするの…」
「最初に糸を射出させて岩場に設置……よし、上手く行ったね…」
続いてエラフィンは再度指先から糸を勢いよく射出させると上部の岩場に接着させた。レンリエッタはその光景をじっくり眺めながら、ギュッと手を握り込んだ。
「それで……こうやって!自分達を手繰り寄せるように糸を巻き取る!!」
「ひぃッ!?うぁぁぁああ!!?」
「ここで解除!」
エラフィンは勢いよく糸を巻き取ると二人の身体はシュバッと上部へ引っ張られ、瞬く間に地面から離脱した。そしてそのまま岩へと激突するかと思えばエラフィンは途中で手の糸を解除して、勢いを殺さず上手い具合に岩を避けては飛び上がった。
空中でフワッと浮かぶ感覚を味わったレンリエッタだったが目をガッチリと閉じていたので何が起きているのかはまるで分らなかった。
「次ッ……次は…あそこの岩場!!」
さらに続けてエラフィンは落下し始める寸前で前方に岩場を見つけると糸を接着して、同じように再度引き寄せた。グィーッと勢いよく飛んで行く感覚はゾッとする暇も与えず、豪風を全身に吹き付けさせた。
二人は歩いて行けば数十分は掛かる距離を次から次へと飛んで行く。
糸で手繰り寄せて飛んで行き、さらに続けて糸を接着させて手繰り寄せ……エラフィンはレンリエッタと共に飛び続け、あっという間に二合目へと到着してしまった。
最後に地面へ魔法糸で作り出したネットを張り、二人はその上へボフンッと着地。ようやくここでレンリエッタは目を開き、自分が生きていると実感した…
「はぁー!!はぁー!!い、生きてる……あれ、ここどこ?」
「どこって二合目に決まってるでしょ。さっさと立ちな、こっからは怪しまれないように歩いて行くよ。」
「えぇ!?もう二合目…?早いなぁ…」
レンリエッタは信じられないと思いつつ周囲を眺めると、確かにそこには『二合目』と文字が刻まれた木の杭が地面に打ち込まれていた。そして前方を眺めれば遠くの方に構造物が見えた……岩の壁に囲まれた小さな村…クロフロス村だろう。
気付けば周囲の気温もだいぶ下がっており、レンリエッタは凍えそうな寒風に身を震わせながら立ち上がると、慌ててエラフィンに並んで歩き始めた。
「ねぇ村も閉鎖されてるんだよね…入れてくれるかな…」
「さぁね…紹介状が意味を成せば良いんだけど、奴等素直に受け入れてくれるかね…」
「……先生、無理やり突破しよう…なんて考えて無いよね?」
「はっはっは!そりゃいいね!だけど、今回ばかりは私も穏便に済ませるつもりさ。」
エラフィンは最後に「相手も同じ態度なら」と付け加えたが、流石の彼女でも穏やかな手を選ぼうとしているらしい。レンリエッタは若干の不安を感じていたが、兎にも角にも話してみないと分からないので余計な考えは止めた。
そして二人は村の入り口、威圧感のある鉄の大扉までやって来た…意外なことに、先客らしき3人が既に門の前で火を焚いていた。装備からして登山客だと直ぐに分かった。
「おや、なんだい…村に用があるのは私達だけじゃないらしいね。」
「あの人達も幽鬼の石を取りに来たのかな…」
「どうだろうね…ちょっと話してみるよ」
先客を見てエラフィンは扉の鐘を鳴らすよりも先に、彼らへ話しかけた。リーダーと思わしき黒い角付き、赤茶色の犬顔獣人、四本腕の女の三人組……レンリエッタは『三人とも人相が悪いなぁ』と思った。
「どうも、アンタ達も村に来たのかい?」
「ああ。だが見ての通りだ、部外者は立ち入り禁止だとよ。」
【ここまで来たってのにムカつくぜ…あぁ寒みぃ!】
「こんな所で立ち往生なんて勘弁してほしいわまったく。」
案の定、彼らは村に入れずに此処で立ち往生していた。だが帰るという選択肢は無いらしい…ムキになっているのか、それとも帰れない事情があるのか…
エラフィンは敢えて石については聞かず、いくつか雑談を交えると後ろで待っていたレンリエッタの下へ戻って来た。そして、そっと言った。
「アイツ等、きっと石狙いだね。」
「え?なんで分かるの?」
「黒いのと腕女は戦闘用の触媒を装備してるし犬は斧持ち…護身用だとしても明らかにオーバーだ。それにあの顔には見覚えがある…」
「見覚え?どこで見たの?」
だがエラフィンは質問に答えず、真っすぐに門へ向かったのでレンリエッタも付いて行った。
5メートルはあろう巨大な鉄の扉はとても手で開けるようなものではなく、その威圧感たるや…まるで「出て行け」と言わんばかりに聳え立っている。
エラフィンが扉の横に吊るされた鐘をガラガラと鳴らし、少しすると扉の下部に設置された小窓が開き、中から声が聞こえた。
『何者だ』
「私はエラフィン、村と墓地に用があって来たの。開けてちょうだい」
『……現在、村は閉鎖中だ。帰れ。』
そう言って声の主が窓を閉じようとしたのでエラフィンは咄嗟に紹介状を片手に止めた。
「まぁそう言わずに!紹介状だってあるのよ!」
『なんだと?寄越せ…』
「言っとくけど本物よ、私の友人が書いたものさ。」
エラフィンがスルッと窓の隙間から紹介状を差し込むと、しばらくの沈黙が続き…『待ってろ』という声が聞こえればまたしばらく二人は待たされた。
火を焚いている三人組もその様をジロジロと眺めて来るのでレンリエッタは少し落ち着かなかった。
「あんまり見るんじゃないよ」
「う、うん…でも気になって…」
視線に嫌な気分を感じながらも少し待つと、やがて窓から再度声が聞こえて来た。先ほどとは違う人物の様だ…置いた男の声だった。
『…この紹介状を書いたのは君の友人かね?』
「ええ。大学時代の後輩さ、マイルストン魔術大学のね。」
『ふむ、ならば特別に村への立ち入りを許可しよう。』
『な!ですが今は…』
「そりゃよかった!凍える前に入れとくれ!」
奥からは何かしら言い合うような声が聞こえたものの、扉はガッシャンと重厚な音を鳴らしてゆっくりと開き始めた。三人組はポカンとその様子を眺めていた…
やがて扉が開くと中から二人の男が出て来た。一人は年老いた白髪の角付き、もう一人も角付きだったが若くて図体が大きく、手には槍を構えていた。
「お初にお目にかかりますエラフィン様…私はマイケン・オーオレイ……村長様の補佐を行う者です。こちらは…」
「グライス・モッグだ。とりあえず村へは入れてやる…だが妙な真似はするなよ。」
「これはこれは丁寧で温かい歓迎だこと、礼を言うよ。」
「せ、先生!」
「まぁまぁ、とりあえずこちらへどうぞ。」
マイケンは二人を招き入れたが、依然としてグライスは納得しないような顔をした。そして奥の三人組がこちらへやって来ないように監視をしながら村の中まで下がると、レバーを倒して扉を閉じた。
武器を向けられるのはあまり良い歓迎では無いが、とりあえず中へは入れたのでレンリエッタは安心した。
壁に囲まれた村はとても暖かく、至る場所で黒石造りの釜がボウボウと青い炎を焚き上げ、同じく黒石造りの家々が立ち並んでいる。レンリエッタは小規模な割には頑丈で武骨な村だと感じた。
ふと周囲を見てみると家の窓の隙間や、陰から人々がこちらを隠れるように伺っているのも見えた。
「さて、私達をどこへ連れてってくれるんだい?まさか牢屋だなんて言うんじゃないだろうね」
「ほっほっほ…まさか…村長様の所ですぞ。先ほどの文を渡したところ会いたいと申し上げましたので。」
「ならこっちも話が早くて助かるよ。ただ後ろのコイツが早まる前に話をしたいもんだけど」
「なんだと?貴様…よそ者である事を忘れるなよ、命令があれば貴様の首など…」
「やめないかグライス!その方は客人だ、これ以上無礼を働く前に警備へ戻れ!」
「……くっ…」
マイケンの言葉にグライスは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながらもその場を去り、扉の方へと戻って行った。
「申し訳ございませんエラフィン様…ですがどうかお許しを…」
「別に気にしてないわよ、もう何年も生きてるし慣れっこよ。」
「でも…なんであんなに…その、怒ってるの?」
「彼にも生きて来た過去があるのですよ、昔は心の優しい子でした……なのに、今では外部の者を恨むように…」
どこか悲しそうに語るマイケンにレンリエッタは言わずもがな、質問を止めた。
村の中を少し歩き続けると、やがて一際大きな建物…村長の邸宅前に到着した。まるで巨岩の如く聳える石造りのそれは、カクカクとした見た目も合わさって要塞の様であった。
邸宅の前には少し長めの階段が設けられ、階段の下部と昇った先の扉の両隣にグライスのように槍を構えた兵士が立っていた。しかし…彼等の持っている槍はグライスのもそうであったが、宝石がはめ込まれていたり、薄く光っていたりと少し奇妙に思えた。
「お帰りなさいませマイケン降霊助師様。」
「ああ、この方たちを通すぞ…村長様の客人だ。」
「はっ!どうぞお通りください。」
兵士たちはビシッとしており、グライスのように敵対的な様子を見せずにエラフィン達を中へと通した。
扉をくぐり、邸宅内部へと入れば真っ先にブワッとした熱風が二人を襲った。それもそのはず、扉の先の広い部屋では6つの釜が茫々と燃え盛っており、激しく火の粉を散らしているのだ。
そして部屋の中央、不気味な石台の奥にてこちらに背を向けるように立つ者がひとり……彼はスッと振り向いた。
「村長様、連れて参りました。」
「ああ、ご苦労様……えっと…どうも、初めまして…村長のイコエル・ヴァルハニアと申します…」
「これはご丁寧にどうも…私はエラフィン・ファングステン…そんでこっちが私の弟子の…」
「レンリエッタです…は、初めまして…」
村長のイコエル・ヴァルハニア……その正体は燃え盛るような紅い翼を背に持つウィングヘルドであった。そして何より想像より遥かに若かった…レンリエッタは自分より少し上くらいだと直ぐに感じ取った。
イコエルは薄く白い装束を身に纏っており、裸足でペタペタとこちらへ寄って来た。目も髪も燃えるように赤かったが、肌だけは雪のように白いので妙な印象が沸いて来た。
「暑いですよね…申し訳ございません、このような時に…今、火を消しますので…」
イコエルが空中で輪を書くように指を動かすと、釜の炎は瞬く間に全て消え去った。
それにしても想像と違う姿にレンリエッタはもちろんエラフィンですら困惑している様だった。
「改めまして、イコエルです…本日は遠路はるばる村へ訪れて頂きありがとうございます。」
「なぁに、私からすればちょっとしたお散歩よ。」
「あはは…しかし……王宮魔術師であるエラフィン様がわざわざお越しになるとは…」
「おっと…知ってたのかい?大衆には公表してないんだけどねぇ」
「この身ですから、情報に抜かりはありませんよ。さて、詳しい話はこちらへ…」
そう言い、イコエルは二人を地下の部屋へと案内した。珍しくこの建物は上部が祭事と儀式用であり、地下が一般的な居住空間となっているらしい…地下には暖炉やテーブル、豪華な毛皮のベッドに加えて大量の書物が散乱していた。
「(うっ…すっごく散らかってる…)」
「ああ、すみません…散らかってて…直ぐに片づけますから…」
「村長様、私が…」
「いや良いよ、私の家よりかは片付いてるじゃないか。話をする程度なら困らないよ」
部屋の片付けを止め、イコエルとエラフィン、レンリエッタは席に着いた。確かに散らかっていたが、話をする程度、わけも無い……それに本人の言う通り、家よりかは片付いている方だった。
マイケンが茶を淹れている間にエラフィンはさっそく本題から話し始めた。
「それで…私達が今日来た理由だけど…」
「ええ、ブラックヘイロン様の文を拝見しました。幽鬼の石をご所望だと…」
「その通り。だから閉鎖されてる墓地を開放して欲しいんだけど……まぁ一筋縄じゃ行かないんだろうね?」
「…はい、残念ながら……」
エラフィンの問いにイコエルは表情を暗くしながら答えた。やはり墓地は小娘一人程度に対して軽々しく開けてくれないらしい。
イコエルは静かにワケを話し始めた。
「150年前に墓地が閉鎖されて以降、村は外の世界に対して一切の交流を避けるようになりました…今では数か月に一度、交易をしに行商人が一人やって来る程度です。それもこれも、幽鬼の石が取り尽くされるという危険のためです。」
「取り尽くされるって、結晶化した本人はそれを望むと思うけどねぇ?」
「確かに…そうかもしれませんが、村の中には墓地に眠る戦士の末裔も居ます。彼らは自身等の先祖の身体が奪われ、売買の道具になる事を嫌いました…それに石とは本来、自身で採りに行くものですから」
墓地が閉鎖されたのには幾つか理由があった。
ひとつは幽鬼の石の枯渇、石と言えども無限にあるわけもなく限りがあるのだ。そして次に石の売買である…本来幽鬼の石というのは戦士が墓地へ赴き、自らの力で手に入れるものだった。
しかし現在では(並ぶのは稀だが)オークションなどで取引され、金さえあれば手に入るようになっている。もちろん石を金儲けに使っているも同然なので末裔の人々が怒るのも無理は無かった。
エラフィンですら最初は買おうとしていたので思わずグサッと来た。
「我々が望むのは古いやり方です、それが眠る者に対する最大の礼儀だと……私はそう考えています、もちろん私以外も…」
「なら安心しておくれ、私達は使う分しか持って行かないし売ったりしないよ。」
「それは理解していますよ…ですが過去には幾人もの戦士が虚言を振りまき、石を奪って行きました。そのせいで村の者達は外部の者を信用しようとはせず、一切の立ち入りを禁ずるようになりました。たとえどのような相手であっても…」
「じゃあどうして私達を入れてくれたの?」
レンリエッタの質問に対してイコエルは困ったように口を閉じたが、やがてゆっくり開いた。
「それは……信じてみようかと思ったからです…もちろん文の事もありましたし、エラフィン様が王宮魔術師であるのも理由ですよ……ですが、初めてなんです…」
「初めって…何が?」
「……私が村長に就任してから、まともな理由で石を取りにいらした方は…」
イコエルが村の反対を押し切って二人を招き入れた最大の理由は村長に就任してから初めて純粋に石を取りに来たからであった。三人組はどうやらまともに話さなかったらしい…
そして、彼の言葉から察するにまだ就任してから浅い様だ。エラフィンは堪らず聞いた。
「…ひとつ気になった事がある……失礼は承知だけど言わせてもらうよ…村長なんて身の割には随分と若いじゃないか。」
「…やはりそう思いますか……確かに私は若輩者です…つい半年前に祖父が亡くなり、習わしに沿って無理やり村長にはなりましたが満足に降霊の修行も終えていない身なのです…」
そう語る彼はどこか悲しそうだった。その姿に彼の後ろに立っていたマイケンは何かを言いたそうにしていたが、口を踏みしめて言葉を飲み込んだ。
しかし、祖父から継いだと言っているが…普通ならば父親が継ぐべきでは無いのだろうか……だが、この建物にイコエルとマイケン以外の姿が見えないという事は…
「父親はどうしたんだい?」
「父は亡くなりました、母もです。16年前に無理やり石を奪おうと襲って来た集団に殺されました…それに両親だけではありません、村の大勢が亡くなりました…」
「そんな…ひどい…」
やはり彼の両親は既に亡くなっていた。曰く16年前に石を奪おうと襲撃して来た謎の賊団から村を守るべく、最前線で戦っていたものの…多勢に無勢、退ける事には成功したが犠牲となってしまったらしい。
もちろん散った命は二人に留まらなかった、村人の多くが応戦したものの命を散らす事になったのだ。そしてこの戦いは外部との溝をさらに深めた。
レンリエッタは、奥の方でひっそりと涙を流すマイケンを見てなんとも言えない気持ちになった。
「祖父も襲撃以降は誰一人として村には通さなくなりました。ですが、祖父は言いました…亡くなる間際………信じられる者のみを通せと…」
「それで信じてくれたのなら私達も期待に応えてみせるさ。」
そのような過去があってもイコエルが二人を信じて村へ招き入れ、墓地を開けようと言うのだが…
「私が許可すればそのまま通す事も出来ますが、やはり村の皆へ伝えなくてはなりませんね…」
「黙って行かせるよりかはよっぽど良い事さ。たとえ反応がどうあれね。」
「私もそう思うよ。」
「ありがとうございます。」
やはり、久方ぶりの挑戦者を黙って通すわけにもいかないので村中の者へ知らせる事となった。もちろん反発される事は承知の上だが、エラフィンも言う通り内密に進めるよりかはずっと良かった。
しかしながら二人はまだ村へとやって来たばかりなので、まずは休んだ方が良いとイコエルは奥の客室へと通した。魔法を使ったとは言え既にクタクタだったレンリエッタは部屋へ着くなり、ベッドへドサリと倒れるように寝転んだ。
「はぁ~……つ、疲れた…」
「なに言ってんのよ、これからが本番でしょ。まだメーンイベントが控えてるんだから。」
「うぅ…そうだった…墓地があった……けど先生と一緒なら大丈夫だよね」
「もちろんよ!期待に沿わないとね……それにしてもこんなに素直に通してくれるなら手土産なんて要らなかったわね…」
エラフィンは鞄の中を覗きながらそう呟いたが…レンリエッタは聞く耳も持たずに疲れから、ぐっすりと眠り始めてしまった。エラフィンは呆れつつ、自身も一息ついてみたが…まだ休める状況ではない。
村へは到着したものの、控えるのは古代墓地…まさにここからが本番とも言える。
暖炉の中で燃え上がる魔法の炎に当たりながらエラフィンは静かに目を閉じて物思いに耽た。
……一方でレンリエッタはいつぶりかの悪夢を見ていた。
石で造られた箱の中に閉じ込められ…何度も叫び、幾度となく脱出を試みようとする夢であった。声が枯れ、爪が剥がれてもレンリエッタは必死に箱の中を搔き乱した…
長く、永く、遥かに途方もない時間を箱の中に囚われ……孤独と恐怖をその身に焼き付かせるように時間は流れていた…
つづく…
登山するにも面倒な手続きが必要なため、エラフィンに付いて歩いて行った先は『登山客向け窓口』という極めて分かりやすい場所だった。見た目は白レンガの建物と言えば良いだろうか、外観はこじんまりとして可愛らしいものだったが、内部はまるで違った。
「遭難者の捜索届を出す方はこちらへ!まだ募集枠が3つ残っています!」
「内臓、四肢に激しい損傷を持つ方はヒルラシア治療寺院の紹介状を渡しますのでカウンターへお越しください。」
「現在の危険指定種の魔獣は以下の6種となっております、なお魔獣による被害は…」
「な、なんか凄く…物騒な所だね…」
「そりゃもちろん。言っただろう、此処は死者が絶えないって。さぁ並ぶよ…ハッキリ言うが今が一番苦痛だね」
此処は死地と呼ばれるクランノース山の麓、となればもちろん死者や怪我人向けの施設もあるのだ。この窓口の横には診療所と死体安置所が建っており、物騒なワードが嫌でも耳に入って来た。
レンリエッタはエラフィンと共に登山客用のカウンターに並ぶ間、周囲の話に耳を傾けてみた。
【登山客を狙った盗賊が居るんだってよ。】
「おいおい、山の中じゃ魔法が使えないってのにキツイぜそりゃ…」
「今朝は絶好の登山日和ですな。今回は何合目までの挑戦を?」
「もうこの歳ですから4合目が限界ですねぇ…昔はよく6合目の墓地を訪れたものですよ」
「墓地への登山道が閉鎖されてからあそこへは行けなくなりましたからな…」
「本当だって!見たんだよ!デカい看板がドーンッて落ちて来てさ!」
「そんで小さい子供が一人で直したって?エルヘルドですらもうちょっとマシな嘘つくぜ」
「本当なんだってよー!ほら、あそこの子とちょうど同じくらいだ!」
あくび掻きながら退屈そうにするエラフィンとは裏腹にレンリエッタは周囲の人々の会話を聞くのが楽しかったので、それほど退屈せずに順番を待つことが出来た。
ようやく訪れた自分達の番にエラフィンはようやくかと言わんばかりに首をゴキゴキ鳴らしながらカウンターのキチッとした白衣のヘルドへ話しかけた。
「山へ入るよ、許可を出しておくれ。」
「申し訳ございませんがもう少し具体的な話を…何合目まで向かわれるのでしょうか?それに人数と帰還予定日時を…」
「まず二合目の村へ行って、そっから六合目の墓地に行く…私とこの子の二人で。いつ帰れるかなんてこっちが知りたいよ。」
「…お客様…大変申し上げにくいのですが……現在二合目のクロフロス村は外部との交流を控えているとのことで村への立ち入りはもちろん墓地へは…」
職員の言葉にエラフィンはハァーッと息を吐きつつ、懐からROWのバッジを取り出して見せつけた。すると職員はすぐに姿勢を正してビクッとした口調で言った。
「た、大変失礼いたしました…!すぐに許可書を発行いたしますね…!」
「登山料は城の奴等に付けといてちょうだい。」
「は、はい!承知いたしました!」
「そんなことして大丈夫なの?」
「へーきよ、どうせ今月分の給与から引かれるだけだし。」
エラフィンがROWのメンバーだと知るや否や、職員はキビキビと動き始めてあっという間に二枚の許可書を発行してくれた。後はこれにサインするだけだが、内容が妙に恐ろしかったのでレンリエッタはゴクリと固唾を飲み込みながら自身の名をサインした。
一方でエラフィンは契約内容など一切読まず、チャチャッと読めない字でサインをしていた。
「確認しました……それでは御武運を祈ります…」
「まぁ死んだときは線香でも立てておくれよ。」
「ひっ……お、恐れ入ります…」
「先生、滅多な事言わないでよ…」
「なぁにちょっとしたジョークよ、ジョーク。」
こんな時でもジョークを言えるくらいなのでエラフィンにとって死地の登山など、さぞかし余裕な事なのだろう。
エラフィンはレンリエッタを連れて建物を出ると、看板の案内に従っていよいよ登山口まで向かった。
「レンリエッタ、注意書きを見ての通り、登山中に特定の魔法以外を使う事は禁止されてるよ。くれぐれも呪文の練習なんてしないように、良いね。」
「はい…でも、先生は使うんでしょ?」
「もちろんだとも!ま、少し登って人目が少なくなったらお披露目するさ…」
登山口は街に比べて結構簡素だった。古い木で作られた質素で大きな枠が建っており、上部には『第一登山道』と書かれていた。
そして付近の看板には使用してはいけない魔法や、使用が許可されている呪文についての説明が記載されていた。登山客同士でのいざこざや希少生物の密猟を止めるための規則であるが、もちろんエラフィンには従う気など無く、後でお披露目してくれるらしい。
しかし今はそこら中に人々が溢れているので大人しくする必要がある。レンリエッタは大袈裟に深呼吸をしてから、人生初の登山を始めるべく、一歩を踏み出した。
「うーん……登山って聞いたら険しい道を思い浮かべるけど、案外歩きやすいね!」
「まだまだ此処はね…ま、楽しいお散歩気分をエンジョイすると良いじゃないか…今だけは。」
だが、散々険しさを聞いていた割には、登山道はやけに歩きやすかった。坂道であれどもそこまで急というわけでもなく、ご親切にも大昔の人が残してくれた石畳の道を歩けば良かったのだ。
レンリエッタは靴に除雪と滑り止めの魔法を掛けてもらったおかげで足を取られる事も無く、ずいずいと調子よく先へ進んだ。エラフィンも杖を浮かせて、特に苦労するような素振りも見せない。
気温も肌寒い程度で凍死とは程遠く、本当に快適である。
景色も良い、ゴツゴツとした岩だらけの景色に芽生える僅かな緑、青く透き通った空、陽に照らされて白く輝く山頂……口笛のひとつでも奏でたいような気分だ。
「あっはっは、なんだかピクニックみたい…お弁当、持って来れば良かったかな。」
「悪いが休憩なんてするつもりは無いからね、一合目で道を分かれるから、そっからは急いで行くよ」
「急いで山を登るの?それって大変だし危険じゃない…?」
「だからこそのイカサマよ。」
エラフィン曰く、すぐに道が険しくなるらしいが……やはり、その言葉は的中した。
しばらくの時間を掛け、一合目まで半分の距離にもなって来るとレンリエッタの余裕は殆ど無くなっていた。石畳の道は段々と無くなり、代わりにゴツゴツとした細かい岩が散乱する道が目立ち始めた。
辺りには少しの霧が漂い始め、ひんやりとした空気がコート越しに肌をくすぐる……明らかにおかしい、急に雰囲気が変わり始めている…
登山客の数も減っているように思えた。
「ね、ねぇ…なんか急に寒くなって来てない…?道も歩きにくいし…」
「うふふふふ…山の洗礼よ、心して受ける事ね。」
クランノース山は麓こそ穏やかなものであるが、どういうわけか足を踏み入れようとした者に対してはこれ以上に無いほどの過酷な試練を与える山なのだ。一説によると墓地を造り上げた古の魔術師が近付こうとする悪しき心を持った者や生半可な覚悟を持つ者を追い返すために掛けた呪いだと言われている…
それが今も残って山を登ろうとする者に試練を与えている……らしいのだが、本当はよく分かっていない…
それはともかく、道はさらに険しくなり、岩だらけの急な坂が立ちはだかるとレンリエッタはいよいよ参ってしまい、足を止めてしまった。
「ひぇ~…こ、これを登るの…?」
「へこたれてる場合かい?自分の力で登るんだ、良いね?私は先に行ってるよ」
「あ!待って!置いてかないで!」
だがエラフィンはレンリエッタを見捨てるようにヒョイッと軽々しくジャンプしては坂の岩を飛び移って行き、あっという間に上へ登ってしまうと余裕そうに見下した。
助けが得られない以上、自分の力で登るしかないのでレンリエッタはガムシャラに登り始めた。飛び移るなんて出来るハズも無いので、両手と両足を使ってズガガッと虫のように登り狂った。
「ふんぎっぎぎ!!ぐぉおおおお!!」
靴には滑り止めが掛けられていたので無理やり登ろうとすれば案外イケた。
なのでレンリエッタは鋭い岩で両手をズタズタにしながらもどうにか坂を登り切り、荒い呼吸で胸を張ってみせた。まだ一合目にも達していないが、もう帰っても良いくらいには達成感に満ちている…
「はぁー!はぁー!!ど、どうよ!」
「おぉーおぉー!やれば出来るじゃないかい、相変わらず根性はあるね!」
「それだけが…はぁ……取り柄だから!……で、でも手が…うぅ…痛いよぉ…」
「泣くんじゃないよ、ほら手を貸しな……トラマーキス…」
レンリエッタは血が滲む手をジンジンと痛ませて半べそ状態であったが、エラフィンの【トラマーキス】という呪文によって手は瞬く間に元通りになった。ツルツルピカピカで痛みも無くなり、涙はあっという間に引いた。
おそらく治癒呪文の類だろう、もちろん教えてもらいたいのだが……それどころでは無いのでレンリエッタは自重する事に。
「さぁ行くよ、一合目までの辛抱さ。そっからはズルでチョチョイのチョイよ」
「うん…ありがとう先生…」
先へ進むエラフィンに付き、レンリエッタはトコトコと歩いて山道をまた歩き出した。変わらず険しい道であったが、それでも挫けず歩き続けた。
数時間後、二人はようやく一合目に到着した。標高500メートル地点の一合目には朽ち果てそうな木造の質素な休憩所が建てられ、ここまでやって来た数人の登山客が息をつき、各々で野宿の準備をしたり休み始めた。
だがもちろんエラフィン達は休むことなど無く、先へ進むのだった。
「や、やっと…一合目……はぁ…き、気が重くなりそう…」
「なぁに足を止めてるんだい、さっさと進むよ。早くしないと日が暮れちまう。」
「はーい…」
休むよ余裕もなく、二人は足を進めるのだ。
レンリエッタが気落ちしながら進むと、ボロ臭い看板を軸に二つの道に分かれていた。ひとつは本登山道、そしてもうひとつは旧登山道…村があるのは旧の方らしい。
レンリエッタはエラフィンに聞いた。
「先生、なんで道が二つに分かれてるの?」
「村によって墓地が閉鎖されたってのは知ってるね?それに対して新しく作られたのが本登山道なのよ、旧登山道は墓地を通って頂上に行く道で新しい方は墓地を経由せず遠回りして頂上を目指すルートなの。」
「閉鎖するために道も変えたんだ…」
一合目で分かれるこの二つの道は墓地が閉鎖された時に生まれた物なのだ。かつて使われていた旧登山道は道すらも閉鎖されているので現在使えない状態であり、普通に頂上を目指すなら本登山道のみだ。
もちろん二人が進むのは村のある旧の方なのだが、険しさで言えばこちらの方が圧倒的らしい……それを聞いてレンリエッタはさらに気落ちしたが、エラフィンは励ますように笑顔を浮かべて言った。
「安心しな、こっから真面目な登山は終わりだよ。」
「ならいい加減に教えてよ、一体どうやって先に進むの?」
「あんまり派手にやると見つかるかもしれないから……ちょっとそこに隠れるよ」
「う、うん…」
いよいよエラフィンは不真面目な登山を開始するらしい。
二人はまず最初に旧道を少し進んだ先の岩場に隠れた。目立ち過ぎると通報されてしまうのでまずは姿を消す必要がある…もちろんそれに打って付けの呪文があるのだ。
「私の手を握って…そうそう、それじゃ掛けるよ……デムジヴル…」
「……なんか変わったの?」
「これは透明化の呪文、今私達は魔法の膜で見えない状態になってるのよ。」
「でも透明じゃないよ…私も先生も。」
「当たり前よ、私もアンタも透明だったら分かり難くて面倒じゃない」
エラフィンが唱えたのは透明化呪文【ジヴル】の共謀版であった。レンリエッタからすれば何も変わらないものの、きちんと二人の身体は魔法の膜に包まれて外部からは視認不可となっていた。
続いてエラフィンは指から赤色の光る糸を発現させ、レンリエッタへ見せた。糸魔法だ。
「登山に使うのはコレ、糸魔法。こいつの汎用性は高くてね…よーく見ておくんだよ、見本にするんだ。」
「う、うん…!それで糸魔法をどうやって使うの…?」
「まずは私の身体に纏わせて…レン、アンタの身体にも巻いて繋げるよ。」
「わぁあ!」
指先から放たれた糸魔法はシュビッとエラフィンの腰に巻き付き、続いてレンリエッタの身体にも巻き付くと二人を一本の糸で繋いだ。ギュッと締めつけられる感覚は少し苦しかったが、こうでもしないと危険らしい。
そしてエラフィンは杖も糸で背中に固定すると、レンリエッタの手を握って構えた…
「よぉーし……行くよ、手を離したらメチャクチャに揺られちまうから絶対に離すんじゃないよ。」
「う、うん!…これから何をするの…」
「最初に糸を射出させて岩場に設置……よし、上手く行ったね…」
続いてエラフィンは再度指先から糸を勢いよく射出させると上部の岩場に接着させた。レンリエッタはその光景をじっくり眺めながら、ギュッと手を握り込んだ。
「それで……こうやって!自分達を手繰り寄せるように糸を巻き取る!!」
「ひぃッ!?うぁぁぁああ!!?」
「ここで解除!」
エラフィンは勢いよく糸を巻き取ると二人の身体はシュバッと上部へ引っ張られ、瞬く間に地面から離脱した。そしてそのまま岩へと激突するかと思えばエラフィンは途中で手の糸を解除して、勢いを殺さず上手い具合に岩を避けては飛び上がった。
空中でフワッと浮かぶ感覚を味わったレンリエッタだったが目をガッチリと閉じていたので何が起きているのかはまるで分らなかった。
「次ッ……次は…あそこの岩場!!」
さらに続けてエラフィンは落下し始める寸前で前方に岩場を見つけると糸を接着して、同じように再度引き寄せた。グィーッと勢いよく飛んで行く感覚はゾッとする暇も与えず、豪風を全身に吹き付けさせた。
二人は歩いて行けば数十分は掛かる距離を次から次へと飛んで行く。
糸で手繰り寄せて飛んで行き、さらに続けて糸を接着させて手繰り寄せ……エラフィンはレンリエッタと共に飛び続け、あっという間に二合目へと到着してしまった。
最後に地面へ魔法糸で作り出したネットを張り、二人はその上へボフンッと着地。ようやくここでレンリエッタは目を開き、自分が生きていると実感した…
「はぁー!!はぁー!!い、生きてる……あれ、ここどこ?」
「どこって二合目に決まってるでしょ。さっさと立ちな、こっからは怪しまれないように歩いて行くよ。」
「えぇ!?もう二合目…?早いなぁ…」
レンリエッタは信じられないと思いつつ周囲を眺めると、確かにそこには『二合目』と文字が刻まれた木の杭が地面に打ち込まれていた。そして前方を眺めれば遠くの方に構造物が見えた……岩の壁に囲まれた小さな村…クロフロス村だろう。
気付けば周囲の気温もだいぶ下がっており、レンリエッタは凍えそうな寒風に身を震わせながら立ち上がると、慌ててエラフィンに並んで歩き始めた。
「ねぇ村も閉鎖されてるんだよね…入れてくれるかな…」
「さぁね…紹介状が意味を成せば良いんだけど、奴等素直に受け入れてくれるかね…」
「……先生、無理やり突破しよう…なんて考えて無いよね?」
「はっはっは!そりゃいいね!だけど、今回ばかりは私も穏便に済ませるつもりさ。」
エラフィンは最後に「相手も同じ態度なら」と付け加えたが、流石の彼女でも穏やかな手を選ぼうとしているらしい。レンリエッタは若干の不安を感じていたが、兎にも角にも話してみないと分からないので余計な考えは止めた。
そして二人は村の入り口、威圧感のある鉄の大扉までやって来た…意外なことに、先客らしき3人が既に門の前で火を焚いていた。装備からして登山客だと直ぐに分かった。
「おや、なんだい…村に用があるのは私達だけじゃないらしいね。」
「あの人達も幽鬼の石を取りに来たのかな…」
「どうだろうね…ちょっと話してみるよ」
先客を見てエラフィンは扉の鐘を鳴らすよりも先に、彼らへ話しかけた。リーダーと思わしき黒い角付き、赤茶色の犬顔獣人、四本腕の女の三人組……レンリエッタは『三人とも人相が悪いなぁ』と思った。
「どうも、アンタ達も村に来たのかい?」
「ああ。だが見ての通りだ、部外者は立ち入り禁止だとよ。」
【ここまで来たってのにムカつくぜ…あぁ寒みぃ!】
「こんな所で立ち往生なんて勘弁してほしいわまったく。」
案の定、彼らは村に入れずに此処で立ち往生していた。だが帰るという選択肢は無いらしい…ムキになっているのか、それとも帰れない事情があるのか…
エラフィンは敢えて石については聞かず、いくつか雑談を交えると後ろで待っていたレンリエッタの下へ戻って来た。そして、そっと言った。
「アイツ等、きっと石狙いだね。」
「え?なんで分かるの?」
「黒いのと腕女は戦闘用の触媒を装備してるし犬は斧持ち…護身用だとしても明らかにオーバーだ。それにあの顔には見覚えがある…」
「見覚え?どこで見たの?」
だがエラフィンは質問に答えず、真っすぐに門へ向かったのでレンリエッタも付いて行った。
5メートルはあろう巨大な鉄の扉はとても手で開けるようなものではなく、その威圧感たるや…まるで「出て行け」と言わんばかりに聳え立っている。
エラフィンが扉の横に吊るされた鐘をガラガラと鳴らし、少しすると扉の下部に設置された小窓が開き、中から声が聞こえた。
『何者だ』
「私はエラフィン、村と墓地に用があって来たの。開けてちょうだい」
『……現在、村は閉鎖中だ。帰れ。』
そう言って声の主が窓を閉じようとしたのでエラフィンは咄嗟に紹介状を片手に止めた。
「まぁそう言わずに!紹介状だってあるのよ!」
『なんだと?寄越せ…』
「言っとくけど本物よ、私の友人が書いたものさ。」
エラフィンがスルッと窓の隙間から紹介状を差し込むと、しばらくの沈黙が続き…『待ってろ』という声が聞こえればまたしばらく二人は待たされた。
火を焚いている三人組もその様をジロジロと眺めて来るのでレンリエッタは少し落ち着かなかった。
「あんまり見るんじゃないよ」
「う、うん…でも気になって…」
視線に嫌な気分を感じながらも少し待つと、やがて窓から再度声が聞こえて来た。先ほどとは違う人物の様だ…置いた男の声だった。
『…この紹介状を書いたのは君の友人かね?』
「ええ。大学時代の後輩さ、マイルストン魔術大学のね。」
『ふむ、ならば特別に村への立ち入りを許可しよう。』
『な!ですが今は…』
「そりゃよかった!凍える前に入れとくれ!」
奥からは何かしら言い合うような声が聞こえたものの、扉はガッシャンと重厚な音を鳴らしてゆっくりと開き始めた。三人組はポカンとその様子を眺めていた…
やがて扉が開くと中から二人の男が出て来た。一人は年老いた白髪の角付き、もう一人も角付きだったが若くて図体が大きく、手には槍を構えていた。
「お初にお目にかかりますエラフィン様…私はマイケン・オーオレイ……村長様の補佐を行う者です。こちらは…」
「グライス・モッグだ。とりあえず村へは入れてやる…だが妙な真似はするなよ。」
「これはこれは丁寧で温かい歓迎だこと、礼を言うよ。」
「せ、先生!」
「まぁまぁ、とりあえずこちらへどうぞ。」
マイケンは二人を招き入れたが、依然としてグライスは納得しないような顔をした。そして奥の三人組がこちらへやって来ないように監視をしながら村の中まで下がると、レバーを倒して扉を閉じた。
武器を向けられるのはあまり良い歓迎では無いが、とりあえず中へは入れたのでレンリエッタは安心した。
壁に囲まれた村はとても暖かく、至る場所で黒石造りの釜がボウボウと青い炎を焚き上げ、同じく黒石造りの家々が立ち並んでいる。レンリエッタは小規模な割には頑丈で武骨な村だと感じた。
ふと周囲を見てみると家の窓の隙間や、陰から人々がこちらを隠れるように伺っているのも見えた。
「さて、私達をどこへ連れてってくれるんだい?まさか牢屋だなんて言うんじゃないだろうね」
「ほっほっほ…まさか…村長様の所ですぞ。先ほどの文を渡したところ会いたいと申し上げましたので。」
「ならこっちも話が早くて助かるよ。ただ後ろのコイツが早まる前に話をしたいもんだけど」
「なんだと?貴様…よそ者である事を忘れるなよ、命令があれば貴様の首など…」
「やめないかグライス!その方は客人だ、これ以上無礼を働く前に警備へ戻れ!」
「……くっ…」
マイケンの言葉にグライスは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながらもその場を去り、扉の方へと戻って行った。
「申し訳ございませんエラフィン様…ですがどうかお許しを…」
「別に気にしてないわよ、もう何年も生きてるし慣れっこよ。」
「でも…なんであんなに…その、怒ってるの?」
「彼にも生きて来た過去があるのですよ、昔は心の優しい子でした……なのに、今では外部の者を恨むように…」
どこか悲しそうに語るマイケンにレンリエッタは言わずもがな、質問を止めた。
村の中を少し歩き続けると、やがて一際大きな建物…村長の邸宅前に到着した。まるで巨岩の如く聳える石造りのそれは、カクカクとした見た目も合わさって要塞の様であった。
邸宅の前には少し長めの階段が設けられ、階段の下部と昇った先の扉の両隣にグライスのように槍を構えた兵士が立っていた。しかし…彼等の持っている槍はグライスのもそうであったが、宝石がはめ込まれていたり、薄く光っていたりと少し奇妙に思えた。
「お帰りなさいませマイケン降霊助師様。」
「ああ、この方たちを通すぞ…村長様の客人だ。」
「はっ!どうぞお通りください。」
兵士たちはビシッとしており、グライスのように敵対的な様子を見せずにエラフィン達を中へと通した。
扉をくぐり、邸宅内部へと入れば真っ先にブワッとした熱風が二人を襲った。それもそのはず、扉の先の広い部屋では6つの釜が茫々と燃え盛っており、激しく火の粉を散らしているのだ。
そして部屋の中央、不気味な石台の奥にてこちらに背を向けるように立つ者がひとり……彼はスッと振り向いた。
「村長様、連れて参りました。」
「ああ、ご苦労様……えっと…どうも、初めまして…村長のイコエル・ヴァルハニアと申します…」
「これはご丁寧にどうも…私はエラフィン・ファングステン…そんでこっちが私の弟子の…」
「レンリエッタです…は、初めまして…」
村長のイコエル・ヴァルハニア……その正体は燃え盛るような紅い翼を背に持つウィングヘルドであった。そして何より想像より遥かに若かった…レンリエッタは自分より少し上くらいだと直ぐに感じ取った。
イコエルは薄く白い装束を身に纏っており、裸足でペタペタとこちらへ寄って来た。目も髪も燃えるように赤かったが、肌だけは雪のように白いので妙な印象が沸いて来た。
「暑いですよね…申し訳ございません、このような時に…今、火を消しますので…」
イコエルが空中で輪を書くように指を動かすと、釜の炎は瞬く間に全て消え去った。
それにしても想像と違う姿にレンリエッタはもちろんエラフィンですら困惑している様だった。
「改めまして、イコエルです…本日は遠路はるばる村へ訪れて頂きありがとうございます。」
「なぁに、私からすればちょっとしたお散歩よ。」
「あはは…しかし……王宮魔術師であるエラフィン様がわざわざお越しになるとは…」
「おっと…知ってたのかい?大衆には公表してないんだけどねぇ」
「この身ですから、情報に抜かりはありませんよ。さて、詳しい話はこちらへ…」
そう言い、イコエルは二人を地下の部屋へと案内した。珍しくこの建物は上部が祭事と儀式用であり、地下が一般的な居住空間となっているらしい…地下には暖炉やテーブル、豪華な毛皮のベッドに加えて大量の書物が散乱していた。
「(うっ…すっごく散らかってる…)」
「ああ、すみません…散らかってて…直ぐに片づけますから…」
「村長様、私が…」
「いや良いよ、私の家よりかは片付いてるじゃないか。話をする程度なら困らないよ」
部屋の片付けを止め、イコエルとエラフィン、レンリエッタは席に着いた。確かに散らかっていたが、話をする程度、わけも無い……それに本人の言う通り、家よりかは片付いている方だった。
マイケンが茶を淹れている間にエラフィンはさっそく本題から話し始めた。
「それで…私達が今日来た理由だけど…」
「ええ、ブラックヘイロン様の文を拝見しました。幽鬼の石をご所望だと…」
「その通り。だから閉鎖されてる墓地を開放して欲しいんだけど……まぁ一筋縄じゃ行かないんだろうね?」
「…はい、残念ながら……」
エラフィンの問いにイコエルは表情を暗くしながら答えた。やはり墓地は小娘一人程度に対して軽々しく開けてくれないらしい。
イコエルは静かにワケを話し始めた。
「150年前に墓地が閉鎖されて以降、村は外の世界に対して一切の交流を避けるようになりました…今では数か月に一度、交易をしに行商人が一人やって来る程度です。それもこれも、幽鬼の石が取り尽くされるという危険のためです。」
「取り尽くされるって、結晶化した本人はそれを望むと思うけどねぇ?」
「確かに…そうかもしれませんが、村の中には墓地に眠る戦士の末裔も居ます。彼らは自身等の先祖の身体が奪われ、売買の道具になる事を嫌いました…それに石とは本来、自身で採りに行くものですから」
墓地が閉鎖されたのには幾つか理由があった。
ひとつは幽鬼の石の枯渇、石と言えども無限にあるわけもなく限りがあるのだ。そして次に石の売買である…本来幽鬼の石というのは戦士が墓地へ赴き、自らの力で手に入れるものだった。
しかし現在では(並ぶのは稀だが)オークションなどで取引され、金さえあれば手に入るようになっている。もちろん石を金儲けに使っているも同然なので末裔の人々が怒るのも無理は無かった。
エラフィンですら最初は買おうとしていたので思わずグサッと来た。
「我々が望むのは古いやり方です、それが眠る者に対する最大の礼儀だと……私はそう考えています、もちろん私以外も…」
「なら安心しておくれ、私達は使う分しか持って行かないし売ったりしないよ。」
「それは理解していますよ…ですが過去には幾人もの戦士が虚言を振りまき、石を奪って行きました。そのせいで村の者達は外部の者を信用しようとはせず、一切の立ち入りを禁ずるようになりました。たとえどのような相手であっても…」
「じゃあどうして私達を入れてくれたの?」
レンリエッタの質問に対してイコエルは困ったように口を閉じたが、やがてゆっくり開いた。
「それは……信じてみようかと思ったからです…もちろん文の事もありましたし、エラフィン様が王宮魔術師であるのも理由ですよ……ですが、初めてなんです…」
「初めって…何が?」
「……私が村長に就任してから、まともな理由で石を取りにいらした方は…」
イコエルが村の反対を押し切って二人を招き入れた最大の理由は村長に就任してから初めて純粋に石を取りに来たからであった。三人組はどうやらまともに話さなかったらしい…
そして、彼の言葉から察するにまだ就任してから浅い様だ。エラフィンは堪らず聞いた。
「…ひとつ気になった事がある……失礼は承知だけど言わせてもらうよ…村長なんて身の割には随分と若いじゃないか。」
「…やはりそう思いますか……確かに私は若輩者です…つい半年前に祖父が亡くなり、習わしに沿って無理やり村長にはなりましたが満足に降霊の修行も終えていない身なのです…」
そう語る彼はどこか悲しそうだった。その姿に彼の後ろに立っていたマイケンは何かを言いたそうにしていたが、口を踏みしめて言葉を飲み込んだ。
しかし、祖父から継いだと言っているが…普通ならば父親が継ぐべきでは無いのだろうか……だが、この建物にイコエルとマイケン以外の姿が見えないという事は…
「父親はどうしたんだい?」
「父は亡くなりました、母もです。16年前に無理やり石を奪おうと襲って来た集団に殺されました…それに両親だけではありません、村の大勢が亡くなりました…」
「そんな…ひどい…」
やはり彼の両親は既に亡くなっていた。曰く16年前に石を奪おうと襲撃して来た謎の賊団から村を守るべく、最前線で戦っていたものの…多勢に無勢、退ける事には成功したが犠牲となってしまったらしい。
もちろん散った命は二人に留まらなかった、村人の多くが応戦したものの命を散らす事になったのだ。そしてこの戦いは外部との溝をさらに深めた。
レンリエッタは、奥の方でひっそりと涙を流すマイケンを見てなんとも言えない気持ちになった。
「祖父も襲撃以降は誰一人として村には通さなくなりました。ですが、祖父は言いました…亡くなる間際………信じられる者のみを通せと…」
「それで信じてくれたのなら私達も期待に応えてみせるさ。」
そのような過去があってもイコエルが二人を信じて村へ招き入れ、墓地を開けようと言うのだが…
「私が許可すればそのまま通す事も出来ますが、やはり村の皆へ伝えなくてはなりませんね…」
「黙って行かせるよりかはよっぽど良い事さ。たとえ反応がどうあれね。」
「私もそう思うよ。」
「ありがとうございます。」
やはり、久方ぶりの挑戦者を黙って通すわけにもいかないので村中の者へ知らせる事となった。もちろん反発される事は承知の上だが、エラフィンも言う通り内密に進めるよりかはずっと良かった。
しかしながら二人はまだ村へとやって来たばかりなので、まずは休んだ方が良いとイコエルは奥の客室へと通した。魔法を使ったとは言え既にクタクタだったレンリエッタは部屋へ着くなり、ベッドへドサリと倒れるように寝転んだ。
「はぁ~……つ、疲れた…」
「なに言ってんのよ、これからが本番でしょ。まだメーンイベントが控えてるんだから。」
「うぅ…そうだった…墓地があった……けど先生と一緒なら大丈夫だよね」
「もちろんよ!期待に沿わないとね……それにしてもこんなに素直に通してくれるなら手土産なんて要らなかったわね…」
エラフィンは鞄の中を覗きながらそう呟いたが…レンリエッタは聞く耳も持たずに疲れから、ぐっすりと眠り始めてしまった。エラフィンは呆れつつ、自身も一息ついてみたが…まだ休める状況ではない。
村へは到着したものの、控えるのは古代墓地…まさにここからが本番とも言える。
暖炉の中で燃え上がる魔法の炎に当たりながらエラフィンは静かに目を閉じて物思いに耽た。
……一方でレンリエッタはいつぶりかの悪夢を見ていた。
石で造られた箱の中に閉じ込められ…何度も叫び、幾度となく脱出を試みようとする夢であった。声が枯れ、爪が剥がれてもレンリエッタは必死に箱の中を搔き乱した…
長く、永く、遥かに途方もない時間を箱の中に囚われ……孤独と恐怖をその身に焼き付かせるように時間は流れていた…
つづく…
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