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第32話『とある休日』
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学校見学から数日後、レンリエッタは毎朝ポストを覗き込んではパンセからの手紙が来ていないかと確認していた。しかし、そうすぐに手紙がやって来ることも無く、待ち侘びる日々が続いている…
いっそのこと、自分から手紙を書くことも考えたのだが、手紙なんて今まで誰かに送った事など無かったので書き方を知らないのだ。
なので今日もレンリエッタは朝、ポストを確認しては雑誌と新聞だけが突っ込まれている状況に気落ちしていた。
「はぁ……もしかして、記号間違えちゃったのかな…」
「お嬢様、そんなに急がずともきっとお手紙は来ますよ。それにこちらから書いてみては?」
「そうしようとしたんだけど…私、手紙なんて書いた事なくて…」
レンリエッタは朝のキッチンにて、コーヒーをスプーンでかき混ぜながら落ち込んでいた。こんなにも毎日が長く感じたのは初めてだ、部屋に監禁されていた時でさえ、こんな気持ちにはならなかった。
そんな風に落ち込んでいると、エラフィンがいつも通りの寝ぼけ顔でキッチンへやって来た。目は殆ど開いておらず、椅子に座るなりウトウトと船を漕ぎ始める始末だ。
「エラフィン様、今日はいつもより朝が…苦手なようで…?」
「ふわぁあぁ~…どうも最近…うーん…風見時計がおかしくてね……昨日の夜遅くまで具合を見てたのさ…」
「風見時計?なにそれ?」
「我が家の屋根に刺さってるアンテナみたいなもんさ。天気の様子を調べたり、風の様子を探るのに使うの。」
「どうりで昨晩は屋根裏が騒がしかったのですね…私はてっきりまたネズミかと…」
風見時計というのは邸宅の屋根に刺さっている風見鶏のようなものである。風向きを見るのはもちろん、天気を調べたり、風圧などを計測する事も出来るらしい。
どうやら最近は調子がおかしいとの事で、昨晩は夜遅くまで点検していた模様。レンリエッタはグリスと同じ様にまたネズミが出たのかと震えていたが、騒音の正体が分かったのでひと安心だ。
「まぁ…古いもんだし故障の類だろうねぇ、それか…近いうちに嵐が来るね。」
「嵐ですか?まさかこのような時期に来るはずは……いえ、そうでもありませんね…」
「嵐がどうかしたの?」
風見時計の様子を見るに故障していないのであれば、近いうちに嵐が来る模様。普通は夏や秋などにやって来るものなので、季節外れも良いところなのだが…グリスとエラフィンはどこか納得している様だ。
レンリエッタは二人を見て少し不安になった。
「春に嵐なんて来るの?」
「時々ね…本当に時々さ、最後に季節外れの嵐が来たのはたしか……そう、7年前だからねぇ…」
「警戒しておくに越した事はありませんし、色々と準備しておきますよ。雨戸に庭の片付け…それから道具の方もご用意しましょうか?」
「もちろんさ、最後に使ったのは随分と前なんだ。念入りに磨いといておくれ。」
グリスが何やら道具を用意するらしい。磨くと言っているが、どんな道具なのだろうか…
「道具?道具って嵐を鎮める道具のこと?」
「あぁ…説明が面倒だねぇ……ま、使う時が来たら教えてやるさ。それよりポストの旗が立ってたよ、手紙が来てるんじゃないのかい?」
「ホントに!?」
結局道具については教えてくれなかったものの、レンリエッタはポストに手紙が来ていると聞くなり、席を立って確認へ向かった。ドキドキしながら玄関へ向かえば、マジックポストの旗がシャキンと立っている。
レンリエッタは震えるような気持ちでポストを開き、中から一通の手紙を取り出した…小さな白い封筒の手紙だ。
「……レンリエッタへ……パウンセンより!やったー!手紙だ!」
宛名に自分の名が書かれているのと差出人がパンセだと念入りに確認したレンリエッタは大いに喜び始めた。生まれて初めて友達から手紙を貰ったのだ、喜ばずにはいられない。
すぐにレンリエッタは再びキッチンへ戻って二人へ報告した。あまりの勢いにグリスは淹れていたコーヒーを零しそうになり、エラフィンはトーストに塗っていたバターをボトリと落とした。
「グリス!先生!手紙が来たよ!」
「それはそれは!大変喜ばしい事ですね。」
「早く開けて中を確認してみな、なんて書いてあるんだい?」
「う、うん……えーっと…」
レンリエッタは手紙が破れないようにそっと封蝋を剥がすと、封筒を開いて中の紙を取り出した。ほんのり薬草の香りがする葉柄の便箋に綺麗な字が書かれていた。
『レンリエッタへ
何を書けば良いか迷っちゃうから、率直に伝えるね
こんどの日曜日、一緒に遊びませんか?
サタニズム街の水無し噴水広場で
午後1時に会いましょう。
返事は同封の同期紙に書いてね。
追記:クリッツも一緒だよ。
パウンセン・D・ミキシンズより🍁』
「わぁ…!今度遊ぼうだって!」
一通目の手紙で早くも遊びの誘いを受けたレンリエッタは目をキラキラと輝かせながら何度も便箋を眺めた。初めて出来た友達から初めて誘いが来れば、喜ぶなという方が難しい。
「ねぇ先生、今度の日曜…遊びに行っても良いかな?ブーツを使いたいんだけど…」
「日曜日…明後日だね、もちろん良いよ。うんと遊んで来ると良いさ。」
「ですがくれぐれも気を付けてくださいね、サタニズム街は賑やかですが決して安全な場所とは言えませんので…」
「うん、それについては承知してるよ…なんたって前にブーツ盗まれちゃったし…」
「ポーチを貸そうじゃないか、肌身離さず持っとけば失くしたり盗まれる心配なんて無いだろう?」
「ありがとう先生!」
「お嬢様がようやく交友関係を築けるようになり…私は嬉しく思いますよ…」
「そんな大げさな…」
というわけで、外出と共にブーツの使用も許可されたレンリエッタはウキウキ気分で封筒の中身をまた確認してみた。すると、小さな紙切れが一枚…中に残されていた。
おそらく手紙の文面から察するに同期紙というものだろう。
「これが同期紙っていうやつかな……先生、これなぁに?」
「そいつは特殊な紙で、書いた内容を同期するのさ。」
「同期?それってつまり…」
「同じ紙をご友人様も有しているので、その紙に書いた文字はあちらが持つ紙にも反映されるのですよ。」
同期紙というのは2枚以上の紙を同期させることで、片方に書いた内容をもう片方の紙でも確認できるようにするものである。分かりやすく言えば2枚の紙があるとして、片方に書いた文字がもう片方にも浮かび上がるのだ。
3枚以上の場合はどれか一枚に書けば全部に反映され、一度書いた文字は消すことが出来ない。紙が物理的に消滅すると、同期した紙も消滅する。
主に遠隔での会話などに用いられるほか、諜報などにも使用されている……ちなみに原料は魔法紙であり、書店や文具店などで店員に言うと作ってくれる。
少々割高ながら本タイプも発売している。
「へぇ~…とっても便利…」
「懐かしいね、昔は交換しない交換日記ってのが流行ってたねぇ…私もよくやってたよ。」
「エラフィン様に日記を交換する相手が居たのですか?」
「なんだって?」
「いえ、なにも…お嬢様、返事を書かれるのであればペンをどうぞ。」
「ありがと。」
グリスから綺麗な万年筆を貸してもらったレンリエッタは早速紙へ返事を書いた。
慣れないながらも『よろこんで』と記せば…すぐにその横へ小さな星のマークが現れた。パンセもたった今、返事を確認してくれたらしい。
「そう言えば相手はどんな子なんだい?まさか…男じゃないだろうね?」
「お嬢様…まさかそのような事はございませんよね…?」
「ち、違うよ!パンセは女の子だよ…」
「なら良いけど。」
パンセが女の子と聞いて二人とも安心している様だ。しかしながらレンリエッタは二人の様子を見てミシェンを思い出した…ベリーとメルキンの気分が今になって分かるとは、なんとも変な感じだ。
「さて、明後日遊ぶなら今日と明日はその分頑張ってもらうよ。」
「うん…でも何をするの?」
「何をするって?いつも通りさ、手が必要になったら呼ぶよ。それまでは呪文の練習に励むように!」
「はーい!」
というわけでレンリエッタは約束の明後日まで、いつも通りの日々を過ごした。
いつも通りと言ってもエラフィンが錬成室で粘液生命体を作り出そうとして失敗したり、グリスの帽子がほつれて中身が溢れ出したり、ピラリカの練習中に危うく家を燃やしかけたりなど様々な事も起きたが、そんなトラブルも慣れ始めていた。
そして来るべき日曜日の真昼、レンリエッタはポーチを貸してもらい、中へお小遣い専用の財布を入れるとブーツを持って家を出た。今日の天気は少し涼しく、曇ってはいるが絶好のお出かけ日和である。
レンリエッタはブーツのベルトをギュッと締めながら、エラフィンとグリスより何度目か分からない忠告を受けた。
「くれぐれも遊び過ぎないように、門限を守らないとお仕置きだかんね。」
「分かってるよ、必ず6時前には戻って来るから安心して。」
「それとお嬢様、お小遣いは節度を持って使ってくださいね。お金は…」
「上手く使ってこそ…でしょ?私こう見えても意思が強いからヘーキだって。」
「ならばこれ以上は言う事もありませんね、どうかお気を付けて…」
レンリエッタは最後にブーツの具合を確認すると、そっと構え、わざわざ見送りに来た二人へ言った。
「それじゃ!行ってきまーす!」
そう言って足を思いっきり動かすと、ビュンッと景色が過ぎ去って行く…去り際、エラフィンが口を開こうとしていたが、レンリエッタの方が文字通り一足早かったので、聞けずじまいであった。
しかしながら草食ブーツの効果は相変わらず素晴らしいものであり、あっという間にサタニズム街の入り口まで到着してしまった。瞬きする必要も無く、そこは正しく繁華街である。
レンリエッタは周囲を確認すると、足を動かさないようにそっと片方ずつブーツを脱ぎ、ポーチの中へと仕舞いこんだ。それから水の出ない噴水風呂場へと歩き始めた…まだ待ち合わせには時間があるので急がずとも平気かと思われたが…
「レンリエッタ!こっちこっちー!」
「あれ!?二人とも…もう居るや…」
広場が近付いて来た頃、レンリエッタは自身を呼ぶ声に驚いた。視線を向けてみると既に二人とも噴水の傍で待っており、こちらへ大きく手をブンブンと振っていたのだ。
レンリエッタは慌てて駆け寄って二人へ聞いた。
「ご、ごめん…もしかして待たせちゃった…?」
「ううん、全然。私達もついさっき来たところだから。」
「パンセが遅れるかもってうるさくてさ、二足早くきたってこと。」
「も、もう!クリッツ…言わないでよ…!」
「あはははは、私も早く来ちゃったし丁度良かったね。」
どうやらパンセの誘いでクリッツ共々二足早く到着していた様だ。
それはそうとパンセは可愛らしい白い服を着こなしていたが、クリッツは白いシャツに黒い短ズボンと制服のままだった。案外服装に関してこだわりを持たない主義なのかもしれない。
「それでさ、どうすんのさ?これから何して遊ぶ?」
「うーん…ねぇレンリエッタはどうしたい?」
「わ、私?えーっと…実は…友達と遊んだこと無くて…分かんないや!二人はいつも何するの?」
「テキトーに店を見て回ったり、パーラーでアイス食べたりするよ。パンセと遊ぶときは大体そんな感じかな。」
レンリエッタは友達付き合いに関して全くの知識が無かったが、クリッツの話を聞いた感じ…あまり人間の世界と変わらないようだ。ベリーとメルキンも友達に関する話は買い物だのファッションだのそんなものだった。
「ならそうしようよ、それに私まだ此処のことあんまり知らないから、任せても良い?」
「それなら任せて!私とクリッツがしっかり案内してあげる!」
「じゃあまずは精霊ショップでも見に行こうよ、ここから少し行った先にあるよ。いつもよく行ってるの。」
ということで、レンリエッタは二人に案内を任せてサタニズム街中の店を回る事にした。まずはクリッツ行きつけの精霊ショップへ向かう事となった。
サタニズム街へは何度も訪れているレンリエッタだったが、未だに細かい店の位置を把握できるほどではなかったので二人の存在が心強く思えた。
道中でクリッツはレンリエッタへ聞いた。
「レンリエッタって精霊好き?」
「え?うーん…精霊がどういうのかよく分かんないけど、小動物みたいなのがそうなら好きだよ。」
「へへ!ボクも好き~いつか先生に許可を貰ったら絶対飼うって決めてるんだ。」
精霊…についてレンリエッタはあまりよく知らないが、何となく小さい動物をそう呼んでいるのは知っている。クリッツはそんな精霊が好きらしく、先生とやらに許可を貰ったら真っ先に飼いたいとのこと。
そうこうしているうちに、三人は精霊ショップの『テイキー・テイク・トーカー』へ到着した。こじんまりとしていて、店内店外問わず小動物の入った鉄カゴが所せましに積まれた店だ。
ひっきりなしにギャーギャー、ギーギー聞こえるのでかなりやかましいのだが、クリッツは嬉しそうだ。
「ねぇ見て!新しい精霊が入荷してるよ!」
「うわぁ!かわいい~!炎の精霊ね!」
「どれどれ…うわぁ…」
クリッツの後に付いて行き、レンリエッタとパンセは丸い大きなガラス製のケースを眺めた。
すると中には手のひらほどのサイズをした小さな炭…ではなく、真っ黒けの子犬の様な精霊が数匹、中を駆けずり回ったり、餌の木炭をガリガリと齧っていた。目の色が多彩で赤や青に加え、緑や黄色の目をした個体も居た。
そしてレンリエッタが視線を下ろせば、新入荷という文字と一緒に名前が書いてあった。
「炎の精霊…ハスピー…?」
「その子たちは南の活火山帯で捕獲した珍しい精霊だよ。炎の使い魔とも呼ばれてるんだ。」
「え?えーっと…」
「あ!トーカーさん、こんにちわ。」
「やぁクリッツ、パンセ…そして…初めてっ子。」
その時、レンリエッタへ聞いてもいない解説をしながら、店の奥から一人の男が姿を現した。真っ先に挨拶したクリッツによれば彼はトーカーと言い、名の通りこの店の店主らしい…赤い肌をしたヘルドで、全身が傷だらけな上に右足が無かったので不気味だが、どこか爽やかな人である。
(それにしても、この街の人々は自分の名前を店に付けるのがお好きなようだ…)
「レンリエッタ、この人はお店のオーナーのトーカーさんだよ。そしてトーカーさん、こっちは私とクリッツの友達のレンリエッタです。」
「ど、どうも初めまして…レンリエッタです…」
「なるほど!じゃあ早速聞くが、君は精霊が好きかな?」
「え?う、うん…好きです…」
そう聞くと、トーカー氏は嬉しそうに笑った。しかしながらレンリエッタは彼が不気味な気がしてならなかったので、同じく笑みを浮かべても引きつった顔になってしまった。
「いいねいいね!もしかしてもう飼ってるのかな?」
「いえ、精霊はまだ飼ってません…それによく分からなくて…精霊って一体何なんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!精霊ってのは使い魔としての適性を持つ生物の事さ、要するに便利な事を請け負ってくれる子達なんだ!」
トーカー氏は精霊について極めてアツくレンリエッタへ説き始めた。
精霊というのは従者…つまり飼い主と契約を結ぶ事で様々な恩恵をもたらしてくれる存在である。例えば水の精霊なら水を生成してくれたり、炎の精霊なら火を貸してくれる…さらにはそう言ったものに縛られず、本の精霊や刃物の精霊も居るらしい…
いっぱしの魔法使いなら誰でも精霊と契約を行っているのだ。もしかしたらエラフィンも契約しているのかもしれない…
「そうなんだ……じゃあ、トーカーさんも契約してるの?」
「もちろん!…と言いたいところだが僕は贔屓はしない主義でね、精霊とは契約してないよ。」
「最近だとしてない人は多いんだよ。でもパンセはしてるよ。」
「うん、釜の精霊としてるの。コロンドルって言うんだけど、今度見せてあげる。」
「釜の精霊!そういうのもあるんだ」
クリッツもトーカー氏も契約はしていないが、パンセのみは釜の精霊と契約を行っているようだ。釜とはいかにも彼女らしいチョイスだ。
「それで…どうだい、もっと近くで見てみないかい?」
「いいんですか?」
「なぁに、そんなに凶暴な奴じゃ無いさ。」
そう言って、トーカー氏はケースの上部を開くと、手を入れた。すると内部のハスピーたちは一斉に彼の手へと向かい、小さな口でガジガジ噛んだり、これまた小さな舌でベロベロと舐め回し始めた。
そしてトーカー氏はその中でも一匹、緑色の目をした個体を手で優しく包むように取ると、腕をケースから出して三人の前へと持って来た。
ハスピーは三人の顔をジーっと見つめた後、彼の手の中でぐったりと寝始めてしまった。
【カフュン…】
「寝ちゃった…」
「あははは、この子は随分とマイペースでね。」
「でもなんだか炎の精霊って感じは…しないね…」
パンセの言葉にレンリエッタは心の中で同意した。ハスピーは炎の精霊とは呼ばれているものの、その見た目は真っ黒な子犬なので、まるで石炭のようだ。
とてもじゃないが炎らしさを感じない。
「確かに今は真っ黒けさ。でも…こうやって腹を撫でたりすると喜んで…」
【ハフンッ!!】
「うわっ!?爆発した!?」
トーカー氏がハスピーの小さな腹を指先で撫ででやると、次の瞬間ボウッと彼の手の中に緑色の炎が現れた。てっきりレンリエッタはハスピーが爆発したかと思ったのだが、よく見れば炎はきちんとハスピーの形をしており、変わらずその手の中で寝ている。
どうやらハスピーというのは気分が高揚したり、興奮したりすると燃え盛るらしい。
トーカー氏が発火状態のハスピーをケースに戻してやると、周りの個体もそれに群がり、引火するように次々と燃え始めた。それぞれで赤色、黄色、青色と…とても綺麗に輝いている。
三人は夢中でケースの中を眺め、少しすると羨むようにクリッツが言った。
「わぁー…良いなぁ…トーカーさん、これ…どのくらいするの?」
「ふふふふ…この子たちは結構貴重な子でね、一匹50モナスってところかな。」
「ご、50モナス!?…そんなにするんだ…」
値段を聞いてレンリエッタはギョッとした。50モナスと言えばとんでもない大金だ。
ケイルに換算するなら500、モナスなら50万もするのだから、思わずハスピーが生きた金塊に見えてしまう。それだけあれば触媒だってとびっきり上等なものを買えてしまうではないか。
もちろんこの値段を聞き、驚くのはレンリエッタのみならず…クリッツもパンセもあからさまに目の色を変えていた。
「フラピルならザッと500匹分じゃん…そんな大金、許可を貰うまでに集め切れないよ…」
「大丈夫よクリッツ、50モナスならすぐに売れないわ。」
「ところがどっこい、この子たちは凄い勢いで売れててね…10匹仕入れたのがもうこの4匹だけなんだ。」
「そんなぁ…」
こんな大層な値段にも関わらず、ハスピーは勢いよく売れてるらしく、もう既に6匹も引き取られているのだ。50モナスなんて大金は用意できないクリッツは大きく落ち込んだ。
レンリエッタは励まそうとしたが、パンセは「いつもの事だから」と慣れているようだ。
「クリッツ…あなた先週は一つ目ウサギを欲しがってたじゃない。」
「そうだけど…あぁもう!ボクってば優柔不断が過ぎるよ…」
「はっはっは!クリッツ、きっと君にもいつか、これだ!と思える精霊が見つかるよ。誰でも精霊とは出会うものだからね。」
「精霊とは出会うもの…」
レンリエッタはそう聞いて、ケースの中の一匹…赤く燃え盛るハスピーを眺め、どこか惹かれるような気持ちを抱いた。しかしながら50モナスという大金は持ち合わせていないし、金貨は無駄に出来ない…それに何よりも、エラフィンに無断で飼えるようなものではないのだ。
なのでレンリエッタはどこか後ろ髪を引かれる様な思いでクリッツを励ましながら、精霊ショップを後にした。
その後、レンリエッタはパンセの案内で飛行杖専門店へと向かう事になった。乗った事は幾度かあるものの、思えば店を見た事など無かった。
今回パンセが案内してくれたのは平凡的な…というより、庶民的な飛行杖を扱う『ウィング&フィンズ』という店だった。高級な物は置いていないが、良心的価格の飛行杖がずらりと並んでおり、店外には型落ち品の中古が無造作に大樽へぶち込まれていた。
「飛行杖買い替えようかなぁ、私が使ってるのってだいぶ古いし…」
「ボクなんて一本も持って無いし、持った事も無いよ…そういえばレンリエッタは乗るの?」
「ううん、乗せてもらった事はあるけど自分で乗った事は無いかな…」
そう言うと、二人は少し驚いているようだった。それもそうだろう、飛行杖というのは人間で言うところの自転車のようなものである。
パンセは一本持っているし、クリッツも持っていないが乗れるようだ。
「じゃあレンリエッタ…今日は一体どうやって街まで来たの?確か住んでるのって王国の外よね…?」
「うん。偶像の森に住んでるけど、今日はブーツで来たの。」
「ブーツ?それってまさか草食ブーツ?」
「そうだけど…」
そう聞けば、さらに二人は驚いた。草食ブーツはかつてこの世界で最も多く使われた移動手段なのだが、現在では遠い昔の骨董品として扱われるのだ。
そんなものを今現在、純粋な移動手段のみで使用しているのは王国は広くとも、レンリエッタ一人のみだろう。
「マジで?まだ使ってる人いたんだ…ボク、歴史の授業でしか見たこと無いよ…」
「私のお婆ちゃんの世代だってもう飛行杖だったのに…」
「そんなにおかしいかな?結構便利だよ、それに先生がロック掛けてくれてるから安全だし。」
レンリエッタは腰のポーチからブーツを取り出して二人へ見せた。どちらも口をあんぐりと開け、珍しいものを見るかのような目つきでブーツをまじまじと眺めている…
あんまりな対応だが、レンリエッタにとっては気軽に街へ行くための大切な道具なのだ。
「ブーツも良いけど…乗り方を知っておいた方が良いわよ。」
「でもなんだか怖くて…落ちたらどうしようって…」
「安心しなよ、ボクに乗れるんだからレンリエッタにも乗れるよ。それに昔、サーカスで飛行杖に乗るマンキュラスだって見たことあるし。」
「もし乗れなかったら私、それ以下になるってこと…?」
確かに二人が言うように、飛行杖は何かと便利なので乗れるようになれば損は無いだろう。エラフィンも自宅の倉庫に何本か飛行杖を持っていると話していた。
クリッツによれば猿の怪物ですら乗れるらしいので、レンリエッタの様な運動音痴でも乗りこなせるようになるかもしれない…
「それに最近のはさ、安全装置だって付いてるんだよ。落ちないようになってるし。」
「それでも落ちる時は落ちるけどね…あぁでも、運が悪かったら骨が折れる程度だから大丈夫!パークには安全魔法も掛かってるから。」
「そ、そこまで言うなら…乗ってみようかな…」
「ならボクとパンセに任せて!こう見えても下級生に乗り方を教えた事もあるんだよ!」
クリッツはポンッと胸を叩いて気張ってみせたが、どこか不安を感じずにはいられない……だが、こうして自信満々に言っているのだから、レンリエッタはもう少し二人に甘えることにした。
幸いにもブーツがあれば一瞬で家に戻れるので、今すぐにでも練習を始められそうだ。
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。」
「それなら今日は予定変更だね!レンリエッタ、飛行杖はどうする?レンタルする?」
「もし良かったら私のを貸すけど?」
「大丈夫、先生が家に何本かあるって言ってたから借りて来るよ。ブーツがあれば一瞬で帰れるし。」
「じゃあ一旦解散して杖を持って集合しようよ!」
ということで、思い立ったが吉日…予定を変更して今日は飛行杖の乗り方を教えてもらう事になった。三人は一旦解散して、レンリエッタは邸宅へ向かった。
一方でパンセは自宅まで杖を取りに行き、クリッツは……やること無いのでパンセに付いて行くようだ。
どこか不安を覚えながらも、レンリエッタはブーツで街から森へと駆け抜けるのだった…
つづく…
いっそのこと、自分から手紙を書くことも考えたのだが、手紙なんて今まで誰かに送った事など無かったので書き方を知らないのだ。
なので今日もレンリエッタは朝、ポストを確認しては雑誌と新聞だけが突っ込まれている状況に気落ちしていた。
「はぁ……もしかして、記号間違えちゃったのかな…」
「お嬢様、そんなに急がずともきっとお手紙は来ますよ。それにこちらから書いてみては?」
「そうしようとしたんだけど…私、手紙なんて書いた事なくて…」
レンリエッタは朝のキッチンにて、コーヒーをスプーンでかき混ぜながら落ち込んでいた。こんなにも毎日が長く感じたのは初めてだ、部屋に監禁されていた時でさえ、こんな気持ちにはならなかった。
そんな風に落ち込んでいると、エラフィンがいつも通りの寝ぼけ顔でキッチンへやって来た。目は殆ど開いておらず、椅子に座るなりウトウトと船を漕ぎ始める始末だ。
「エラフィン様、今日はいつもより朝が…苦手なようで…?」
「ふわぁあぁ~…どうも最近…うーん…風見時計がおかしくてね……昨日の夜遅くまで具合を見てたのさ…」
「風見時計?なにそれ?」
「我が家の屋根に刺さってるアンテナみたいなもんさ。天気の様子を調べたり、風の様子を探るのに使うの。」
「どうりで昨晩は屋根裏が騒がしかったのですね…私はてっきりまたネズミかと…」
風見時計というのは邸宅の屋根に刺さっている風見鶏のようなものである。風向きを見るのはもちろん、天気を調べたり、風圧などを計測する事も出来るらしい。
どうやら最近は調子がおかしいとの事で、昨晩は夜遅くまで点検していた模様。レンリエッタはグリスと同じ様にまたネズミが出たのかと震えていたが、騒音の正体が分かったのでひと安心だ。
「まぁ…古いもんだし故障の類だろうねぇ、それか…近いうちに嵐が来るね。」
「嵐ですか?まさかこのような時期に来るはずは……いえ、そうでもありませんね…」
「嵐がどうかしたの?」
風見時計の様子を見るに故障していないのであれば、近いうちに嵐が来る模様。普通は夏や秋などにやって来るものなので、季節外れも良いところなのだが…グリスとエラフィンはどこか納得している様だ。
レンリエッタは二人を見て少し不安になった。
「春に嵐なんて来るの?」
「時々ね…本当に時々さ、最後に季節外れの嵐が来たのはたしか……そう、7年前だからねぇ…」
「警戒しておくに越した事はありませんし、色々と準備しておきますよ。雨戸に庭の片付け…それから道具の方もご用意しましょうか?」
「もちろんさ、最後に使ったのは随分と前なんだ。念入りに磨いといておくれ。」
グリスが何やら道具を用意するらしい。磨くと言っているが、どんな道具なのだろうか…
「道具?道具って嵐を鎮める道具のこと?」
「あぁ…説明が面倒だねぇ……ま、使う時が来たら教えてやるさ。それよりポストの旗が立ってたよ、手紙が来てるんじゃないのかい?」
「ホントに!?」
結局道具については教えてくれなかったものの、レンリエッタはポストに手紙が来ていると聞くなり、席を立って確認へ向かった。ドキドキしながら玄関へ向かえば、マジックポストの旗がシャキンと立っている。
レンリエッタは震えるような気持ちでポストを開き、中から一通の手紙を取り出した…小さな白い封筒の手紙だ。
「……レンリエッタへ……パウンセンより!やったー!手紙だ!」
宛名に自分の名が書かれているのと差出人がパンセだと念入りに確認したレンリエッタは大いに喜び始めた。生まれて初めて友達から手紙を貰ったのだ、喜ばずにはいられない。
すぐにレンリエッタは再びキッチンへ戻って二人へ報告した。あまりの勢いにグリスは淹れていたコーヒーを零しそうになり、エラフィンはトーストに塗っていたバターをボトリと落とした。
「グリス!先生!手紙が来たよ!」
「それはそれは!大変喜ばしい事ですね。」
「早く開けて中を確認してみな、なんて書いてあるんだい?」
「う、うん……えーっと…」
レンリエッタは手紙が破れないようにそっと封蝋を剥がすと、封筒を開いて中の紙を取り出した。ほんのり薬草の香りがする葉柄の便箋に綺麗な字が書かれていた。
『レンリエッタへ
何を書けば良いか迷っちゃうから、率直に伝えるね
こんどの日曜日、一緒に遊びませんか?
サタニズム街の水無し噴水広場で
午後1時に会いましょう。
返事は同封の同期紙に書いてね。
追記:クリッツも一緒だよ。
パウンセン・D・ミキシンズより🍁』
「わぁ…!今度遊ぼうだって!」
一通目の手紙で早くも遊びの誘いを受けたレンリエッタは目をキラキラと輝かせながら何度も便箋を眺めた。初めて出来た友達から初めて誘いが来れば、喜ぶなという方が難しい。
「ねぇ先生、今度の日曜…遊びに行っても良いかな?ブーツを使いたいんだけど…」
「日曜日…明後日だね、もちろん良いよ。うんと遊んで来ると良いさ。」
「ですがくれぐれも気を付けてくださいね、サタニズム街は賑やかですが決して安全な場所とは言えませんので…」
「うん、それについては承知してるよ…なんたって前にブーツ盗まれちゃったし…」
「ポーチを貸そうじゃないか、肌身離さず持っとけば失くしたり盗まれる心配なんて無いだろう?」
「ありがとう先生!」
「お嬢様がようやく交友関係を築けるようになり…私は嬉しく思いますよ…」
「そんな大げさな…」
というわけで、外出と共にブーツの使用も許可されたレンリエッタはウキウキ気分で封筒の中身をまた確認してみた。すると、小さな紙切れが一枚…中に残されていた。
おそらく手紙の文面から察するに同期紙というものだろう。
「これが同期紙っていうやつかな……先生、これなぁに?」
「そいつは特殊な紙で、書いた内容を同期するのさ。」
「同期?それってつまり…」
「同じ紙をご友人様も有しているので、その紙に書いた文字はあちらが持つ紙にも反映されるのですよ。」
同期紙というのは2枚以上の紙を同期させることで、片方に書いた内容をもう片方の紙でも確認できるようにするものである。分かりやすく言えば2枚の紙があるとして、片方に書いた文字がもう片方にも浮かび上がるのだ。
3枚以上の場合はどれか一枚に書けば全部に反映され、一度書いた文字は消すことが出来ない。紙が物理的に消滅すると、同期した紙も消滅する。
主に遠隔での会話などに用いられるほか、諜報などにも使用されている……ちなみに原料は魔法紙であり、書店や文具店などで店員に言うと作ってくれる。
少々割高ながら本タイプも発売している。
「へぇ~…とっても便利…」
「懐かしいね、昔は交換しない交換日記ってのが流行ってたねぇ…私もよくやってたよ。」
「エラフィン様に日記を交換する相手が居たのですか?」
「なんだって?」
「いえ、なにも…お嬢様、返事を書かれるのであればペンをどうぞ。」
「ありがと。」
グリスから綺麗な万年筆を貸してもらったレンリエッタは早速紙へ返事を書いた。
慣れないながらも『よろこんで』と記せば…すぐにその横へ小さな星のマークが現れた。パンセもたった今、返事を確認してくれたらしい。
「そう言えば相手はどんな子なんだい?まさか…男じゃないだろうね?」
「お嬢様…まさかそのような事はございませんよね…?」
「ち、違うよ!パンセは女の子だよ…」
「なら良いけど。」
パンセが女の子と聞いて二人とも安心している様だ。しかしながらレンリエッタは二人の様子を見てミシェンを思い出した…ベリーとメルキンの気分が今になって分かるとは、なんとも変な感じだ。
「さて、明後日遊ぶなら今日と明日はその分頑張ってもらうよ。」
「うん…でも何をするの?」
「何をするって?いつも通りさ、手が必要になったら呼ぶよ。それまでは呪文の練習に励むように!」
「はーい!」
というわけでレンリエッタは約束の明後日まで、いつも通りの日々を過ごした。
いつも通りと言ってもエラフィンが錬成室で粘液生命体を作り出そうとして失敗したり、グリスの帽子がほつれて中身が溢れ出したり、ピラリカの練習中に危うく家を燃やしかけたりなど様々な事も起きたが、そんなトラブルも慣れ始めていた。
そして来るべき日曜日の真昼、レンリエッタはポーチを貸してもらい、中へお小遣い専用の財布を入れるとブーツを持って家を出た。今日の天気は少し涼しく、曇ってはいるが絶好のお出かけ日和である。
レンリエッタはブーツのベルトをギュッと締めながら、エラフィンとグリスより何度目か分からない忠告を受けた。
「くれぐれも遊び過ぎないように、門限を守らないとお仕置きだかんね。」
「分かってるよ、必ず6時前には戻って来るから安心して。」
「それとお嬢様、お小遣いは節度を持って使ってくださいね。お金は…」
「上手く使ってこそ…でしょ?私こう見えても意思が強いからヘーキだって。」
「ならばこれ以上は言う事もありませんね、どうかお気を付けて…」
レンリエッタは最後にブーツの具合を確認すると、そっと構え、わざわざ見送りに来た二人へ言った。
「それじゃ!行ってきまーす!」
そう言って足を思いっきり動かすと、ビュンッと景色が過ぎ去って行く…去り際、エラフィンが口を開こうとしていたが、レンリエッタの方が文字通り一足早かったので、聞けずじまいであった。
しかしながら草食ブーツの効果は相変わらず素晴らしいものであり、あっという間にサタニズム街の入り口まで到着してしまった。瞬きする必要も無く、そこは正しく繁華街である。
レンリエッタは周囲を確認すると、足を動かさないようにそっと片方ずつブーツを脱ぎ、ポーチの中へと仕舞いこんだ。それから水の出ない噴水風呂場へと歩き始めた…まだ待ち合わせには時間があるので急がずとも平気かと思われたが…
「レンリエッタ!こっちこっちー!」
「あれ!?二人とも…もう居るや…」
広場が近付いて来た頃、レンリエッタは自身を呼ぶ声に驚いた。視線を向けてみると既に二人とも噴水の傍で待っており、こちらへ大きく手をブンブンと振っていたのだ。
レンリエッタは慌てて駆け寄って二人へ聞いた。
「ご、ごめん…もしかして待たせちゃった…?」
「ううん、全然。私達もついさっき来たところだから。」
「パンセが遅れるかもってうるさくてさ、二足早くきたってこと。」
「も、もう!クリッツ…言わないでよ…!」
「あはははは、私も早く来ちゃったし丁度良かったね。」
どうやらパンセの誘いでクリッツ共々二足早く到着していた様だ。
それはそうとパンセは可愛らしい白い服を着こなしていたが、クリッツは白いシャツに黒い短ズボンと制服のままだった。案外服装に関してこだわりを持たない主義なのかもしれない。
「それでさ、どうすんのさ?これから何して遊ぶ?」
「うーん…ねぇレンリエッタはどうしたい?」
「わ、私?えーっと…実は…友達と遊んだこと無くて…分かんないや!二人はいつも何するの?」
「テキトーに店を見て回ったり、パーラーでアイス食べたりするよ。パンセと遊ぶときは大体そんな感じかな。」
レンリエッタは友達付き合いに関して全くの知識が無かったが、クリッツの話を聞いた感じ…あまり人間の世界と変わらないようだ。ベリーとメルキンも友達に関する話は買い物だのファッションだのそんなものだった。
「ならそうしようよ、それに私まだ此処のことあんまり知らないから、任せても良い?」
「それなら任せて!私とクリッツがしっかり案内してあげる!」
「じゃあまずは精霊ショップでも見に行こうよ、ここから少し行った先にあるよ。いつもよく行ってるの。」
ということで、レンリエッタは二人に案内を任せてサタニズム街中の店を回る事にした。まずはクリッツ行きつけの精霊ショップへ向かう事となった。
サタニズム街へは何度も訪れているレンリエッタだったが、未だに細かい店の位置を把握できるほどではなかったので二人の存在が心強く思えた。
道中でクリッツはレンリエッタへ聞いた。
「レンリエッタって精霊好き?」
「え?うーん…精霊がどういうのかよく分かんないけど、小動物みたいなのがそうなら好きだよ。」
「へへ!ボクも好き~いつか先生に許可を貰ったら絶対飼うって決めてるんだ。」
精霊…についてレンリエッタはあまりよく知らないが、何となく小さい動物をそう呼んでいるのは知っている。クリッツはそんな精霊が好きらしく、先生とやらに許可を貰ったら真っ先に飼いたいとのこと。
そうこうしているうちに、三人は精霊ショップの『テイキー・テイク・トーカー』へ到着した。こじんまりとしていて、店内店外問わず小動物の入った鉄カゴが所せましに積まれた店だ。
ひっきりなしにギャーギャー、ギーギー聞こえるのでかなりやかましいのだが、クリッツは嬉しそうだ。
「ねぇ見て!新しい精霊が入荷してるよ!」
「うわぁ!かわいい~!炎の精霊ね!」
「どれどれ…うわぁ…」
クリッツの後に付いて行き、レンリエッタとパンセは丸い大きなガラス製のケースを眺めた。
すると中には手のひらほどのサイズをした小さな炭…ではなく、真っ黒けの子犬の様な精霊が数匹、中を駆けずり回ったり、餌の木炭をガリガリと齧っていた。目の色が多彩で赤や青に加え、緑や黄色の目をした個体も居た。
そしてレンリエッタが視線を下ろせば、新入荷という文字と一緒に名前が書いてあった。
「炎の精霊…ハスピー…?」
「その子たちは南の活火山帯で捕獲した珍しい精霊だよ。炎の使い魔とも呼ばれてるんだ。」
「え?えーっと…」
「あ!トーカーさん、こんにちわ。」
「やぁクリッツ、パンセ…そして…初めてっ子。」
その時、レンリエッタへ聞いてもいない解説をしながら、店の奥から一人の男が姿を現した。真っ先に挨拶したクリッツによれば彼はトーカーと言い、名の通りこの店の店主らしい…赤い肌をしたヘルドで、全身が傷だらけな上に右足が無かったので不気味だが、どこか爽やかな人である。
(それにしても、この街の人々は自分の名前を店に付けるのがお好きなようだ…)
「レンリエッタ、この人はお店のオーナーのトーカーさんだよ。そしてトーカーさん、こっちは私とクリッツの友達のレンリエッタです。」
「ど、どうも初めまして…レンリエッタです…」
「なるほど!じゃあ早速聞くが、君は精霊が好きかな?」
「え?う、うん…好きです…」
そう聞くと、トーカー氏は嬉しそうに笑った。しかしながらレンリエッタは彼が不気味な気がしてならなかったので、同じく笑みを浮かべても引きつった顔になってしまった。
「いいねいいね!もしかしてもう飼ってるのかな?」
「いえ、精霊はまだ飼ってません…それによく分からなくて…精霊って一体何なんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!精霊ってのは使い魔としての適性を持つ生物の事さ、要するに便利な事を請け負ってくれる子達なんだ!」
トーカー氏は精霊について極めてアツくレンリエッタへ説き始めた。
精霊というのは従者…つまり飼い主と契約を結ぶ事で様々な恩恵をもたらしてくれる存在である。例えば水の精霊なら水を生成してくれたり、炎の精霊なら火を貸してくれる…さらにはそう言ったものに縛られず、本の精霊や刃物の精霊も居るらしい…
いっぱしの魔法使いなら誰でも精霊と契約を行っているのだ。もしかしたらエラフィンも契約しているのかもしれない…
「そうなんだ……じゃあ、トーカーさんも契約してるの?」
「もちろん!…と言いたいところだが僕は贔屓はしない主義でね、精霊とは契約してないよ。」
「最近だとしてない人は多いんだよ。でもパンセはしてるよ。」
「うん、釜の精霊としてるの。コロンドルって言うんだけど、今度見せてあげる。」
「釜の精霊!そういうのもあるんだ」
クリッツもトーカー氏も契約はしていないが、パンセのみは釜の精霊と契約を行っているようだ。釜とはいかにも彼女らしいチョイスだ。
「それで…どうだい、もっと近くで見てみないかい?」
「いいんですか?」
「なぁに、そんなに凶暴な奴じゃ無いさ。」
そう言って、トーカー氏はケースの上部を開くと、手を入れた。すると内部のハスピーたちは一斉に彼の手へと向かい、小さな口でガジガジ噛んだり、これまた小さな舌でベロベロと舐め回し始めた。
そしてトーカー氏はその中でも一匹、緑色の目をした個体を手で優しく包むように取ると、腕をケースから出して三人の前へと持って来た。
ハスピーは三人の顔をジーっと見つめた後、彼の手の中でぐったりと寝始めてしまった。
【カフュン…】
「寝ちゃった…」
「あははは、この子は随分とマイペースでね。」
「でもなんだか炎の精霊って感じは…しないね…」
パンセの言葉にレンリエッタは心の中で同意した。ハスピーは炎の精霊とは呼ばれているものの、その見た目は真っ黒な子犬なので、まるで石炭のようだ。
とてもじゃないが炎らしさを感じない。
「確かに今は真っ黒けさ。でも…こうやって腹を撫でたりすると喜んで…」
【ハフンッ!!】
「うわっ!?爆発した!?」
トーカー氏がハスピーの小さな腹を指先で撫ででやると、次の瞬間ボウッと彼の手の中に緑色の炎が現れた。てっきりレンリエッタはハスピーが爆発したかと思ったのだが、よく見れば炎はきちんとハスピーの形をしており、変わらずその手の中で寝ている。
どうやらハスピーというのは気分が高揚したり、興奮したりすると燃え盛るらしい。
トーカー氏が発火状態のハスピーをケースに戻してやると、周りの個体もそれに群がり、引火するように次々と燃え始めた。それぞれで赤色、黄色、青色と…とても綺麗に輝いている。
三人は夢中でケースの中を眺め、少しすると羨むようにクリッツが言った。
「わぁー…良いなぁ…トーカーさん、これ…どのくらいするの?」
「ふふふふ…この子たちは結構貴重な子でね、一匹50モナスってところかな。」
「ご、50モナス!?…そんなにするんだ…」
値段を聞いてレンリエッタはギョッとした。50モナスと言えばとんでもない大金だ。
ケイルに換算するなら500、モナスなら50万もするのだから、思わずハスピーが生きた金塊に見えてしまう。それだけあれば触媒だってとびっきり上等なものを買えてしまうではないか。
もちろんこの値段を聞き、驚くのはレンリエッタのみならず…クリッツもパンセもあからさまに目の色を変えていた。
「フラピルならザッと500匹分じゃん…そんな大金、許可を貰うまでに集め切れないよ…」
「大丈夫よクリッツ、50モナスならすぐに売れないわ。」
「ところがどっこい、この子たちは凄い勢いで売れててね…10匹仕入れたのがもうこの4匹だけなんだ。」
「そんなぁ…」
こんな大層な値段にも関わらず、ハスピーは勢いよく売れてるらしく、もう既に6匹も引き取られているのだ。50モナスなんて大金は用意できないクリッツは大きく落ち込んだ。
レンリエッタは励まそうとしたが、パンセは「いつもの事だから」と慣れているようだ。
「クリッツ…あなた先週は一つ目ウサギを欲しがってたじゃない。」
「そうだけど…あぁもう!ボクってば優柔不断が過ぎるよ…」
「はっはっは!クリッツ、きっと君にもいつか、これだ!と思える精霊が見つかるよ。誰でも精霊とは出会うものだからね。」
「精霊とは出会うもの…」
レンリエッタはそう聞いて、ケースの中の一匹…赤く燃え盛るハスピーを眺め、どこか惹かれるような気持ちを抱いた。しかしながら50モナスという大金は持ち合わせていないし、金貨は無駄に出来ない…それに何よりも、エラフィンに無断で飼えるようなものではないのだ。
なのでレンリエッタはどこか後ろ髪を引かれる様な思いでクリッツを励ましながら、精霊ショップを後にした。
その後、レンリエッタはパンセの案内で飛行杖専門店へと向かう事になった。乗った事は幾度かあるものの、思えば店を見た事など無かった。
今回パンセが案内してくれたのは平凡的な…というより、庶民的な飛行杖を扱う『ウィング&フィンズ』という店だった。高級な物は置いていないが、良心的価格の飛行杖がずらりと並んでおり、店外には型落ち品の中古が無造作に大樽へぶち込まれていた。
「飛行杖買い替えようかなぁ、私が使ってるのってだいぶ古いし…」
「ボクなんて一本も持って無いし、持った事も無いよ…そういえばレンリエッタは乗るの?」
「ううん、乗せてもらった事はあるけど自分で乗った事は無いかな…」
そう言うと、二人は少し驚いているようだった。それもそうだろう、飛行杖というのは人間で言うところの自転車のようなものである。
パンセは一本持っているし、クリッツも持っていないが乗れるようだ。
「じゃあレンリエッタ…今日は一体どうやって街まで来たの?確か住んでるのって王国の外よね…?」
「うん。偶像の森に住んでるけど、今日はブーツで来たの。」
「ブーツ?それってまさか草食ブーツ?」
「そうだけど…」
そう聞けば、さらに二人は驚いた。草食ブーツはかつてこの世界で最も多く使われた移動手段なのだが、現在では遠い昔の骨董品として扱われるのだ。
そんなものを今現在、純粋な移動手段のみで使用しているのは王国は広くとも、レンリエッタ一人のみだろう。
「マジで?まだ使ってる人いたんだ…ボク、歴史の授業でしか見たこと無いよ…」
「私のお婆ちゃんの世代だってもう飛行杖だったのに…」
「そんなにおかしいかな?結構便利だよ、それに先生がロック掛けてくれてるから安全だし。」
レンリエッタは腰のポーチからブーツを取り出して二人へ見せた。どちらも口をあんぐりと開け、珍しいものを見るかのような目つきでブーツをまじまじと眺めている…
あんまりな対応だが、レンリエッタにとっては気軽に街へ行くための大切な道具なのだ。
「ブーツも良いけど…乗り方を知っておいた方が良いわよ。」
「でもなんだか怖くて…落ちたらどうしようって…」
「安心しなよ、ボクに乗れるんだからレンリエッタにも乗れるよ。それに昔、サーカスで飛行杖に乗るマンキュラスだって見たことあるし。」
「もし乗れなかったら私、それ以下になるってこと…?」
確かに二人が言うように、飛行杖は何かと便利なので乗れるようになれば損は無いだろう。エラフィンも自宅の倉庫に何本か飛行杖を持っていると話していた。
クリッツによれば猿の怪物ですら乗れるらしいので、レンリエッタの様な運動音痴でも乗りこなせるようになるかもしれない…
「それに最近のはさ、安全装置だって付いてるんだよ。落ちないようになってるし。」
「それでも落ちる時は落ちるけどね…あぁでも、運が悪かったら骨が折れる程度だから大丈夫!パークには安全魔法も掛かってるから。」
「そ、そこまで言うなら…乗ってみようかな…」
「ならボクとパンセに任せて!こう見えても下級生に乗り方を教えた事もあるんだよ!」
クリッツはポンッと胸を叩いて気張ってみせたが、どこか不安を感じずにはいられない……だが、こうして自信満々に言っているのだから、レンリエッタはもう少し二人に甘えることにした。
幸いにもブーツがあれば一瞬で家に戻れるので、今すぐにでも練習を始められそうだ。
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。」
「それなら今日は予定変更だね!レンリエッタ、飛行杖はどうする?レンタルする?」
「もし良かったら私のを貸すけど?」
「大丈夫、先生が家に何本かあるって言ってたから借りて来るよ。ブーツがあれば一瞬で帰れるし。」
「じゃあ一旦解散して杖を持って集合しようよ!」
ということで、思い立ったが吉日…予定を変更して今日は飛行杖の乗り方を教えてもらう事になった。三人は一旦解散して、レンリエッタは邸宅へ向かった。
一方でパンセは自宅まで杖を取りに行き、クリッツは……やること無いのでパンセに付いて行くようだ。
どこか不安を覚えながらも、レンリエッタはブーツで街から森へと駆け抜けるのだった…
つづく…
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