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第2章
第2章 多島海 19
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19 不戦
「テリラ様だ!」
彼女が軟禁されていたことを知らない職員や辺りの人々が驚きの声を上げていた。
「遠征中だったのでは?」
ざわざわと混乱のさざ波が広がる。
「諸君!」
テリラが背を伸ばして叫ぶ。
「私はテイルによって軟禁されていたのだ。反乱を起こしたテイルを即刻逮捕せよ!」
いきなりの言葉に呆然とする者がほとんどだ。
事情を知る一部の者たちはむしろ剣を抜いてテリラの方ににじり寄る。
「おい。意外と人望ねえな?あんた」
シュラハトが苦笑しながら剣を抜く。
「う、うるさい」
「テイルってのは思ったより仲間が多そうだぜ」
それもそのはずである。
ほとんどの人間にイズミは見えないのだ。
論理的で明確な言葉を持つテイルを支持するものは一定数存在する。
そして港湾管理事務所に詰めている職員の半数はそういった者たちであった。
そこに騒動に気付いたテイルたちが駆けつけてきた。
「……脱走したのですか。しかし……これはいったい?」
破壊された事務所の壁や辺り一面の水の跡。
雨などはなく局地的に大量の水が湧いたとしか思えなかった。
「精霊がお怒りだぞ。テイル」
「何を馬鹿な」
テイルはせせら笑った
「しかしテイル様。先ほどのことは精霊様の力としか……」
職員の一人が震える声で報告する。
「ふん。精霊の力などありません。むしろもう一度見せてもらいたいものです」
テイルは精霊の存在を信じていない。
「えー?精霊じゃなくて妖精さんだよー」
沙那のとぼけた声がする。
イズミが沙那の肩の上で困った顔をした。
「イズミ」
テリラがイズミに行動を促す。
が、イズミは首を左右に傾げてるだけだ。
「イズミちゃん。目いっぱい絞ってお湯出してみたらー?」
沙那の言葉は具体的だった。
それ故にイズミも判断しやすかったのっだろう。
沙那の目の前に巨大な風呂桶をひっくり返したようなお湯が大量に現れて地面を洗った。
「それ、いいね!」
それを2度3度と繰り返すと多くの人はさすがに混乱した。
「せ、精霊様が」
「湯泉の精霊様が……」
姿は見えなくとも認識せざるを得ないことが目の前で起きているのだ。
「騙されるな!精霊などいない!」
テイルが乗馬鞭をかざして叫ぶ。
「エルフだ!エルフの大魔法だろう!」
鞭の先を沙那に向ける。
「精霊など論理的にあり得ない!」
たしかに沙那の姿はこの世界でエルフと呼ばれる特徴を具現化していた。
金属光沢のピンクブロンド。この世界では良すぎるスタイルも。
異世界召喚者というだけでも何か不思議な力を発揮してもおかしくはない。
「エ、エルフ……」
人々の視線が沙那に集中する。
「む?むー?ボクじゃないよ。イズミちゃんだよ?」
首をぶんぶんと振る沙那の傍で甲高い金属音と火花が散った。
「おっと」
いつの間にかシュラハトがいた。
隙を見て沙那を刺そうと伸ばされた剣を長剣で弾いたのだ。
「暗殺者かよ。あんた」
シュラハトがジロリと睨む。
そこには忍び寄っていたヴァレッカの姿があった。
手には短めの細剣が握られている。
小柄な体には丁度良い長さなのだろう。
それでも沙那を刺し殺すには充分な威力があるだろう。
「……ち」
ヴァレッカが忌々しそうにシュラハトを睨みつける。
魔法使いは魔法の詠唱時に無防備になる。そこを狙ったつもりだった。
エルフを倒せば魔法は使えないと踏んだのだ。
さすがの沙那も間近に迫っていた刀身を見て青ざめた。
イズミが柳眉を逆立てる。
細く絞った水流をヴァレッカの細剣に叩きつける。
水圧で細剣が弾き飛ばされた。
「よっし!イズミちゃん、次はもちょっと盛大にだしちゃえー」
沙那の言葉にイズミは首を横に傾げた。
そして、イヤイヤのポーズ。
「ちょ。イズミちゃん……!?」
沙那も気に入られてはいるものの使役できているわけではない。
あくまでイズミの気分次第なのだ。
じりっとクローリーたちを囲む輪が狭まる。
中立の立場の者、テリラの側についてくれるごく僅かな者もいたがテイルに加担する者の方が多いように見えた。
「なるほど。ほんとに荒事になりそうだな」
シュラハトがクローリーに笑いかける。
窮地になるほど元気が出るタイプなのだ。
ピンチを乗り越えることに高揚してしまう。
予想外の出来事の時には頼りになる性格だが、ただのお祭り好きともいえる。
クローリーは小さく肩を竦めた。
「こっちが不利になるとは思わなったっスけどな」
彼も魔術師でありながら同様のところがある。
そうでなければ冒険者稼業などやってはいない。
クローリーは頭の中で使える魔法をリストアップしていく。
所持してる構成要素で発動できるものは出し惜しみするつもりはなかった。
マリエッラはコマンドワードを唱え、普段はつまようじサイズになっている魔法の杖を2mほどの長さに戻した。
一見、ただの棒のようだが魔法銀製の金属棒だ。
かなり軽量だが鉄より硬い。
「さにゃちゃんはあたしの後ろに」
沙那を庇うように半歩前に出て杖を構える。
まさに一触即発だった。
そこに雷が落ちた。
少々嗄れた声ではあったが大きく力強い。
「あんたら何やってんだい!」
テリューが柄に入ったままの剣を地面に打ち付け立っていたのだ。
「……妖怪婆ぁ」
シュラハトが呟いた。
「いつから身内でチャンバラするようになったんだい?」
少し背中が曲がってはいたが誰もが知る海の民の英雄だった。
クローリーたちを取り囲んでいたほとんどの者が地面に剣を落とした。
勝てる勝てないというのではなく威厳だった。
沙那は時代劇ドラマで印籠を見せられた悪人たちが全員平伏する場面を思い浮かべた。
「……亡くなられたはずじゃ?」
さすがのテイルも疑問を口にするのが精一杯だった。
「死んだことににして引退してるつもりだったんだけどねえ」
首を振ってコキコキと鳴らす。
テイルは敗北を悟った。
テリラならいざ知らず、テリューに敵対する海の民は皆無だ。
どう足掻いても不可能だ。
論理的な思考を持つからこそ分かってしまう。
そして沖合から次々に船が現われる。
旗を見なくても想像がついた。
偽の命令書で追い払っていたはずのテリラの腹心である幹部たちだ。
「……私の負けですね」
テイルは愛用の乗馬鞭を地面に放り投げた。
「ここに至っては堂々と死を受け入れましょう」
「テイル様っ!」
ヴァレッカが悲壮な声を上げる。
彼女は相手がテリューでも関係ない。テイルに心酔しているのだ。
「私が血路を切り開きます!ここは落ち延びて再興を」
短剣を抜きクローリーたちに向き直る。
決死の覚悟の表情だ。
「……ふぅ」
テリューが小さく溜息を吐く。
「……行きな。追わないよ」
テイルが眉を寄せる。
「どういうつもりです」
「どういうつもりもこういうつもりもないよ。お前についていくものがいるというなら最後まで面倒見てやりな」
「……御婆様」
テリラが驚いた顔でテリューを見る。
「さっさと行きな」
逡巡するテイルの腕をヴァレッカが力任せに引っ張る。
「テイル様!」
テイルは何かを言おうとした。
が言葉にはならなかった。口の中で噛み殺したようになった。
「礼は言いません!」
ヴァレッカはそれだけ言い捨てるとテイルを引っ張って手勢とともに自分のスループ船に向かう。
「テイル!いつか戻ってこい」
テリラが叫んだ。
ヴァレッカのスループ船が慌ただしく出ていくのを見送った。
「バカだね。あの男は戻ってこないよ」
テリューがテリラを諭す。
「あいつは元々真面目な男さ。すべて覚悟の上でやったに違いないのさ」
「では、何故……」
「敵として再び現れたあいつを、あんたの勉強相手になってもらうためさ」
テリューは腰に手を当てて背を伸ばした。
ゴキゴキとちょっと嫌な音がする。
「あんたには足りないものがまだいっぱいある。対立することであいつから学んで成長して欲しいのさ」
「……御婆様」
「だいたい、あんたは人望なさ過ぎだよ」
「面目ありません……」
「それと……」
テリューは細剣をシュラハトに投げてよこす。
「持ってきな。やるよ」
「……気づいていたのか」
シュラハトは細剣を受け取りつつ、自分の長剣を投げ捨てた。
ヴァレッカの剣を受けた長剣は刀身が中ほどまで罅が入っていた。
石畳に落ちた瞬間に砕け散る。
「帝国のなまくらじゃここらでは生きていけないよ」
「……ふん」
「でもまあ……」
テリューが指先でこめかみを掻いた。
「テリラを助けてくれてありがとう。漢の顔になったね」
「ふん……」
鼻白むシュラハトの背後で、「オレ!オレっス!」とクローリーがアピールしていたが無視されていた。
「テリラ様だ!」
彼女が軟禁されていたことを知らない職員や辺りの人々が驚きの声を上げていた。
「遠征中だったのでは?」
ざわざわと混乱のさざ波が広がる。
「諸君!」
テリラが背を伸ばして叫ぶ。
「私はテイルによって軟禁されていたのだ。反乱を起こしたテイルを即刻逮捕せよ!」
いきなりの言葉に呆然とする者がほとんどだ。
事情を知る一部の者たちはむしろ剣を抜いてテリラの方ににじり寄る。
「おい。意外と人望ねえな?あんた」
シュラハトが苦笑しながら剣を抜く。
「う、うるさい」
「テイルってのは思ったより仲間が多そうだぜ」
それもそのはずである。
ほとんどの人間にイズミは見えないのだ。
論理的で明確な言葉を持つテイルを支持するものは一定数存在する。
そして港湾管理事務所に詰めている職員の半数はそういった者たちであった。
そこに騒動に気付いたテイルたちが駆けつけてきた。
「……脱走したのですか。しかし……これはいったい?」
破壊された事務所の壁や辺り一面の水の跡。
雨などはなく局地的に大量の水が湧いたとしか思えなかった。
「精霊がお怒りだぞ。テイル」
「何を馬鹿な」
テイルはせせら笑った
「しかしテイル様。先ほどのことは精霊様の力としか……」
職員の一人が震える声で報告する。
「ふん。精霊の力などありません。むしろもう一度見せてもらいたいものです」
テイルは精霊の存在を信じていない。
「えー?精霊じゃなくて妖精さんだよー」
沙那のとぼけた声がする。
イズミが沙那の肩の上で困った顔をした。
「イズミ」
テリラがイズミに行動を促す。
が、イズミは首を左右に傾げてるだけだ。
「イズミちゃん。目いっぱい絞ってお湯出してみたらー?」
沙那の言葉は具体的だった。
それ故にイズミも判断しやすかったのっだろう。
沙那の目の前に巨大な風呂桶をひっくり返したようなお湯が大量に現れて地面を洗った。
「それ、いいね!」
それを2度3度と繰り返すと多くの人はさすがに混乱した。
「せ、精霊様が」
「湯泉の精霊様が……」
姿は見えなくとも認識せざるを得ないことが目の前で起きているのだ。
「騙されるな!精霊などいない!」
テイルが乗馬鞭をかざして叫ぶ。
「エルフだ!エルフの大魔法だろう!」
鞭の先を沙那に向ける。
「精霊など論理的にあり得ない!」
たしかに沙那の姿はこの世界でエルフと呼ばれる特徴を具現化していた。
金属光沢のピンクブロンド。この世界では良すぎるスタイルも。
異世界召喚者というだけでも何か不思議な力を発揮してもおかしくはない。
「エ、エルフ……」
人々の視線が沙那に集中する。
「む?むー?ボクじゃないよ。イズミちゃんだよ?」
首をぶんぶんと振る沙那の傍で甲高い金属音と火花が散った。
「おっと」
いつの間にかシュラハトがいた。
隙を見て沙那を刺そうと伸ばされた剣を長剣で弾いたのだ。
「暗殺者かよ。あんた」
シュラハトがジロリと睨む。
そこには忍び寄っていたヴァレッカの姿があった。
手には短めの細剣が握られている。
小柄な体には丁度良い長さなのだろう。
それでも沙那を刺し殺すには充分な威力があるだろう。
「……ち」
ヴァレッカが忌々しそうにシュラハトを睨みつける。
魔法使いは魔法の詠唱時に無防備になる。そこを狙ったつもりだった。
エルフを倒せば魔法は使えないと踏んだのだ。
さすがの沙那も間近に迫っていた刀身を見て青ざめた。
イズミが柳眉を逆立てる。
細く絞った水流をヴァレッカの細剣に叩きつける。
水圧で細剣が弾き飛ばされた。
「よっし!イズミちゃん、次はもちょっと盛大にだしちゃえー」
沙那の言葉にイズミは首を横に傾げた。
そして、イヤイヤのポーズ。
「ちょ。イズミちゃん……!?」
沙那も気に入られてはいるものの使役できているわけではない。
あくまでイズミの気分次第なのだ。
じりっとクローリーたちを囲む輪が狭まる。
中立の立場の者、テリラの側についてくれるごく僅かな者もいたがテイルに加担する者の方が多いように見えた。
「なるほど。ほんとに荒事になりそうだな」
シュラハトがクローリーに笑いかける。
窮地になるほど元気が出るタイプなのだ。
ピンチを乗り越えることに高揚してしまう。
予想外の出来事の時には頼りになる性格だが、ただのお祭り好きともいえる。
クローリーは小さく肩を竦めた。
「こっちが不利になるとは思わなったっスけどな」
彼も魔術師でありながら同様のところがある。
そうでなければ冒険者稼業などやってはいない。
クローリーは頭の中で使える魔法をリストアップしていく。
所持してる構成要素で発動できるものは出し惜しみするつもりはなかった。
マリエッラはコマンドワードを唱え、普段はつまようじサイズになっている魔法の杖を2mほどの長さに戻した。
一見、ただの棒のようだが魔法銀製の金属棒だ。
かなり軽量だが鉄より硬い。
「さにゃちゃんはあたしの後ろに」
沙那を庇うように半歩前に出て杖を構える。
まさに一触即発だった。
そこに雷が落ちた。
少々嗄れた声ではあったが大きく力強い。
「あんたら何やってんだい!」
テリューが柄に入ったままの剣を地面に打ち付け立っていたのだ。
「……妖怪婆ぁ」
シュラハトが呟いた。
「いつから身内でチャンバラするようになったんだい?」
少し背中が曲がってはいたが誰もが知る海の民の英雄だった。
クローリーたちを取り囲んでいたほとんどの者が地面に剣を落とした。
勝てる勝てないというのではなく威厳だった。
沙那は時代劇ドラマで印籠を見せられた悪人たちが全員平伏する場面を思い浮かべた。
「……亡くなられたはずじゃ?」
さすがのテイルも疑問を口にするのが精一杯だった。
「死んだことににして引退してるつもりだったんだけどねえ」
首を振ってコキコキと鳴らす。
テイルは敗北を悟った。
テリラならいざ知らず、テリューに敵対する海の民は皆無だ。
どう足掻いても不可能だ。
論理的な思考を持つからこそ分かってしまう。
そして沖合から次々に船が現われる。
旗を見なくても想像がついた。
偽の命令書で追い払っていたはずのテリラの腹心である幹部たちだ。
「……私の負けですね」
テイルは愛用の乗馬鞭を地面に放り投げた。
「ここに至っては堂々と死を受け入れましょう」
「テイル様っ!」
ヴァレッカが悲壮な声を上げる。
彼女は相手がテリューでも関係ない。テイルに心酔しているのだ。
「私が血路を切り開きます!ここは落ち延びて再興を」
短剣を抜きクローリーたちに向き直る。
決死の覚悟の表情だ。
「……ふぅ」
テリューが小さく溜息を吐く。
「……行きな。追わないよ」
テイルが眉を寄せる。
「どういうつもりです」
「どういうつもりもこういうつもりもないよ。お前についていくものがいるというなら最後まで面倒見てやりな」
「……御婆様」
テリラが驚いた顔でテリューを見る。
「さっさと行きな」
逡巡するテイルの腕をヴァレッカが力任せに引っ張る。
「テイル様!」
テイルは何かを言おうとした。
が言葉にはならなかった。口の中で噛み殺したようになった。
「礼は言いません!」
ヴァレッカはそれだけ言い捨てるとテイルを引っ張って手勢とともに自分のスループ船に向かう。
「テイル!いつか戻ってこい」
テリラが叫んだ。
ヴァレッカのスループ船が慌ただしく出ていくのを見送った。
「バカだね。あの男は戻ってこないよ」
テリューがテリラを諭す。
「あいつは元々真面目な男さ。すべて覚悟の上でやったに違いないのさ」
「では、何故……」
「敵として再び現れたあいつを、あんたの勉強相手になってもらうためさ」
テリューは腰に手を当てて背を伸ばした。
ゴキゴキとちょっと嫌な音がする。
「あんたには足りないものがまだいっぱいある。対立することであいつから学んで成長して欲しいのさ」
「……御婆様」
「だいたい、あんたは人望なさ過ぎだよ」
「面目ありません……」
「それと……」
テリューは細剣をシュラハトに投げてよこす。
「持ってきな。やるよ」
「……気づいていたのか」
シュラハトは細剣を受け取りつつ、自分の長剣を投げ捨てた。
ヴァレッカの剣を受けた長剣は刀身が中ほどまで罅が入っていた。
石畳に落ちた瞬間に砕け散る。
「帝国のなまくらじゃここらでは生きていけないよ」
「……ふん」
「でもまあ……」
テリューが指先でこめかみを掻いた。
「テリラを助けてくれてありがとう。漢の顔になったね」
「ふん……」
鼻白むシュラハトの背後で、「オレ!オレっス!」とクローリーがアピールしていたが無視されていた。
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